日常
妖怪やら幽霊やら、人智の及ばぬ魑魅魍魎の類に出くわすのは、丑三つ時でも知られる真夜中だと、僕は思っていた。
しかし、実際に僕が、そういうのに出くわしたのは真夜中でなく、真夏の真昼の時だった。
正確に言えばあれを、妖怪やら幽霊やらと同じと括りつけるのは違うのだろうけど、しかし、どちらも人地の及ばぬといった点は共通しているので、まあ同じといって差し支えないだろう。
も一つ付け加えると、人智と言っても…それはあくまでこちらの世界での人間の事だ。
その日は晴天。夏らしい真夏日だった。朝っぱらから夕方に差し掛かるまで気温は休みを知らず、上がり続けるばかりだった。朝から三十度を軽く超えたのを見て、僕は地球のエラーを感じたね。
地球はあと五十億年で滅びると言われているけれど、人間はあと一億年も生きていられるか分からない。
それを感じさせるまでに、年々地球は暑くなっている。
ま、どうせ五十だろうが一億だろうが、せいぜい僕なんかが生きていられるのなんてあと六十年くらいだろうし。
地球も未来の人類も僕には知った事じゃない。
そうは思わない?
なんて事を、あの日僕と圭ちゃんは帰り道に話していたと思う。
これを読む人には必要のない説明かもだけど、一応説明しておくと圭ちゃんは僕の親友の西宮圭の事。
「そうだなぁ。でも一億年後に俺達はいなくても、その子孫達はいるだろ?なら少しでも今の俺達が地球に優しくしてやればその分子孫達も苦しまないんじゃないかね」
相変わらず立派な事を言う奴だよ。けれど僕は知っている。何年コイツと親友やってると思ってんだ。
「偉いねぇ、圭ちゃんは。ところで今の圭ちゃんの部屋の様子を聞きたいんだけど」
僕は畳み掛けるように言う。
「今、部屋、何℃設定よ?」
圭ちゃんは笑った。
「覚えちゃないけど、まあ、ひんやりしてるだろうねぇ。アイスでも買って遊びにくるか?」
やっぱり、コイツはエアコンガンガンで学校に来てやがった。
要するにコイツはいつも口先だけなんだよな。言う事だけは一丁前なのに。
その人を知るには、言動では無く行動を見ろ、とはよく言ったものだね。
「そうするか。あっ、でも確か圭ちゃんのコントローラ壊れてるよね、なら最初に僕の家に寄ってコントローラを取ってこないと」
「んじゃ面倒いからそのままケンの家で遊ぼうぜ」
「んーまあ良いけど、今日は父さんいないし」
そういう運びで、僕らは僕の家に向かうはずだった。
しかし、僕らはあれに、文字通り道を塞がれた。
完全に進路を断たれた。
田畑に囲まれた一本道。そいつは……その手は僕らの道を塞ぐかのように、いきなり地面から生えてきた。
手と言っても、ただの手じゃない。一軒家くらいなら、握りつぶせそうな程の、大きな手。
それがいきなり、僕らの目の前に生えてきた。
手は、鼻なんて付いていないのに、中指を地面に近づけて、匂いを嗅いでいるみたいに、指をゆらゆら揺らして。
手は、目なんか付いていないのに、人差し指と薬指をキョロキョロ動かして、やがて僕らを凝視するように動きを止めた。
対する僕らは、そんな化け物を前にして、止まっていられるはずも無く、お互いの顔を見合わせたのを合図に、来た道を一目散にダッシュした。
脇目も振らずにダッシュした。人目も気にせず、年甲斐もなく僕は涙を流しながら走った。
その人を知るには行動を見ろ。
僕はとてつもない程のビビりだった。
そんな僕らの行手を阻むのは、またも手だった。
道の両脇から生える小さな二本の手。
二本は一度頷いた後、同時に地面を叩いた。
そしてその瞬間、僕らの足元に大穴が空いた。
青白い光を発する大穴が。
僕はそれに落ち、目が覚めるとあの場所にいた。