表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

第15話/新たな芽

 都内の本部ビル。夜の静寂に包まれた会議室で、幹部たちの視線が交錯する。神崎隆司の排除を経て玲司が頂点に立って数週間、組織は一見安定を取り戻していた。だがその表面の平穏の下、微細な亀裂が静かに広がり始めていた。


 尾崎健一は独り、会議室の隅で腕を組み、天井を見上げる。表面上は従順を装うが、頭の中では自分の縄張りと影響力が玲司の掌握で徐々に削られていくことを計算していた。冷静に、しかし確実に、反撃のタイミングを探っている。


 松永魁もまた、同様に心中で微妙な動きを始めていた。玲司の掌握力は圧倒的だが、その冷徹さが彼自身の過信を誘発している部分もある。松永は一部の部下に目配せをし、密かに連絡網を確認していた。組織の外部にもささやかな“保険”を残すためだ。


 佐伯は観察に徹している。口には出さず、行動も従順だ。だが眼光の奥で、幹部たちの心理的揺れと、玲司の戦略の隙間を分析している。反乱を起こす意思はまだ微小だが、その芽は確かに存在していた。


 玲司は会議室の中央に立ち、幹部たちに指示を出す。

「外部との網は再編完了だ。各自、割り振られた縄張りの管理と情報網の監督を怠るな」

 声は静かだが、権力の重みを伴う。幹部たちは表面上はうなずく。だが尾崎の唇の端、松永の眉間、佐伯の指先――そのわずかな動きが、心理的亀裂の証明だった。


 夜が更け、幹部たちが部屋を後にすると、尾崎は静かに携帯を取り出した。

「このままでは不利だ…少しずつ、情報と影響力を戻すしかない」

 松永との密会の約束を微かな合図で取り付け、彼らは玲司の支配下でささやかな反撃の策を練り始める。


 その夜、玲司は一人窓辺に立ち、街の灯りを見下ろす。組織内に微かな亀裂があることを察知していたが、その芽はまだ小さく、制御可能であると判断していた。彼の計算では、幹部たちの心理的揺れを利用して、より強固な支配構造に組み込む余地がある。


 組織内に生まれた微細な亀裂――尾崎、松永、佐伯の心中の小さな反乱の芽は、まだ静かに潜むだけだった。覇王の座に座る玲司は、それを知りつつも、次なる掌握の一手を静かに温めていた。力と恐怖、忠誠と裏切りの均衡は、今まさに微妙に揺れ始めているのだった。


 都内の静まり返った深夜。組織本部ビルの一室で、尾崎健一と松永魁が密かに顔を合わせていた。神崎排除後、表面上は従順を装っていたが、二人の目には小さな火花が灯っていた。


「このままじゃ完全に押さえ込まれる…少しずつ手を打つしかない」尾崎は低く呟き、机の上に開かれた資料を指でなぞる。縄張りの情報、資金の流れ、部下の忠誠度。玲司の掌握が及ぶ範囲は広いが、全てを完璧に把握するのは不可能に近い。


 松永は微かに唇を噛み、暗い笑みを浮かべる。「情報を一部制御すれば、玲司も慌てるはずだ。小さな揺さぶりで心理を崩すんだ」

 二人は巧妙に計算された情報操作を開始する。部下への指示、外部ルートへの連絡、微細な資金の移動。全ては玲司の掌握の中で、わずかに隙を突くための小規模な策動だ。


 しかし、その動きは玲司の感覚から逃れるものではなかった。深夜、窓辺に立つ玲司は都市の灯りを眺めながら、微かな異変を察知する。データの僅かな変化、部下の行動の微妙な歪み、通信の隙間。それらを頭の中でつなぎ合わせ、尾崎と松永の小さな動きを正確に把握していた。


