ミア迷宮完結編! その5
「どうしたの~? 急に大声出して~」
「そ、そやで! びっくらこいたわ!」
「ううう……ゴメン」
突然の叫び声に皆がビクリと反応。唯一驚かなかったエリーに睨まれる。
「……それは私も考えました」
ハイハイそうですか。アンタ達推理オタクにはどうやっても敵いませんよーーだ。
「ただその方法だと……」
「「「……だと?」」」
「一度は敵と遭遇をしないと」
遭遇?
「根拠は?」
「ミアノアの性格」
「?」
「あの子らの捻くれた性格を考えると『運要素』は取り入れない。代わりに何処かしらのヒントを残している筈」
まあ確かにあの二人はその分野では世界の頂点に君臨するほどの能力の持ち主。その地位に登り詰めれたのは努力をしてきたから。
その地位を「運で得た」とは口が裂けても言わないだろう。
そんな二人が運だのといった不確かなパラメーター頼みのゲームを作るとは思えない。
で、運要素でないのは納得した。
だがどうして敵が関与していると思うの?
もしかしたらここでどんちゃん騒ぎの宴会が魔法陣出現のキーワードかもよ?
と言ったら『それこそ運要素でしょうに」ジト目で一蹴された。
「不確かなモノではなく確定しているモノ。そしてこの場で私たち以外に唯一存在しているモノとは?」
さっき近付いてきたヤツら?
「そう。私達がここに現れてから行動を始めた。偶然視界に入ったいう可能性も捨てきれないけど、見える距離とは思えないしあまりにもタイミングが良すぎると思うのよね」
そうなの? リンは気付いたよ?
「なら仮に私達を目で捉えたから襲ってきたとして、アイツ等の役割は?」
「役割? ……我々の殲滅、もしくは仲間に我々の存在を教える?」
「殲滅なら双方そういう設定にしている。なのに何もせずに引き下がったのは、ここでは今までと異なる趣向にしているから。それはこのフィールドが特異な条件で出現したことからも読み取れる。よって後者は可能性も低い」
「低い? 警報の役割ではない? 何故に?」
「敵の数、進軍の仕方。そして今の現状」
……振動と騒音? 訳分からん。
「そう。私なら警報に重きを置くなら地上だけでは無く空にも配置する」
上を指差しながら答える。
確かに空なら広範囲を見渡せる。
「よってアレはそれ以外の「何か」の役割を果たしていると考えるのが妥当じゃない?」
奴らが去ってから平穏そのもの。現状では警報とは言い難い。なので菜緒の言い分は理解出来る。
ただ高速移動して来るカバさんの役割?
ただの敵かもよ?
「そう考えるのは当然。ただね、普通の敵ならば尚更二百もの数を、あの人たった一人で捌けると思う? レベル差が有るとはいえ」
受付嬢さんを思い浮かべる。
我々もレベルアップと共に各種ステータスが上昇したお蔭で動きが格段に良くなった。それはジョブに関係なく目に見える効果といえるもので、受付嬢というジョブにどんな能力があるのかは知らないが、一人で生還を果たしたところを見るに例外ではないと思われる。
ただ今回の敵は名に似つかわしくない速い動きをするカバが、一人に対して数任せで押し寄せて来た状況を思い浮かべて……受付嬢さんは闘牛士顔負けの動きでカバを華麗に避けていたが……程なく後方から追突され回転しながらお星様に成り果てる。
うーーん……確かに一人では無理だ。最初は躱せてもいつかは体力が尽きて数の暴利に押し切られてしまう、と全員同じ結論に達したからか同時に首を横に振って見せた。
「では戦いは避けられないと?」
シェリーの瞳がきらりと光る。こいつは最近デスクワークばかりでストレスが溜まっているからか、バトルジャンキーオーラが滲み出ている。
「……戦闘になるかは微妙」
「へ?」
シェリーさんや、その『へ?』と表情いいわ~。
「必ずしも勝つ必要はないのかも」
「受付嬢さん一人では無理な筈、だからですよね?」
菜緒が頷くと手を上げて答えたランに笑顔が。
「そう。寧ろ勝ってはいけないのかも」
(もったいぶった言い方しよってからに。一体どっちやね)
(そう言わんともうチョイ聞いとこ)
背を向けヒソヒソ話を始める姉妹。
「で? どうするの?」
「先ずは偵察」
「疑問質問反対意見がある者はいるかしら?」
場が静まり返る。見たところ全員納得しているようだった。
「決まったようね~」
終始笑顔で見ていたラーナがやっと口を開く。
「ではメンバーの選定から」
という訳で早速行動に移る。
偵察部隊の目的は敵の目視と行動パターンの見極め。メンバーはリン・ラーナ・ソニア、そして私……へ、何故あたしが?
