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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第3章 少年期 『死を呼ぶ双星』編

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第二十二話「変わり果てた景色」

--- 少し前 ---




「異変つっても、別に特に何も感じないんだが?」

「そうやって油断してたら、海の方からお前の顔になんか飛んでくるかもしれないぞ、ダリア」

「誰がいつ油断したってんだ」

「まあ、何も感じないのは事実ですし……」


 屋上に来てから、数十分が経った。

 その間、特に何もなかった。

 あるのはとてつもない便意のみ。

 ああ、めっちゃウンコ行きたい。

 って言ってみたんだが、トイレに行くことも許されないらしい。

 そう言って、その隙に脱獄なんてされたら困るからだという。


 まさか、そんなことするわけないだろう。

 まさかね。

 囚人は満足に用を足すことすら許されないらしい。


 それにしても、何故ここまで連れてこられたのか分からないくらい、何も起こらない。

 何も起こらない方がいいのは当たり前だが、わざわざこうして連れてこられて、トイレにも行けないんだぞ。

 早く部屋に戻ってトイレしたい。


「オレもウンコしてえな……」

「ダメです 僕が先に行きますからね」

「ベルよ。この世は年功序列の世界だって知らないようだな?」

「今、ゾルトさんは何歳なんですか?」

「23だ」


 はん。

 なら俺の方が年上だな。

 本当はもうアラサーだからな。


「では、ここはジャンケンで決めましょう」

「いいだろう。昨日教えてくれたヤツだな」


 ゾルトはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 ほほう、この俺に負ける気がしないってか。

 絶対に負けられない。


 男には、勝たねばならぬ時がある。


「ジャン! ケン!」

「ポン!」

「のおおおおおおお!」

「っしゃあああああ!」


 普通に負けた。

 てか、そんな大きな声出すなよな。

 怖い大人がうじゃうじゃいるんだから、目を付けられたくない。

 それはそれとして、この戦いには絶対に負けてはならなかった。

 かくなる上は、


「三回! 三回勝負!」

「あぁ? 何言ってんだ?」

「三本先取で行きましょう!」

「何を今更! 敗者は床でも舐めとくんだな!」

「酷いです!

 ダリア! ゾルトさんがいじめてきます!」

「ウンコの順番賭けた勝負なんて、しょうもないことすんなよ……」

「しょうもないとはなんですか!」


 これは男と男の真剣な戦いなんだぞ。

 しょうもない戦いなんかじゃないぞ。

 このジャンケンに勝つのと負けるのとでは死活問題だ。

 下手すりゃパンツが茶色に染まることになる。


「あまり騒ぐな。

 私達は、海で異変があったから集められているのだぞ」

「お前もウンコがすぐそこまで迫ってきている状況になれば気持ちがわかるだろうさ……!

 こちとら命かかっとんじゃ……」

「うんうん!」


 激しく首を縦に振ったから首が外れそうになった。


「さ、さあゾルトさん。

 あと二回、僕に勝てますか?」

「何勝手に続けようとしてるんだ?」

「問答無用!

 出さんもんが負けよ!」

「おい! ズルいぞ!」

「ジャンケン!ポン!」

「えっ……」

「――」


 声にならない叫びをあげた。

 どうして俺は、こんなにジャンケンが弱いんだ。

 エリーゼ達とやった時も全然勝てなかったのに……!


 まだだ。

 まだ一回チャンスはある。

 ここから三連勝する確率は27分の1。

 よ、4パーセント……。

 いいや、俺ならやれる。

 奇跡を起こせる存在だ。

 こんなところで諦めてたまるか。

 ここから三回連続で勝って、薔薇色の排便をするんだ。

 ここで負けたら、命はない。

 そのくらいの心意気で、戦うぞ。


「ラスト!

