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御落胤(ごらくいん)の忌み子  作者: ふゆはる


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第21話/手打ち式

 静かに進んでいた抗争が、ある日を境に表面化し始めた。秋口組とバルター二、それぞれの勢力が直接対峙することは避けていたものの、裏での資金の動きや関係者の接触は、偶然にも世間の目に触れるところまで来てしまった。新聞やネットニュースは事件性を匂わせ、裏社会の話題は表の世界にも拡散し始める。


 その動きに警察は即座に反応した。組織犯罪対策課、金融犯罪捜査班、サイバー犯罪対策室──複数の部署が同時に動き、玲司の闇銀行を含む資金の流れを洗おうと試みる。口座の取引履歴、暗号資産の入出金、テレグラム上のやり取り、海外送金──あらゆるルートが監視対象になった。


「奴らの資金源を徹底的に洗う」

 捜査責任者の言葉は重く、課員たちは夜を徹してデータの解析に没頭する。しかし、玲司は既に一手先を読んでいた。支店の移転、口座の分散、暗号資産の多段階送金──すべてが、警察の監視をかいくぐるための布石だった。


 それでも、警察の目は確実に迫っている。小さな不注意や偶然の接触で、すべてが露呈する可能性がある。そのリスクを避けるため、玲司は幹部たちに指示を出す。

「情報は最小限に絞れ。外部からの問い合わせには決して応じるな。口座の実態は誰にも見せるな。警察の網を逆手に取るのは、こちらが先手を打った時だけだ」


 各幹部は無言で頷く。尾崎は東京の顧客に細心の注意を払い、松永は神戸の情報網を密にする。佐伯はデータの流れをシミュレーションし、川端は九州での動きを最適化する。全員が静かに、しかし確実に抗争と監視の狭間を生き抜く準備を進める。


 街の光景は変わらない。昼間は一般企業が忙しく働き、夜はネオンが街を彩る。しかし裏では、見えない戦線が息をひそめて動き続けていた。警察の監視網が密になるほど、玲司の掌握する情報と資金の価値は高まり、彼の戦略の正確さが試される瞬間が迫る。



 両者の激突が世間に注目され、警察の目が資金源に向く。だが、玲司は静かに、巧みに、見えぬ形で勝利を積み重ね続ける。裏社会の戦争は、今や情報と資金が主戦場となったのだ。


 警察の目は日に日に厳しくなる。口座の履歴、暗号資産の送金ログ、海外取引の痕跡――すべてが解析され、玲司の組織を狙う監視網は徐々に張り巡らされていた。しかし玲司は、その網の目を熟知していた。


「追ってくる者は必ずルールに従う。だからこそ逆手に取れる」

 玲司は静かに独り言を漏らす。彼の頭の中では、支店の移転スケジュール、暗号資産の分割送金、幹部たちの動きが完璧な地図のように並んでいた。警察はデータの流れを追うが、玲司はその流れを巧みに操り、見せかけのルートを作り、真の資金を別のルートで移動させていた。


 尾崎は東京で監視役を務める。顧客への連絡や送金の指示はすべて最小限の情報に絞り、警察が介入する余地を潰す。松永は神戸で秋口組の目をかわすように資金を迂回させる。佐伯はデータ解析班を欺くため、虚偽の履歴や分割ログを意図的に作成する。川端は九州で現金を安全に待機させ、警察が追跡しても容易には辿れないよう調整する。


 警察は日々、金の流れを解明しようと奔走する。だが玲司は冷静だった。追跡と翻弄の距離感を把握し、常に一歩先を行く。「警察との距離は、付かず離れずが理想だ」と彼は考える。近すぎれば正体が露呈し、遠すぎれば資金の流れを把握できなくなる。絶妙な緊張の中で、両者は互いに睨み合っていた。


 街の灯りは夜ごとに変わらず、雨が路面を濡らして反射する。しかし、その下で資金の流れは玲司の掌中で踊る。警察は数字とログの海に潜り込み、玲司はそれを自在に操る。双方の駆け引きは静かだが、決して緩まない。


