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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第3章 少年期 『死を呼ぶ双星』編

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第二十話「水上都市・ミリア」

 ミリア都市国家。

 通称、「水上都市」。


 その通称の文字通り、この国はさながら水の上に浮かんでいるようにも見える。

 いや、見えるなんてもんじゃない。

 この都市は、水の上に浮かんでいる。


 遠い遠洋からでもそれとわかるくらい、巨大な街だ。

 聞くところによると、ここは世界で唯一の水に浮かぶ「都市国家」であるらしい。

 そりゃそうだ。

 こんな街がコロコロあってたまるか。


 ブルタ王国の中に存在する最大の都市、ミリア都市国家。

 水上都市と呼ばれるだけあって、水が今までに見た中で一番透き通っている。


 そして、デュシス大陸に上陸したということは。


「人族ばっかりね!」


 これまで竜人族ばかりだった人間が、ほとんど人族になった。

 転移する前までこれが普通に光景だったのに、何故か違和感を覚える。

 角も生えてないし、皮膚の色もほとんど肌色だ。


 今日からまた何週間か、この街に滞在する。

 大陸を渡るためにほとんどの金を使ってしまったため、また旅費を稼がなければならない。

 また運よく事件に巻き込まれて大金を稼げればいいのだが。

 人生はそう甘くない。


「とりあえず、宿を取ろう」


 ランスロットのこの言葉も、もはやデジャヴュのように思える。

 これから何回聞くことになるやら。


 俺達以外に人間語を喋っている人が周りにいるのが違和感でしかない。

 看板に書いてある文字も、全て人間語だ。

 たった三ヶ月天大陸にいただけで、全く目が慣れない。


 船旅は、過酷を極めた。

 道中で何度も死ぬような思いをした。

 一番死の危険を感じたのは、クラーケンの襲来があった時だろう。

 思っていた五倍は大きかったな。


 クラーケンは八本の巨大な足で、船を転覆させようとしてきた。

 乗っていた乗客の中に冒険者も何人かいたため、協力しながらなんとか撃退したものの。

 足を斬っても斬っても無限に生えてくるから、かなり危ないところだった。

 八本の足を同時に斬ったことで、クラーケンは消滅した。


 後は、エリーゼの介抱が大変だったな。

 ランスロットの言った通り、一週間が経った頃から天候が悪化。

 それと共に船の揺れもかなり激しいものとなった。


 俺はそれでも船酔いはしなかったが、エリーゼの症状がひどかった。

 魔力が尽きる寸前までエリーゼの治療に専念する、というのを一週間ほど続けたところ、

 天気が回復したと同時にエリーゼの体調も回復した。


 もう二度と船旅はごめんだ。

 と言いたいところだが、残念ながらもう一度船に乗らなければならない。

 デュシス大陸は、俺達のゴールではない。

 いわば、チェックポイントみたいなものだ。


 デュシス大陸の南端に位置するミリア都市国家から、歩いて北上する。

 そして進路を東に変えて進む。

 道中にどんな街に寄るかとかは、あまり明確に決まっていない。

 ただ、ランスロットの描いた世界地図には、中央大陸とデュシス大陸の間に陸地は存在しなかった。

 つまり、二度目の地獄が確約されたわけだ。


 ……エリーゼが弱っていて、凄く甘えん坊だった姿は、しっかりと脳と瞼に焼き付けておいた。

 危うく手を出してしまう所だったが、弱みに付け込むような男ではない。

 俺はそのあたりをきちんと弁えている立派な紳士なのさ。


 宿に入り、手続きを済ませ、部屋に入る。

 今回も二部屋しかとれなかった。


 ということは、


「あたしはシャルロッテと一緒の部屋にするわ」

「はいはい……あれ?」


 ……あれ?

 いつもの流れなら、「あたしはベルと一緒の部屋がいいわ!」と駄々をこねるところじゃないか。

 まあ、エリーゼにも気分というものがあるのだろう。


「エリーゼは、ベルと一緒ではなくていいのか?」

「ええ」

「珍しいですね。何かあったんですか?

 喧嘩でもしましたか?」

「別に、そういうわけじゃ……」


 エリーゼはシャルロッテから目を逸らす。


 ん?