 ジャン! ケン!」

「ポン!」

「がああああああ!」


 4パーセントを引くことは、叶わなかった。

 それどころか、一勝もできずに終わってしまった。

 俺の夏は、ここまでらしい。


「ご、五回勝負に……」

「もうやめだ。

 部屋に戻ったら、絶対に俺が先にトイレしてやるからな」

「うう……」


 当然、部屋にトイレは一つだ。

 その上、仕切りもあってないようなものだ。

 つまり、見放題、見られ放題ってことだ。

 あいにく、人のトイレを観察するような趣味は持ち合わせていない。

 逆も然りである。


「――おい、何か海がおかしくねえか?」

「本当だな。何かが動いているのか?」


 囚人のうちの二人が、そう話しているのが聞こえた。

 その声に、他の囚人たちもぞろぞろとその二人の周りに集まっていく。

 何かが動いているってのは、もしかしたらサメのことだろうか。

 そりゃサメだって動物なんだから、動きもするだろうが。

 変な動きでもしているのだろうか。


 うわ、あまりちゃんと観察したことがなかったが、改めてみるとデカいな。

 俺の知ってるサイズよりも遥かに大きいし、カジキみたいな巨大な角がある。

 動物ってより、魔獣だな。


「なあ、あのサメ、こっち見てないか?」

「ああ、あいつだな。

 こうして見ると意外と可愛いじゃないか――」


 その瞬間だった。

 俺の目の前の囚人が、額を撃ち抜かれた。

 そして後ろ向きに倒れ、そのまま足から海へ落ちていった。


 身を乗り出して手を伸ばした囚人もまた、撃ち抜かれた。

 体の一部を出したら、確実に危ない。

 俺は顔だけを覗かせ、下の状況を見る。


「――!」


 おい、嘘だろ。

 あいつ……あのサメ……!


「皆さん! 今すぐ屋内に避難してください!」

「どうした、ベル!」

「奴が飛んできているんです!」

「なんだと?!」


 俺は冗談を言っているのではない。

 確かに、見たのだ。

 あのサメが、真上に向かって、水中を泳ぐようにして飛んできているのを。


「ベルも逃げるぞ!」

「僕は迎撃します」

「馬鹿言え! あんなサメをどうやって……」

「誰かが何かしなければ、全員この監獄ごと海に沈む可能性だってあるんです」

「それは、お前じゃなくても――」

「早く逃げて!」


 ゾルトが腕を引いて避難を促してくるが、俺は応えられない。

 誰かが迎撃しなければ、どうなってしまうか分からない。

 全員パニック状態だから、仮に俺以外に戦える人間がいても、到底この場に戻ってはこれまい。


「……絶対、生きて帰って来いよ」

「どっちにしろ、トイレは先に取られちゃいましたね」

「……お前が帰ってくるまで、我慢しといてやる」

「いや、それは申し訳ないのでしてください」

「分かった。とにかく、無事に帰って来いよ」

「ええ」


 ゾルトは俺の腕から手を離し、逃げ惑う囚人たちに混ざって屋内へと避難して行った。


 それと同時に、サメがその全貌を現した。


「いや、おかしいだろ……」


 サメというより、クジラだ。

 こんなのが、監獄の周りをうろついていたのか。

 改めて、色んな意味でとんでもない監獄だな。


 サメは大きな口を開けて、角から俺に向かって光線を放った。

 いや、怖!


 俺も反撃をしなければ。


炎爆(フレイムブラスト)!」


 俺の放った魔法は、サメの頭に向かって一直線に飛んでいく。

 しかし、その魔法はサメの顔を掠めただけで、直撃はしなかった。

 避けられたのだ。あの巨躯に。


 なら、もう一度――


「おわっ!」


 サメは素早い動きで、俺を突き飛ばすほどの勢いで、床に突進してきた。

 もしかして、俺のことがあまり見えていないのか?

