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御落胤(ごらくいん)の忌み子  作者: ふゆはる


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第23話/チャイニーズマフィア

 玲司は机に散らばった写真と薄い包みを前に、目を細めた。宝飾の光は冷たく、どれも値が張ることは明白だ。だが問題は「価値」そのものよりも、その「行き先」だった。西欧のルートは確かに強力だが、彼はそこで新たな借りを作ることを最も嫌った。筋が良ければ、向こうは必ず見返りを求める。見返りは、往々にしてこちらが想定しない重さを帯びて回ってくる——それが玲司の直感だった。


 解の糸口は、意外に身近な港町にあった。横浜の中華街、その喧騒を少し外れた裏通りに、長年にわたり海を渡る商売をしてきた一族と繋がるチャイニーズ・マフィアの存在がある。玲司は彼らの名を幾重もの噂から慎重に選び出した。呼び名は「龍門会ロンメンホイ」。外面は輸出入業や貿易会社を隠れ蓑に使う、勢力としても経済的にも堅実な集団だ。組織の顔役は趙子龍――鋭い目つきの男で、噂では彼のルートは大陸内の富裕層市場に直結しているという。


 理由は単純だ。中国側の一部富裕層は宝飾に対する嗜好が根強く、量的需要が高い。国内市場の在庫は逼迫しており、正規ルートですらすぐに需給が追いつかないことがある。龍門会はその需要を押さえつつ、正規商流とは別のネットワークで流れる「現物」を必要としていた。要は、彼らにとって「宝飾そのもの」が貨幣であり、現金化の代替になる。しかも彼らは、現物を扱うノウハウと再流通の網を既に持っている——だからこそ、玲司の要請と利害が一致した。


 横浜のある夜、玲司は幹部の尾崎と共に、龍門会の接触窓口へと向かった。場所は表通りの雑踏から離れた古い茶楼。一歩中に入ると、外のネオンとは別種の熱気が立ちのぼる。香の煙と濃い茶の香り、低い笑い声。趙の側近が扉口で控えめに迎え、案内されたのは薄暗い個室だ。錦の布がかかった小さな卓があり、そこに小皿と茶器が置かれている。格式はあるが、無駄な飾りはない。


 趙は静かに座り、短く会釈してから話し始めた。言葉は丁寧だが、その奥には直接的な計算が透けて見える。

「宝飾の話か。見せてみろ」


 玲司は写真や一部の現物の入った小さな箱を差し出す。趙は手袋をはめ、珠をひとつずつ確かめるように触れ、指先の感覚で石のカットや座の作りを確認していく。周りの目は冷たく、ただ音だけが静かに瞬く。


「質は良い。再販の余地がある。だが、うちにも制約がある」趙の声は抑えられている。彼の口ぶりは商人のそれだが、核にはマフィア特有の慎重さがある。「我々は在庫を抱えているが、今は逼迫している。量とタイミングによっては、こちらも前金を求めることになる。だがそれは相互に話し合える。問題は“出所”と“見られた時の処理”だ」


 玲司はすでに用意した条件を一つずつ提示した。外部に情報を流さず、担当は限定すること。取引は段階的に行い、急激な流入が市場を揺らさないようにすること。さらに重要な点として、もしこの案件で公的介入が起きた場合の“負担”は黒崎側と龍門会で均等に分けるという取り決めを要求した。言葉を濾したその要求は、単にリスクを分散させるだけではない。責任の所在を明確にし、向こうが安易にこちらを追い詰められない構図を作るためのものだった。


 趙は一度目を閉じ、短く吐息を漏らした。そこで彼はある提案をする。

「我々は現物の再流通網を持つ。だがうちも“表”を汚すわけにはいかない。だからこうしよう——一定の手数料をいただく代わりに、我々は買い受け、国内の別ラインでゆっくりと吸収する。代金は一部前払い、残りは納品確認後に支払う。だが、我々に“借り”を作る形は避ける。長期の関係を結ぶなら、それなりの信頼と“互恵”が必要だ」


 玲司はその言葉を慎重に受け止めた。西欧ルートが「信用=借り」の形を強いるのに対して、龍門会の提案はより即物的で、露見した際の連鎖負債を最小化する構造になっている。代金の一部を前払いさせることで、彼らのリスクも軽減される。それは一見するとこちら側に有利だ。だがその「即物性」ゆえに、関係は商行為に近づき、相手は結果を見て次の動きを決めるだろう——つまり、また別の種の依存と緊張を生む可能性がある。


 尾崎は横で静かに頷いた。彼の顔つきはいつもより硬い。現物を手放すことで一時の安全と資金を得るが、龍門会がそれをどう裁くかは別問題だ。玲司の眼差しは、既に次の盤面に向かっていた——どのタイミングでどれだけ放すか、分割売却の尺度、外部に揺さぶりをかけられたときの緊急対応策。だがそれらは個々の手順ではなく、全体の「枠組み」を定める作業である。


 数時間の協議の末、合意は緩やかに成立した。基本は段階的な買い取りだ。第一弾として、数点の高額品を龍門会が買い取る。前金は支払われ、受領の確認と同時に残金が移る仕組みだ。取引は龍門会の「流通の網」に乗せられ、表面的には正規の宝飾卸を装ってゆっくりと市場へ流される。重要なのは、双方が「露見した時の負担」を事前に合意していること、そして情報共有が極端に限定されることであった。