 何かやましいことでもあるのだろうか。

 俺に隠し事でもしているのか?


 エリーゼの顔を覗き込むと、慌ててそっぽを向かれてしまった。

 え、もしかして俺が何かしただろうか。

 治療の時に服のボタンを開けていたから、その間から二つの丘を拝んだのがダメだったか。

 まだ山とは言い難い大きさだが順調に……じゃなくて。


「とりあえず、今日は各々ゆっくり休め。

 俺も流石にこの船旅は堪えた」

「分かりました。

 皆さん、おやすみなさい」

「今から寝るんですか……」


 ランスロットは、これまた珍しくグッタリとした様子で部屋へ入ってしまった。

 シャルロッテも欠伸をしながらその場を後にした。

 残ったのは、俺とエリーゼのみ。

 やけに気まずいな。


「あの、エリーゼ?」

「おやすみ」


 エリーゼは俺に見向きもせずに、シャルロッテの後を追うようにして扉に手をかけた。

 一瞬動きを止めたが、やはりそのまま勢いよく扉を閉めた。


「えぇ……」


 昨日までこんなことなかったのにな。

 急激な心の変化があったのかもしれない。

 エリーゼは、あと半年もしないうちに13歳を迎える。

 もう中学生の歳だ。

 あ、芸人の方じゃないぞ。


 中学生あたりから本格的に思春期が始まる人が多いだろうし、

 もしかしたらエリーゼもそうなのかもしれない。

 だとしても、ああも冷たくされるのはキツイ。


 皆疲れているようだが、俺は不思議と疲労はない。

 エリーゼの介抱に着かれているといえばそうだが、最後の一週間はゆっくりできたし。


 一人で、「水上都市」の観光でもしてみようか。

 どうせ暇だし、まだ外は全然明るい。

 また遠くないうちに冒険者活動を再開するだろうから、今のうちに観光を楽しんでおこう。


---


 ラゾンも良かったが、流石は都市国家と言ったところか。

 何から何まで、全部デカい。


 建物、売っている魚の大きさ、後はすれ違う女性達の胸筋。

 最後のは決して変な意味じゃなくてだな。

 てか、そんなものは街の大きさと全く関係ない。


 こうして一人で街を歩くというのも、たまにはいいな。

 そりゃみんながいたほうが賑やかで楽しいだろうが、

 何も言わずただ街を見て回るのも趣があっていい。


 アヴァンを歩いていた時にも思ったが、都会は歩いているだけで楽しい。

 目新しいものばかりが目に飛び込んでくるから、見ていても飽きない。

 ただ、肉体的には相当疲れるが。


 ミリアにはどのくらい滞在するんだろうか。

 何週間かということは聞いているが、しばらくここに滞在したいな。

 まだ何もミリアについて知らない状態ではあるが、既に俺はこの街が好きだ。

 綺麗なのはもちろんのこと、こんなに人が多くて建物も多いのに、空気が淀んでいない。

 海が近いということも関係しているのかもしれないな。


 グレイス王国のアヴァンは、到底空気が美味しいとは言えない。

 なんというか、こう……淀んでるんだよ。


 それは置いておいてだな。

 俺は今、猛烈にエリーゼのことが気になっている。

 どうして、あんな塩対応をされてしまったのだろうか。

 何も悪いことをした覚えはないんだけどな。


 あれはその、なんというか、不可抗力であってだな。

 胸元が開いていたら、男ならだれでも視線を向けてしまうだろう。

 それを免罪符にするのはあまりよくないとは思うが。


「あ」


 やべ。

 お金を宿に忘れてきた。

 何か買おうと思って出てきたのに。

 財布を忘れて愉快なベルさんってか。

 字数が合わんな。


 うーむ。

 今から取りに帰るのは面倒だな。

 無理にものを買う必要はないか。

 いやでも、エリーゼが何か怒っているんだとしたら、申し訳程度にささやかなプレゼントをあげてみてもいいが……


 金がない以上、どうすることもできないか。

 そのあたりに生えている適当な花でも摘んで帰るか。

 昔、母の日にタンポポを摘んで母にプレゼントしたことがあったな。


 今、彼女はどうしているのだろうか。

 日本にいる実の母親にしても、この世界での母親であるロトアにしても。

 なんとかどっちも、無事に生きていて欲しい。


「ギルドに行ってみるか」


 なんて独り言を吐いたものの。

