ミア迷宮完結編! その8
カバの数え方ですが、ここではモンスターの扱いなので「〇体」にしています(こちらの方がしっくりくるかなと思って)
……人?
そう言われたら人にも見える。もしかして寝てる? あんな所で? いや……違うよね?
「姉様!」
「はいはい~」
返事をすると忍術を発動させ、離れ小島に分身体を……
「あれれ~ここにはニンニン作り出せないのね~」
忍術が発動しない? マジ?
試しに穴を作ってみる。だが手前の入口の穴は作れるのに出口となる穴は作れなかった。
その後に攻撃魔法、更に魔力の矢や斬撃が池に向け放たれるが、どうやらカバだけでなく池や池の上にも魔法無効の効果があるらしく、どの手段も岸からある程度進んだところで消滅してしまったのだ。
「……ならこれでは」
足元に転がっている石ころを菜緒が拾い上げそのまま池に投げ入れる。
ひゅ~~~~ちゃぽん……
綺麗な放物線を描いて池に落ちると侘び寂びを感じさせる波紋が広がってゆく。
「……なるほど」
何が成程? どうせなら皆で『水切り』で遊ばない?
「ラーナ、リン、ソニア。三名に質問」
菜緒は話をする場合、必ず相手に体を向け、名に「さん」をつけるように心掛けている。それは誰であろうと、先輩後輩関係なく相手に「敬意」を払うように心掛けているから。
だが今は背を向けたままであり、声色も含めて上司が部下に問い正している、ように感じる。
この感じは何処かで……Cエリアで初めて菜緒に会った、彼女がまだ何も知らずに純粋で真面目だったあの頃を思い出す。
何故あの頃の雰囲気と重なったのかは……まあいいか。
「「「はい?」」」
「三人の中で一番の力持ちは?」
外野を含めた全員の視線が一斉にラーナへと向けられたので文句なしのダントツの一位に。
リンはランより重いものは持てないと自己申告があったので二番手がソニアでリンが三番手に。
「逆境に強いのは?」
それぞれ悩む。外野も悩む。
欠点が少ない順なら簡単で一番はソニア。彼女は欠点らしい欠点は見当たらない。Dエリアで艦籍番号『一』を冠していたのは伊達ではなかったということ。
次点がランという弱点を抱えているリンが二番。あ、あとお腹が空き易いという体質もか。
意外と欠点ありまくりのラーナは三番ということで一先ず落ち着く。
「最後に適応能力を含めた俊敏性が高いのは?」
三人が顔を見合わせる。瞬発力だけなら文句なしのラーナだが、総体的に見て現時点ではリンは最強といえる。
後は経験値の差からラーナが二番でソニアが三番。
「因みに魔力を使わないで水の上を走れる?」
「へ?」
三人共腕を組んで悩みだし、残念そうに首を振った。
水の上は魔力を使って走っているのを知らなかったのは私だけだったことがここで判明。
そう言えばリンの引力を無視した垂直歩行は忍術と言っていたし、常識的に考えたら人間が水の上を走れるわきゃないか。
「分かりました。最後にマキ。魔法の矢でなく、矢に魔力を纏わせてから池に向けて放ってみて」
「おぉ? おう」
菜緒の雰囲気に気圧されながらも木の矢を取り出し炎系の魔法を付与させてから池へと放つ。すると……
「「「!」」」
矢が池の上に入った瞬間、池から垂直に飛び出してきたカバが矢に体当たり。木っ端微塵に粉砕しながら遥か上空へ。
ひゅーーーーーーーーーーーーサボーーーーン!
かなりの高さまで上昇した後に、手足をバタつかせながら自由落下で背から水面に激突、水柱が高々と上がった。
「「「…………」」」
「凡そ二十秒。よし状況を整理します。まず転送用魔法陣は発見したが使えず。ここまではよろしくて」
予想の範囲内? だったのか菜緒に動揺は見られない。
片や皆にとっては予想外。呆気に取られてリーダー(仮)に意見を言う者はいなかった。
「この池では魔法は消滅。魔力を帯びて足を踏み入れれば容赦のないカバの物理攻撃に見舞われる。但し魔力を帯びていない状態なら襲われない……ところまでは判明した」
そこまでは見ていれば誰でも気付ける。なので意見を述べる者は一人もいなかった。
「つまり不可能では無い、ということ」
「え? 何が?」
「そこの岩とあの小島に倒れている人? そこから連想されるのは?」
「……岩を投げてぶつけて起こす?」
「貴方で試してみる? 無事では済まない気がするけど?」
「嘘です。ごめんなさい」
相変わらず冗談が通じない。そんなにツンツンしてたらお嫁にいけれないぞっと。
「はいはーーい分かったなの! 岩と人を交換するなの!」
うん分かってた。舞台と小島は同じ広さ。ここもゲームだし定番だよね。
「ですよね~」
相槌をうつと菜緒から大きなため息と共に蔑んだ眼差しが降り注ぐ。
「ここからは我々に対する試練となります」
我々に対する試練?
