第十四話「Let's enjoy、冒険者ライフ」
何とか、アルベーに到着した。
もう一生分魔物と戦ったような気さえする。
種類にして七種類くらいの魔物と戦ったが、どの魔物も簡単には倒せなかった。
ちょっと嬉しかったのは、またミノタウロスの肉が食えたことだ。
あれ、食べれば食べるほど癖になる味してるんだよな。
スルメみたいなものだろうか。
味がって意味ではなく、やみつきになるという意味だ。
シャルロッテから魔術を教わろうかと思ったが、大事なことを忘れていた。
彼女は、雷聖級魔術師だ。
一方で、俺の得意魔術は火魔術。
火魔術でいうならば、俺の方が階級が上である。
俺は、雷魔術に関しては中級である。
どうしようかと悩んでいたが、俺は決心した。
なにも、火魔術にこだわる必要はない。
だから、シャルロッテから雷魔術を習ってみよう、と。
火魔術もかっこいいが、雷魔術も十分男心をくすぐられる。
雷聖級魔術なんて、使えたらかっこよすぎやしないか。
というわけで、俺はこの五日間、アルベーを目指しながら雷魔術の習得に励んだ。
当然、そう簡単に習得は出来ない。
全くの進歩もないまま目的地に到着してしまった。
「まずは宿を探すぞ」
「宿を借りられるほどのお金はあるの?」
「私に任せてください。
両親が、餞別として旅費をくれましたから」
「どのくらいもらったんですか?」
「えっと……。
翡翠銭30枚くらいですね」
それがどのくらいの価値なのかは分からない。
エリーゼも首をかしげている。
流石の王女も、他の大陸の通貨はまでは知らないか。
「翡翠銭は、天大陸の通貨の中では二番目に価値の高い硬貨だ。
白金銭、翡翠銭、鉄銭、石銭の順に、価値が決まっている」
解説助かるぜ、ランスロット。
やはり、大陸ごとに通貨が違うのだろうか。
いや、グレイス王国は独自の通貨を使っていたな。
とりあえずこの大陸は、全ての町や村で共通の通貨を使っているということだろう。
その後、俺達は無事に宿を見つけることができた。
男2、女2のちょうどいい構成だから、その通りに分かれようとしたところ、エリーゼが何故か駄々をこね始めた。
「あたしはベルと一緒じゃないと落ち着かないの!」
「で、ですがエリーゼ……。
ちょうどシャルロッテさんという女性の仲間がいるんですから、ここは男女別で分かれましょうよ」
「ベルとがいいの!」
「うぐっ……」
たまに見せるこのデレがたまらなく可愛いところではあるが……。
この状況、一番可哀想なのはシャルロッテだ。
まるで、自分と一緒になるのが嫌だと言われているかのような気持ちになっていることだろう。
分かる、分かるぞ。
俺も経験があるからな。
「私は構いませんよ。
ランスロットさんがいかがわしいことをしてくるとは思えませんし」
「無論だ」
「でも……」
「ベルはあたしと一緒になるのが嫌なのね……。
もういいわ……もう一部屋借りて一人で寝泊まりするわ」
どうして急にメンヘラ化するんだよ。
そんでその金はどこから出ると思ってるんだ。
まあ、シャルロッテとランスロットがいいっていうなら……。
「分かりました。
僕とエリーゼ、シャルロッテとランスロットさんのペアで部屋を借りましょう」
仕方のない子ね、ほんと。
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「というわけで、明日からどのように生活していくかを話し合いたいと思います」
俺とエリーゼの部屋を会場として、会議が始まった。
どうやら、主導権は俺が握っているらしい。
「早速だが、俺から一つ提案がある」
「どうぞ、ランスロットさん」
「この町には、冒険者ギルドがある――」
「冒険者をやるってことよね!?」
言いかけたところに、見事にエリーゼが食いついた。
さっきの駄々をこねる姿といい、エリーゼは精神年齢がかなり低いように思える。
俺より年上だが、妹のような目でみてしまう。
「賛成です。
ここで少しでもお金を稼いで、今後の足しにした方が後々楽だと思いますし。
戦力的にも、十分でしょう」
「ついに……ついに夢が叶うのね!」
エリーゼは目をキラキラさせて俺の目を見た。
急に手を掴まれたからドキッとした。
昔から冒険者に憧れはあったみたいだし、嬉しいだろうな。
