第二十一話「脱出作戦」
「戻ってきていませんね」
シャルロッテとエリーゼは、ランスロットの部屋を見て眉をひそめる。
エリーゼは、この数時間、全く眠っていない。
というより、眠れていないと言った方が正しい。
その理由は、言わずともわかるであろう。
シャルロッテに自分のせいではないと言われたものの、やはり自分のとった態度が原因だと考えてしまうのである。
ベルが訳もなくエリーゼ達のもとを離れるとは考えにくいし、エリーゼと別れたきり、ベルは戻ってこない。
辻褄は、合っている。
無論、ランスロットの言った通り、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性も考えられる。
だが、それはそれで自分に腹が立つのだ。
結局のところ、あの時にベルに対して冷たく当たることがなければ、ベルは外出をしていなかったかもしれない。
一言、「あたし達も寝ましょう」と言うだけで良かったのだ。
そんな簡単なこともできずに、自分の気持ちを晴らすためだけにきつく当たった自分が、どうしようもなく憎い。
「どうする? とりあえず、シャルロッテの言う通り、捜索願を出してみるか?」
「日中に捜して、それでも見つからなかったら、そうしましょうか」
「何で? すぐに出せばいいじゃない」
「まだ焦るには早いでしょう。
私達の手で全く捜索をしないまま依頼をしても……」
「ミリアがどれだけ広いと思ってんのよ。
三人だけでどうこうできるものじゃないでしょ?」
「そっ、それは確かに……」
エリーゼの怒り交じりの助言に、シャルロッテはハッとする。
ミリアは、ブルタ王国で最大の都市国家である。
面積でいえば、グレイス王国第一都市のアヴァンよりも広大だ。
そんな場所をたった三人で探して回るなど、不可能である。
都市を全て回るのに、何日もかかるだろう。
当然、大人数で探したり、捜索のプロに任せたからと言って、すぐに見つかるとは限らない。
しかし、無闇に、しらみつぶしに探すのは効率的とはいえない。
「俺も、エリーゼの意見に賛成だ。
俺達だけで探すというのは、得策とは言い難いだろう」
「分かりました。
では、ギルドへ向かいましょう」
ベルが見たものと同じ地図を、三人は凝視する。
それを見て、一行は冒険者ギルドに向かった。
依然として、雰囲気は悪い。
誰が誰のせいにしているとか、そういうわけではない。
それぞれが、自分に責任を感じているのだ。
「ここか」
「綺麗な所ね」
ミリアの冒険者ギルドは、エリーゼ達が今までに見たどのギルドよりも綺麗だった。
新築のような木の香り、整っていて綺麗な内装。
この綺麗なギルドも相まって、ミリアの冒険者活動はデュシス大陸でも盛んな方である。
ギルドの綺麗さで左右されることはないが、それでもミリアが人気であるのは確かだ。
それでいうならば、ベル達が天大陸に転移してから初めて訪れたアルベーの町のギルドは、外観だけでいうとかなり年季の入った建物だった。
そのせいか、中に入った時の外観との違いが大きかった。
「こんにちは。依頼のご希望ですか?」
「少し、聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと、ですか?」
黒髪ボブの受付嬢は、首を傾げる。
シャルロッテは紙を取り出し、カウンターに置いた。
そしてペンを握り、絵を描き始めた。
「何よこれ」
「似顔絵です」
「だ、誰のだ……?」
「ベルですよ! 見て分かりませんか?!」
「分からないわよ!」
特徴こそ捉えているものの、一目でベルとわかるものではなかった。
受付嬢には、金色の毛をした犬と間違えられたほどだった。
「人探しをしている。この似顔絵は、一旦忘れてくれ」
「酷いです」
「金髪に、ローブをまとった男の子ですね。
確認してきます」
受付嬢は、カウンターの裏へ引っ込んでいった。
「ベル、どこにいるのかしら……」
「きっとどこかで無事でいますよ」
「ベルが簡単に死ぬとは思えん」
「死ぬとか縁起でもないこと言わないでちょうだい。
何事もなく、元気で……いるわよ」
エリーゼの声が僅かに震える。
シャルロッテはエリーゼの肩にポンと手を置き、優しく撫でる。
ランスロットも、エリーゼの背中に手を当てた。
昨日まで一緒にいた仲間が、一夜にして消息を絶ってしまった。
その事実が、エリーゼの心を蝕む。
まして、エリーゼはまだ12歳だ。
精神的にもまだまだ子供であり、感情の起伏が激しい。
中々気持ちを前面に押し出せない反面、ベルのことはこれでもかというほどに気に入っている。
これが仲間としての、友達としての気持ちなのか、はたまた別のものなのか。
エリーゼ自身も、よくわかっていない。
「お待たせしました。
皆さまがおっしゃっている男の子ですが、『ベル・パノヴァ』というお名前でお間違いないでしょうか?」
「はい、そうです」
「何かわかったの?!」
「それが……」
受付嬢は口を噤んだ。
エリーゼも、シャルロッテも、ランスロットも、息をのんでその答えを待つ。
そして、口を開いて事実が告げられた。
「ーーー昨日の夕方ごろ、衛兵によって捕らえられたそうです」
---ベル視点---
「だーかーら!
