無欲な人
無欲な人
ここに一人の男がいる。名はゴナシという。
ゴナシは全く欲のない男で、毎日木こりの仕事をして、つつましく暮らしていた。食事は質素、酒はやらない。女遊びはもちろんのこと趣味すらない。周囲の人間は「あいつは息をするために生まれてきたのだろう」などとゴナシを笑ったが、ゴナシはそれをまったく気にしていなかった。自分を良く見せようという欲も、名誉を守ろうという欲もないのだ。あるがままの自分を受け入れている、素朴で幸せな男だった。
そんなゴナシが森で仕事をしていると、突然笑い声があたりに響いた。誰の声だろうかと周囲を見回すと、ゴナシの背後に、見知らぬ老人が立っていた。頭はつるつるだが、真っ白な髭をふさふさと生やしている、仙人のような見た目の老人だった。
「久しぶりじゃのう、ゴナシよ!」
「久しぶり?どこかで会ったことがあったかね?」
「ワシはな、この森の神じゃ。お前さんは覚えとらんだろうが、ずいぶん昔に会ったことがあるのじゃ」
「はあ、まったく覚えとらん。それにしても、神様なんてもんがほんとにいるのかね」
「よし、ならば証明してやろう」
神と名乗った老人は、拍手をするように、パンパンと手のひらを二回叩いた。すると空から、きらきらと光るものが大量に降ってきた。それは金色に輝く小判だった。ゴナシは驚きはしたものの、特に表情を変えることはなく「不思議なこともあるなぁ」と感想を漏らした。
「どうだゴナシ、これが欲しいか?この小判は全てお前のもの、億万長者だ!」
「おらはこんなもんいらん。そうだ、村にいるヨサクにでもやってくれ。おらは独り身だが、あそこは子だくさんで大変だ。この小判があれば助かるだろう」
神は大きな声で笑うと、上機嫌で言葉を続けた。
「よし、よく聞けゴナシよ。お前の願いを一つだけ叶えてやろう。どんな願いでもいいぞ」
「はあ、願いを?なんでだ?」
「神様の道楽じゃ。退屈で仕方ないから、暇つぶしにお前の願いを叶えてやろう」
「そう言われても困るなあ。考えさせておくれ」
ゴナシは困った。今の生活に不満などないのだ。願いを叶えてやると言われても、叶えたい願いがないのだ。今までこんなことを考えたこともなかったが、ゴナシは初めて、欲が全くないというのも、寂しいものかもなぁと思った。
「あ、そうだ。じゃあこうすればいいや。神様、決まったぞ」
「おう、なんじゃ」
「来世のおらを、うんと欲深い人間にしておくれ」
「……なんとまぁ」
「おらは今の生活が幸せだからよ、死ぬまでずっとこのままでいいや。でも欲のない人生ってのは、寂しいもんかもしれねえって、少し思っただよ。だから生まれ変わったら、うんと欲の深い人間になってみてぇなぁ」
「……ははは。あっはっはっは!」
ゴナシの言葉を聞いた神は、森全体に響くような笑い声を上げ、地面にひっくり返った。ゴナシの言葉がたいそう面白かったようで、腹を抱えながら、ひぃひぃと息を漏らして転げ回っている。
「どうした神様、おらの願いはそんなに面白れぇか?」
「ゴナシよ、ワシはずいぶん昔に、お前に会ったと言ったな」
「おう」
「それはお前の前世じゃ。前世のお前に会って、その時にも願いを叶えてやったのじゃ」
「はあ、そうだったのか。前世のおらは、なにを願っただ?」
「来世は欲のない人間にしておくれ、だったのう!あっはっはっは!」
おわり