説明を求めると「受付嬢はここに辿り着けた時点でクリアとなった筈。もし我々と同じ条件ならばクリアは不可能となる」から、と。
「なので我々に合った戦術をとります。先頭はリン、その後ろをソニア。最後に岩を持ったラーナが縦列にて池に突入。それぞれの役割はリンは万が一に備えトラップの発動と解除。ソニアは倒れている者の救出。ラーナは岩を置いた後にソニアの援護を」
三人とも了承したと頷く。
「他の者はここからの援護。少しでもカバの数を減らす」
「「「了解!」」」
それぞれ準備に入る。
パーティー遊撃担当の三人は準備運動を開始。
他の者は援護に使う石を拾い集める。
援護の要はマキと私。
先ずマキだがレベルアップに伴いスキル『乱矢』を覚えたお陰で、矢の種類を問わず八本まで同時に放てるようになっていた。
アイテムボックスから予備の矢を取り出してマキに手渡す。その数は腰に下げている矢筒の中に入っている分を合わせて「五十四」と多くない。
何故少ないのか? それは必要無かったから。
普段はスキルによって魔力を具現化した矢を使っているので「形として成立している矢」は必要としない。つまり必要ないから用意していなかっただけ。
私は新しい魔術として『裏表』を覚えた。
これは実際の硬貨を親指で『指弾風』に飛ばす魔術で本来は補助系の効果を発揮する。
あくまでも補助系であり残念ながら『念能力』とは違うので、眼鏡を掛けた黒服執事の指弾のような殺傷能力も無いため、相手が物理無効効果が無くてもコインの質量以上のダメージは与えられない。
ただ魔力を帯びている点を考慮し囮として参加している。
因みに本来の使い道は、使用する硬貨の種類や状態、更には裏表等で効果が変わる。
次は魔法が使える者。
ランやエリーは言うまでもなくシェリー姉妹、そして菜奈もそれぞれの属性に合った初歩の攻撃魔法をレベルアップの際に覚えた。また召喚士である菜緒も精霊を通して魔法が使える。
これら六名は転がっている石などに魔法を付与させてから池に向け投擲、囮として使う。
最後にマリだが残念ながら出番なし。
必殺料理人であるマリは包丁等で直接切りつけるか、もしくは斬撃を使うかでしか戦闘に参加する手段がないのだが、正直言ってどれもこれも戦闘向きではない。
彼女のメインフィールドは厨房。
このジョブを選ぶに当たり「仲間の為」と思い潔く決めた。なので戦闘に参加出来ない事は後悔していない。
もし不憫を感じるのであればサッサとレベルを上げ、料理人のスキルを引っさげて『転職』すれば良いと割り切る程に。
そんなマリは待機を言い渡されると「今自分が出来る事は何か」の答えを導き出すと早速行動に移す。
カバが作った地面剥き出しの「道」に簡易調理道具一式を展開。鼻歌混じりでテキパキと調理を始めた。
スキルのせいか、数秒も経たずに胃袋を刺激する香ばしい匂いが漂い始めると全員のテンションが上がってゆく。
「リン!」
名を呼ぶと同時にリンに向け何かが投げられる。
その何かをリンは難なく受け取る。見れば指の間に挟まった串に刺さっているのは『ヤキトーリ』全部で四本。
「もっと食いたきゃ生きて帰って来い! ぎょうさん作っとくさかい早う終らせんと冷めてまうで!」
準備を終え皆が集まる。
投擲班はカバが作った『道』で横並びになる。その列の中央は後方には縦列にて待機している突入班のために大きく開かれている。
列の両脇には広範囲に囮をバラ撒けるエマとマキを配置。
それぞれの手や足元にはカバと同数の矢とコインと小石を用意し、それぞれが得意の魔法を付与してある。
「射撃開始!」
小石、コイン、矢が出来るだけ広範囲に散らばる様に放たれる。すると一斉にカバのミサイルが打ち上がる。
ここからは時間との勝負。いかに数多くのカバを呼び出せるか。
全員が役割を果たせば計算上ではギリギリ間に合う。