僕は何もしてませんって!」
ワイ、取り調べなう。
普通投獄前にやるもんだろ。
無実だったらどうするんだ。
実際俺は無実だぞ。
と、何度も無実を主張しているのだが。
「いい加減、吐いたらどうなんだ。
いくら子供だとはいえ、上流貴族の徽章を盗むなんて……」
「してないって言ってるじゃないですか……」
このように、全くもって聞く耳を持ってくれない。
俺の罪状は、この検察官の言う通り、『上流貴族の徽章の窃盗』である。
罪状も何も、俺はやってないつってんのに。
「早く終わらせたいならとっとと吐け」だの、「自白するなら罪が軽くなる」だの言って、
俺の言うことなんか聞こうとすらしてくれない。
この国には傲慢な人間しかいないのだろうか。
自分が一番偉いと思い込んでいる奴らばかりだ。
はぁ。
あの時、大人しく宿にいればな。
なんて後悔を、俺はこの二日間で何度もした。
エリーゼからの謎の冷たい対応で気が狂ったんだ。
エリーゼが悪いとは言わない。
悪いのは全部俺だ。
その後数十分間、取調室に拘束されたが、否認をし続けたら今日の所は許してもらえた。
次の取り調べは一週間後だという。
何があっても俺は罪を認めたりしない。
「おっ、戻ったか」
「どうだった?」
「奴ら、全然僕の話を聞いてくれません。
いくら容疑を否認しても、『さっさと吐け』の一点張りで」
「ははっ。まあ、そうだろうよ。
この監獄にいる奴らは、揃って頭がイカれてやがるからな」
「私達ははっきり有罪なのだ。
お前にそんなことを言う資格はないだろう」
「なんだと?」
「ま、まあまあ……」
ゾルトとシェインは、あまり仲が良くなさそうなんだよな。
シェインが無神経なのか、ゾルトが短気なのか。
原因はどちらにもあるような気もするが。
「んがぁぁぁぁ……」
ダリアは爆睡中である。
あの後、ゾルトと夜通しトランプをしていたらしい。
俺は途中で寝落ちしていた。
ゾルトは物凄い体力だな。
オールでトランプなんて、飽き性の俺からしたら考えられない。
「おい、ダリア。起きろ。
今日から、もう計画を立て始めるんだろう?」
「んん……わがった……」
ダリアはゆっくりと体を起こし、体中の関節から音を鳴らしながら背伸びをした。
あんなに音が鳴るのは羨ましいな。
かつては俺も生粋の関節鳴らしマスターだったんだが……。
「じゃ、第一回脱獄会議を始めまーす。
はーい、拍手ー」
軽い感じで始まったな。
とりあえず手を叩いておくか。
「何か意見がある奴はいるかい?」
ダリアが言った瞬間、沈黙が流れた。
ま、そんなに急に意見を求められても答えられないわな。
ちなみに俺は、色々考えた。
例えば、このトイレからの脱出だ。
これを頑張って外すことができれば、排水管から海に出られる。
だが、これには懸念点がいくつもある。
まず第一に、汚い。
大小便が通るところなんだから、汚いに決まっている。
それに、海には殺人鬼であるサメがいる。
なるべく海からの脱出は避けるべきだ。
これまでに脱出を試みた奴らは、その全てが溺死かサメに殺されたかだ。
やめておくのが賢明だろう。
後は、俺の魔術による牢獄からの正面突破だ。
俺の土魔術で、この鍵穴に適合する形の鍵をいくらでも作れる。
ほら、ナルシスの件の時に一度やったことがあるやつだ。
だが、こちらにも懸念点がある。
正面突破なんてしようとしたら、確実に他の衛兵やらに見つかってしまう。