 もちろん、ギルドの場所なんて知るはずもない。

 都市の全体図が描かれているところとかないのだろうか。

 探せばありそうではあるが。


 こんなに大きな都市なんだから、マップの一つや二つないと、新参者は生きていけないぞ。

 天大陸からの観光客も少なからず来るだろうし。


「あっ、あった」


 とか何とか言っているうちに、地図のようなものを見つけた。

 うわ、人間語を読むのは久しぶりだな。

 海外留学に行った後ってこんな感じなんだろうか。


「冒険者ギルド、冒険者ギルド……こっちか」


 入念に方向を確認し、宿までの道も記憶しつつ、ギルドへ向かった。




 数十分歩いて、辿り着いた。

 久々にこんなに足を動かしたから、既に足がパンパンだ。

 ここから宿まで一時間くらいかかるし。

 転移魔術みたいなものがあればな。

 もう全世界のいたるところに転移魔法陣を設置してくれ。

 世界旅行が楽になる。


「ちっ! どけ!」

「うわっ!?」


 なんだよ!

 急に飛び出してきたかと思えば、おもっくそ肩をぶつけてきやがった。

 ……なんだあれ。小さいな。

 子供か?

 いや、子供にしては声が低かったような。


 小人族ってやつか?

 いや、屈強そうに見えるからドワーフか。

 どっちでもいいが、気に食わん奴だな。

 別に、追いかけてどうこうするなんてことはしないけど。


「――いたぞ!」


 大きな男の声が、辺りに響き渡る。

 今度は何だ?

 盗みでも起こったのか?


 もしかして、さっきの小さい奴のことだろうか。

 俺に似た金髪に、灰色のローブ。


「あっちに行きましたよ」

「お前だな」

「……えっ?」


 小さな奴が逃げた方向を指さすと、鉄槍を持った衛兵が何人もやって来た。

 そして、俺を取り囲んだ。


「え? え?」

「ようやく観念したか」

「観念も何も、僕じゃありませ――」


 俺は言い訳をさせてもらう余地もなく、衛兵達に捕らえられた。




---エリーゼ視点---




 あの日から、ベルの顔がまともに見られなくなった。

 今まで、こんなことはなかったのに。


 初めて船に乗って、初めて船に酔った。

 その時にベルから向けられた優しさを、あたしは忘れられなくなってしまった。

 自分なりに言葉にして伝えたつもりだったけど、全部を伝えきれたわけじゃない。


 あたしよりもずっと小さな体のベルが、無理をしているように見えた。

 あんなに小さな体で頑張ってくれてるのに、あたしはベルをぞんざいに扱っている。

 そんな自分が、改めて許せなくなった。


 あの日以降は、普通に顔も見れたし、喋ることだってできた。

 でも、船を降りた途端に、また感情がこみあげてきた。

 それをベルに知られたくなくて、あたしはベルにあんなに酷い態度をとってしまった。


 これ以上優しさを向けられたら、あたしはきっと壊れてしまう。

 あたしは、ベルが好きになってしまう。


 ――ダメ。

 あたしはどうしようもなくわがままで、傲慢な性格をしている。

 そんなあたしがベルを好きになるなんて、そんなのは絶対にダメ。


 一旦距離を置けば、大丈夫よね。

 この気持ちも、きっとどこかにいってしまう。


 しばらく顔を合わせなければ、どうってことないわ。

 

「エリーゼ。どうして、ベルを避けてるんですか?」

「っ……!

 どうして、あれだけでそんなことが言えるのよ」

「顔を見ればわかりますよ。

 本当は、気分でも何でもなく、何か理由があるんでしょう?」


 隣で部屋着に着替えているシャルロッテは、あたしの顔を覗き込んだ。

 何で、あんなに短時間でそんなことまで分かったのだろうか。


「ベルのことを、嫌いになってしまったんですか?」

「そっ、そういうわけじゃ……」

「ですよね」

「ですよねって何よ」


 シャルロッテは微笑んで、再び着替え始めた。

 せめて服くらい着てから喋りなさいよね。


「いえいえ、私はとっくに気が付いているので。

 ランスロットはどうかわかりませんが」

「気が付いてる?」

「……エリーゼは、ベルが好きなんですよね?」

「んな、がっ……!」


 自分でもびっくりするくらいの驚きの声が出た。

 ど、どこでそんなことに気が付いたというの……?

