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報復の大地  作者: 西 一
1章 滅亡
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決断の時

 最高権力者となった木戸は、誰にも邪魔されることなく将軍の名において急激な改革を行い、減税と公共投資による内需拡大政策によって日本は立ち直り、長く続いた不況から抜け出そうとしていた。

 だが、時はそれを待っていてはくれなかった。

 

 二〇五二年の石油危機以来、世界的な需要増加と緊迫した中東情勢を受けて、中東諸国は新たな油田確保のために国境での小競り合いが絶えなかったが、それが大きく発展し、二〇六一年、ついに戦争が勃発し、第三次を更に上回る、第四次石油危機に発展したのである。

 世界の中東依存度が高まっている中、高度に工業化された世界は、この戦争により最大の石油供給源を失ってしまった。

 戦争の波紋は世界中に伝わり、世界経済に大打撃を与えた。

 人々の願いとは裏腹に戦争が拡大し、ここにエネルギー問題が再浮上する。



 一時、中東からの石油が断たれたことで、各国はエネルギー源の確保のために、石油に代わり原子力を頼った。

 だが、電力確保のため、耐用年数を大幅に超えた、老朽した原発の過剰運転の結果、各地で事故が多発して大量の放射能が漏れ出した。

 放射能汚染によって農作物が犯され、深刻な食料問題へと発展。また、汚染された大地を避けるため難民が急増して紛争に拍車が掛かり、戦闘が激化していった。

 

 世界の平和と安全を維持するための国際連合は、世界中で頻発している紛争に対処しきれず、この戦争によって力無き事態をさらけ出し、今や形だけの存在となっていた。

 もはや各国政府は国連をあてにせず、自国の利益のためだけに動き出したのである。



 アメリカは国連の決定を待たずに中東に軍隊を派遣し、強力な軍事力で戦争を終結させると、中東を支配し石油の利権を獲得した。

 この時日本は、隣国であるロシアのサハリンや中国などの主要な油田の生産が頭打ちになっている現状にあって、やはり中東に依存しなければならず、利権を得たアメリカに油ごい外交をせざるを得なくなった。


「我々は、勝ち取った貴重な原油を、金だけで安全に送り届けることなど出来ぬ! 我々が多くの犠牲を払って得た貴重な原油だ。日本は金だけで、なんでも解決出来ると思っているようだが、そうはいかない。原油が欲しければ、自力で取りに来るがよい」

 アメリカ政府は、今までのうっぷんを晴らすように強い口調で日本に言ってきた。


 この発言に対して木戸は、原油を確保するために数隻の大型タンカーを用意し、それを護衛する護衛艦隊を急遽編成して中東に派遣した。


 

 日本を出航した護衛艦隊は、長い航海の末、中東のペルシア湾へと迫っていた。

 戦争が終結し、静けさを保っていた湾内で航行中の護衛艦隊に、突然、未国籍の戦闘機が襲って来た。

 圧倒的多数の未国籍戦闘機の電撃によって、日本のタンカーは撃沈され、反撃に転じた護衛艦隊も装備に劣り、またこの戦闘が初めての実戦であったため、二隻の艦艇を失い後退し始める。

 これを見た敵機はどこへともなく飛び去って行った。

 護衛艦隊は原油を輸入するという使命を果たせず、命からがら本国に逃げ帰って来た。


 日本政府は直ちにアメリカ政府を非難し、

「自ら取りに来いと言っておきながら、攻撃を仕掛けて来るとは!」

 と怒りを募らせていたが、アメリカ政府はこれを否定し、攻撃などしていないと強く言い放った。


 老獪なハワード大統領は、木戸よりも一枚も二枚も上。その上、中東における石油の利権がアメリカにある以上、何も言えぬ木戸は、今度は日本政府の威信を懸け、攻撃を重視した第二陣の派遣を計画した。

 海軍大臣・三島秀樹を指令官として、建造中の、戦後初の航空母艦『相模』を旗艦とした横須賀艦隊を編成。

 強力な空母打撃軍を用いて、

「攻撃されればいつでも反撃し、アメリカの小細工を阻止する」

 と表明した。

 軍拡により力を付けて来た日本の力を見せ付けるのだと木戸は自信を見せるも、もはや石油の輸入を目的とした使命ではなく、アメリカとの戦闘を覚悟した派兵であることを国民は敏感に感じ取っていた。


