第2話 新たな生活
氷点下を下回る砂漠の夜を、およそ一時間ほど歩いただろうか。ガラクタで組み立てられた粗末な家が、冷たい風の中にぽつんと立っていた。軋む音を立てるドアを開け、「さぁ、入って」とミューズを促す。
ミューズは用心深く中へ足を踏み入れると、部屋の隅にある、かろうじて座れそうな場所に腰を下ろした。視線は落ち着きなく、部屋中をキョロキョロと見回している。
どこか安心できない様子だった。
その時、家の奥から、さらに大きな軋む音と共にドアが開いた。ゆっくりと姿を現したのは、しわだらけの顔に深い刻み込まれた皺を持つ老人、ガスだった。彼はYUTAKAのもう一人の家族だ。
「帰ってきたか。ん?」
ガスの視線が、部屋の隅に座るミューズに釘付けになった。その目は、一瞬驚きに大きく見開かれた。この粗末な家に、見慣れない者がいる。しかも、それはアンドロイドらしき姿だ。サイオンの夜の静寂が、一瞬、ぴんと張り詰めた空気に変わった。
ガスはYUTAKAを促し、軋むドアを再び開けて外に出た。凍えるような夜の空気が二人を包む。
「YUTAKA、あのアンドロイドはどうした?」
ジャアの声には、はっきりとした疑念が混じっていた。その視線は、YUTAKAに向けられながらも、家の中のミューズを探っているようだった。
慌てて弁明する。「あの、あのアンドロイドは、空から降ってきて……」
「嘘をつくな。まさか盗んできたんじゃあるまいな。それなら今すぐ――」
ガスが厳しい声を上げたその時、音もなくドアが開き、ミューズがゆっくりと歩いてきて、YUTAKAの隣に立った。彼女は怯えながらも、まっすぐガスを見つめて言った。
「違います。私は人工ブラックホールを使ってここに来ました」
その言葉に、ガスの眉間に皺が寄る。人工ブラックホール。それは、この惑星では到底作り出せない、高度な技術の産物だ。ガスはミューズの言葉を吟味するように、少しの間考え込んだ。
「YUTAKA、そうなのか?」
ガスの問いに、YUTAKAはゆっくりと頷いた。信じてもらえないかもしれない、という不安を抱えながら。
ミューズはさらに続けた。
「私、行くところがありません。お願いです。ここにいさせてください」
「じいちゃん、お願いだぁ!ここにいさせてくれ!」
YUTAKAの切実な声が、凍てつく夜の空気に響いた。その声には、普段の彼からは想像できないほどの必死さがこもっていた。ガスは、そんな可愛い孫の懇願に、渋々といった表情で大きくため息をついた。
「…分かったよ、まったく。世話が焼ける」
ガスはそう言うと、ミューズをもう一度ちらりと見た。その目には、まだ少しの警戒と、しかしそれ以上に諦めのような色が浮かんでいた。
こうして、ガスとYUTAKA、そしてミューズの三人は、ガタつくドアを開けて再び粗末な家の中へと戻っていった。
小さな明かりが灯るその家で、三人の奇妙な共同生活が始まった。最貧の惑星サイオン。この星で、YUTAKAとガスは、空から降ってきたミューズと、どんな日々を紡いでいくのだろうか。
ミューズは、安住の地を得た喜びと、見知らぬ場所での不安を胸に、新たな生活へと踏み出していく。