 視力はそこまでよくない感じなのだろうか。

 

 それなら、まだ俺にも勝機が――


「――!?」


 立ち上がってもう一度魔術を放とうと杖を構える。

 どういうわけか杖は没収されていなくて助かったぜ。


「『消雷(バニッシュヴォルト)』!」


 最近シャルロッテに教わった中級雷魔術。

 杖先から放たれた雷魔術は、一瞬消えたかと錯覚するほどの速度で、サメの頭に直撃。

 よし、確実に一発入ったな。


 サメの魔獣は飛べなくなったのか、目の前に落ちてきた。

 ここから一気に畳みかけ――


「――!」


 ――――なんだ、あれは。


 俺の視線の先には、とんでもない大きさの波。

 監獄を丸ごと飲み込むような勢いで、こちらに迫ってきている。


 逃げることもできない。

 ここは、監獄の屋上だ。

 飛び込んで逃げようにも、下には人喰いザメがいる。


 体が、震えだす。

 全く、体に力が入らない。


 ――――――’’あの時’’と、光景が重なる。


「――ぁ」


 あっという間に、俺は波に飲み込まれた。


 その後、体が波に流されるような感覚に陥り、意識が遠のいていった。


---


 エリーゼは目が覚めると、水浸しの地面に横たわっていた。


「うーん……。

 ランスロット? シャルロッテ?