 折しも中東では、アラブ諸国の反撃が始まりアメリカ軍が窮地に立たされていた。

 今までアメリカの独占を許してきた超大国ロシアが、中東の支援国を救済する名目で軍隊を派遣。アメリカを阻止しようと動き出したのである。  

 中東は再び大きな戦争が起きる可能性を秘めていた。

 こうした背景から、戦争への危機感を募らせていた国民の間には、石油確保よりも戦争に巻き込まれるのを避けたいという声が高まった。

 今まで足並みを揃えて来た国民の反発に合い、第二陣の計画は中止せざるを得ず、同時にシーレーン防衛(海上交通路)も放棄、断念しなければならなくなった。

 海に囲まれた日本の生命線であるシーレーン防衛の放棄は即ち、日本経済の破局を意味するものである。



 国内の石油備蓄量も次第に底を尽き、国内産業の維持すらままならない状態となった。

 各都市には非常事態宣言として夜間の電力消費の自粛を呼び掛け、夜の街を照らす街燈の明かりが消されていく。

 まさにゴーストタウンへと変貌しつつあった。

 かつてない危機に日本は陥っていると思い、ここから抜け出すには荒療治が必要だと木戸は思った。 


 日本の最大の危機を迎え、将軍官邸内の執務室では、一人悩める木戸の姿があった。

 第二陣の計画が国民に反対されたうえ、政府内部からは日本の存亡を懸け、大国同様に、東南アジアの豊かな資源を獲得するための南方進攻が新たに計画されていた。

 今の軍事力を持ってすれば一気に南方を侵略し、安定した資源の確保は出来るだろう。だが、南下政策は一時期日本に潤いをもたらすがそう長くは続かない。ますます国際社会から非難を浴びて孤立してしまう。せっかく得た信頼も水の泡と化す。

 軍事政権だけに、木戸を取りまく閣僚達は南下政策を強く主張し彼に迫った。

 

 だが、窮地に陥った時、アジア諸国が日本に味方してくれたことを思い出した。

 と同時に、過去の、焦土と化した壊滅的な戦争が脳裏をかすめ、また同じことを繰り返すのかと木戸は身震いした。

 こうして日本の運命を決めるであろう政策の決断を求められ、木戸は悩み長く苦しんだ。


 侵略か自滅かの二つの狭間で苦しむ木戸。

 このままでは最高権力者としての地位を失うばかりか、日本を滅ぼしかねない。

 木戸は悩み苦しみ、何日も眠れない日が続いた。


 全身に疲労の色がにじみ出ている。

 いつの間にか、心労で眠ってしまった木戸は、何か知れぬ心地良さにふと目覚めた。

 朝を向かえた官邸に、昇る朝日が執務室に差し込み温もりを与えてくれていたのだ。

 一筋の光が差し込む。

 彼は日の昇る光景を見て、


 素晴らしい。


 と、心の中で思った。

 そしてある名案を思い付き、希望の光が見えて来た。

 木戸の見出した光明というのは、石油依存体質からの脱却であり、それは、国を閉ざす鎖国を意味した。

 日本及び世界を大きく狂わせた西洋文明を拒絶することで、豊かな生活を放棄することになるが、戦争への回避につながっていくのだ。あれほど戦争に対して敏感に感じている国民にも、いくらかの支持が得られるだろう。また、欲しかった南方の資源を軍事力によってではなく、新しい大東亜共栄圏の元で共存共栄によって分かち合う体制を取る。

 これこそが苦悩の中で彼が見出した光明であり、日本の存亡を懸けた大改革の柱となる。


 この改革は国民の目に裏切り行為として映るだろう。また、政府内部からの反発も当然覚悟しなければならず、木戸は内と外からの激しい抵抗に否応なしに立たされることになる。

 だが、為す術も無く、ただ時の流れを黙って見ている訳にはいかない。手遅れとなる前に行動を起こさなければ、もはや時間が無いのである。

 一方で彼は、この道で本当に良いのだろうかと心の中で迷っていた。

 この時、将軍となった自分の一言が、いかに重大であり、危険なものであるのかを感じずにはいられなかった。


 

