みじかい小説 / 020 / 漫画インク
幼いころの瑞樹のお気に入りは、両親が買ってくれたおもちゃのピアノだった。
両手を大きく振り上げてめいっぱい叩いても面白い音が出るし、指先でそろそろとつついても面白い音が出た。
幼い瑞樹にとって、音楽は音楽という言葉を覚えるより先に身近にあった。
そんな瑞樹は、中学生の頃には独学で音楽理論を学び始め、高校生の頃にはパソコンで自ら作曲するまでになっていた。
女の子にもてたいという動機で楽器をはじめたようなバンド仲間とは異なり、瑞樹は一心に作曲に励んだ。
俺はあんなな奴らとは違うんだ、と瑞樹は思っていた。
そうして『インク』という一つの曲が出来上がった。
しかし、ネットでの反応は思った以上に悪かった。
ある日、「頭だけで作った曲って感じ」という書き込みがなされた。
瑞樹はこのコメントを呼んだ時、見知らぬ誰かにすべてを見透かされたような気がした。
瑞樹はとことんまで落ち込んだ。
それでも瑞樹は曲づくりをやめなかった。
俺には曲を作るうえで、決定的なものが欠けている。
そんな強烈な焦燥感を抱いたまま、瑞樹は曲づくりに励んだ。
そうして出来上がったのが、大学4年生の時の『漫画インク』という曲だった。
この曲をネットで公開したところ、みるみるうちにアクセス数が増え、盛り上がったファンによる応援コメントが山のように寄せられた。
なぜそのような反応が得られたのか、今度はそちら側の理由で悩んだ。
なぜ『漫画インク』は成功したのだろう。
俺が欠けていると思っていたものが、知らない間に身についたのだろうか。
一体それは何なんだ。
瑞樹は自問自答を重ねた。
自問自答をしては一応の答えのようなものをはじき出し、いや違うと思ったら再び自問自答を繰り返す。
そんなことを繰り返していたら瑞樹は知らぬ間に40になっていた。
今や知る人ぞ知る作曲家となった瑞樹は、今日も自問自答を繰り返す。
ときどき、幼い頃に遊んでいたあのおもちゃのピアノを奏でながら。
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