 ……ベル?」


 応答はない。

 エリーゼは、仲間たち全員とはぐれてしまった。

 それもそのはず。


 監獄のあった方角から押し寄せてきた津波によって、エリーゼ達は街の中へ流されてしまった。

 それぞれがどこまで流されたのか、そもそも無事に生きているのかすらも分からない。


「……酷いわ」


 360度、どこを見ても同じような光景。

 先ほどまでそこに建っていた建物は、一軒残らず倒壊してしまっている。

 跡形も、残っていない。


 幸い、腰に提げていた剣は無事だ。

 最悪何かがあっても、戦うことはできる。


「何で急に、あんなことに……」


 なんの予兆もなく、突如として吹き荒れた突風。

 それからすぐに押し寄せた、巨大な津波。

 エリーゼ以外に生きている人間は、かなり少ないだろう。


 倒壊した家ばかりであるからか、やけに見晴らしがいい。

 遠くの方まで、よく見える。


 エリーゼは膝をついて立ち上がる。

 しかし、立ち上がった途端、胃の中から何かが込みあげてくる。


「ゲホッ……ゴホッ……!」


 長時間波に流されていたため、大量の海水が胃の中に入り込んできていた。

 その全てを吐き出してから、エリーゼは立ち上がって歩き出した。


 目立った外傷はない。

 その代わり、体が上手く動かない。

 エリーゼの体温は、著しく低下している。


 体が冷たい。

 吹く風が、エリーゼの体を凍えさせる。

 エリーゼは覚束ない足取りで、どこへ行くあてもなく歩いていく。


 様々な感情が、脳内で交錯する。

 ランスロット、シャルロッテは無事なのだろうか。

 一緒にいた衛兵は、生きているのだろうか。


 そして、ベルの安否。

 津波が押し寄せてきたのは、監獄があった方角からだった。

 つまり、あの監獄もあの巨大な波に飲まれてしまった可能性も十二分に有り得る。


「……クーン」


 よろめきながら歩くエリーゼの視界に、動けなくなっている動物が入った。

 小さな犬のような動物が、瓦礫の下敷きになっている。


 エリーゼはその動物に駆け寄り、瓦礫を退けようとした。


「……っ!」


 手を伸ばした瞬間、その動物は瓦礫を抜け出した。

 そして、エリーゼを攻撃しようと、飛びついてきた。


「何なのよっ!」


 エリーゼは咄嗟に剣を抜き、その攻撃を弾く。

 弾き飛ばされた動物――否、犬の魔獣は、再びエリーゼに向かって突進してくる。


「――しっ!」


 エリーゼが剣を振ると、犬の魔獣は真っ二つに斬り裂かれた。

 そして、間もなく塵になって消えた。


「助かったわね。

 あんたのおかげで、体が温まったわ」


 皮肉混じりに、エリーゼはそう吐き捨てるように言った。

 剣を握ったまま、エリーゼは再び歩き出そうとした。

 だが、


「なっ……! 嘘でしょ……?!」


 先ほど殺したはずの犬の魔獣が、今度は何十体も、エリーゼの目の前に立っていた。

 エリーゼは煩わしそうな顔で、低く構えた。

 呼吸を整え、目を閉じる。


 魔獣の鳴き声と共に、エリーゼは地面を強く蹴った。


「『炎天(えんてん)』!」


 向かってくる魔獣を、地面から天へ弧を描くように剣を振って斬り刻む。

 魔獣は一斉にかかってくることはなく、一体ずつ飛び込んでくる。

 そのおかげで、エリーゼは全て一振りで仕留めることができる。


 次々に飛び掛かってきては斬り捨てられる魔獣。

 ――エリーゼは半ばこの戦いを楽しんでいた。


 久々の実戦。

 ただでさえ何週間も剣を振っていなかったのだ。

 腕が鈍っているかと思えば、そんなことはない。

 あれだけ数がいた魔獣は、一分足らずで全て斬り伏せられてしまった。


「はぁ……はぁ……」


 ようやく、エリーゼは剣を鞘にしまった。

 遅れて、疲労がエリーゼの体を襲った。

 倒れそうになりながらもなんとか踏ん張り、瓦礫の方へ歩く。

 そして、座り込んだ。


「これは……しばらく動けなさそうね……」


 この数分、エリーゼはアドレナリンのおかげで動けていた。

 普通ならば、とっくに倒れてしまっていた。

 体温が上昇したのも一時的なものであり、海水による低体温症に近いものに陥っていることに違いはない。

 目を閉じれば、そのまま目が開かないかもしれない。

 しかし、エリーゼの体力は既に限界であった。


 エリーゼの体から、力が抜ける――、


「――エリーゼ!」


 その寸前、聞き覚えのある声が聞こえた。


「シャル……ロッテ?」

「そうです! シャルロッテです!

 今すぐ治療します!」


 エリーゼは思ってもみない形で、シャルロッテと合流した。


「ありがと、シャルロッテ」

「いえいえ。何より、無事でよかったですよ。

 ところで、ランスロットはどこにいるか分かりませんか?」

「分からないわ。目が覚めたらここにいて、魔獣に襲われたの」

「魔獣?! 大丈夫だったんですか?」

「あたしを誰だと思ってんのよ。

 ちょちょいのちょいだったわ」

「ここで倒れそうだったのにですか?」

「うぐっ……うっさいわね!」


 エリーゼは少し顔を赤くして、プイッとそっぽを向いた。

 それから二人は立ち上がり、ランスロットを探して歩き出した。




---ベル視点---




「ゲホッ!」


 どこだ、ここは。

 さっきまで監獄にいて、サメの魔獣と戦って……

 それで、俺はどうなったんだ?


 あの巨大な波に飲まれて、流されたはずだ。

 サメに食われた……ってわけでもなさそうだな。

 ここはどう見たって陸地だし。


 だが、何だこの惨状は。

 恐らくだが、ここはミリアの街中だろう。

 でも、どうしてこんなに街が酷いことになってるんだ。

 この壊れ方は、火事とかそういうものじゃないだろう。

 地面は水浸しだし、船が何隻も乗り上げていて、そのどれもが大破している。

 もしかして、ここもあの波に飲み込まれたのか?


