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報復の大地  作者: 西 一
1章 滅亡
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神国日本

 二〇六四年、改革を断行してから三年の月日が流れた。

 その間、日本は大きく変わり、命懸けで取り組んできた大改革は見事に開化していた。


 無謀に思えた改革を成功させたのは、皮肉にも世界情勢の激変であった。

 改革を始めてから一年後、世界を揺るがす大事件が起きた。緊迫していた中東で、世界中を巻き込んだ第三次世界大戦が勃発したのである。

 だが、永世中立を宣言し、なおかつ核武装して国際社会を拒絶してきた日本は、戦争に巻き込まれることはない。木戸がいる限り、苦しくても安全な生活が営める。彼がいる限り日本は安全なのだと、国民はわらをもつかむ思いで木戸に従い、改革に協力してきたのだった。


 いつしか鎖国政策にも慣れ、平穏な生活を送ることが出来た。

 抑圧された生活も慣れれば、それが自然のように思えてくる。慣れるのに多少の時間が掛かったが、決して無駄な時間だったとは誰も思わなかった。


 かつて日本は、二つの奇跡を起こした。

 それは明治維新であり、戦後の復興である。そして今、日本国民が一丸となり、三つ目の奇跡を起こしたのである。


 改革によって無くした物は多かったが、無くしたことにより得たものもあった。

 流れる川は濁りなく、澄んだ空気も戻ってきた。都市は静かで車も殆ど無く、さながら昭和初期のように変わっていた。

 緑多い町、そしてホタルの乱舞する川。何より、人々の心にゆとりが出来、他者を思いやり、信頼する気持ちを持てるようになった。

 犯罪や争いの無い平和な社会。まさに神の国、神国日本の姿がそこにあった。



 名古屋の都心、将軍官邸の前には多くの都民が集まり、木戸将軍をたたえる声援を送っていた。

 彼が公約した国民投票の結果、過半数を超え、木戸は征夷大将軍という絶対権力を維持することが出来た。それを祝って多くの人々が官邸に集まっていたのである。

 彼はこれに応え、集まって来ている都民の前に出ると、手を上げて素直に喜んだ。


 我武者羅に走り、多くの犠牲を払ってまで行ってきた改革が間違いでなかったことを実感し、今までの努力が報われたのだと木戸は目頭を熱くした。

 そんな彼に佐藤が近付いて、小声で言った。

「おめでとうございます。この大改革がやっと国民に理解されましたね。当初私は、抑圧された国民が怒り狂い、改革は実現しないのではないかと思っていました。でも、国民は我々政府に対して、敵になるどころか、むしろ味方となって付いて来てくれた。国民が我々を支持し味方でいてくれるということほど心強く、嬉しいことはないですね」

「まったく、その通りだ。いざという時の団結力は、どの国よりも強く、誇らしい民族ではないか。だが、これから先が我々政府にとって、重要な時期になろう」

 新たな決意を胸に、木戸は熱い意欲を燃やしていた。



 二〇六五年・一月一日、新しい年を迎えた朝、将軍の公邸に愛人である亜紀の姿があった。

 二人きりで新年を祝おうと夜を共にしていたのである。

 未だ眠い目をこすりながら起きようとする木戸を、亜紀はずっと見詰めていた。

「何か、付いているのか?」

「いいえ。あの時に言っていたことが現実になるなんて、本当なら私の手の届かない所にいるはずなのに、今こうして会っていることが不思議に思えてくるの。だから、貴方を見詰めていたい。ただ、それだけなの」

「何、馬鹿なことを言っているんだよ。今の俺に必要なのは亜紀、お前だけだ」

「でも……何故、こんなに愛しているのに、私に子供が出来ないのかしら。貴方の跡を継ぐ子が欲しいのに……」

「俺は我が子に、跡を継がせようとは思っていない。憎まれ役は、俺一人で十分だ。子供にだけは、普通のことをさせてやりたい、子供だけにはな」

 と言った木戸は、明かりの差し込む窓の方を見ながら、

「俺の、子か……。こればかりは、どうにもならんな。今まで欲しいと思った物はなんでも手に入れてきたが、こればかりは、権力ではどうにもならないからな」

 少し冗談で言ったのだが、彼女にとっては真剣であった。

「子供の出来ない私なんか、なんの魅力も無いでしょう……。いいのよ、他の女性を愛しても。それが貴方のためになるのなら、私は構わないわ」

「俺は、お前以外の女を抱こうとは思わない。そのうち、生まれるさ、きっと」

 落ち込む亜紀を気遣い、強く抱き締めた。


「結婚しよう。今まで国事に奔走し、会う時間も殆ど無かったが、改革が成功し一息ついた今、結婚しよう。一緒になってくれるか、亜紀」

「勿論よ、こんな私で良かったら、お願いするわ」

「俺達の結婚ともなれば、国を挙げての盛大な物になるだろう。国民もそれを祝ってくれるに違いない。お前はファーストレディとして、さながら、王妃にでもなった気分でいてくれればいい」