そうなってしまえば、大人しく捕まるか、衛兵の命を奪うしかなくなってしまう。
もちろんまた捕まってしまうのは避けたいが、犠牲は払いたくない。
人を殺してしまえば、いよいよ殺人の罪に問われてしまう。
それだけは、絶対にナシだ。
それ以外にも、色々考えた。
考えた結果、辿り着いた結論。
それは、
「正面突破です」
ズバリ、これだ。
---
俺の発言に、再び沈黙が生まれた。
無理もないだろう。
色々な小細工をしたり、盗賊ならではの悪知恵を働かせたり。
脱獄ってのは、大体そんなものだろう。
正面突破なんて、馬鹿の考えることだ。
そう、俺は馬鹿だ。
馬鹿だから、他に方法が思いつかなかったのだ。
「正面突破って……アンタ、正気かい?」
「もちろんですとも」
「この牢屋を出られたとして、この監獄はかなり入り組んでるって聞くぜ。
それに、何人の見張りの衛兵がいると思ってんだ?」
「誰も、『監獄の中から』とは言っていませんよ?」
「どういう意味だ?」
正面突破というワードだけでは、ちょっと抽象的すぎる。
まあ、捉えようによっては正面ではないと思うかもしれないが。
「海からですよ。海から」
「は?」
三人は、声を揃えて懐疑的な眼差しを俺に向ける。
海からの脱獄は、成功者が一人もいない。
かといって、内部からの突破も困難だろう。
なるべく人間の犠牲は払いたくない。
「海から脱出だと?
どうやってやるのだ?」
「殺すんですよ。サメを」
「あの化け物を、殺すだって?
アタイは、何回アンタの正気を疑えばいいんだよ」
冗談で言っているのではない。
俺はいつだって本気だ。
俺が払いたくないのは、俺達四人やこの監獄にいる衛兵達の犠牲だ。
海で何人も人を喰ってるサメなんて、知ったこっちゃない。
俺の話を全然聞いてくれない奴らに腹が立つのは事実だが、殺しまではしたくない。
人間を殺せば、罪に問われる。
だが、動物ならあるいは、って話だ。
なんて言ったら、動物愛護団体に怒られそうだが。
殺されそうになったから正当防衛で殺したということにすれば大丈夫なはずだ。
犬とか猫とか、害を及ぼさない動物を殺すのは、心が痛む。
でも、あのサメはいくつもの命を奪ってきた。
極悪人だっていたかもしれないが、俺みたいに冤罪にかけられた人だっているかもしれない。
なにせ、あの衛兵たちのことだからな。
だから俺は、微塵も心が痛まない。
俺は何もやっていない。
何度だって無実を主張し続ける。
それでも聞く耳を持たないなら、どんな手を使ってでもここから出る。
そして、エリーゼ達のもとに帰って、また旅を続けるのだ。
俺はこの監獄を、旅の終着点にするつもりはない。
「第一、オレ達はあんまし戦えねえぞ?
だって、相手はサメだろ?
ってことは、海で戦わなきゃならないじゃないか」
「地上ならある程度は戦えるんだけどね。
海の上となると、魔術も使えないアタイらには無理だよ」
「私も、魔術の類は使えない」
おっと。
雲行きが怪しい。
そうだ、忘れていた。
こいつらは、ランスロット達とは違う。
バケモノみたいな強さのランスロット、
凄腕魔術師のシャルロッテ、
そしてウルトラ可愛くて強い剣士のエリーゼ。
俺の今の仲間は、その三人ではない。
まともに戦えるのは、俺だけってことか。
「いいでしょう。僕がサメの相手をします」
「お前一人でか?