 い、いや!

 あたしはまだ、ベルを好きになったわけじゃ……


「いつも微笑ましく見ていますよ。

 まだまだ経験が浅いなりに、頑張ってベルにアプローチをかけているところとか。

 可愛いなって感じで、ニコニコしながら」

「しゃ、シャルロッテは、そんなこと言える程の経験があるって言うの?」

「そっ、それは……。

 い、今はエリーゼの話をしているんですよ」


 そうやって誤魔化すのはずるい。

 後出しじゃんけんみたいなものじゃない。

 最近、ベルに教わったやつ……。


「好きであるが故の『好き避け』。

 思春期にありがちなんですよね。

 わかります」

「シャルロッテも、経験したことがあるの?」

「いえ、本で読んだだけですが」

「何なのよ!」


 シャルロッテは「ふふっ」と笑って、あたしの頭に手を伸ばした。

 シャルロッテに頭を撫でられるのは、何だか新鮮な感じがする。

 大体いつも、ベルが……


「まあどのような理由であれ、

 あからさまに避けてしまうのはベルにとっても、エリーゼにとっても良くないと思いますよ。

 これからまだまだ長い旅になるんですし、こんなところで関係に亀裂が生じてしまうのはまずいです」

「そう、だけど……」

「ベルは今、一人で都市を散策しています。

 戻ってきたら、顔を合わせましょう。

 誤解を解かないことには、ベルも傷ついたままだと思いますよ」

「どうして、ベルが街を歩いてるってわかるのよ?」

「こっそり見守っていましたからね。

 エリーゼが扉を閉めた後、ベルはしばらくその場に固まっていました。

 きっと、自分が何かしたのではないかと不安になっているんじゃないでしょうか」


 まさか。

 ベルは、あたしの嫌がるようなことはしない。

 たまにちょっかいをかけてきたり、イジられたりはするけど、

 心から嫌がっているわけじゃない。


 でも、もしシャルロッテの言う通り、勘違いをさせてしまっているんだとしたら、

 戻ってきたら謝らなきゃね。

 あんな態度で突き放した矢先、顔を合わせずらいけど。


 ここでまた一歩、大人になるのよ。




---ベル視点---




「……」


 目が覚めると、冷たい床の上に横になっていた。

 周りは鉄格子のようなもので囲まれている。

 何か、見たことあるシチュエーションのような気がしてならないんだが。


 確か、ギルドに行こうとして、小さな奴にぶつかられて……。

 あ、それで衛兵がやってきて、捕まったのか。


 なるほど。

 わからん。

 そもそもどうして俺が捕まらなきゃならないんだよ。

 今日この都市に来たばかりの旅行客だぞ。

 確かに金はなかったが、盗みを働くほど馬鹿じゃない。


 あの衛兵達が追っていたのは、あの小さなドワーフで間違いないだろう。

 俺は、そのドワーフに間違えられたということか。

 小さいのは認めるが、そんなに似ていただろうか。

 取り調べも全くさせてもらえずに即投獄とは、中々決断がお早いことで。


 ついこの間、こういう牢獄のような所に捕らえられたような。

 その時は上手く脱出できたが、今回は相手が違う。


 前回は、相手が完全な悪であった。

 だが今回の相手は、都市国家の治安を守るために働いている衛兵だ。