 ――だとしたら、まずいだろ。

 ゾルトやダリア、それにシェインや他の囚人たちも、崩落した監獄と一緒に海に落ちたはずだ。


 そして、エリーゼ達はこの街にいるはず。

 つまり、あいつらも流されたってことじゃ――


「おっ、目が覚めたかな?」

「うわ! びっくりした!」


 全く聞いたことのない声が、隣から聞こえてきた。

 女の声だ。


「驚かせてごめんね。

 あっ、わたしは敵じゃないから安心してね」

「……分かりました。

 もしかして、助けていただいたんですか?」

「そうだよ。海で溺れそうになっていたところをひょいひょいっとね」


 指でひょいひょいってされても、全く想像がつかないんだが。

 でもとにかく、助かった。

 この人が居なければ、俺はきっと溺死していたか、サメに食い殺されていたところだっただろう。


「ってのは嘘で、本当は君と一緒にここまで流されただけなんだよね。

 あははは」

「嘘なんかい! ゲッホ!」

「大丈夫?!」


 なんの嘘だよ、全く……。

 思わずツッコミを入れたら、急にむせてしまった。


 でも、運良く生きて陸地に上陸することができた。

 この人も無事な人間の一人だし、俺の他にも無事な人間がいてよかった。


「わたしはエルシア。君の名前は?」

「ベルです」

「あ、もしかして、貴族の徽章を盗んだって男の子?」

「そうです。いや、そうじゃないんですけど」

「冤罪ってこと?」

「そうです」

「えっ! 可哀想!」


 察しが良いな。

 そうですよ。

 俺はとんでもない冤罪をかけられて投獄されたんですよ。

 あのドワーフ、マジで見つけたらただじゃおかねぇからな。

 あ、でも、こうも街が壊滅してると、流石に生きてるか怪しいか。


「こんなに小さいのに濡れ衣着せられるなんて。

 ベル、今何歳?」

「9歳です」

「わたしの二分の一歳じゃん!

 しっかりした子だな~」


 それほどでもないけどね。

 というか、エルシアは18歳ってことか。

 とても高校三年生の歳には見えないスタイルだな。

 グラマラスというより、程よく引き締まったいい体だ。

 俺も将来こんな感じの引き締まった肉体を目指さねば。

 俺が女だったら、ペタペタと腹筋を触っていただろう。

 ついでにもう少し上の方も。


「とりあえず、じっとしてても何も始まらないし、歩こっか」

「そうですね」


 安全策をとるならこの場から動かない方がいいが、そういうわけにもいかない。

 思わぬ形で街に戻ってきた以上、やるべきことは一つ。


 ――皆を、捜す。


---


 捜すとは言ったものの、どうやって捜すか。

 まあ、歩き回るしか方法はないな。

 この街はかなり広いし、しらみつぶしに捜すのが一番手っ取り早い。

 もちろん、他人に頼りたいところだが、この街の状況を見るに、頼れる人間はまずいなさそうだ。


 ミリアはもう、再興できないかもしれない。

 建物だけならまだしも、どれだけの人が逃げ遅れたか。


「本当に、何が起こってしまったんでしょうか……」

「急に津波が押し寄せたんだよ」

「……やっぱり、あの波ですか」


 まあ、あの波以外の何でもないだろうな。

 それはそうと、どうも引っ掛かる。


 あの津波は、一体何が原因なんだ?


 そんなに都合のいいタイミングで、巨大な地震が起きたとも考えにくい。

 いや、完全に否定できるかと言われれば自信はないが。


「気分が下がりっぱなしだと気が滅入るから、楽しい話しようよ」

「例えば?」

「た、例えば? うーん、そうだね……生い立ち、とか?」

「僕の人生が過酷だったらどうしますか?」

「確かに……」


 俺がとんでもないハズレ家庭に生まれて、日々虐待を受けていたとか言ったら、ますます気が滅入るだろうな。

 まあ、俺は世界で一番幸せな家庭に生まれたと胸を張って言えるが。

 正確には、生まれたというか降り立ったといった方が正しいか。


「まああまりこれといった話題はないですし、生い立ちでも話しますか」

「うんうん!」


 俺は歩きながら、自らの生い立ちを話すことにした。


「えっ……君、凄い家庭に生まれたんだね。

 『剣帝』の息子だなんて……」

「母も特級魔術師です」

「特級?! ……びっくりしすぎて倒れそうだよ。

 でも、それだけ凄い剣士をお父さんに持ちながら、ベルは剣術を使わないの?」

「僕には、剣術は向いてなかったので。

 でも逆に、魔術の方は得意なんです」

「そうなんだ。どのくらい使えるの?」

「火上級魔術までなら使えます」

「上級?!」


 この人、めちゃくちゃオーバーリアクションを取ってくれる。

 すごく聞き上手な人だ。

 話しているこっちまで楽しくなってくるな。


 その後も、俺がこの9年で経験してきたことを話した。


「あのさ……。ベル、本当に9歳なの?」

「そりゃもうピッチピチの9歳児ですとも」

「18年生きてるわたしよりもずっとすごい人生を送ってるんだけど!

 9歳で上級魔術師って何?!

 てか9歳とは思えない饒舌さ!