そんなに小さな体で、あのサメの相手をすると言うのか?」
「はい 逆に、それ以外の方法があるんですか?」
「ベル、アンタはまだ若いんだ。
命は大事にしなきゃならない。
そんなに投げやりになる必要なんて……」
「僕を待っていてくれる人たちがいるのに、投げやりになんてなれませんよ」
実際の所、どうなのかは分からない。
俺が居なくなったことで、エリーゼ達はどうなっているだろうか。
もう俺のことは諦めて、三人でラニカを目指すことになっているかもしれない。
なんてことを、俺はこの一晩で何度も考えた。
でも、俺は信じている。
エリーゼ達は、俺のことを探している。
明確な根拠なんてものはない。
これまでみんなと一緒にいた時間が、俺を信じさせてくれている。
俺を、待ってくれている。
それか、俺を助けに来るかもしれない。
脱獄なんてしなくても、助けを待つことだってできる。
何とかして、この監獄から俺を連れ出してくれるかもしれない。
だが、それではダメだ。
きっと、皆は殺しを厭わないだろう。
ここにいる衛兵や見張りが全員極悪人なら、話は変わる。
違うだろう。
何も悪いことなんてしていない人間は、殺されるべきではない。
確かに、俺を間違えて捕らえたことは許されざることだ。
でも、それは絶対悪ではない。
――あの時、俺は学んだ。
人は、簡単に死んでしまうのだと。
だから、そんなに簡単に、命を奪ってはいけない。
……この三人が盗賊であることであることは間違いない。
もし脱獄に成功すれば、俺は犯罪者の脱獄に加担したことになる。
それによって、今度はちゃんと罪に問われるかもしれない。
でも、人の命に比べれば安いものだろう。
俺は、やるぞ。
一人も犠牲にさせずに、脱獄してみせる。
「分かった。その方向で固めるか」
「ゾルト、アンタ……」
「ベルはきっと、自分のためだけじゃなく、オレ達のことまで考えてくれてるんだよ。
オレ達はベルと違って有罪だ。
ベルは無実なのに、更に罪を重ねようとしているオレ達の肩を持ってくれようとしてくれてるんだぜ。
ヒヨってられるかよ」
昨日から、思うことがある。
ダリアよりも、実はゾルトの方がリーダー適性があったりして。
いや、シェインの意見にも影響されがちだな。
そもそもが流されやすい性格なのかもしれないな。
「それをやるとするなら、いつやる?
アタイらにも、心の準備ってもんがあるんだけど」
「今すぐに……と言いたいところですが、僕も流石に心の準備ができてませんからね。
明日か、明後日かにしましょう」
どこかホッとしたような表情を見せるダリア。
これ、ダリアは相当ビビってる説があるな。
実際戦うのは俺だってのに。
とりあえず、作戦は思ったよりも早く決まった。
二週間くらいかけるとか言ってたが、俺の意見によって一気に短くなった。
最短で明日、最遅で明後日。
どちらにせよ、決行の日は近い。
それまでに、色々と準備をしなきゃな。
---
「――」
エリーゼ達は宿に戻り、ギルドで聞いた様々なことを整理した。
ベルは、衛兵によって捕らえられた。
上流貴族の徽章を盗み出し、逃走を図ったと。
そしてギルドの前で、堪忍したように大人しく捕まったと。
それを聞いて、エリーゼは激高した。
受付嬢に手を振り上げ、殴る寸前までいった。
ランスロットとシャルロッテに抑えられたエリーゼは、大きな声をあげて泣いた。
そして今、全てを失った廃人のように、エリーゼは枕に顔をうずめている。
「これから、どうしましょうか」
「どうしたもこうしたも、ベルが捕まった以上、旅どころじゃないでしょ」
いつもよりも遥かに低い声で、エリーゼはそう言った。
一行がしている旅の目的は、ベルとエリーゼの故郷に帰ることだ。
ベルが欠けてしまっては、この旅を続けることはできまい。
貴族の、それも上流貴族の徽章を盗むという行為は、国によっては極刑に当たる場合もある。
ミリアにおいてはそこまで重い罪にはならないが、数か月の禁固刑を食らう可能性がある。
基本的には、何もしなければ一定期間で出してもらえる。
何もしなければ、だ。
余計な真似をしてしまえば厳罰になることもある。
「エリーゼ、シャルロッテ。
一つ、聞きたいことがある」