 脱獄を試みて、失敗してさらに罪が重くなったら元も子もない。

 というか、俺は犯罪なんて犯していないけどな。


 そうなってくると、ますますこれからどうしようか。

 何とか俺が無罪であることを証明して出してもらうほかないか。

 しかし、捕まった時に聞く耳すら立ててくれなかったくらいだからな。

 何を言っても無駄な気がしてならんのだが。


 おいおい、せっかく無事にデュシス大陸に渡れたっていうのに。

 何で初日に、冤罪で投獄されなきゃならないんだ。

 エリーゼのことも気がかりだし、他の皆だって心配するだろう。


「早いとこ、ここを出ないとな……」

「無理だと思うぞ」

「うわっ! びっくりした!」


 何だよ、驚かすなよ。

 横を見ると、屈強そうな男が座っていた。

 頭に毛が無くて寒そうだな。


「……何、じっと見ている」

「い、いえ。何も」


 これ、思っている以上にまずい状況なんじゃなかろうか。

 犯してもいない罪で問答無用で投獄、牢屋の中には強面な男。

 しかもめちゃくちゃ怖そうだぞ。

 お父さん、お母さん。

 俺はこれから、どうやって生きていけばいいのでしょうか。


「……お前は、何をしてここに来た」

「えっと、その……えっ、冤罪です」

「冤罪? 何の冤罪をかけられたんだ?」

「何も分かりません。

 ドワーフのような人にぶつかられて、その後を追ってきた衛兵に捕まりました。

 それで、目が覚めたらここに」

「相変わらず、乱暴なやり方をするものだな。

 この街の衛兵は」


 強面の男は、低い声でそう言い放つ。

 人とか殺してそうな目つきだ。


「この街に来て長いんですか?」

「もうすぐ三年経つ」


 へえ、じゃあこの人は今日から俺の先輩になるってわけか。

 話して見たら意外と話の通じるやつじゃないか。


「ここから出ようなんてことは、思わないことだな」

「どうしてですか?」

「簡単な話だ。ここはな」


 男は立ち上がり、部屋に光がさしている小窓を見た。

 そして、


「――ここは、海のど真ん中にある監獄だからな」


 は?

 ここが海のど真ん中だって?

 そんなわけがないだろう。

 ミリアの中にある監獄なんだろ?


「――!」


 小窓を覗いた瞬間、俺の疑問は全て否定された。

 ここは本当に、正真正銘、海のど真ん中だ。


 遠くの方に、さっきまでいたはずのミリアが見える。

 一体、何の冗談だよ。

 ここまでやることなのか?

 それとも、あのドワーフはここにぶち込まれて当然の犯罪を犯したというのか?

 ただの盗みなら、こんなところまで連れてこないだろう。


 ……マジでやってくれたな、あのクソチビ。

 俺もチビであることは一旦置いといてだな。

 次に会った時には、俺があいつをここにぶち込んでやる。


「気の毒だな」

「気の毒なんてもんじゃないね」

「?」


 隣にいる男ではない声が、二つ聞こえた。

 一つは女の声だろうか。


 よく周りを見てみると、部屋は鉄格子で区切られているだけだった。

 つまり、両脇に捕らえられている人たちの姿も見えるということだ。


 マゼンタ色に近い紫色の髪の女に、茶色の髪をした男。

 え、男女で同じ牢獄に入れられてんのか?