 年齢はわたしの半分だけど、わたしの倍以上の知能を感じる……!」

「い、言い過ぎですよ」


 台本でもあるのかってくらい褒められた。

 上がった口角がどこかに行ってしまった。


「……コホン。取り乱しちゃった。

 とにかく、わたしは人間として、ベルを尊敬します」

「大袈裟ですって」


 うーん、なんというか。

 俺がもう5個歳をとっていたら、好きになっていたかもしれないな。

 まだ出会ってたかだか数十分だが、かなり好印象だ。


 ……だが、そんな楽しい談笑とは対照に、周りの景色は惨憺たるものである。


 波に流され、瓦礫の下敷きになっている人。

 地面に打ち上げられるようにして倒れている人。

 抱き合うように倒れている人。

 中には、子供を庇うようにして倒れている人もいた。


 ……そのほとんどが、既に息絶えていた。


 何人か生きている人はいたが、エルシアの簡単な治癒魔法で治療することしかできない。

 避難所のようなものがあるのかすらも、分からない。


「ベルは、仲間と一緒にミリアに来たんだよね?」

「はい」

「……わたしに任せて。

 絶対君の仲間を見つけ出すから。

 だから、わたしから離れないでね」

「……ありがとう、ございます」


 エルシアは、俺の頭を優しく撫でた。

 やけに撫で慣れている。

 これは、下に兄弟がいるな。


「エルシアは、戦えるんですか?」

「この背中を見ても、そんな疑問が湧いてくる?」


 エルシアは、背中に二本の大きな剣を背負っている。

 もしかして、二刀流なのか?

 すげえ! 憧れる!


「わたしは元々、『剣神道場』出身でね」

「えっ、ってことは……」

「世代はちょっと違うけど、ベルのお父さんの後輩だよ」


 ルドルフの後輩か。

 今ルドルフは29歳だったはずだから、世代は全然被ってなさそうだが。

 リベラからも厳しい道場だって聞いていたし、エリートってことだろうか。


「何とか卒業はさせてもらえたけど、卒業試験で全く勝てなかった。

 だから、何の称号も貰えなかったんだよね。あははは。

 でも、そんじょそこらの剣士よりは腕が立つはずだから、安心して前線は任せて!」

「それなら安心です」

「ふふん」


 腰に手を当てて胸を張るエルシア。

 胸がはち切れそうだ。


 エルシアの体は引き締まっているとはいえ、ぱっと見だと華奢な体だ。

 そんなエルシアが、こんな大剣を二本同時に振り回しているところなんて、全く想像できない。


 でもあの道場を出ているわけだし、間違いなく実力はあるだろう。

 とはいえ、任せきりになるわけにもいかない。

 持ちつ持たれつ、互いに助け合いながら進もう。


---


 夜が明けた。

 だが、空が明るくなることはない。

 ここでも天変地異が起こっているのだろうか。

 天大陸よりも気温と湿度が高いから、暑く感じるな。


 日本ならセミが鳴いているかもしれない。


「何で明るくならないんでしょうか」

「何でだろうね……。

 また変なことが起こらなければいいけど」


 縁起でもないこと言うなよ。怖くなるだろ。

 でも、嫌な予感がするのは紛れもない事実。

 これ以上何もなければいいが……。


 あの時とは違う、しかし近しいものを感じる空模様。

 曇天でも、雨が降る前の空でもない。


「お腹、空いてない?」

「空いてますけど、何も食べるものなんてないですよ」

「ふっふっふ。わたしは軽食を常備しているのだよ。

 一つあげる」

「いいんですか?」

「腹が減っては戦はできぬ、って言うでしょ?

 少しでもお腹に入れておいた方がいいよ!」


 そう言って、エルシアは(おもむろ)に、腰に提がっている袋から、何かを取り出した。


「こんなのじゃ全然お腹いっぱいにはならないだろうけど、何も食べないよりマシだと思うんだ。

 さ、お食べ」

「いただきます」


 エルシアがくれたのは、乾パンだ。

 割と大きめの乾パンだが、こんなサイズの乾パンをどこにしまっていたのだろうか。

 物を小さくするような便利な魔法があるのか。

 そんなわけないか。


 ってかこのパン、美味いな。

 でも口の中がパサパサするな。


「『(アクア)』」


 この際、水でもいいか。

 ちなみに、魔法で作り出す水は、天然水の味に近い。

 水道水独特のあの味がしないから、美味しい。


 手のひらを自分の口の中に向けて、生成される水を飲む。


「魔術って便利だねぇ」

「エルシアも要りますか?」

「えっ、いいの?」

「貴重な食料を分けていただいておいて、自分だけ水を飲むなんてことはしませんよ」

「こんなに義理堅い9歳児は初めて見たよ。

 じゃ、あーん」

「えっ、そういう感じですか?」

「あん」


 大きな口を開けて待機するエルシア。

 こ、これって……いいのか?