「貴方はいざという時の逃走手段。偵察部隊が目視可能な距離で隠れていればいい」
……穴か! へいへい。
「エマ、敵と目を合わせちゃダメよ」
ソレ、ワザと言ってるでしょ! 期待を込めた眼差し向けても絶対のんないからね!
「残りの者は役に立たないのでここで待機」
「「「了解!」」」
もう菜緒がリーダーでいいんでない?
でここからが地味に大変だった。というのも「見つからない=立ち上がれない」ので四つん這えで移動するしかなく、たかが500m離れるのに三十分を有した。お蔭で純白タキシードの膝が緑色へと染まっちまったよ。
「それじゃ~エマちゃんは~ここで待機ね~」
「ハアハアハアハア、行って……らっしゃい」
肩で息をしながら大の字になり数度手を振って見送る。
「じゃあもう少し進むなの!」
「ニンニン」
そこで三人が横並びになりクラウチングスタートの構えを取る。
「「「…………」」」
アンタ達、何をしている?
いや何をしたいかは分かるけど、何故にピクリとも動かない。
「合図を~お願い~」
ラーナが前を向いたまま呟く。
「へっくち」
そのタイミングで偶然くしゃみをしてしまう、がそれを合図と勘違いしたらしく一瞬で視界から消え失せた。残るは静寂と草が靡いているだけ。
──低姿勢でその速度? 確かにレベルアップしてるわな。
前回は確か水面を爆走していたような? と思っていたら声が聞こえてきた。
……エマちゃん~始めるよ~……
ハイハイ。どうやら自重してくれたようで声の届く範囲で止まったらしい。まあ私が見えないところまで行ってしまったら連れてきた意味ないし。
早速準備に入ろうと体を起こし様子を伺う。するとポツンと三人の頭が見えた。
さてさて、どうするのかと見ていたら片手を突きあげたソニアが、次に肩に風呂敷を巻き万歳をしたリンが遥か上空へと打ち上がる。
「おおーーーー」
──あの速度と高さ。ということはラーたんか。
などと暢気に眺めていたら、予定通りに音と振動が徐々に近づいて来る。
どれどれ……茶色い塊が一つ、と思ったらその塊の左右に同じような茶色い塊が現れ始めて地平線を茶色に染めてゆく。
この場にシェリー姉妹がいたら、こう言っていただろう。
『腐海が溢れた』と。
「アレ、本当にカバ? 時速百キロくらいは出ていそう」
ボンヤリとだが形が見えてきた。
容姿はまんま「カバ」なのだが競走馬のような優雅さと猛々しさで、爆煙を巻き上げながら三人に迫りくるという状況に頭の中が混乱してしまう。
慌てて三人に視線を戻す。
ソニアとリンの二人はやっと落下を始めたところ。このままでは着地が間に合わない。
こりゃアタシの出番か? と判断に迷っていると後ろから「ニンニン~」と呟き声が聞こえてきたので振り向くと、そこには小さな忍者が正座をしながら長閑に緑色のお団子を頬張っていた。
「お帰り。一つ聞いてもいい?」
以前話してくれたMP回復用の食べ物かな?
それよりもっと気になることを聞いてみる。
「ソレどうやって食べてるの」
リンの口元を覆っている布地を見る。
「?」
小首を傾げる可愛い忍者。
マキなら『見て分からんの? 口で食っとるに決まってるやろ』とつまらない返しをしてくるところだが、純粋無垢なリンは目をパチクリさせるだけで何も言わない。
「頭巾したままどうやって食べてるの?」
以前、頭巾をしたまま食事をしている場面を見掛けており、どうやって食べているのか疑問に感じていたのだ。
「どうって~こうやって~」
そう言いながらお団子を口元に近付けていくので、今度こそは見逃すまいと口元を凝視する。すると……
「き、消えた?」
串からお団子が消え失せた。しかも口が動いた様には見えなかった。
「美味しかったのだ~」
「忍術? まっいっか。よく噛んで食べるんだぞ」
「でがってんしょうちのすけ〜でエマエマにでんごんなのね~」
「はい?」
「ラーナ~がね~『次にジャンプしたら回収してくれる~?』って~」
「……何するつもり?」
「OKかなかな~?」
「三人共?」
質問には答えてくれなかったが大体は想像が付く。
我がパーティーの半数程はガチのアウトドア派。身体を動かしたくて仕方無いのだろう。
ましてやここは仮想空間で無制限。いくらでも暴れられるし、やられたからと言ってリアルに支障が出ないので尚更だ。
ただ目の前にいるリンは少々異なる。彼女の根底にあるのは「一にラン、二に遊び」であり何においてもその二つが優先される。
