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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第1章 幼・少年期 新たな人生編

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第一話「赤ん坊、再起動」

 目が覚めると、俺はベッドにいた。

 ベッドはベッドでも、寝慣れたベッドではない。


「……いあーいえーおーあー!」


 (訳:知らない天井だ……)


 よし、言ってみたかったやつ。

 いや、言えてはいないんだが。


 俺は死んだのか?

 死んだとしたら、それはもう壮絶な死に方だったろう。

 地面に顔から激突し、トマトのようにグチャグチャに潰れたに違いない。

 うわぁ……想像するだけで身の毛がよだつ。

 でも、あんなクソみたいな人生に終止符を打ててスッキリした。

 今は不思議と、体が軽い。

 さっきとは違う意味で、宙に浮きそうなほどに。


「――!――・・・――!」

「――・!」 


 目の前で、長い金髪を一つにくくっている女性が声を上げた。

 それに、短い黒髪に屈強そうな体を持っている男が呼応した。

 どちらの言葉も、理解はできない。

 何語だろうか。

 少なくとも日本語ではないし、聞いたことがない言葉だ。


 ここはどこだろうか。

 死んだのだとしたら、ここは死後の世界か?

 死後の世界にはこんな美男美女がいるのか。

 もしかしたら、「年齢イコール彼女いない歴」の俺でも彼女の一人や二人出来るかもしれない。


 それはそれとして、俺はまだ状況が理解出来ていない。

 俺はやはりあの太った体型ではなく、小さな赤ん坊の体になっている。

 正直元の体に戻して欲しいとは思わないが、突然赤ん坊になった意味が分からない。

 自分の全身を確認する術は今のところないため手足の小ささから判断したが、ほぼ間違いないだろう。

 それに、言葉を発しようとする全ての音が母音になってしまう。

 物心がついていながら赤ん坊言葉を自分で発していると考えると、恥ずかしくなってくる。


「あー、うあー」

「――・――・・―――・―」


 言葉が喋れないと、こうも不便なのか。

 相手の言葉も理解できないとなると、いよいよコミュニケーションがとれない。

 ジェスチャーをしようにも、俺は何故か幼児退行しているからな。


「・――・―――・」


 金髪の女性は俺に微笑みかける。

 めちゃくちゃ可愛いな、この人。

 日本人を貶す訳ではないが、日本人とは違って彫りが深く、眼球は澄んだ青色。

 まるで西洋人のような顔立ちだ。


 ……おい待て待て、何しようとしてる。

 女性は俺の股間部に手を伸ばしていた。


 いつの間にかつけられているオムツを取り外し、俺の小さな小さなポークビッツが露わになってしまった。


 まずい。

 こんな美女に股間を触られてしまったら、俺の立派なポークビッツが立派な子ゾウになってしまう。

 俺が今まで読んできた数々のエ○漫画でも、幼児をしごく展開はなかったぞ。


 違う!俺はウンコもオシッコもしてない!

 俺はただ――、


「あーー!」


 名前を聞きたかっただけなんだぁぁぁぁ!


「――・・―――」


 俺の魂の叫びが通じたのか、俺のオムツに何も付いていないのを見て、女性はオムツを戻した。


 ふぅ……危なかった。

 まあオムツを履かされて服を着せられているということは、俺は既に裸を見られたんだろうから、そこまで気にすることは無いか。

 そうなってくると、俺は全裸で死んだことになる。

 良かった、赤ん坊の体で。

 あの体の全裸死体を見られたら死にたくなるだろう。


 とりあえず、しばらく様子を見ることにしよう。


---

 

 二ヶ月が経った。

 そろそろ日本のあの家が恋しい。

 これがホームシックというやつか。


 俺はこの二ヶ月で、大体の状況を理解した。


 まず第一に。

 どういうわけか、俺は死んでいなかったらしい。

 スカイハイダイビングよりも高いんじゃないかってぐらいの高さから落ちたのに、俺は生きている。


 今俺は、助けてくれたのであろう美女と美男の子供として育てられている。

 彼女から産まれてきたわけではないが、どうやら俺はこの家の子供として生きていくことになったらしい。

 何の代価も払わずにこんな美女の乳を拝み、ましてや吸えるなどまるで夢のようだ。

 と思ったが、俺はずっと粉ミルクを飲まされている。


 やはり期待はしない方がいいな。

 期待通りにならなかった時の悲しさといったら。

 