 ギリアウトな気がするんだが。


 いや、水を飲ませるだけだぞ。

 あくまで、水分補給の手助けだからな。

 決して邪念は抱いてはいけない。


 ふぅ……緊張するな。


(アクア)

「ぶおおおおっ!」


 やべっ!

 緊張しすぎて手元が狂った!

 俺と同じように少しだけチョロチョロっと出そうとしたところが、

 滝のような勢いの水が出てしまった。


「ゲホッ! ゴホッ……!」

「すみません! 本当にすみません!

 大丈夫ですか?!」

「だ、大丈夫……。

 だいぶたくさん水が飲めたから助かったよ。

 ありがと……ゲホッ」


 危うく殺人を犯すところだった。

 エルシアの咳が治まるまで、俺は背中をさすり続けた。


 ようやっと治まったところで、エルシアが口を開いた。


「昨日はベルが自分のことを話してくれたから、今度はわたしが話す番だね」


 昨日俺が話した、簡単な俺の経験談。

 エルシアはいちいち大きなリアクションをとりながら聞いてくれていた。

 聞き上手とはこのことだな。


「わたしね、生まれてすぐに親を失ったの」

「えっ、どうしてですか?」

「わたしの目、よく見て。

 左右で色が違うでしょ?」


 うわ、本当だ。

 右目は赤色、左目は青色だ。


「素敵じゃないですか。

 それに、それとこれと何の関係が?」

「いっ、息をするように褒めてくれるね。

 ……じゃなくて、わたしの生まれた村では、赤色は不吉な色だとされてたんだよ。

 それで、本当は近くの森にいるって言われてた大きな竜の生贄になる予定だったの。

 でも、『苦労して産んだ子を生贄にはさせたくない』って、両親は村長に直談判した。

 その当時、小さな村のくせに村長が独裁者だったから、両親が生贄にされちゃったんだ。

 そのおかげでって言うのも違う気がするけど、わたしは生かされた」


 そんなに辛い過去があったとは。

 溢れ出る聖人感の裏に、そんな背景が隠れていたのか。


「まあ当然、ただでさえ不吉な見た目をしてたから、わたしは村で腫れ物扱いを受けたよ。

 大人からは避けて歩かれるし、子供からは石を投げられたり、悪口を言われたりね」

「しんどくなかったんですか?」

「まあ正直、かなりしんどかったね。

 11歳の時に村を出るまでそんな生活が続いたわけだから」


 俺と、似ている。


 容姿を理由に疎まれ、忌み嫌われる。

 俺の場合、事の発端は幼馴染を庇ったことだが。

 大人から避けられるなんてことはなかったが、日常的に暴力は受けていた。


 でも、エルシアは村を出るという決断をしたのだ。

 しかも、11歳の時だ。

 ずっと家に引きこもって、何もしてこなかった俺とは違う。


 似ているようで、違った。


「そこからも、何度も死ぬような思いをしたっけな。

 空腹で倒れていたところを、あの子に拾ってもらわなかったら、今わたしはここに立ってないと思う。

 あ、座ってるけど」

「あの子?」

「セレスティアっていう、青い髪の女の子でね。

 その子と一緒に、『聖剣道場』に入門したんだ」

「エルシアが生まれた村は、ケントロン大陸にあるんですか?」

「そうだよ」


 あんなオーストラリアみたいな大陸で生まれたのか。

 こんなところまで来るのはさぞかし大変だっただろう。


 ……ん? セレスティア?