 翌朝、玲司は静かに幹部室に呼び出す。尾崎と松永は表面上は平静を装い、いつも通りの挨拶を交わす。しかし、玲司の眼光は冷たく、全てを見透かしていた。


「夜中の動き、少し目立ったようだな」

 声は低く、しかし権威を帯びる。尾崎の指先がわずかに震える。松永は一瞬だけ目を伏せた。心理的圧力は、物理的制裁よりも強烈だった。


 玲司は続ける。「小さな策動も無駄にはならないが、私に察知される限り、意味はない。ここで理解できるか?」

 尾崎と松永は静かに頷く。言葉には出さないが、心理的制圧は完了していた。玲司は敢えて手を下すことなく、幹部たちの焦燥と恐怖を掌握する。


 その後、幹部たちは自らの動きを慎重に調整し、玲司の監視下で小さな策略を水面下に潜ませる。玲司はそれを許容するか、さらに心理的な駆け引きに変換するかを見極め、組織全体の均衡を維持する。



 小規模な反乱の芽は、玲司の冷徹な掌握により一瞬で制御された。しかし心理戦は終わらず、静かなる均衡の下で、力と恐怖、忠誠と疑念が複雑に絡み合う組織内の暗流は、夜ごとに蠢いていた。覇王としての玲司の試練は、まだ序章に過ぎなかった。


 尾崎健一と松永魁の小規模な策動は、やがて水面下で膨らみ始めていた。玲司の監視を恐れながらも、彼らは外部のブローカーや下部組織を通じて資金や情報の流れを操作し、独自の影響力を回復しようと試みた。


 夜の酒席、尾崎は腹心に低く囁く。

「玲司に全てを握られるのは危険だ。俺たちの手で少しずつ主導権を戻す。直接じゃない、影を使え」

 松永もまた別の場で、部下にこう言った。

「玲司は恐怖で縛る。しかし恐怖は長続きしない。小さな穴を作れば、奴の支配は揺らぐ」


 二人の動きは一見巧妙で、玲司にすぐには掴めないように見えた。だが玲司は違った。彼は意図的に小さな“見逃し”を仕掛け、尾崎や松永の動きを泳がせていたのだ。資金の一部、情報の断片。全ては玲司の掌の上で踊らされていた。


 ある夜、本部の会議室。玲司は幹部たちを集めると、穏やかな口調で言った。

「最近、外部ルートでいくつか妙な動きがある。だが、心配はいらない。全て、私の計算の内だ」


 その場にいた尾崎と松永は、一瞬息を呑む。玲司の視線が彼らに向けられた時、心臓が凍りついた。だが玲司はそれ以上追及せず、話題を切り替えた。その“余裕”こそが圧倒的な力の証明だった。


 後日、玲司はあえて二人の策略の証拠を部分的に公開する。内部の幹部会で、淡々と資料を机に並べ、冷ややかに告げる。

「これが私の耳に入る頃には、すでに手遅れだと思ったかもしれない。だが結果はこの通りだ」


 幹部たちの間に静かな波紋が走る。尾崎と松永は追い詰められた表情を浮かべるが、玲司はすぐに断罪しなかった。むしろ彼は二人の生存を許し、その代わり――徹底的な服従を誓わせた。


 玲司は内心で計算していた。即座に切り捨てるよりも、反乱の芽を利用して支配を強化する方が効果的だと。恐怖と恩赦を同時に与えることで、幹部たちはより深く玲司の手の内に絡め取られていく。


 会議が終わった後、尾崎は汗に濡れた額を拭い、松永は唇を噛みしめた。二人は自らの愚かさを痛感する。玲司は彼らを生かしながら、同時に死よりも強烈な屈服を植え付けたのだ。



 反乱の芽は摘まれず、しかし逆手に取られ、玲司の覇王としての支配をさらに強固にした。恐怖と恩赦、その二つを巧みに操る玲司の支配は、もはや揺るぎないものとなりつつあった。だが、その冷徹な手腕の先には、さらなる嵐が待ち受けていた。


