非日常
冷えた牢屋の中。鎖で全身グルグル巻きで、壁に体を固定された僕は、ようやくここにくるまでの事を整理出来るまでには頭も冷えてきた。
恐らく、ここに来てもう一時間は経ったであろう。
恐らく、と不確定な言い方をするのはこの牢の中に時計がない為だ。
憶測一時間。
まあ、普通に考えて牢屋の中に時計なんてある訳ないよなぁ。
しかし、トイレ、ベッドまで無いというのはどういう事だろうか。これじゃまるで独房だ。
いや、独房ですらトイレくらいはあるか。
ならここはなんだってんだよ。
トイレもない。ベッドもない。僕は壁に固定されて身動き一つ取れない。
この中にあるのは小さな窓だけ。鉄格子付きの。
改めて考えても、一体なんで僕はこんな所に閉じ込められたのだろう。
……もう少し、冷静になって、もう少し今の状況を考察してみよう。
一介のアニメオタクらしく、日々やっている事だ。考察。
まず初めに、牢屋と聞いて連想するのは、やはり囚人だ。
そしてこの状況でその囚人は僕。と、なると僕が何かしらの罪を犯してしまい、結果ここに囚われた。
けれど、やっぱり僕には何かを犯してしまった記憶なんてないんだよなぁ。
むしろ僕はその逆で、誰かが何かの罪を犯した結果、僕はここにいるのだと思っている。
誘拐だとかの被害者ね。だって追いかけられて、穴という罠にハマって見知らぬ暗い部屋に連れて行かれて、終いにはここで監禁。
ここだけ見たら、やっぱり誘拐に見えるな。
しかし、現実から目を背けてばかりはいられない。
そろそろ真面目になって考えなくてはならない。
けどなぁ……一体どうやって説明しろってんだよ。
追いかけてきたのが人ではなく、その部位。手の場合ってのは。
追いかけてきたのが人であったなら、それはどれだけ良かった事か。
人であるならば、いくらかの手の打ちようはあったし、誰かの助け、主に警察連中の助けも期待出来た事だろう。
しかし、実際に僕らを襲い、追いかけてきたのは手であり、それは文字通り人智の及ばぬ化け物で。
今の僕には、警察連中どころか、もう誰の助けも見込めない状況になってしまっていたのだった。
今の僕には誰一人として仲間はいない。助けてくれる人はいない。薄暗い部屋で、一人鎖に巻きつかれ、ちゃんとした八方塞がり状態だ。
……いや、そういえば今思い出したけれど、もしかしたらここに僕の仲間、圭ちゃんがいる可能性があるのか。
というのも、先程言った、穴にハマった時、圭ちゃんが最初に落ちて、次に僕が落ちたのだ。
二番手の僕がここに辿り着いたのだから、圭ちゃんだってここに来ていてもなんら不思議はない。
牢屋に連行されている道中に見えた限りだと、どうやらこのフロアには幾つもの牢屋があるらしく、僕がここにいる事を考えると、圭ちゃんは案外近くにいたとしてもおかしくはない。
声、出してみようかな。何か叫べば圭ちゃんなら返事返してくれるでしょ。
「…あ」
出そうとした瞬間、頭に浮かぶ未知の言語を話す男。
……まあ、まだ良いかな。圭ちゃんを呼ぶのは。
僕、軽くトラウマなんだよなぁ。アイツらの使う言葉と良い、アイツらの見たことのない顔といい。
本当に、これから先、僕はどうなっちまうんだろうな。