 

 金の流れを追う警察と、それを翻弄する玲司。両者の距離は静かに、しかし確実に付かず離れずを続け、裏社会の静かな戦争は次の局面へと進んでいく。


 ある朝、玲司の元に情報が入った。週刊誌が、バルター二と秋口組の裏社会での抗争を特集として連載し始めたというのだ。写真や関係者の証言、街中の目撃情報まで含まれ、表の世界でも抗争の影響が囁かれる内容だった。


 玲司は静かに眉をひそめる。記事が拡散すれば、海外マフィアも国内暴力組織も、警察も、そして一般人も、この抗争の存在を意識せざるを得ない。通常ならば静かに資金の流れを操作することで両者の対立をコントロールできるが、情報が表に出る以上、予想外の介入が増える可能性がある。


「両者の取引を一時的に制限する」

 玲司は幹部たちに命じた。バルター二と秋口組に向けても、直接メッセージを送り、状況を説明した。短く冷静な文面だ。

「週刊誌での報道を受け、一時的に取引を制限する。安全が確保され次第、再開する」


 幹部たちはそれぞれ動き始めた。尾崎は東京の取引を凍結し、顧客に影響が出ないよう資金を保留させる。松永は神戸で秋口組の関係者に接触し、誤解や不満が拡大しないよう抑制をかける。佐伯はデータの流れを止めつつ、警察の監視が強まった場合の迂回ルートを設計する。川端は九州で現金保管を強化し、万一の際に備える。


 玲司自身も冷静だった。週刊誌の報道は脅威である一方、巧妙に利用できる要素もあった。両者の緊張が可視化されたことで、取引の再開時に双方が彼の立場を尊重する可能性が高まる。つまり、情報の露出は一時的な制限と引き換えに、長期的には玲司の権威を強化することにもなる。


 会議室の窓の外、街はいつも通りの喧騒を見せる。だが、裏で動く資金と情報の流れは、一瞬たりとも止まってはいない。抗争は静かに、しかし確実に進行している。その中で玲司は、紙面に踊る文字と写真を逆手に取り、両者の動きを制御する術を冷徹に計算していた。



 週刊誌の報道によって、玲司は両者の取引を一時的に制限した。だがその判断は、抗争を逆手に取り、静かなる支配力をさらに強化する序章でもあった。


 週刊誌の連載によって世間の目が裏社会に向く中、警察は積極的に動き始めた。秋口組とバルター二の抗争の影響が明らかになるにつれ、金融犯罪捜査班、組織犯罪対策課、サイバー犯罪対策室が一斉に動き、両組織の支部を摘発していった。


 東京、神戸、博多――主要都市の支部に捜査員が入り、口座情報や資金の流れ、暗号資産の取引履歴が押収される。幹部や下部構成員の事情聴取も同時に行われ、裏社会全体に不穏な空気が広がった。街のネオンの下、取引は表面上は平静を装うが、内部では緊張が走る。


 玲司は情報を即座に把握した。摘発は彼の組織に直接的な損害を与えないように計算されたものであったが、それでも警察の介入が強まるほど、資金の流れの操作は慎重を要する。


「支部の摘発は想定内だ。重要なのは資金の安全と顧客への影響を最小化すること」


 尾崎は東京の取引を完全に凍結させ、顧客に連絡を入れることで混乱を防ぐ。松永は神戸で秋口組の動揺を抑え、無駄な摩擦を避ける。佐伯はデータのバックアップを複数ルートに分散し、警察に押収されても核心情報が漏れないよう策を講じる。川端は九州で現金の分散保管と警戒網を再構築し、即時対応できる態勢を整えた。


 警察の動きは確かに厳しく、両組織には小規模ながらも痛手が及ぶ。だが玲司は冷静だった。摘発の情報は内部の結束を強化する材料にもなる。危機が外部から訪れれば、幹部たちは玲司の判断に従うしかなく、彼の権威はさらに揺るぎないものとなる。