 夜の会議室。重厚なカーテンが閉ざされ、テーブルの上には淡いランプの光だけが揺れていた。幹部たちの視線が一点に集まる。そこには冷静な眼差しをたたえる玲司が座っていた。


「俺がこれまでやってきたことは、単なる組織の金庫番ではない」

 低く、しかし明確に響く声に、尾崎や松永、佐伯ら幹部は息を呑む。


 玲司は続ける。

「金の流れを管理し、闇の銀行を動かしてきた。だがそれはあくまで既存の枠組みにすぎない。俺の目的は、この業務そのものを独立させ、ひとつの巨大な金融組織へと押し上げることだ」


 幹部たちの表情が変わる。単なる資金管理ではなく、裏社会の金融そのものを「一つの機関」として確立する――それは現行の組織の枠を超える構想だった。


 松永が沈黙を破る。「それは黒崎への反逆か?」

 玲司は首を横に振る。

「違う。これは反抗ではない。共存だ。黒崎の組織が表の力を持つなら、俺たちは裏の金融を掌握する。二つの世界が並び立つことで、より盤石になる」


 その言葉は幹部たちの胸に重く沈む。反乱ではなく共存――だが、それは同時に黒崎の支配を揺さぶる野心の宣言でもあった。


 尾崎は慎重に問いかける。

「だが、黒崎がそれを認める保証はあるのか?」

 玲司は冷ややかに微笑む。

「保証などいらない。結果を見せればいい。俺たちが築いた金融網が、組織の血脈を超えて闇社会全体に浸透すれば、誰も無視できない」


 幹部たちは黙り込む。玲司の構想は危険だ。しかし同時に、その先に見える未来は魅力的でもあった。


 玲司は最後に言い放つ。

「俺たちは、ただの“金を預かる係”では終わらない。裏社会を動かす“銀行”そのものになるんだ。覇道とは暴力だけではない。金を支配する者こそが、真の覇王だ」


 沈黙が会議室を満たす。尾崎の目は揺れ、松永の拳は震え、佐伯は深く俯いた。彼らは理解した。玲司の目的は、組織内の権力争いではなく、裏社会全体を変革するものだったのだ。



 その夜、幹部たちに告げられた真の目的は、玲司を単なる支配者から“時代を変える者”へと押し上げた。黒崎との共存を掲げつつも、その構想はやがて避けられぬ衝突を孕んでいた。覇王への道は、さらに深い闇を切り裂き始めていた。


 玲司はゆっくりと身を乗り出し、ランプの光に指先をかざすようにして幹部たちを見渡した。部屋の空気が、彼の一言ごとに重くなる。


「さらに言っておく。」

 声は柔らかい。しかしそこに含まれる確信と冷たさは、どんな怒号にも勝る力を持っていた。幹部たちは互いに視線を交わし、言葉を待つ。


「この構造が確立されれば、俺が約束できるのはこれだけだ——逮捕のリスクを相対的に下げることだ。肝心なのは、誰が『目立つ仕事』をするかということだ。危険度の高い行為は、俺たちが直接担う必要はない。勝手にやってくれる部署に任せればいい。表に出るのは奴らだ。俺たちはその資金を拾って洗い、流れを掌握する。」


 言葉の中に具体的な手順はなかった。玲司は細部に踏み込まず、概念だけを滑らせるように示した。それでも幹部たちの胸には、確かな図が浮かぶ。逮捕される可能性が下がる——それはすぐに己の首が救われることを意味する。だが同時に、誰かが“捨て駒”になることも意味していた。


 尾崎が鼻の奥で笑ったように見せる。表情には計算が光る。

「つまり、俺たちは“脳”になると。奴らが拳を振るい、俺たちが金を動かす。確かに現実的だな。」


 松永は冷たく笑い、唇の端を引き締めた。

「だが肝心なのは、その『誰か』をどう選ぶかだ。捨て駒が誰になるかで、裏の秩序は変わってしまう。」


 玲司は首を傾げず、むしろその懸念を織り込むように答えた。

「選別は公平に見せる。…だが公平ってのは幻想だ。現実は結果だ。俺が動かせば、結果は我々にとって都合よく収束する。重要なのは、流れを掌握し、資金の起点と終点を我々の掌の中に置くことだ。誰が銃を撃つか、誰が血を流すか。その責任を負う者は出るだろう。だが、その代わりに我々は『流す者』としての地位と利益を得る。」