それを承知しているからこそ残りの二人か、それともリンを含めた全員かを聞くと『全員だよ』と忍者が頷いた。
「了解。羽目を外し過ぎないように」
この状況では浮ついているであろう二人よりもリンの方が信頼できる。
「らじゃじゃ~だぞ。そんじゃ~よろしくなのね~」
と言い残し分身を解いた。
そして三人を見る。すると落下中のソニアからか〇は〇波に似たオレンジ色の光が、リンからは黒い稲妻が。そして地上にいるラーナは地面に向け拳を振り下ろすと赤い光の柱が現れ、それぞれが迫りくる敵に向かってゆく。
「は、派手だわさーー」
と思いつつ目で後を追う。すると程なく三つの異なる「刃」が敵の先頭に当たり大爆発を巻き起こす。
すると数秒も経たずに轟音、続けて熱気を帯びた爆風に見舞われ吹き飛ばされてしまう。
「あいたた」
バックドロップを受けた態勢で何とか止まった。
ズボンで良かったと思いつつ体を起こし爆発の震源地を見ると……真っ黒な煙が地上を覆い、さらにその煙がきのこ雲の形になりながら上空へと立ち上ってゆくのが見えた。
「…………」
その光景を口を開けて唖然と眺める。
あの様子じゃ敵も……と思っていると轟音の収まりと引き換えに地響きが復活、無傷のカバがあちらこちらから煙の壁を突き抜け姿を現した。
「ま、マジ? 足止めにすらなってない?」
──まさかの物理攻撃無効? ヤバ!
この敵は三人とは相性が悪い。慌てて三人を見ると既に上空へと退避していた。
「よし今がチャンス!」
ステッキを振り、落下先の空中と自分の前に真っ黒な円形の穴を出現させる。
その穴に三人が潜り込むと目の前から飛び出てきた。
「ただいま~」
「ただいまなの!」
「にんにん~」
三人とも大満足らしく満面の笑顔をしている。
「はいはいお疲れ様って取りあえず伏せなさい」
ここまで近付かれると座るだけで見つかってしまうので急いで隠れる。
幸い私達を見失った様で前回と同じく出現した方向へと引き返していった。
その後距離が開いた所で仲間の下に引き返す。
待っていた菜緒に戦闘行為を怒られるかと思ったら何も言われなかったし聞かれもしなかった。
なぜ怒らないのかとこちらから切り出すと「偵察は偵察でも今回は『威力偵察』だからこそラーナさんを選んだ。ラーナさんもそれを承知していたからこそ応えてくれた」と教えてくれた。
「物理無効?」
「多分」
「これで確定ね」
「何が?」
「カバが次へと進むカギを握っていると」
「報告が二つあるなの!」
結論が出たところでソニアが手を上げる。
「一つはここから離れた場所にカバの行軍跡を見付けたなの! ソッチは多分だけど受付嬢さんのモノだと思うなの!」
共通点があり、行軍した後は雑草一本残っていかったらしく、全て馬蹄形をしており、どこから来て何処へ向かったのかが、上空からでも一目瞭然だっととのこと。
「どの跡も同じ方向へ続いていたなの!」
「ということはそこが目的地……」
「因みに先は見えた?」
「地平線なの!」
「「「…………」」」
地平線。つまりは遥か彼方。歩くだけでも大変なに、四つん這いで行けれる距離では無くなった。
私とエリー、そしてマリマキが同じく青褪めた表情になる。
「おなかすいたのだ~」
「はいはい」
アイテムボックスから飴玉を取り出し手渡す。
「ありがとね~もぐもぐ……そういえば~あのかばさんね~くらがついていたよ~」
「くら? くらってどのくら?」
「お馬さんにのるときにつかうやつ~」
馬? あ、鞍のことか。こっちからは見分けられなかったよ。
「ちゅー事は乗れる? いや乗れ?」
「だろうな」
「でも」
「どうやって乗りこむんですぅ?」
正面からは無理。リンやラーナやソニアならあの速度でも背後から追い付き乗り込めそうだが他は無理。
「手は二つ。一つ目はラーナさんに投げて貰う」
不幸な未来しか思い浮かばない。思いは皆同じなようで全員首を横に振る。
「二つ目は……………………する。これが一番確実」
その案を聞いた途端に全身から冷や汗が噴き出す。
「死なば諸共か……」
「いいいいイヤイヤイヤイヤ、君達アレを見てないからそんな澄まし顔で言えるんだって! 一歩間違えれば全滅だよ全滅! 絶対に無理無理無理無理ぃぃぃぃーーーー!」
「大丈夫エマちゃん。みんなは……私が守るから」
「ううう」
十一対一の賛成多数で二つ目の案に決まった。