 夜の帳が下りると、窓の外では街灯が雨に濡れた路面に反射し、揺れる光の中で静かな緊張が漂う。抗争は表面上は静かだが、警察の介入によって裏での戦線はさらに複雑化していた。玲司は、その微細な揺れを見逃さず、冷徹に次の一手を描いていた。



 ホテルのスイートは外界の喧騒を遮る厚いカーテンに包まれ、室内には淡く間接照明が揺れていた。高価な革張りのソファ、重厚な木のテーブル、壁に掛かった抽象画。表向きには上流の客をもてなすための空間だが、今夜は裏社会の「和解」を演出する舞台になっている。


 玲司は静かに席に着き、窓際の低い光を背にして両者を見た。向かって左には秋口組の代表──新田の影がある。組の伝統衣装のように身にまとった威厳は薄れ、代わりに皺の刻まれた額と短く結んだ口元が冷たさを示していた。向かって右にはバルターニの使者、エンリコ。西洋的なしなやかさの中に、筋の通った冷徹さが忍んでいる。二人は直接顔を合わせることを避け、テーブルの向かい合いに座っているが、視線の端は常に相手を計っている。


 両者が依頼したのはひとつの単純な役割――「見届け人」。ただしそれは形式的な立場でしかない。見届けの裏側には、もっと重い意味が潜んでいた。中立を装いながら、玲司は両者の条件を引き出し、解釈を微細に調整できる立場に置かれている。言い換えれば、彼はこの和解の「書き手」になり得るということだ。


 会話は最初、ぎこちなく始まった。両者の代表が短い挨拶を交わし、それから条件の読み上げに移る。秋口組は縄張りの尊重と、抗争で発生した被害の賠償を求めた。バルターニは手続きの安全と、過去に失われた合意の清算を条件に挙げる。双方の要求は重なり合い、部分的には矛盾した。だが玲司は焦らない。彼の役は、その矛盾を「折衷」ではなく「解釈」で埋めることだ。


「双方の言い分は受け取りました」

 玲司は低く、整った声で言った。「ただし、この場での合意は単なる言葉のやり取りに過ぎない。合意を持続可能にするためには、履行と監視の仕組みが必要だ。私が中立として見届けるのは、契約の成立とその履行に関わる監督までとする」


 その言い方は、両者にとって柔らかな安心を与えると同時に、玲司自身への依存を巧みに作り出した。彼が立ち去れば、履行の監視が甘くなる――それは、双方ともに避けたい事態だ。新田は眉をわずかに寄せるが、すぐにゆっくりと頷いた。エンリコは軽く笑みを浮かべながら、煙草を一口深く吸った。


 議論は進む。賠償額の扱い、凍結された資金の扱い、双方の構成員の逮捕・釈放に関する情報の取り扱い――話題は現実的で、冷徹だった。だが玲司は逐一、言葉を選んで条項を整えた。聞こえるのは語気の強い言葉よりも、間合いの取り方と、場の温度を読む沈黙だった。彼はメモを取るふりをしながら、そのメモの余白に「監視の方法」「情報の出し方」「紛争再発時のワンクッション」といった、運用面の細かな注釈を書き込む。だれにも気付かれないように一筆一筆、将来の地形図を描いていく。


 折り合いが着いた地点で、玲司は短く提案した。

「双方ともに、公的な表出を避けるために、今回の合意内容は非常に限定された形で文書化します。だが文書の保管と確認は第三者的な『見届け』が必要だ。そこで、私が合意の主旨を記録し、両者の代表がその場で署名する。署名は象徴に過ぎませんが、それが外部に出れば――状況は一変します。よって両者とも合意の範囲内で行動することを誓い、私に監督を委ねてください」


 新田の手が、机の上の濃い茶色の封筒にかかる。封筒には何も印字されていない。中身はわずかな文面と、署名欄のある一枚の薄紙。エンリコは鞄から小さな銀製の名刺入れを取り出し、そっとそこにあるカードを添える。それは彼らにとっての「証」。だが玲司にとっての証は、むしろこの儀式を通じて両者が自らを縛ることになった事実そのものだった。