 言い方は因果を突き放していたが、幹部たちはその裏にある現実を噛み締める。組織が生き残るためには、血を流す者と金を動かす者の役割分担が必要だ——それを誰が決めるかが、実際の権力の差なのだ。


 佐伯の顔に、わずかな躊躇の影が走る。彼は声を震わせながら訊ねた。

「その、奴らが重罪で捕まったら…その後のケアは?」


 玲司は短く笑い、答えた。

「ケアが必要な奴らには手を差し伸べる。あるいは、その価値に見合った補償を与える。だが『ケア』の形は色々だ。金で解決できることもあれば、別の『役割』を与えることで救済を装うこともできる。重要なのは全体のバランスだ。犠牲を払った者の存在を、組織が利益に転換する方法を作る。」


 その言葉は幹部の心に刺さった。救済の約束は蜜のようだが、その裏にある冷徹な計算は忘れがたい。誰かがその約束を疑えば、自分が次の矢面に立つ可能性もある。忠誠は報酬と恐怖の両輪で回る——玲司はそれをよく知っていた。


 高橋が静かに口を開く。

「そして、黒崎は…?」


 玲司は一瞬目を細めた。黒崎との関係性をあからさまに断ち切るのではなく、共存を選ぶつもりであることは既に示していたが、幹部たちの懸念は根深い。玲司は答えた。

「黒崎には『見える利益』を与える必要がある。公に衝突することは避ける。彼の看板は利用価値がある。表の力を温存させることで、裏の金融がより盤石になる。共存だ。だが忘れるな——表と裏を掌握しているのは俺たちであるという事実が、最終的には全てを決める。」


 幹部たちは沈黙した。提示された未来図は大きかった——合法と違法の境界線を跨ぎ、経済と恐怖を一体化させるような巨大な装置。しかしその実現は、無数の選択と犠牲、そして常に変動する力の均衡の上に成り立つ。彼らが指名された「捨て駒」になる可能性は、常に心のどこかに残る。


 尾崎がゆっくりと立ち上がり、窓の外の夜景を眺めた。そして背を向けて言った。

「わかった。やってみる。だが一つだけ条件がある。俺たちにも選択肢を残せ——単なる金庫番以上の自由をくれ。」


 玲司は表情を崩さず、静かに頷いた。

「自由は与える。だが自由とは、『選べる選択肢があること』だ。俺はその選択肢の枠を作る。枠の内で動け。枠の外に出れば、責任は自分で取れ。」


 会議室には再び沈黙が降りる。だがその沈黙は、以前とは違っていた。もはや単純な服従でもなく、ただの反発でもない。彼らは新たな秩序に対し、条件つきの従属を選んだのだ——それが真の力学を変える一歩かもしれない。


 玲司は席に戻り、柔らかく笑みを落とした。

「さあ、始めよう。我々は『銀行』となる。金を集め、浄め、流す。そしてその流れで、裏社会の形を作る。だが忘れるな——この仕事に伴う影は深い。選んだ者のみが、その重さを背負える。」


 幹部たちは互いに視線を交わし、誰もが自分の顔に影を落とす。決意の火花が静かに灯り、やがて会議室を満たした。外では夜が深くなる。彼らの約束は言葉になり、言葉はやがて行動へと移る。



 玲司が描いた世界は、単なる権力の再編ではなく、裏社会そのものを再構築する壮大な青写真だった。逮捕リスクの軽減という言葉は蜜であり、同時に枷でもあった。幹部たちが承諾したその瞬間から、新しい秩序は、静かに動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