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御落胤(ごらくいん)の忌み子  作者: ふゆはる


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第27話/跡目の流儀

 東京、深夜。黒崎の執務室は静まり返り、照明がデスク上の書類だけを浮かび上がらせていた。玲司の報告書を手に取り、黒崎はじっと文字を追う。その目にはわずかな皺が寄る。


 内容は平常通り、海外との資金移動の記録や組織内の支店管理、各幹部からの報告――しかし、どこか違和感があった。

 細かく見れば、海外ルートへの依存度、直接交渉の頻度、そして玲司自身の決裁判断の幅が増している。以前なら必ず黒崎の承認を経ていた項目が、最近は事後報告になっていたのだ。


「……独立の兆しか」


 黒崎は指先で書類を弾き、椅子に深くもたれる。忠実な部下である玲司が、何かを企んでいる可能性を完全に否定できない。だが、同時に黒崎は冷静に状況を分析した。玲司はこれまでの試練を幾度も乗り越え、組織内外の信頼を確立している。もし彼が独立を考えるなら、今のタイミングが最も有利だろう。


 黒崎の頭に浮かぶのは、組織の幹部たちの顔ぶれである。玲司の動きが予期せぬ方向へ進めば、内部に混乱を招きかねない。だが、単に制止するだけでは玲司の能力を潰すことになりかねない。


 黒崎はゆっくりと立ち上がり、窓の外に目をやった。夜景の街灯が都会の闇を優しく照らす中、心の中では戦略を組み立てていた。

「玲司……奴はもう、単なる部下ではない」


 その瞬間、黒崎は決意した。直接的な介入ではなく、玲司の行動を注意深く監視し、必要な時だけ指示を与える。表向きは変わらぬ信頼を示しつつ、組織の統制を保つ。玲司の独立の兆しを察したこの夜、黒崎は組織運営の新たな戦略を静かに頭の中で描き始めたのだった。


 東京、黒崎の執務室。外の街灯がかすかに差し込み、室内は落ち着いた静寂に包まれていた。玲司は招かれるまま、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。黒崎はデスク越しに両腕を組み、柔らかな目線で玲司を見据えた。


「玲司、少し話がある」

 黒崎の声は普段の命令口調とは違い、どこか慎重さを帯びていた。


 玲司は無言で頷き、机の向こうに座る黒崎の表情を探る。


「……そろそろ、俺の跡目について考えなければならない時期だ」

 黒崎は静かに語り始めた。

「長年、この組織を支えてきたが、いつかは俺も若い世代に譲らねばならん。そのための候補を探している」


 玲司は言葉を飲み込む。黒崎がこれほど率直に跡目の話をするのは初めてだった。だが、同時に背後には試される意味があることも理解していた。


「お前は知っている通り、組織内には幾つかの幹部がいる。だが、跡目に相応しいのは力だけではなく、頭脳、判断力、そして忠義……総合的に見て選ばなければならん」


 黒崎の目が一瞬、玲司を鋭く捉えた。

「玲司……正直に言うと、お前を候補の一人として考えている。だが、これはお前が望むかどうかではなく、組織としての必要性だ」


 玲司は静かに息を吐き、慎重に言葉を選ぶ。

「黒崎……俺は、組織のために全力を尽くしてきました。ですが、跡目という立場は……」


 黒崎は手を挙げ、言葉を遮った。

「跡目になるということは、単に座に座ることではない。責任を背負い、判断の結果で人を動かし、時には犠牲を受け入れる覚悟を持つことだ」


 室内に重い沈黙が落ちた。玲司は黒崎の意図を推し量りつつ、自らの胸中を整理する。独立の兆しを察知されている今、この話は試されている証でもあった。


 黒崎は最後に静かに言った。

「考えておけ。お前がどう動くかで、この組織の未来も変わる」


 玲司は深く頷き、言葉少なに席を立つ。外に出ると、冷たい夜風が顔に触れた。その風が、未来の選択の重さを改めて実感させた。


 翌日、玲司は組織の支店を巡り、幹部たちと会議を重ねていた。表向きには日常業務の確認、資金移動の調整、各支店のリスク管理といった議題が並ぶ。しかし、その会議の合間、玲司は心の奥で静かに独立への布石を打ち始めていた。