俺としても、冒険者に興味はあった。
そう思うと、何だかワクワクしてきた。
「冒険者としての報酬は、受けた依頼の難易度によって変動する。
A級の依頼を受ければ、それに見合った報酬が得られるが、パーティのランクと同じかその一つ上の難易度の依頼しか受けることができない。
駆け出しの冒険者パーティはD級から始まるから、D級とC級の依頼しか受けられないということだ」
「D級の依頼って、どんなものなんですか?」
「主に迷子になったペットの捜索依頼や、失くし物の捜索だ」
「何それ! つまんないわ!」
確かに、それは面白くないな。
でも、金を稼ぐためにはやらなきゃいけないもんな……。
労働って、大変なんだな。
無職だったから辛さが分からなかったが、今回初めて身をもって体感することになりそうだ。
「C級から、討伐依頼が受けられるようになる。
D級パーティでもC級の依頼なら受けられるから、最初はそれでコツコツ金を稼ぐしかないな」
「C級なんて、下から二番目じゃない。
簡単な任務が多いんじゃないの?」
「難易度としては低く設定されていても、この辺りの魔物はかなり強い。
それに、この辺りではない遠い場所に依頼地が設定されている場合もあるから、一概に簡単であるとは言い切れない」
忘れていた。
この大陸の魔物は、かなり手強い。
なんでも、魔大陸の魔物の次に危険な魔物が多いらしい。
「それって、遠征任務とかもあるってことですか?」
「ああ。歩いて数週間かかる場所の任務もある」
なるべく早く帰りたいから、とっとと金を稼いでデュシス大陸に渡りたい。
ゆっくり旅をする予定ではいるが、あまりのんびりしすぎてもよくないだろう。
ロトアとルドルフの安否も気掛かりだし。
遠征任務は一気に稼げるかもしれないが、そこまで行って帰る時間がネックだな。
それなら、近場の任務をコツコツこなして稼ぐ方が合理的だと言えるだろう。
今は冒険者として大成するという目標なんかはないから、
とにかく早いところランクを上げて、より難易度の高い依頼を受けられるようにしたいところだ。
戦力的には、何の問題もないはず。
この五日間でたくさんの魔物と対峙してきたが、時間がかかりながらも問題なく撃破することができた。
初めてにしては割と上手く連携がとれているし、ある程度のランクまでは上がるだろう。
というか、早く上がってもらわないと困る。
最悪何か月かかけてでもいいが、できるだけ、できるだけ早くな。
「効率的に稼ぐ方法はあるのでしょうか。
ベルやエリーゼとしても早いところ故郷に帰りたいはずですし、
あまり長居するわけにもいきません」
「パーティランクよりも高い難易度の依頼を受けて成果をあげれば、より多くの報酬が得られる」
「じゃあ、それで行きましょ!」
エリーゼは両手をパンと合わせた。
冒険者パーティを組んで金を稼ぎ、稼いだ金で何か月か生活する。
十分な金が集まったら、再びデュシス大陸目指して出発。
このプランで、俺達の今後の展望は固まった。
---
翌朝。
エリーゼは誰よりも早く起きて、身支度を始めた。
「ちょっと!
着替えるからあっち向くか部屋出るかしなさいよ!」
「すみません」
最近、エリーゼはこういうところに厳しくなった。
同じ部屋で同時に着替えてたりしてたのに、何だか寂しい。
まあ、エリーゼももう12歳だしな。
そういうのが恥ずかしくなるお年頃になったのだろう。
娘が成長したお父さんの気持ちが分かったような気がする。
俺の頬を、ツーッと涙が伝っていく……。
俺は部屋を出ずに、体だけ後ろを向ける。
チラッ。
「なっ……! 何でこっち見んのよ!」
「ごはぁっ!」
綺麗な腹パンを食らった……!
もう殴られ慣れてしまった自分がいるのが怖い。
「最近、胸も大きくなってきたから、見せるのは恥ずかしいのよ。
男の人って大きいのが好きだってよく聞くけど、あたしのはまだ小さいから……」
それは偏見だなぁ。
俺は大きくても小さくてもいけるユーティリティプレイヤーだ。
エリーゼの胸も最近膨らんできているから、割とそっちに目が行ってしまう。
「も、もっと大きくなったら見せてあげるわ」
「ありがとうございます。言質、とりましたからね」
何だと!?
うおおおおおお!
早く育ってくれないかなぁぁー!
