感情が宿ってしまった【もの】の末路
日々流れていく時の中、私はずっとここでただ、人を待っている。特定の誰かを待っているわけではない。動き出すこともできず、呼び寄せる事もできず、不特定多数の誰かを待っているのだ。
私は人に作られ古くなったら取り壊されてしまう存在。名前など無い。ただ、一日の中で日中にのみ使われ、日が暮れ、そして夜を過ごし、また朝を迎える。約七畳間の同じ部屋の中には私と同じような「もの」が右隣と1メートル離れた真正面にずらりと並んでいる。見た所、私以外の「もの」は感情が無いようで私は「もの」の中では異質な存在だと自認している。別にそれも構わないのだが。
どうやら私は部屋の中にある【もの】で一番奥にあるらしく、あまり人に使われない。ただ、とある『彼女』だけは決まって私の中に入る。だから実質、私は『彼女』の為だけに、ここに存在しているのだと言える。
今日も『彼女』が入ってきた。三十分前ぐらいにチャイムが鳴ったから恐らく授業中のはずだ。そして『彼女』は私の中に入っていく。私の鍵をかけ、座り込む。『彼女』は泣いていた。今日はいつもより更に苦しそうだった。嗚咽が響き渉りそうになり、私は『彼女』のために自分の体を思いっきり伸ばし、出来る限り私の体の隙間を埋めた。ギイィ、と私の音が『彼女』の嗚咽に被さり消した。『彼女』はその音に少し驚いたように私の中から私を見た。「生きてるの?」と『彼女』は涙で濡れた頬と真っ赤にした目を付け、そう言った。私は喋ることはできなかったが、先ほどのようにして ギィ、と身を鳴らした。「私の言葉が分かるの?」と『彼女』は言った。私はそれに応えた。彼女は涙目のまま、少し笑った。それが初めて見る『彼女』の笑顔だった。
『彼女』はそれから休み時間になると必ず私のところに来るようになった。そして時が経つにつれてだんだんと『彼女』は泣かなくなり、強くなっていった。
心の底から凍えるような風の吹くある日、『彼女』は私の中に来た。いつもと制服は同じだか、胸元に花が取り付けられている。なぜか心がざわついたが、風のせいなのか何なのか分からなかった。そして『彼女』は口を開いた。
「今日でお別れなんだ。 私、卒業するの。」
そう言えば彼女が言っていた。
この学校は私が卒業したら取り壊されるんだ、と。