 そしてこの二ヶ月で、何となく言語が理解できるようになってきた。

 女性の名前はロトア、男性の名前はルドルフ。

 そして俺の名前は、ベル。

 フルネームは「ベル・パノヴァ」。

 部分的にではあるが、何の話をしているのかくらいは分かる。

 それに、少しだけ喋れるようにもなった。

 とは言っても、日本語でいう「ぶーぶ」「わんわん」を始めとする幼児語程度だが。


 しかし、ここがどこであるかは未だに分からない。

 二人の見た目を見るに、西洋のどこかだろうか。

 でも、俺はどういう原理でそんなところまで飛ばされたのだろうか。

 それも、赤ん坊の状態まで戻されて。


 外の様子を確認したいのだが、まだせいぜい寝返りを打つことができるくらいにしか動くことが出来ない。

 ハイハイでも出来るようになれば、そこにある窓から外を覗けるのに。

 確か生後六ヶ月くらいでハイハイが出来るようになるって聞いたことがあるから、それまで待たなければならない。

 あと四ヶ月。長いなぁ。

 これはあくまで、俺がまだ生後間もないと仮定した場合だが。


「ベル〜、可愛いでちゅね〜」

「ぶっ」


 ああ、最悪だ。

 一日一回以上、ルドルフにキスをされるという罰ゲームつきだ。


 一ヶ月が約三十日、それが四ヶ月……

 俺は最低でも百二十回、こいつにキスをされなければならない。それも口に。

 耐えるんだ俺。

 外の世界を見るために、この罰ゲームを耐え忍ぶのだ。


 心頭滅却。

 心を無にすれば、なんてことはない。


---


 半年が経過した。

 俺の予想通り、ハイハイが出来るようになった。


 つい二週間くらい前に習得したのだが、ようやくハイハイが出来るようになったということが嬉しすぎるがあまり、外の世界を確認するという目的を忘れていた。


 だがよく考えてみれば、あの窓は赤ん坊の俺からしてみれば高い位置にある。

 つかまり立ちはまだ出来ないため、どうにかして方法を考えなくてはならない。


 赤ん坊でありながら二十一歳の頭脳を持つ俺の脳を存分に使って、あそこに登ってみせる。


 とりあえず、あそこに都合よく踏み台があるからあそこに登って――、


「ベルー」


 頭脳を働かせていた俺を、ロトアは軽く抱き上げた。

 ロトアは抱っこが上手だから、されていて心地がいい。

 ルドルフからのキスははっきりいって嬉しくは無いが、ロトアからのキスは大歓迎だ。

 口にされた時は、思わず舌を出しそうになった。

 気持ちの悪い赤ん坊だと思われたくないという気持ちが勝ってくれたおかげで踏みとどまれたが。


「ロトアー。

 すまん、タオルを置いといてくれるか」

「はーい」


 外にいるルドルフの要求にロトアが応えると、ロトアは俺を窓枠に置いて、洗面所の方へ向かった。

 おいおい、俺は仮にも生後六ヶ月の赤ん坊だぞ。

 こんな高い場所に置いて……


「――っ!」


 俺は外を見て、思わず息を呑んだ。

 目の前には、何か長いものを振り回しているルドルフの姿があった。

 凝視してみると、あれは……剣か?

 木剣だ。あれは木剣だ。


 あんな物騒なもの振り回して、危ないな。

 西洋は今戦時中なのか?

 それなら、俺はタイムスリップをしたということなのか?