「そんな、大それたこと」

 と謙遜するも、まんざらではない様子で、亜紀に笑顔が戻った。

 その後の二人は話が弾み、時間の経つのを忘れさせるほどだった。


 午前十時を過ぎた頃、

『閣下、お時間です』

 と木戸を呼ぶ声がした。

「どこへ行くの?」

「新年祝賀に出席するために、皇居へ行かなければならない。その席で、日本最高の勲位である大勲位菊花章飾頸飾を、陛下から直に頂くことになっている。その時こそ俺は、日本の英雄となり、かの織田信長や家康のように、日本の歴史に名を残すだろう」

「そう……」

 木戸の自信とは裏腹に、亜紀は一瞬、彼の身に何か起きるのではないかと思って、

「行かないで! なんだか、これが最後の別れのような気がしてならないの」

 慌てて引き留めようとした。

「陛下が私を認め、待っていてくれているのだ。行かない訳にはいくまい。何も心配することはない。この日本で、俺に楯突く者は誰一人としていやしない。直ぐに戻って来るさ。それまで待っていてくれ」

「……くれぐれも、気を付けて」

 去り行く木戸を不安な眼差しで亜紀は見送った。



 祝賀の議を終えた木戸は、その足で伊勢神宮に参拝した。

 新年の伊勢参りは、最高権力者である将軍の恒例の行事で、日本の伝統を重視する立場を強く打ち出す目的で行われてきた。

 人々の声援の中、外宮、内宮、そして神楽の奉納とたどって行った。

 

 やがて参拝も終わり、専用車に乗るために駐車場へと遣って来た。

 一日の行事も無事に終わり、誰もがホッとした、その時――。

「天誅!」

 と声が上がり、

『パーーン』

 日が沈み掛け、静まり返ろうとしている駐車場に、一発の銃声がこだました。

 警備の緩んだ隙を突かれ、木戸が狙撃されたのである。


 一瞬、何が起こったのか木戸には分からなかったが、流れる血を見て撃たれたのだと知った。


 犯人は即座に取り押さえられた。

 国を愛するが故、木戸の鎖国政策によって世界から孤立し、最貧国になり下がった日本を憂いての犯行だった。

 未だ改革の真意を理解出来ない者の犯行によって、木戸は死の淵へと追い落とされようとしていた。

 

 大量に流れ出る血を見て、誰もが手遅れだと思った。

「しっかり! しっかりして下さい、俊光さん! 今、貴方に死なれたら、日本はどうなるんですか。生きて、生き抜いて下さい!」

 木戸を抱えながら佐藤が声を掛ける。

 薄れ行く意識の中で木戸は、忘れかけていた記憶が鮮明によみがえってきた。

「……あの時の、岡田首相も同じ気持ちだったのかも知れないな。志し半ばにして倒れるというのは……。佐藤よ、俺に代わってこの日本を救ってくれ。そして、俺の意志を継いで欲しい。頼んだぞ、佐藤」

 佐藤は、彼の微かな声を聞いた。

 

 悲しむ佐藤を見た木戸は、最後の力を振り絞るように、

「どうしようもないこともあるものだ。国を第一に考え、個人のことなど無視した改革は、一人の命を救うことも出来ない。人の命など、所詮こんなものだ……。たかが人生……されど人生……悔いはない…」

 と言って、木戸は静かに息を引き取った。

 その顔は、混乱した世の中を、好き勝手に生きてきたことに満足しているように笑みを浮かべていた。

 こうして僅か四十五年という波乱に満ちた人生を終えた。

 日本国・征夷大将軍、木戸俊光は、自ら築いた時代によって人生に終止符を打ったのである。


 

 翌日、木戸の死を悲しんでいるかのように雨が降っていた。

 木戸は国葬をもって手厚く葬られることになり、彼の死を悲しむ多くの都民が花束を持って集まっていた。

 政府高官が参列する中を、喪服姿の亜紀は、佐藤の肩にもたれ掛るようにして国葬を見守っていた。


 雨は一段と激しさを増し、追悼の空砲が激しく降り続ける雨に向かっていつまでも鳴り響いていた。

 そして、葬儀が終わった後も、しばし誰も帰ろうとはしなかった。



 木戸の死後、その後継者を決める評議会が行われ、首相として将軍を補佐してきた佐藤幸治が二代将軍に就任した。

 だが、激しい権力争いに巻き込まれ、佐藤は僅か三カ月で失脚した。

 政治に関して有能であった彼だが、大所帯の陸軍閥にあって木戸ほどの統率力は無く、一枚岩できた陸軍閥政府に亀裂が生じていたのである。


 この機を見計らって、海軍大臣・三島秀樹が動き出した。

 虎視眈々と将軍職を狙っていた三島が、共に小数勢力に過ぎなかった空軍大臣の岸義明を味方に付けることで、ついに三軍閥(陸海空)の力関係が逆転した。

 

 政権を握った三島は即座に将軍宣下を断行し、三代将軍となった。

 念願の将軍になった三島は、今まで押さえ付けられてきた不満をこの時一気に爆発させ、政府の中枢に粛清の嵐が吹き荒れた。

 彼は、対立する政敵を次々に暗殺することで、揺るぎない権力を手に入れる。

 本性を剥き出しにした三島に恐れおののき、政府内で彼に逆らう者はいなくなっていた。


 こうして絶対権力を手に入れ不動のものとした三島は、亡き木戸の意志を受け継ぎ、日本独自の文化を発展させる。

 戦争に明け暮れる世界をよそに、日本は僅かな時を花開いていく。

 時に世界は、滅亡の真っただ中にあった。


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