「……やっぱなし!」
「女に二言はねェ!」
「やだったらやだ! 殺すわよ!」
「ぶぇっ!」
今度は頬にビンタを食らった。
親父にもぶたれたことないのに!
「朝から騒がしいな」
「おはようございます、二人とも」
もみくちゃになっているところに、ランスロットとシャルロッテが起きてきた。
今起きてきた感じではなく、もう外出する準備を整えて部屋を出てきた。
「準備ができ次第、冒険者ギルドに向かう。
そう遠くはないが、早めに行って目ぼしい依頼があれば受けたい」
「分かりました。急いで準備します」
そういって、数十分で支度を済ませた。
支度とはいっても、歯を磨いて顔を洗うくらいだが。
俺は戦う時に何の武器も持たないから、準備は楽な方だ。
槍術使いのランスロット、
剣士のエリーゼ、
後衛型魔術師のシャルロッテ、
そして前衛型魔術師の俺。
前衛3に後衛1。
バランス的にはどうなのだろうか。
単純な戦闘力的には事足りているが、一般的なパーティでいうとやはりバランスは悪いのだろうか。
まあ、一般常識にとらわれるのもよくないよな。
とりあえず金を稼げればそれでいいし。
全員準備ができたところで、俺達は宿を出た。
「冒険者ギルドへようこそ。
新規のご登録ですか?」
「ああ」
少し歩いて、ギルドに着いた。
結構年季の入った建物だと思ったが、中は意外と綺麗だ。
見渡すと、アニメやゲームで死ぬほど見たような光景が広がっている。
奥に酒場もあるし、本格的に冒険者になるという実感がわいてきた。
「登録料をいただきますが、よろしいでしょうか?」
「これで足りるかしら?」
「鉄銭五枚で大丈夫ですよ」
良心的でよかった。
てか、登録料なんて取られるのか。
色々いちゃもんつける輩とかいるだろうし、ギルドの受付嬢って大変そうだよな。
「確かに、頂戴致しました。
それでは、パーティ名を決めていただきます。
こちらですぐに決めることが難しいようでしたら、
あちらのテーブルにて話し合ったのち、こちらにご提示ください」
「ゆっくり考えます」
「はい、どうぞ」
パーティ名か。
何も考えていなかった。
昨日のうちに話し合っておくべきだったかもな。
金を作るためとはいっても、やっぱりやるからにはかっこいいパーティ名がいい。
「皆さん、案はありますか?」
「どうせならかっこいい名前がいいわ」
「私は、こういう名前をつけることに対するセンスはないので……」
「適当な名前でいいだろう」
だから案を求めてるんだっつの!
さりげなく俺に委ねようって魂胆が透け透けなんだわ!
しかし、うーむ……。
長年培ってきた厨二チックなワードを何とか組み合わせたらいい感じになったりしないだろうか。
まず、皆の容姿をモチーフに考えてみよう。
俺は金髪にエメラルドグリーン色の瞳。
エリーゼは、真っ赤な髪に真っ赤な瞳。
シャルロッテは、緑髪に碧い瞳。
そしてランスロットは、銀髪に碧い瞳だ。
奇しくも、ランスロットとシャルロッテの瞳の色はほとんど同じ色である。
ここから、何か連想できないだろうか。
シャルロッテの碧い瞳、そして得意魔術は雷……
あ、ピンときた。
「……『碧き雷光』は、どうでしょうか」
「かっこいいわ!」
「由来はどういったものなんですか?」
「なんとなく、各々の瞳の色と得意属性を思い浮かべた結果、こうなりました」
「青色に、雷……。
何かこれ、全部私の要素じゃないですか?」
あ、バレた。
「いいじゃないですか。
ってことで、パーティリーダーはシャルロッテに決定します」
「ちょちょ、ちょっと待ってくださ――」
「決定!」
俺はテーブルをバンと叩き、立ち上がった。
俺達のパーティ名は、『碧き雷光』。
ついでに、ほとんどシャルロッテモチーフということで、パーティリーダーはシャルロッテに決まった。
いよいよ、始まるのだ。
俺達の、冒険者生活が。
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「依頼は、あちらの掲示板から受けることができます。
皆さんはD級パーティですので、C級までの依頼が受けられます。
受注書をこちらまでご提示いただき、受付嬢の押印を貰うと、受注完了となります。
依頼クリア後はもう一度受付カウンターまでお越しいただき、成果を報告してください」
俺達は早速掲示板の方へ向かった。
たくさん受注書があるが……。
竜人語は、まだ知らない単語ばかりだから、読めない。
「何も読めないわ!」
「僕と一緒に竜人語の勉強をしましょうか」
「勉強は嫌!」
まあ、そうだろうな。
言語を勉強するのは思ったよりも楽しいから、おすすめしたいんだけどな。
魔人語はほぼ完璧にマスターしているから、あとは竜人語と獣人語だけだ。
俺は既にバイリンガルである。
「C級の依頼となると……。
あっ、リザードランナーの討伐というのがありますね」
「群れの討伐となると、前衛だけでは厳しいですよね」