 どこかで、聞いた覚えがあるような。

 確か、リベラの口からだったはず。


 …………待てよ。


「エルシア。もしかして、リベラータっていう剣士を知っていますか?」

「リベラさんのこと? 知ってるも何も、何回もコテンパンにやられたよ」


 やっぱりか!

 ということは、エルシアはリベラと同時期に道場にいたってことだな。

 ルドルフが道場を出てもリベラはしばらく道場に残ったらしいし、

 エルシアはきっと、ルドルフの卒業後に入門したのだろう。


「あの人はすごく強かったなぁ。

 なんというか、動きが速すぎて、目で追えても体が追い付かないっていうか。

 そりゃ、『剣王』の称号も授かるわけだよ」

「リベラさんは、グレイス王宮の用心棒として仕えている間、エリーゼ王女に剣を教えていたんですよ」

「えっ?! あのリベラさんが?!」

「そんなに驚くことですか?」

「だって、他の人とほとんど口も利かなかったんだよ。

 そのくせ、人に剣術を教えるのめちゃくちゃ下手くそだったし」


 なるほど。

 リベラは剣術を教えるのが下手だったらしい。

 エリーゼがなかなか成長できなかったっていうのも、それを聞けば頷ける。

 まあ、あんまり頭が良さそうな感じでもなかったしな……。

 ただしすごくいい人だから、俺はリベラが大好きだ。


「セレスティアはまだ道場にいるのかなぁ。

 私は卒業試験で一勝もできなかったし、そのままもう一年道場に残ることもできたんだけど、流石にギブアップしたよ」

「やっぱり、しんどいんですね」

「色んな意味でね」

「色んな?」


 俺が聞き返すと、エルシアは「やれやれ」とばかりに両手を広げた。

 そりゃ世界最高峰の剣術道場なんだから、肉体的にも精神的にもしんどいだろう。

 他にも何かあるのか?


 ――あ。


「なるほど。心中お察ししま――」

「あの人、手取り足取り教えてくれるのはいいんだけど、絶対下心あるって!

 わたし、何回も胸とかお尻とか触られたもん!」

「けしからんですね!」


 本当にけしからんですね!

 こんなに大きなものを触るとか……。

 羨まし……くはないぞ。決してだ。


 同じ道場の友達の父親からそんなことをされるのはたまったもんじゃないだろうな。

 よく何年も耐え抜いたよ。


 世の中には、いろんな形で壮絶な人生を送ってきた人もいるんだな。

 エルシアだって、俺に負けないくらい辛い思いをしてきている。

 いいや、俺なんかよりもよっぽど辛かっただろう。

 それを乗り越えて、道場を卒業できるくらいの剣術を身に着けた。


 また、尊敬すべき人間が一人増えてしまった。


「弱い人間が蔑まれて、強い人間だけが称賛される世界は間違ってる。

 強い人間は、弱い人間を助けるべきでしょ?」

「ええ、その通りです」

「だからわたしは剣神道場に入門して、強くなりたかったんだ。

 まあ、あんまり強くはなれなかったけど」

「どのくらい強くなったのかじゃなくて、どれだけ努力してきたかが大事なんですよ」

「そう、だよね」


 俺も、この世界に来て魔術を学んだことで、努力を積み重ねることがいかに難しいのかを思い知った。

 たとえ良い結果に繋がらなくとも、努力をしてきたことに価値があるのだと。

 どれだけその分野に才能がなくても、努力をできる才能があるのだと。


「……ほんと、君はいいことしか言わないな――」

「――! 伏せて!」


 考えるよりも先に、体が動いた。

 俺はエルシアに覆い被さるように、強く押し倒した。


「……初撃をかわすとは、中々やる奴だな」


 低い男の声。

 晴れた土煙から見えたその姿は見るからに青年である。


「……誰ですか」

「死に行く前に、我の名だけでも覚えておくがよい」


 真っ白な短髪の一番上から、一本の角が生えたその青年は、ゆっくりと歩いてくる。

 そして、口を開いた。


「――我は『九星執行官・第九位』、『海王』ネプだ」


 俺は二度の人生で初めて、本当の意味での「血の気が引く」という感覚を味わった。

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