ランスロットは、宿に戻ってから初めて口を開いた。
いつもは何とも言えない存在感を放っていたランスロットが、存在感の欠片もなくなっていた。
「お前達は、これからどうしたい?」
「だから、旅なんて続けられないって……」
「俺は、どうしたいかを聞いている」
ベッドを叩いて立ち上がろうとするエリーゼを、声だけで制した。
エリーゼはたじろいで、再びその場に座った。
そして、下を向いてベッドのシーツを握りしめる。
「……何も、したくないわ」
エリーゼからの返事は、それだけだった。
ベルが捕まり、監獄へ捕らえられているだなんて、信じたくないのだ。
いつも強くて、優しくて、誰よりも頼りになるベル。
そんな彼が犯罪に手を染めるなど、考えたこともなかったから。
だからこそ、エリーゼはショックを受けているのだ。
数か月経てば、彼は戻ってくる。
だが、その数か月は、エリーゼにとっては長すぎる。
「エリーゼ。お前は、ベルがあんなことをする奴だと思うか?」
「……どういう意味よ」
「あれだけ人のために、命を懸けて戦ったベルが、盗みなどを働くと思うか?」
ランスロットは低い声で、しかし柔らかな声で、そう言った。
エリーゼとシャルロッテは、顔を見合わせた。
「……そうよね。
きっと、何かの間違いよね」
「私も同感です。
ベルがそんなことをするとは思えません。
私みたいにお酒に酔うなんてこともありませんし」
エリーゼとシャルロッテは、ハッとした。
ランスロットは、端から分かっていたのだ。
聖級魔術師、そして名高いソガント族の戦士がいながらも度々訪れるピンチを、ベルが何度も救っていることを知っている。
名も知らない少女たちのために、命を投げ出してまで助けようとした彼の姿を知っている。
三つも歳上のエリーゼのために、船のあちこちを奔走した彼を、知っている。
少なくとも、人を陥れることをすることはないと、ランスロットは知っている。
――否、信じているのだ。
「もう一度聞く。
二人とも、これからどうしたい?」
「そんなの、決まってるわ」
エリーゼは、おもむろに立ち上がった。
シャルロッテと、ランスロットの目を見て、拳を握る。
そして、いつも通りの堂々とした声で、
「――ベルを、助けに行きましょう」
胸を張って、そう言い放った。
「でも、助けるってどうやるんですか?
聞いた話だと、この都市国家の監獄は物凄い所に建てられていると聞きましたが」
「ああ。恐らく、ベルが捕らえられた監獄というのはミリアの『海上監獄』だろう」
「海上? ってことは……」
「文字通り、海の上に存在する監獄だ」
シャルロッテとエリーゼは、一瞬眉をひそめた。
海の上のある、監獄。
外部からの侵入方法は、当然ながら民間には一切公開されていない。
旅行客ならば尚更知るまい。
故に、国民に聞き出そうとしてもなんの情報も得られない可能性が高い。
もっとも、監獄への侵入方法などを聞き出すなど、もはや自殺行為でしかないのだが。
これらが、何を意味するのか。
「そんなの、どうすればいいのよ!」
普通の方法では、どう足掻いても侵入は不可能であるということだ。
監獄自体は、陸地、つまりミリア都市国家からは10キロメートル近く離れている。
どんな超人でも、海を泳いで渡るなんてことは難しいだろう。
しかし、捕まった犯罪者を運ぶ術は確かに存在するのだから、どうにかして入る方法はある。
「とりあえず、どの辺りに例の監獄があるのか、まずはそれを把握するところからですね」
「じゃあ、明日から作戦開始ね」
「今日はもう、ゆっくり休むとしよう」
---ベル視点---
二日後。
俺達は、作戦を立てた。
まず、この牢獄を仕切っている鉄格子。
一緒に脱出するなら、まず四人が一緒になることが重要だ。
しかし、どうやってこの仕切りを無くすのか。
簡単な話だ。
俺の土魔術で、地盤を緩くする。
そうすることで、鉄格子は簡単に機能しなくなるだろう。
試しに少しだけやってみたが、やはり俺の読みは正しかったらしい。
でも、問題はどうやって外に出るかだ。
もう盛大にぶち壊してもいいんだが、それだと監獄の今後にかかわる可能性があると言われた。
今から脱獄しようとしてるやつがそれを言うかね。
とにかく、乱暴な方法ではだめらしい。