 だがその夜、玲司は深く考え込んだ。龍門会との接触は確かに「借り」を作らない現実的な解法を提示してくれた。だが新たなリスクも付随している。相手は残酷さを秘めた実務者であり、そのビジネスは極めて現実的だ。関係を続ければ、互いの利害は絡み合い、やがて相手が別の要求を持ち出す可能性は否定できない。しかも彼らの勢力は横浜に根を張り、時に地域の秩序をも左右する。その力を買うことは、盾を手に入れる代わりに、時限爆弾を懐に入れることでもあった。


 結論はしばらく先延ばしにされるべきだったが、局面は待ってはくれない。玲司は最小限の範囲で取引を進める決断を下した。最初の買い取りは「試しの一手」。成功すれば再度の分割売却を行い、失敗の兆候があれば即座に関係を切る――その回路だけを頭に描き、彼は手を差し伸べた。


 個室を出る頃、横浜の波止場にはかすかな潮の匂いが混じっていた。街灯の下で紙袋を抱えた男たちの影がすれ違う。玲司は背筋を伸ばし、低くつぶやく。

「これで行く。だが、何か違和感が出たら、すぐに切る。借りを作らないのは俺の条件だ」


 潮風が頬をかすめる。龍門会との取引は解の一つを示したが、それはまた新しい盤面の始まりでもあった。宝飾は光を放ち続ける——だがその光の先にあるものが、組織の運命をどう彩るかは、まだ誰にも分からない。


 玲司は静かに微笑んだ。龍門会との取引で現物の換金ルートが確保できたことは、単なる問題解決以上の意味を持っていた。これまで手元に残る宝飾は、管理の手間や露見リスクを孕む“重し”だったが、今やそれは最小限の労力で現金化できる。しかも、段階的に流すことで市場への影響も抑えられる。


 何より大きかったのは、龍門会そのものが“顧客”となる点だ。宝飾の受け渡しは単発の案件に留まらず、継続的な関係性を生む。高価値の現物を扱えるルートを押さえたことで、玲司の闇銀行はその信用と取引能力をさらに拡張できる。日本国内の暗号資産や現金化だけでなく、現物の処理という「第三のレイヤー」をも掌握できることになった。


 この一石二鳥の成果は、彼の頭の中で即座に次の計算に変換される。宝飾を安全に現金化できること──それは黒崎や組織幹部に対する影響力を高め、同時に龍門会を安定したパートナーに組み込むことを意味する。万一の介入や妨害があったとしても、二重の網でリスクは緩和される。


 玲司は倉庫に並ぶ宝飾を眺め、手元で箱を軽く振る。冷たい金属と宝石の重みは、ただの物理的な重さ以上の象徴だった。「管理」と「信用」を握る者の責任感と支配力。これこそが、彼の銀行が他の組織とは一線を画す理由だった。


 そして玲司は、自分の頭の中で次のシナリオを描く。龍門会との関係を軸に、より大規模な現物換金案件や海外組織との取引拡張も可能になる。手元の宝飾は、単なる現金化の手段であると同時に、銀行としての価値を示す「通貨」のようなものでもあった。


「よし……これで行く」玲司は低くつぶやき、倉庫の鍵を握り直す。闇銀行の支配者として、また一歩、盤面を有利に進める準備が整ったのだった。


 玲司は目を細め、薄く息をついた。龍門会のトップ、趙天龍──彼から直接会いたいという連絡が入ったのだ。普通であれば、事務的な連絡や代理人を通しても十分な案件だ。しかし、相手は中国本土と横浜をつなぐ実力者。単に会わない選択肢は、関係の悪化を意味し、宝飾の換金ルートに影響を及ぼしかねない。


「断ることはできない……」玲司は低く呟き、机の上の資料に視線を落とす。相手の要求は極めて合理的で、なおかつ力の背景を示唆している。会わなければ、次の取引にブレーキがかかる。会えば、彼自身の時間と判断を一時的に拘束される。だが、それを上回るリターンが確実に見込める。


 数時間後、玲司は旅支度を整えて香港行きのフライトに搭乗した。高層ビルが立ち並ぶ香港の街並みが、飛行機の窓越しに小さく見えてくる。彼は地上に降り立つ前から、すでに頭の中で盤面を整理していた──趙天龍との面会がどのように展開されるか、どの点で譲歩するか、どこまで情報を開示するか。すべては「借りを作らない」原則の上での駆け引きだ。


 空港から専用の車に乗り込み、香港島の高層オフィスへと向かう間、玲司は冷静に周囲の様子を観察した。車窓に映る街の灯りは華やかだが、同時にどこか冷たく、無数の利害が交錯する都市の表情を映している。ここでの一挙手一投足が、宝飾の換金ルートの成否、ひいては組織全体の信用に直結する。


 オフィスに到着すると、趙天龍が待っていた。背筋を伸ばした男は静かに座り、鋭い眼光で玲司を見つめる。その瞬間、言葉よりも先に、互いの立場と実力を読み合う沈黙が部屋を支配した。


 玲司は深呼吸し、ゆっくりと口を開く。これから始まるのは、単なる商談ではない。宝飾換金という表向きの取引の裏で、双方の力量、駆け引き、心理戦が交錯する──玲司にとって香港行きは、予期せぬ一手を打たれる場であり、同時に自分の盤面を有利に拡張するチャンスでもあった。

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