「はぁっ!」

「っ!」


 ……いや、違う。

 もしここが戦時中のヨーロッパならば、木剣から雷のようなものが出るはずがない。


 薄々勘づいてはいたのだ。

 ボタンもないのに風呂が一瞬で沸いたり、折れていた観葉植物が目を離した隙に綺麗になおっていたり。

 普通ではありえないことが、沢山起きているのだ。

 現実世界では、絶対に起きないことが。


 あり得るはずがないと自分に言い聞かせていたが、もうこれは確定したと言っていいだろう。


 ここは、俺のよく知る世界ではない。

 ――俺は、異世界に来てしまったらしい。


 そうなれば、俺はどうして異世界に来てしまったのだろうか。

 いつものようにベッドに入って、眠りについた。

 となると、本当に眠っている間に死んでしまったのだろうか。

 そういうことなら頷け……はしないが、合点はいく。


 いやはや、まさか俺が見てきたたくさんの異世界アニメが現実になるとは。

 理解した途端、めちゃくちゃテンション上がってきた。


 ……でも、母のことが気掛かりだ。

 母はいつも、俺の部屋に朝食を持ってきてくれた。

 普段通り部屋に向かって俺を起こそうとした時、俺の体が冷たくなっていたのだとしたら。

 母は泣き崩れてしまうだろう。


 こんな人間だが、母のことは大好きだ。

 そんな大好きな母を置いて、俺はこの世界に来てしまった。

 ……俺はどうして、こんなにのんきにしていられるんだ。


 あっちの世界で死んだなら、俺はもう二度とあの世界に戻ることはできない。

 もう二度と、あの家に帰ることはできない。


 もう二度と母さんの飯も食えないし、母さんの顔も見られない。

 散々迷惑だけかけて、最期は「さよなら」も言わずにいなくなってしまった。


 俺はどこまで親不孝者なんだ。

 母さんは俺にたくさん与えてくれたのに、俺は何も返せなかった。


 何も返せないまま、あの家に一人、置いてきてしまったのだ。


「……っ」


 目頭がみるみるうちに熱くなっていく。

 声を上げて泣くと勘違いさせてしまうため、静かに泣くことにした。


 もっと頑張ればよかった。

 少しずつでもいいから、()()()に恩返しがしたかった。


 「行ってらっしゃい」「おかえり」と言ってくれる母さんを、無視したり。

 二人きりになるのが気まずいからという理由で、作ってくれた飯を一緒に食べようとしなかったり。

 俺は本当に、彼女の子供だったのだろうか。

 これじゃ「鳶が鷹を生む」ではなく、「鷹が鳶を生む」じゃないか。


 ああ、やり直したい。

 全部一から、やり直したい。


 あの世界で、あの人の息子として生まれて、精いっぱい頑張って恩返しをしてあげたい。

 でも、それはもう……叶わない。


 俺は、死んだのだから。


「――」


 ――それなら、俺はこの世界でやり直す。


 なんの面白みもなくて、ただひたすらに親のすねをかじり続けていたあの人生に終止符を打ってしまったのなら、俺はこっちの世界で頑張って生きていくしかない。


 転生という形で二度目の人生を送ることができるなんて、こんなに夢のような話はないだろう。

 ベル・パノヴァとしての第二の人生を、本気で生きてみようと思う。

 人生を終える最期に振り返った時に、「楽しかった」と思えるような人生を、俺は送って見せる。


「ごめんねー、ベル。

 こんなとこに置いちゃって」


 本当だ。

 落ちて頭を打って死んでしまったらどうするんだ。

 真っ当に生きる決意をしてから数分で死んでしまうところだったんだぞ。


「どこも怪我してないわよね?

 よしよし、可愛い子ね」


 ロトアは俺の頬にキスをした。

 やはり……やはりキスは、全てを解決する!

 俺は全てを許した。


 見る限りだと、ルドルフは剣を、ロトアは魔法を使っていた。

 つまり、その二人の子である俺は剣にも魔法にも優れたとんでもハイスペック小僧になる可能性を秘めている。

 異世界ものならありがちな、主人公最強パターン。

 もしや身をもって体験出来るんじゃなかろうか。


「お疲れ様、ルドルフ」

「ああ、ありがとう。

 窓の方を見たら、ベルが俺のことをじっと見ていたから、可愛くて戻ってきちまった」


 そこはもっとやる気出して剣を振れよ。

 やはり、可愛さは罪なのね。


 俺はまだ生後六ヶ月のゼロ歳児。

 つまり、今後の頑張り次第では十分に前回の人生の挽回ができるというわけだ。


「ただいまー、ベル。

 パパがかっこよかったんでちゅかー」

「ふふっ」


 挽回だけで終わってはいけない。

 前の人生なんて忘れてしまうくらい、素晴らしい人生を送ろうじゃないか。


 母に返せなかったものを、この人たちに返すんだ。

 注いでもらった愛も、与えられたものも、全部全部。


 俺は、愛されて然るべき人間になるんだ。

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