「私は後衛ですが、群れがどの程度のものなのか分からないですからね。
数十体くらいなら何とかなりますが、何百、何千となってくると私一人では厳しいかもしれません」
リザードランナーは、聞いたことがある。
まだ戦ったことはないが、動きが素早く、常に走り続けている魔物だと聞いた。
動き続ける魔物が相手だと、前衛だと時間がかかるかもしれない。
一体だけならまだしも、集団で動いているのだとしたら厄介だな。
「群れの討伐は、倒せば倒すだけ報酬が弾む。
何も群れを丸ごと潰す必要はない」
「ランスロットって、冒険者のことに関してやけに詳しいわよね。
経験者なの?」
「何年放浪していると思っているんだ。
魔人竜大戦が終戦してからずっと天大陸をさすらってきた。
だから冒険者をやっていた時期もあったぞ」
冒険者としての知識が豊富な人間がパーティにいるのは心強いな。
実質駆け出し冒険者パーティじゃなくなったわけだ。
駆け出しと呼ぶには、戦力が充実しすぎているような気もするが。
この任務、群れを完全に壊滅させなくても、一応任務失敗にはならないのか。
何体くらいで走っているのかは分からないが、とにかく倒しまくればいいんだな。
受注書をカウンターへ持っていき、受付嬢に押印を貰った。
そして、俺達は受注書に書かれている場所を目指して冒険者ギルドを出発した。
---
「リザードランナーって、どのくらいで群れを成すの?」
「大群で走っているリザードランナーを見たことがある。
俺が見たのは、数百から数千体の群れだった。
リザードランナーが大群で大陸内を移動するのは年に数回だから、この任務を独占できたのは大きい」
「群れを成さないこともあるんですか?」
「四、五体で群れるのが普通だ」
なら、マジでガッポガッポ稼げるんじゃね?
冒険者活動一日目にして、ボロ儲けの喜びを知ってしまうことになるかもしれない。
ランスロットやシャルロッテから教わったリザードランナーの特徴としては、
==============================
・小さなドラゴンのような見た目
・体は深い赤色
・黄色い宝石のような綺麗な目を持っている
・基本的には二足歩行だが、戦闘態勢に入ると四足になることもある
==============================
ざっとこんな感じだろう。
物凄い土煙を上げながら走っているため、見つけるのは極めて簡単だという。
個々の戦闘力はそこまで高くないが、数の暴力にやられないように注意はしなければならない。
なにせ、何百体も何千体もいるからな……。
俺達は今、アルベーの町から数キロ離れた荒原にいる。
馬や地竜は使わず、徒歩でここまで来た。
戦う時に邪魔になるし、借りた馬や地竜を死なせるわけにもいかない。
もし無事に飼い主に返すことができなかったら、多額の賠償金を支払わなければならなくなるからな。
馬と言えば、マロンは大丈夫だろうか。
家で飼っていた愛馬、マロン。
俺とエリーゼが乗っていたはずなのに、マロンだけどこかに行ってしまった。
一緒に転移した後に、俺達を置いてその場を離れてしまった可能性もあるか。
仕方がないが、マロンを捜索することは難しいだろうな。
旅の途中で奇跡でも起きない限り、再会は叶わないだろう。
「リザードランナーは、どんな攻撃をしてくるの?」
「基本的には突進攻撃だが、火を吐いてくることもある。
後は、尻尾を振り回す攻撃くらいだろう」
あー、何か情報が増えてきたな。
せっかくさっき整理したのに。
「リザードランナーの群れには、必ずリーダーが存在する。
オスが率いているかメスが率いているかはリーダーの姿を見ないことには分からないが、通常のリザードランナーとリーダー格のリザードランナーの区別はしやすい」
「どうやるんです?」
「リーダーには、額に一本の角がある。
角持ちのリザードランナーを倒せば、群れは統制が取れなくなるなってバラバラになる」
へえ、そんなのがあるのか。
も、もう一度だけ整理しよう。
さっき整理したことに加えて、
・攻撃方法としては、突進攻撃、火を吐く攻撃、尾を振り回す攻撃がメインである
・リーダー格のリザードランナーを倒せば群れは統制が取れなくなる
って感じか。
攻撃パターンさえ覚えれば、たくさん狩れるだろう。
「……見えるか、あの土煙が」
「み、見えました」
「すごい煙ね……」
大地が震える感覚。
そして見たことがないくらいの巨大な土煙が、前方に見える。
見るからにやばそうだな。
それも、物凄い速度でこちらに向かってきている。
町の方角ではないから、そこはちゃんと良心的なんだな。
土煙の間から時折見える、槍のような鋭い爪。
どいつもこいつも、鎧のような鱗をまとっている。
「先に言っておく。
速度としては、そこらの馬よりも速いぞ」
「……え?」
「ってことは……」
「俺とベル、エリーゼは何もできないだろう」
「えぇっ!?」
なんでそれを先に言わないんだよ!