「あんた、その歳で冤罪なんかにかけられたのか?」

「そうです」

「お前は、ドワーフってわけじゃあねえんだよな?」

「純血の人族です」


 体が小さいことによる弊害が、まさかこんなところでも出るとはな。

 前々から不便だって感じることは多々あったが、まさかドワーフに間違えられるとは。

 間違えられるだけならまだしも、投獄までされた。

 とことんついてないというか……


「皆さんは、どんな罪でここに?」

「オレ達は全員仲間だった」

「アタイらは、盗賊グループだったのさ」

「盗賊……」


 見た目通りって感じだな。

 言葉を選ばずに言うなら、みすぼらしい服装の三人。

 世界に名を轟かせている大盗賊ってわけでもなさそうだ。


 とりあえず、自己紹介をしておくか。

 これからどのくらいここにいるか分からないが、せめて互いの名前くらいは知っておかないとな。


「僕はベル・パノヴァです」

「アタイはダリア・バレットだ。

 犯罪者同士仲良くしようぜっ!」

「僕は犯罪なんてしてませんって……」


 冤罪だって何度言えばわかるんだ。

 俺は死んでも犯罪なんて犯さないぞ。


「オレはゾルト・アジスだ」

「私はシェイン・セルトンだ」


 全員の顔と名前が一致した。

 紫色の髪の女がダリア、茶色くてやや長い髪の男がゾルト。

 そして、頭の寂しい男がシェインだ。


 何か歓迎されてる感じはあるが、一刻も早くここから出たい。

 俺には帰るべき場所があるんだよ。

 こんなところで足止めを食らっている場合ではない。


---


「どうして、こんな海の真ん中に監獄があるんですか?」

「まあ、脱獄不可能な場所に作りたかったんだろうね。

 実際、これまでにここから脱獄できた人間は一人もいない」

「試みた人はいたんですか?」

「過去に何度もあったらしい。

 だが、脱獄を試みた犯罪者は、一人残らず帰らぬ人となった」

「溺死、ってことですか……」

「それもあるだろうな。

 ただそれ以上に、この辺りに潜む人喰いザメが機能しているんだろうよ」


 人喰いザメだと。

 ますます脱出できづらそうに感じてきた。

 というか、今までに脱獄した人間がいないってことは、成功率は限りなくゼロに近いことは間違いないだろう。


 まさに絶望的状況。

 ナルシスの時よりもよっぽど絶望感がある。

 あの時は命が危なかったから、別の意味で絶望感はあったが。


「でも、アタイらは、近々脱獄に挑戦する」

「なんですって?」

「誰がこんな環境に長居したがるってんだ。

 このままだと精神が狂っちまう」

「シェインさんもなんですか?」

「無論だ」


 うおー!

 仲間がいるとなってくると話は別だ。

 単独での脱獄は正直無理そうだが、複数人でとなると少しだけ光明が見えたような気がする。


 しかもなんといったって、こいつらは盗賊だ。

 人の目から逃れるプロだ。

 この三人となら、なんか行けそうな気がする。


「……ま、まだまだ先になりそうだけどな。

 何も計画なんてしちゃいないし、そもそも実行に移すかどうかすら怪しい」

「えっ、何でですか?」

「さっきの話を聞いていなかったのか?

 ここは陸地から遠く離れた沖合で、周りにはでっかいサメがうろついてるんだぜ?

 口で言うのは簡単でも、オレ達みたいな無名の盗賊が脱獄するなんてのはほぼ不可能なんてレベルじゃねえ」


 まあ、そうだよな……。

 脱獄するには、壁が多すぎる。


 今分かっている限りでは、


・鉄格子

・見張りの目

・沖合であること

・外には人喰いザメがうろついている


 これだけの支障がある。

 それに、こいつらがどこまでやれる奴らなのかすら未知数だ。

 無名の盗賊なら、実力も大したものを持っていなさそうだな。

 あんまりこういうことを言うのは失礼だけど。


「僕は、一人でもやります」

「……アンタ、正気なのかい?」


 俺はゆっくりとうなずく。

 こんなところに長居なんてしたら正気を失ってしまう。


「僕には、僕を待っている仲間がいます。

 そして、帰らなければならない場所もあるんです。

 こんなところで足止めを食らっている場合ではありません」


 俺は本気だ。

 単独での脱獄は無理だとは思う。

 でも、それでも、やらなければならない。

 この三人が動こうが動かまいが、俺には関係ない。


「脱獄をするなら、お互いに力を合わせましょう。

 ただし、ここに残るというのなら、僕は一人でも脱出してみせます」


 俺の発言で、場の空気が凍った。

 自分でも、バカだと思う。

 でも、時にはバカにならなきゃならない時だってあると思うんだ。


「……分かった。私は協力しよう」

「なっ……アンタ……」

「こんなに幼い子供が、やれると叫んでいるのだ。

 どうして黙って見殺しにすることが許される」

「シェインさん……」

「オレも協力しよう。

 ベルのおかげで、心に火が付いたぜ」

「……ハハッ。リーダーはアタイだっていうのに、勝手な奴らだ。

 分かった。 それなら、アタイもベルに乗るよ」

「皆さん……!」


 絆って素晴らしいな。

 たかだか出会って数分だが、俺はこいつらが好きだ。

 「ガキが何かほざいている」じゃなく、「子供がやれると叫んでいる」か。

 見かけによらず、他人思いなところがあるんだな、シェインは。


「でもな、ベル。

 今すぐにってのは無理だ。

 準備やら計画やら、やるべきことは一気に山積みになった。

 早くて、二週間後くらいだと思うけど、それでもいいかい?」

「もちろんです。

 いくらなんでも、催促するようなことはしませんよ」


 まあ、本音をぶっちゃければ、早くここから出たいが。

 なんの下準備もなしに行動するってのは、命を投げ捨てるのと同じだからな。


 ともあれ、脱獄することも決まったし、心強い仲間も増えた。

 久しぶりに、燃えてきたぜ。


---


「はい、アタイ一抜け!