一応、まだ四人の合流はしていない。
不用意に合流なんてして、見回りに来た奴に見つかったらそこでゲームセットだ。
作戦は一気に決行したほうが良いだろう。
「窓の一つや二つくらいあれば何とかできそうでしたけどね……」
「アタイらの上の階よりも上には、鉄格子でできた小窓があるんだけどね」
なんやて工藤。
一番下の階層であることが裏目に出たか。
窓さえあればなあ……。
「やっぱ、ベルに壁をぶっ壊してもらうのが一番手っ取り早いんじゃねえの?」
「それはダメだと言っているだろう」
「じゃあ他に方法があるってのかよ!」
「今それを話し合っているんじゃないか」
「はいはい、喧嘩しない」
シェインとゾルトは、いつもこんな感じなんだよな。
仲がいいんだか悪いんだか。
喧嘩するほど仲がいいなんていうし、本当は仲良しなんだろうけど。
でなきゃ同じ盗賊グループになんて入らないだろう。
でも正直、力業以外に方法が思いつかない。
鉄格子と同じように、土魔術で地盤をいじることもできるが、それだとこの建物全体の崩落に繋がりかねない。
そうなれば、この中にいる人間もろとも、海の底に沈んでしまうだろう。
ドラ〇もん、通り抜け〇ープ出してくれ。
それさえあれば全てが解決するんだ。
「ちなみに、そのトイレから出るってのはナシだよな?」
「前にも言ったけど、それだけは勘弁だね。
そもそも、排管がどのくらいの大きさなのか分からない以上、危険だろ」
「人一人通り抜けられるくらいの大きさならいいですが、そうでなかった場合は確実に死にますね。
知らない人間の糞尿もろとも」
「うぇ、最悪だ……気持ち悪くなってきた……」
俺も自分で言っておきながら気持ちが悪くなった。
絶対にここから出るのはナシだな。
となると、いよいよ可能性が潰れてくるな。
さて、どうしたものか。
壁を壊すのも、地盤をいじるのも、トイレからの脱出も消えた。
ダメだ、何も思いつかない。
と、その時。
「――おい、お前ら。
海から異常が感知されたらしい。
早めに、屋上に上がって来い」
「海から異変?」
「そうだ。詳しい話は、囚人が揃ってから聞かせる。
とにかく、下にいては危ないそうだ」
他の海に比べてかなり穏やかな海であると聞かされていたが、そんなこともあるんだな。
せっかくいい感じに計画が進んでいたのにな。
何もなければいいが。
俺達は導かれるまま、監獄の屋上に上がる。
「異変って何だろうな?」
「さてな。今までこんなことなんてなかったしよ」
顔に入れ墨の入った屈強な男たちの会話が聞こえる。
ありゃ何人か殺してるだろうな。
あれで万引きとかだったらちょっと面白いが。
「私はここに来てから長いが、こんなことは初めてだな」
「ああ。ただごとではないような気がする」
「ふ、不安になるからやめてくださいよ」
「そうだぞ。ベルはしっかりしてるが、一応まだ子供なんだぜ?
大人が子供を不安にしてどうすんだよ」
俺が女なら、ゾルトに惚れていたな。
一緒に屋上へと上がる囚人たちは、絶えずざわめいている。
何事もなければいいが。
---
「探すって言っても、探すあてなんてどこにもないわよ?」
「ベルが監獄に囚われているのは確かだ。
ベルの行方を追うというよりも、どうやって監獄に向かうかを探さなければならん」
「そうだったわね……。
でも、どうやって向かうかなんて、あたし達に知る術なんてあるの?」
「一番手っ取り早いのは近隣の人達に聞き込みをすることですね。
それか、古い文献を漁ってみるか……」
日が昇ってから、エリーゼ達はベルの捜索を始めた。
捜索というより、監獄の場所を突き止めるというべきか。
ベルの行方は分かっているが、肝心の居場所が分からないことには助けようがない。
「本なんて読んでたら日が暮れちゃうわ。
聞き込みが早いんじゃないの?」
「同感だ」
「ですが、かえって怪しまれませんか?」
「どうしてよ?」
「だって、自ら監獄に向かおうとしている人間なんて怪しくないわけないじゃないですか」
「シャルロッテ。冷静に考えてみろ。
囚人と面会をすると言えば、何も怪しいことはないだろう」
「あっ……」
シャルロッテは察したような顔をした。
何も、自首をしに行くわけではないのだ。