もっと早く知れてれば、任務を選ぶ時も慎重になれただろ!
「わ、私だけで何とかしろってことですか?!」
「一応僕も魔術師ですから、戦えはしますが……」
「何で今更それを言うのよ!
ランスロットのバカ! アホ!」
「俺も受注後に気が付いたのだ。許してくれ」
ランスロットは冷静沈着で、些細なミスなんてしないような人間だと思っていた。
早速特大のミスを犯してくれやがった!
ランスロットに任せきりにしていた俺達も悪いが、流石にこれはまずい。
何とも鮮烈な冒険者デビューだな。
「ベルと私以外は下がっていてください。
ベル、作戦を立てますよ」
「作戦も何も、もう敵は目の前ですよ?」
「そうですね。もう作戦なんてありません」
「何ですかそれ!」
リザードランナーは、もう半径500メートル以内には来ているだろう。
「どうやって掃討しますか?」
「何も、全てを撃破する必要はないですよ。
このカードに、倒した数がカウントされていくので、数える必要もありませんし」
「……」
閃いた。
こいつらを、まとめて撃破する方法がある。
「シャルロッテ。二人のところまで下がっていてください」
「えっ? 何をするつもりですか?」
「奴らを一匹残らず消し飛ばします」
シャルロッテは目を見開いた。
もうなりふり構っていられない。
やると決めた以上、やるしかない。
シャルロッテは俺に言われた通り、ランスロットとエリーゼの所まで下がった。
「ベル! どうするの?!」
「――」
エリーゼに返事をしてやりたいところだが、もうそんな暇はない。
目を閉じて、手を前に出す。
大きく息を吸い、吐く。
魔術自体は習得済みだから、ほぼ確実に成功する。
問題は、走ってくるリザードランナー全てを葬り去ることができるか、ということだ。
土煙の中に見えるだけで数百体はいそうだが、後続にどのくらい続いているのか分からない。
俺の魔力が持つ限り、奴らを吹き飛ばし続けるつもりだ。
確かに、全てのリザードランナーを殺す必要はない。
だが、できる限りの数は撃破したい。
無理はするなとランスロットにも言われているが、多少の無理はしなければならない。
今後の俺達が少しでも楽をできるように、ここは俺が一肌脱いでやる。
なんて、大口叩いておいて失敗しましたなんてダサいけどな。
成功するかしないかは、やってみないと分からない。
だがな。
男には、やらねばならぬときがある。
「『紅蓮嵐』!」
俺は右手を天に掲げ、魔術の名前を詠唱する。
火上級魔術の中では、一番規模の大きい魔術。
中々大技は使う機会がないから成功するかは正直不安だったが、何とか成功した。
「あれは……!」
「あ、暑いわ……!」
俺の使った『フレアストーム』は、燃え盛る炎を纏った嵐を起こす魔術だ。
注ぐ魔力の量で、竜巻の大きさや進行方向など、自由自在に操ることが可能。
制御できるようになるまでかなり時間がかかった。
なにせ、これだけ規模の大きい魔術だからな。
外はずっと雨が降っていたし、中々練習する機会がなかったのだ。
リザードランナーの群れを土煙ごと巻き上げていくフレアストームに、更に魔力を込めていく。
それをどんどん前進させ、リザードランナーの群れへと特攻させる。
「くぅ……!」
「ベル、無理はするな!」
「全部……任せてください……!」
「もうほとんど撃破してます!