投擲班は水にさえ入らなければ襲われる心配は無いが、決められた方向に決められたタイミングで囮を放たないと突入班の命に係わる。
なので失敗は許されないといったプレッシャーが圧し掛かる。
そして連射が可能な二人。
八本単位で地面に刺した矢を掴みそのまま装填。流れる様な仕草で連射をしてゆく。
反対側では手に持った大量のコインを満遍なく散らばるように器用に弾いている。
その間にも次々と投げ込まれる小石達。その獲物目がけて次々と打ち上がるカバミサイル。
水面が一斉に波打ち水柱が上がる様は壮大で、一時奥の小島が見えなくなる。
「終わり!」「こっちも!」「打ち止めや!」
程なく声が上がる。全員無事に弾打ち尽くせたようだ。
空を見上げれば豆粒となったカバと綺麗な虹が見えていた。
「GO!」
待ってましたとばかりに一斉に駆け出す。カバがいない今なら妨害する者は誰もいない。なので遠慮なく魔力を使って水面を爆走出来る……と誰もがそう思っていたのだが……
小島との中間地点に差し掛かったところで、突然水面から一つの茶色い塊が飛び出すと、先頭を快走していたリンを空へと連れ去ってしまう。
「「「な?」」」
「あ、姉様ーーーー!」
どういうこと? 全弾打ち尽くしたので全てのカバはお空で遊覧飛行中の筈。
もしや姿を見せていない個体が一体残っていた?
投擲組が狼狽えだす、が池には入れない。入っても出来ることは何も無い。
唯一救助に行けれそうな二人はリンにも目をくれずに既に小島に到着。
ソニアが要救助者? を俵担ぎし、既に石を置いてソニアのサポートをしながら帰還しようとしているところだった
「ただいまなの!」
カバが着水する寸前に二人が帰還を果たすが皆はそれどころではない。全員の視線は落下してくるカバへと注がれている。
「リンは……いた?」
「何処にもいません!」
「まさかお星様に?」
水面に続々とカバが激突。高波となって押し寄せてきたので後退りながらもリンの姿を探す。だが姿は見付けられなかった。
……まさか本当の意味でのお星様に。
リンを連れ去ったカバが戻ったがリンは帰って来なかった。
「リンちゃんなら〜アッチよ〜」
ウフフ笑顔のラーナが明後日の方を指差す。
「……あ、いました!」
ランが真っ先に見つけた。そこには着ている黒装束を『ウイングスーツ風』に伸ばして右へ左へと高速移動しているリンの姿が。
「無事だったか!」
「流石はリンや!」
安堵の声が漏れる。見れば怪我もしていなさそうで、気持ちよさそうに宙返りやきりもみ飛行までして見せた。
「エマ姉様見て欲しいなの!」
その声で全員が本来の目的を思い出しソニアに近付く。
俵担ぎをしているので正面からは下半身しか見えないないが性別はハッキリと分かる。
ピッタリフィットの紺色のボディースーツ? と女性特有な小さなお尻。これで男は有り得ない。
「うぉ? エリスやんけ!」
調理器具の片付けをしていたマリが一番初めに気付く。
ここで選手交代。ラーナがエリスを受け取りお姫様抱っこをすると、サラサラ金髪で隠れていたが顔が露わになる。
「ホントにエリスだ」
「そうね~」
「何であんな所に?」
それは誰にも分からない。
「起きたら聞けばええやん。それよりお疲れさん」
マリが労いの言葉を掛けつつ皆に『ヤキトーリ』を配り歩く。
「そうね……無事条件を満たせた……ようだし……次のフロアで……休息を取りましょう」
ヤキトーリを頬張りながら光る魔法陣を見ていた菜緒が呟く。先程の威厳ある態度はどこへやら、鼻の先にタレをつけながら。
「まあ女神様の気まぐれが起きない内に先に進むべきだよね」
皆も同じ考えだった様で急いで食べ終える。
マリの片付けを終え揃って光る魔法陣の上へ。
エリスを含めた十三人は次のフロアへと進んだ。
*一体残っていた・・一体だけと断言しているのは、後続の二人には何も起きていないから。