 署名は静かに行われた。ペン先が紙を走る音が、室内に深く響く。そこには法的効力を求める書式はない。だが裏社会では、形式の有無よりも「見られた/見られていない」が効力を持つ。署名の瞬間、双方の代表は自分たちの手で「手打ち」を視覚化し、そして、同時に玲司を保証人のような役割に据えた。彼が見届けることで、両者は合意の重量を実感した。


 署名後の余白の沈黙が長く続く。だがその沈黙に温度を与えたのは、意外にもエンリコの乾いた笑いだった。

「これで終わりだな。ここから先は我々のやり方で進めよう」


 新田は冷たく短く答える。

「裏切りは許さん。違反があれば、討つだけだ」


 玲司は両者の言葉を受け流しながら、最後にひとつ提案をする。

「今回の合意は『防止』が要点です。しかし実際に問題が起きた場合、即時に争いをエスカレートさせずに解決するための仲介プロトコルを設けます。私がその仲介役をつとめ、両者が合意しない限り、直接の手は出さない。これを守るかどうかが、今後の鍵となるでしょう」


 その言葉は、両者にとって甘い響きでもあり、苦い条件でもあった。彼らは互いに信頼が薄い。だが信頼の代わりに「見届け人」を置くことは、相互の抑止力を生むことを二人とも理解していた。もし玲司の仲介で問題が解決するなら、直接の暴発の必要は減る。もし彼が仲介を裏切るなら、それは玲司をも敵に回すことになる――どちらにとっても、簡単には選べない選択だった。


 会議は終わりに近づいた。部屋の空気は少し緩み、二本のウイスキーが静かに減っている。だがこの緩みは誤魔化しのようなものだ。外に出れば、両者は自らの陣営に「手打ち」を報告し、内部の調整を余儀なくされる。署名という行為は、同時に内部の説得材料でもあるのだ。


 会議が完全に終わる前、玲司はふと一言付け加えた。

「私が見届けるということは、君たちがここで書いた合意に対して私が何らかの抑止力と調整を施すことを意味します。だがそれは無限ではありません。双方ともに、私の介入が必要な段階に達した時には、代償が発生することを理解しておくべきです」


 言外に含まれるのは――玲司の存在が中立であり続ける限りにおいて双方にとって有益だが、彼に過剰な負担や危険が及ぶような要求は受け入れない、という自明の事実だった。言葉は婉曲だが、効果は的確に伝わった。


 夜が深まり、代表たちはそれぞれの手勢へと連絡を入れ、静かに部屋を離れていった。廊下の照明が二つの影を伸ばし、その先に消えていく。残されたのは、封筒と署名された一枚の紙、そして見届けの記録を示す玲司のメモだけだ。だがその紙一枚が、裏社会という名の不安定な秩序に、ひとつの「枠」を与えたことは間違いない。


 ***


 合意が公に向けて機能するのは、これからの時間だ。表向きは「手打ち」が成立したというニュースが流れるかもしれない。だが裏では、合意の運用が試される。誰が最初に破るのか、どのような理由で破られるのか――それは予測し難い。だからこそ玲司は、見届け人という役割を甘んじて受けたのだ。彼はその場で合意を「作り」、その後は合意を守らせるためのルールを用意し、違反した場合の代償を計算に入れた。


 部屋を出る直前、玲司は窓の内側に立ち、夜景を見下ろす。ネオンは淡く瞬き、遠くで車のヘッドライトが続く。彼の胸中には一瞬の充足感と、同時に重たい予感が宿る。見届け人の印は今や彼の肩にのしかかっている。光の下で彼は確かに優位を得た。だがそれは、新たな責任と、より大きな賭けの始まりでもあった。



 手打ちは成立した。しかし合意という紙の上に刻まれた文字以上のものを維持するには、玲司の知略と幹部たちの忍耐、そして時に冷徹な判断が必要となる。果たしてこの「静かな秩序」はいつまで続くのか――それを知る者はまだ、一人もいなかった。

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