「この資金ルート、海外からの暗号資産の受け取りが増えてきている。各支店での現金管理をさらに厳格にしておけ」


 幹部たちは頷き、報告書を手元にまとめる。玲司の口調は普段通り冷静で厳格だ。しかしその内心では、各支店が独立して動けるように微調整していた。支店間の情報を最適化し、玲司自身が統括していることを見せながら、同時に「自立可能な体制」を整えていたのだ。


 会議後、玲司は幹部の一人、山城に耳打ちする。

「来週、神戸と博多の拠点で新しい取引シミュレーションを行う。詳細は俺から指示する」

 山城は驚きつつも黙って頷く。玲司の微妙な指示の裏には、黒崎に悟られず独立への準備を進める計算があることを理解していた。


 その夜、玲司は一人、オフィスビルの窓際に立ち、街灯に照らされた都会の闇を見つめる。黒崎のブラフは完全に見抜いていた。跡目の話も忠誠心を試すための罠であり、自分の野心と自由を測る試練に過ぎない。


「焦らず、全ての局面を支配する――」

 玲司は自分に言い聞かせるように呟いた。

 その頭の中では、独立後の組織運営、海外ルートとの直接交渉、リスクの分散、幹部たちへの信頼の植え付け――すべての工程が既に設計されていた。


 彼の布石は巧妙で静かだった。黒崎の監視下であっても、玲司自身の権力基盤は徐々に強化されていく。まるで水面下で根を張る樹木のように、誰にも気づかれずにその幹は太く、盤石になっていった。


 この時点で玲司の心には一つの確信があった――

「どの道を選んでも、必ず勝つ」


 夜風がオフィスのカーテンを揺らす。東京の街は静かに眠っていたが、裏社会の覇権を巡る静かな戦いは、確実に動き始めていた。


 数日後、黒崎は玲司を呼び出した。執務室に入ると、玲司は普段通りの落ち着いた表情で椅子に腰を下ろす。だが、その瞳の奥には、先日の布石が黒崎に悟られているかもしれないという警戒があった。


「玲司、お前の最近の動き、少し気になる」

 黒崎の声は穏やかだが、どこか鋭さを帯びている。机の上に置かれた資料を指でなぞりながら、彼は言葉を続ける。


「海外ルートの調整、支店間の資金移動……お前の裁量が増している。これは良いことだが、同時にお前がどこまで独立志向なのか、俺には見えている」


 玲司は微動だにせず、静かに頷く。

「なるほど、私の行動が御気に障ったのでしょうか」


 黒崎は一瞬微笑む。しかしその笑みには、試す意図が隠されている。

「いや、障ったわけではない。むしろ、頼もしいとも思っている。しかし……忠誠心と独立志向のバランスは重要だ」


 黒崎は資料の一部を玲司に差し出す。それは架空の取引記録のように見えるが、実際には細かく修正されたデータで、玲司の判断力と対応を試すためのものだった。


「このルートをどう処理するか、俺の意見は聞かず、お前の裁量で動け。だが、結果を必ず報告すること」


 言葉は自由を与えるようでいて、同時に厳格な制約を内包している。玲司はすぐに理解した。これは黒崎による“試練”であり、独立志向の度合いを見極めるための仕掛けだ。


 玲司は静かに資料を受け取り、丁寧に目を通す。

「承知しました。結果は必ず報告いたします」


 黒崎の表情は微笑のままだが、内心では玲司の反応を精密に分析している。彼がどのように裁量を行使するかで、次の一手を決める算段だ。


 部屋を出るとき、玲司は背筋を正し、心の中で冷静に方針を定める。

 ――黒崎の試練は、逆にこちらの布石を進める好機でもある。動きは慎重に、しかし確実に、自分の意志で局面を掌握する――


 東京の夜は静かに更けていく。しかし裏社会の覇権を巡る、静かで鋭い心理戦は確実に加速していた。


 その夜、玲司は自室で資料を再度確認していた。黒崎が仕掛けた試練は表面上は自由裁量の指示だが、裏には細やかな監視と心理の揺さぶりが潜んでいることを玲司は理解していた。


「焦る必要はない……今は観察されているだけだ」

 玲司は低く呟き、頭の中で全体の布陣を再構築する。支店の動き、幹部たちの信頼度、海外ルートの安全性、そして黒崎自身の心理――すべてを網羅し、最小のリスクで最大の利益を生む道を選ぶ。