もう十分です! 無理はいけません!」
え、もうそんなに倒したのか?
いや、俺ならまだやれるはずだ。
まだ遠くの方からリザードランナーが走ってくるのが見えるし、あれもまとめて吹き飛ばしてやろう。
稼げるだけ稼ぐんだ。
そして、美味いものをたくさん食べるんだ。
旅の資金にするのはもちろんだが、俺達はここ数日、まともなものを食べていない。
ミノタウロスの肉も、ミトール族の村を出た初日に食った以来だし。
正直、それ以外の魔物の肉はどれも不味いんだよな。
「ベル! もういいわ!
早く帰りましょう!」
「ま……まだです!」
「ベル! 無理をしないという約束だろう!」
「このまま終わっても、もう数週間は困りませんよ――」
あれ、何か視界が……。
もう、少しだけでも……。
「ベル! いい加減に――」
やべ、調子に乗りすぎ…………。
---
「ぎぼぢわるい」
「もう! ほんっとにバカね!」
「あれほど無理をするなと言ったがな」
「おかげさまでガッポリ稼げましたけど、体に無理をさせすぎるのはダメですよ」
はい、すみませんでした。
初めての冒険者としての任務、そして謎の高揚感によってアドレナリンが止まらなくなった。
調子に乗りすぎた結果、俺は魔力枯渇で倒れてしまった。
倒したリザードランナーの数は、どうやら4000体にも達していたらしい。
受付嬢とそれを耳にした周辺の冒険者にはたまげられたという。
どうやら、世界記録を樹立してしまったらしい。
魔力を使いすぎたせいで、俺は今とても体調が悪い。
吐き気が止まらないし、頭痛がひどい。
酒場で打ち上げをしたいが、この調子では到底行けそうもない。
俺を放って三人で打ち上げをしてもらってもよかったのだが、
シャルロッテが「一番の功労者を置いて打ち上げなんてできません」と、俺を庇ってくれた。
俺がほとんど掃討したのは確かだが、調子に乗ってぶっ倒れたのも事実。
前者だけならかっこよかったが、後者のせいで圧倒的に締まらない。
「まあ、ベルがいなかったらちょっとまずかったかもですからね」
「シャルロッテの魔術でもよかったんじゃないの?」
「私の得意魔術は雷魔術ですから、あそこまで規模の大きい魔術は使えません。
私一人でしたら、せいぜい300体くらいが限界だったでしょう」
「そ、そうなの?」
そ、そうなの?
それなら、身を削ってまで貢献できたってことでいいのか。
若干のダサさは拭えないが、それでも役に立てたなら良かった。
「あ、ありがと、ベル。流石あたしの相棒ね!」
「さっき散々バカだのアホだの言ってましたよね?」
「ちょ、ちょびっとだけバカだけど、大体はかっこよかったわよ!
トイレ行ってくる!」
「否定はしませんけど。いってらっしゃい」
まあ、実際バカやったしな。
ちょびっとっていうか、めちゃくちゃバカだろ。
エリーゼなりにカバーしてくれようとしたのだろうが、俺は俺自身を「馬鹿」と称する。
「あんな感じですけど、ベルが倒れた時、誰よりも心配してましたよ。
ね、ランスロット」
「涙目になりながらな」
「そうそう。ランスロットがおぶっている時も、
『あたしがおんぶするわ!代わって!』って訴えかけてましたからね」
「そうなんですか……」
エリーゼって、何だかんだ俺のこと好きだよな。
いや、ちょっと優しくされただけで勘違いするのは典型的な童貞だ。
ここは、友達想いだといっておこうか。
初めて出会った時にエリーゼを庇った際も、エリーゼは泣きながら俺の介抱をしてくれたし。
普段はあんな感じでツンツンしてるけど、ちゃんと優しいんだよな。
「ただいま」
「エリーゼ、ありがとうございます」
「? 何がよ」
「いえ、何でもありません」
「何よそれ!
何で皆して笑ってんのよ!」
回復したら、また冒険者を頑張るとするか。
……今後は、このようなことがないようにしたいと思います。