 ガハハハ!」

「クソ……もう一回だ、もう一回!

 このままじゃ終われねえよ!」


 決意を固めてから数時間。

 どうやら燃えていたのは俺だけらしい。

 ダリアとゾルトは何やらババ抜きか何かで盛り上がっており、

 シェインは生きているのか疑うくらい深い眠りについている。

 ていうか何で牢獄の中にトランプがあるんだよ。


「もう夜なんですし、少しは静かにしましょうよ」

「何言ってんだベル。

 夜はこれからだぜ?

 ほらゾルト、ベルの方に寄るぞ。

 ベルもやるよな?」

「やりません」

「まあまあ、そう言わずにさぁ」


 と、半ば強制的に参加させられることになった。

 早くて二週間後と言った意味が分かったような気がする。

 冷静に考えて、計画を立ててから実行に移すのに二週間もかかるわけがない。


「こんなにうるさくして、他の囚人に怒られたりしないんですか?」

「全部の部屋に特殊な術式がかけてあるから大丈夫さ。

 音を漏れにくくする、よくわからん術式だ」

「そんなことをしたら、囚人達が良からぬことを考えていても分からないのでは?

 それこそ、さっきの僕達みたいな脱獄計画とか」

「そんな計画練っても、脱獄できるわけないと踏んでるんじゃねえか?」


 セキュリティに相当な自信があるようだな。

 流石は世界に誇る監獄だ。

 数週間後、俺達に破られるけどな。


 二週間もかかるわけないとか言ったが、脱獄って、ものによっては何か月もかかるらしい。

 ましてやこんなにセキュリティが堅固な場所から脱獄するなんてのは、確かに難しいな。


 準備ができて、実行に移したとしても、それがどれほどの時間を要するのかは分からない。

 脱獄をする側になんてなったことがないから、舐めていた。

 普通に生きてたら、そんな機会はないはずなんだけどな。

 普通に生きていたはずなんだけどな。


「なあ、ベル。

 アタイらに、アンタのことをよく聞かせてくれないか?

 これから苦楽を共にする仲になるわけだしさ」

「僕のこと、ですか?」

「確かに、お互いのことを知っておくのは大事だしな。

 おい、シェイン。起きろ」

「……」


 反応はない。


「シェイン?」

「……」

「起きろ! シェイン!」

「……起きている」


 いや寝てただろ、思いっきり。

 呼吸してたかすら怪しかったぞ。

 もはや仮死状態だったんじゃないか?