 翌日、玲司は黒崎の意図を逆手に取る形で行動を開始した。支店間の資金移動に際して、事前に細かく指示を出すのではなく、幹部たちには各自の裁量で最適なルートを選ばせた。玲司はその間、各支店の監視システムと暗号資産の進捗をリアルタイムで把握し、必要に応じて微調整を行うだけであった。


 表向きには「黒崎の意図を尊重しつつ、指示通り動いている」体裁を保ち、幹部たちには「自主的に考え動け」と促す。この二重の操作により、幹部たちは自分たちの意思で動いていると錯覚するが、実際の統制は玲司が完全に掌握していた。


 さらに玲司は、海外ルートとの直接交渉も巧妙に進めた。龍門会の趙やバルター二のエンリコとのやり取りを、黒崎に報告する形で見せながら、交渉内容の要点だけを伝え、実際の判断権は自らの裁量に委ねる。黒崎には「報告義務を果たしている」という印象を与えつつ、独立への布石を静かに築いていたのだ。


 数週間の間、玲司の動きは一見平穏で忠実である。しかし、その裏では、独立後の資金ルート、幹部たちの信頼ネットワーク、海外組織との直接交渉ルートがすべて整備されつつあった。まるで水面下で大河が静かに動いているかのように、玲司の計画は着実に進行していた。


 ある夜、玲司は窓の外に広がる東京の夜景を見つめる。冷たい夜風が顔を撫でる中、彼は静かに呟いた。

「全ては掌の中……黒崎の目を欺くのではなく、見せかけて掌握する。それがこの世界で生き残る術だ」


 静寂の中、玲司の目にはわずかに笑みが浮かぶ。忠誠を装いながらも、自らの道を確実に進める。独立の兆しは、もう動き始めていた。


 東京の夜は、冷たい風と街灯の光がビル群の窓に反射して輝きを増していた。玲司は高層オフィスの窓際に立ち、静かに都市の闇を見下ろす。長年組織を掌握してきた黒崎――その存在は、確かにこの裏社会で絶大な影響力を持つ。しかし、玲司はもう迷ってはいなかった。


「ここまで来た……もう、引き際を示すべき時だ」

 玲司の心中に決意が生まれる。黒崎の跡目の話や試練はすべて、忠誠心と判断力を測るためのブラフだった。しかし、今や玲司の頭の中には、自らの独立と支配の設計図が完成していた。幹部たちの信頼、海外ルートとの連携、国内外の支店網――すべてを掌握した今、黒崎が組織に居座る理由は、もはや存在しない。


 玲司はデスクに座り、手元の資料を一枚一枚確認する。黒崎の権限と情報の流れ、組織内での決裁権の移譲プラン、海外との取引契約の移管手順――細部に至るまで計算され尽くしている。これを実行すれば、組織は黒崎の影響下から離れ、玲司が事実上の頂点に立つ。


 頭の中でシミュレーションを繰り返す。黒崎の反応、幹部たちの動揺、外部組織や海外ルートの反応――すべてが読み尽くされていた。玲司は静かに息を吐き、心に決める。


「黒崎を、静かに、しかし確実に引退させる……そのための手順を踏む」


 その決意は、単なる権力欲ではない。組織の安定と、裏社会における自らの立場を守るための冷徹な戦略だ。黒崎の存在がもはや次の段階の成長を阻む障壁となっている以上、動かざるを得ない。


 玲司は幹部たちを順次呼び出し、 subtly(微妙に)独立への布石を伝える。

「これからは全ての決裁を私を経由して行う。従来のように上意下達だけではなく、各自の判断も尊重する。だが、最終的な責任は私が取る」


 幹部たちは頷きながらも、背後に潜む意味を理解する。つまり、黒崎の直接的な指示はもはや不要であり、玲司の権限が組織内で絶対的に確立される瞬間が近づいているのだ。


 玲司は夜景を再び見つめる。東京の光は静かに瞬き、裏社会の暗闇を覆っている。しかし、彼の心中には明確な光が差していた――それは、自らが裏社会の頂点に立つ日を告げる光であり、黒崎を静かに引退に導く覚悟の象徴でもあった。


「全ては、計画通り……」

 玲司の低い声が夜の静寂に溶ける。その目には冷徹な意思と、未来を掌握する自信が光っていた。


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