いくら世界随一のセキュリティを誇るミリアの監獄でも、囚人との面会は許される。
なにせ、脱獄を試みる人間も、囚人を連れ出そうとする人間も、普通ならば現れないのだから。
エリーゼ達は、衛兵に話を聞いてみることにした。
「すみません」
「はい?」
「ミリア監獄に捕らえられている囚人との面会を希望しているのですが、行き方を教えていただけませんか?」
「ミリア監獄ですか。
ちなみに、囚人のお名前は?」
「ベル・パノヴァよ」
「ベル……もしかして、上流貴族の徽章を盗み出した罪を犯した、あの?」
「そうだ」
衛兵は少し考え込むように顎を引く。
ベルの犯した……正確にはベルではないのだが、ベルが着せられた濡れ衣というのは、国や地域によっては極刑になってもおかしくないレベルの犯罪である。
「会わせていただけないでしょうか?」
「いいでしょう。私についてきてください」
衛兵はそう言って、一行を連れて歩き出した。
「大丈夫かしら、ベル」
「投獄されているだけのはずですから、身の危険はないでしょうけど……」
「世界随一のセキュリティを誇る監獄ですからね」
「そもそも、ベルは何もしてないのよ。
無実の罪で捕まっちゃったの」
「!?」
衛兵はぎょっとした表情をして足を止めた。
カタカタと、体が震えだす。
「どうかしましたか?」
「……いえ、その……」
衛兵の額に、噴き出すように脂汗が浮かぶ。
違和感に気づいたシャルロッテは衛兵に声をかけるが、狼狽のあまりまともに会話ができる状態ではない。
「――申し訳ありませんでした!」
道行く人間が揃って振り向くほどの大きな声で、エリーゼ達に頭を下げた。
否、土下座した。
「どっ、どうしたのよいきなり?」
「彼を捕らえたのは、他でもない私です!」
「――!」
その瞬間、エリーゼが剣を抜いた。
地面に突く衛兵の頭に剣先が届く寸前で、ランスロットの槍がそれを弾いた。
「どうして止めるのよ!」
「簡単に剣を抜くな」
「でも、こいつは何もしてないベルを気絶させて投獄までしたのよ!」
「それでも、剣を抜いていい理由にはならない」
剣を弾かれたエリーゼは、ランスロットの胸ぐらを掴んで激高する。
ランスロットは全く動揺する素振りも見せず、エリーゼを諭す。
シャルロッテもエリーゼの肩にポンと手を置き、「落ち着きましょう」と一言言った。
「今すぐに皆様をミリア監獄へお送りいたします」
「早くしてちょうだい。
転移する魔術とか使えないわけ?」
「そ、そう言われましても……」
「送り届けてくれればそれでいい。
そう焦ることはない」
「そうですよ。
誰にだってミスはありますから、そう抱え込まなくても大丈夫です」
「皆さん……ありがとうございます」
衛兵は涙を流しながら、再び歩き出した。
「エリーゼはもう少し、寛容にならないとですね」
「気持ちは分からんでもないが、悪意があってやったことではないのだ。
それに、もうエリーゼは怒っていないだろう?」
「ま、まあね!
悪かったわね、えっと……衛兵さん」
「エリーゼ様は謝るべきではないです。
私なんか、謝られる立場ではないので」
シャルロッテとランスロット、二人の大人に宥められる衛兵を横目に、エリーゼは遠くに見える大きな建物に目をやる。
海上に浮かぶ、大きな建物。
「ねえ、もしかしてあれがミリア監獄?」
「はい、そうです」
「思っていたよりもはっきり見えるな」
「今は快晴なので綺麗に見えます。
ですが――」
衛兵が何かを言いかけたその時、耳を劈くような轟音と共に、衝撃波に近い突風が吹き荒れた。
下手をすれば体ごと飛ばされそうな風。
それぞれが持っている武器を地面に突き刺して、力いっぱい踏ん張る。
エリーゼは薄目を開けて、周りの状況を確認する。
突如吹いてきた突風に飛ばされる人。
突風によって飛ばされた物に当たって飛ばされる人。
エリーゼ達のように踏ん張る人もいるが、次々に飛ばされていく。
そして突風が止み、エリーゼは広い海の方を見る。
「――っ!」
エリーゼは、目を見開いた。
広大な海に浮かんでいた巨大な監獄は、一瞬のうちに見えなくなった。
――――見上げるような巨大な波が、凄まじい速度でこちらに向かってきていた。
そして一瞬のうちに、エリーゼ達は波に飲み込まれた。