「何から話せばいいんでしょうか」

「何でもいいさ」

「そうですね……。

 それじゃあ、ここ四か月の僕の生活について話しましょうか」


 俺は、この四か月で起きたことをすべて話した。

 ババ抜きをしながらだったから、所々中断しながらではあるが。


 四か月前、グレイス王国のラニカ村から、突如出現した転移隕石によって、天大陸に転移したこと。

 そこで、ランスロットという竜人族に出会い、故郷に戻る旅を始めたこと。

 冒険者を始めて、いくつかの町々を転々としたこと。

 ガラウスの街で、大きな誘拐事件に巻き込まれ、解決したこと。

 その後、港町・ラゾンへの二か月の滞在、更に一か月の長い長い航海を経て、ようやくミリアに到着したこと。

 そしてどういうわけか、俺は冤罪で捕まってこの場所にいるということ。


 振り返ってみれば、激動の四か月なんてレベルじゃないな。

 ラゾンに滞在していた期間でさえ、仕事に追われていたわけだし。

 ゆっくりと休めたことは、ほとんどない。

 それでいうならば、今は割とリラックスできているようにも思える。

 置かれている状況はちとあれだが、こうして言葉を交わせる相手もいるし。

 盗賊だっていうから、あまり心を許しすぎるのもよくないかもしれないが。


「ベル、お前、今何歳なんだ?」

「九歳です」

「そんな年齢で、そんな経験をしているのか。

 私達大人を差し置いて、一人で脱獄しようなどとと言い出すその気概も、

 お前がしてきたたくさんの経験から生まれたものなのだろうな」

「アタイらも見習わないとな!」


 あまり褒めすぎると調子に乗るタイプだからやめてくれ。

 ほら、もう口角が下がらなくなってきている。

 一旦顔を逸らして、深呼吸。


「皆さんこそ、何歳なんですか?」

「アタイらは、全員23歳で同い年だ」

「全員?!」

「……何だ。なぜ私を見る」

「いえ、別に……」

「ハゲてるからじゃね?」

「ブフッ」

「その無駄に伸びた髪の毛を根こそぎ毟り取ってやってもいいのだぞ?」

「ウェーイ! またアタイの勝ちだ!」


 本当にこんなことでいいのか。

 そんな不安に駆られる一方で。

 こいつらとなら、ここから脱出できるような気がする。

 そんな気もした。


---


 同刻、エリーゼ達は。


「おかしいです……ベルが帰ってきません」

「どこか、行先を言ってから出かけたわけでもないのだろう?」

「私は、宿を出ていく様子しか見ていなかったので……」


 日が落ち、月が昇ってきても帰ってこないベル。

 不穏で重苦しい空気が、三人を包み込む。


「どうしますか?

 今からでも捜しに行った方が……」

「もう外はすっかり暗い。

 今から捜しに出るのは、かえってよくないだろう」


 慌てふためく二人を見ながら、エリーゼは呼吸を荒くしている。

 手も瞳も足も、震えている。


「あたしの……あたしの、せいだわ」

「何故だ?」

「あたしが、あんなに冷たくしたから……。

 きっと、もうあたしに会いたくないからよ!」

「エリーゼ……」


 エリーゼは声を荒げる。

 自分が昼間にとった冷たい態度に、ベルは嫌気がさした。 

 そう、エリーゼは考えているのだ。


 事情を知らないランスロットに、シャルロッテはなるべく漠然とした表現で説明した。

 ランスロットは「ふむ……」と顎に指をあて、考える素振りを見せる。


「エリーゼ。お前のせいではない」

「そうに決まってるわ。

 でなきゃ、帰ってこない理由なんか……!」

「出先で何かがあったかもしれないだろう。

 トラブルに巻き込まれた可能性だってある。

 それに、ベルはそんなに気の短い人間ではないことは、お前が一番分かっているんじゃないのか」

「……! それは……」


 エリーゼはランスロットの言葉にハッとする。

 家族同様に過ごしてきたことも、同時に思い出した。


「何年もエリーゼと一緒に生きてきたベルが、たったそれだけでエリーゼを嫌うわけがないでしょう?

 まだ出会って半年にも満たない私達ですら、それくらい分かっています」


 顔を伏せるエリーゼに、ランスロットとシャルロッテは言い聞かせるようにそう言った。

 実際の所、この場にいる誰も、ベルの行方も、安否も知る由もない。

 三人共々、船旅に疲れて宿で休息を取っていたのだから。


 エリーゼとは別の理由で責任を感じているのは、シャルロッテである。

 エリーゼとの会話を聞いた後、こっそりとベルの動向を見守っていた。

 シャルロッテはその時に、ベルに行先を聞いておくべきだったと。

 エリーゼのせいではないと庇いつつ、自分に責任を感じているのである。


 だが、それはランスロットも同じである。

 この四人を率いているのは、肩書上はシャルロッテである。

 しかし、実質的に率いているのはランスロットだ。

 パーティの責任者として、メンバーの動向は確認しておくべきだ。

 ランスロットもランスロットで、責任を感じている。


「明日戻ってこなかったら、冒険者ギルドに行って、捜索願を出しましょう。

 見つかるまで、ミリアを離れることはできません」

「もちろんよ」

「今日は、無事に帰ってくるのを待っているしかないな」


 そう言って、三人はそれぞれ部屋へ戻った。


「……ねえ、シャルロッテ」

「何ですか?」

「……ベルは、無事よね」

「ええ。きっと無事ですよ」

「……今日は、ギュッとして寝ましょう」

「分かりました。

 おいで、エリーゼ」


 シャルロッテは横になって、腕を広げた。

 エリーゼはそれを見て、耐えきれずに飛び込んだ。

 そして、肩を激しく震わせた。

 大きな泣き声を、シャルロッテの平らな胸で押し殺しながら。

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