 木戸は未だ心の中にある迷いを打ち払うために、その夜、佐藤を連れ密かに将軍官邸を抜け出した。

 黒塗りのリムジンに乗り込んだ二人は、東京を外れ横浜へと向かっていた。

「今頃官邸では、難問が山積みで逃げ出したのではないかと慌てていますよ、きっと」

「そうかも知れんな」

 と二人は笑っていた。

 佐藤は、ちょっとした息抜きのために抜け出したのだと思っていた。


 やがて、車は横浜港に着いた。

 海上に濃霧が発生し、いつになく霧の多い港には、ハーバーライトから放たれた明かりが霧にかすんで幻想的な光景を映し出していた。

 多くの船が停泊し、時折、汽笛を鳴らして濃霧の中を進んで行く貨物船が見える。

「本当に行くんですか? 一人で。俊光さんにもしものことがあったらどうするんです。私も御共させて下さい」

「心配はいらぬ。一人にさせてくれ。今は一人になって考えたいことがあるんだ」

 と言って車から降りると、木戸は霧の中へと消えて行った。


 不安に思った佐藤が、振り返って木戸の座っていた座席を見ると、護身用の拳銃が置いてあるのに気付き、慌てて車から出て辺りを見渡した。

 すでに木戸の姿は無く、辺り一面に深い霧が立ちこめているだけで、濃い霧の向こうには燈台の明かりが規則的に光っているのが見えるだけであった。

 

 佐藤と分かれた木戸は、幾つにも連なる倉庫群を抜け、岸壁へと出て来た。

 彼方に見える横須賀基地には、建造途中で放棄された、日本海軍を象徴する横須賀艦隊の旗艦『相模』が空しく停泊しているのが見える。

 全長三百メートルを超える船体が潮風にさらされ、荒れるままに放置された船体の至る所には錆があり、一度も実戦に使用されることのない巨体が、何故か行き詰まった政権と重なって見えた。

 木戸は目の前の海を見渡した。

 日本はこの海に見守られ、この海を通して彼方の国から富を得る貿易を行い発展してきた。今、国を閉ざし、過去へと向かって後戻りしなければならない。

 木戸は深々と頭を下げて先人に詫びた。

 先人達の血と汗と努力、更に多くの犠牲を払って築き上げてきた繁栄に終止符を打つことに。


 国を閉ざす。それは日本国が存続出来る優位一の決断であった。

 そんな木戸の背後から、人影がゆっくりと近付いて来た。

 振り返ると、一人の男が立っていた。

 彼は、木戸の中学時代の恩師・坂本良治という、いち教師だった。

「やはり、来てくれたのですね。どうしても先生に会って、話がしたかったのです、勝手を言ってすみません」

「こんな所に呼び出して、私をどうするつもりだ。いかに権力を握ったからといって、決して私はお前には従わない。死んでもな」

 そう言うと、密かに隠し持っていた短刀を取り出し、木戸に迫った。


「私はお前を変えることが出来なかった。全ては私の責任だ。この場でお前を刺し殺し、私も死のうと覚悟して来たのだ」

 木戸は顔色を変え、慌てて言った。

「まっ、待って下さい! 私は別に、先生をどうこうするつもりはない。ただ、今の若者に、先生流の教えを浸透させてもらいたいだけなのです。小さい頃から甘やかして来た教育が、今の日本社会を駄目にしている。勤勉・勤労という言葉はすでに過去のものとなってしまい、働く意欲も失いつつある。これ、すなわち、教育そのものが間違っていたのではないのですか。今の若者達が、これからの日本を支えて行かなくてはならない。そう思えばこそ、先生流の教育が必要なのです。昔、私は手のつけられないほどの暴れ者でした。他の先生はこれを黙って見過ごしていたが、先生だけは違っていた。落ちこぼれの私に対しても、みんなと同じように扱ってくれ、いつまでも見放そうとはしなかった。そして体を張って私と接してくれた。先生がいたからこそ、今の私があるのです」

「そう思うのなら、何故あんなことをした。権力を手に入れんがため、世間を騒がした。あれは正常な人間のすることではない。何がお前を狂わせたのだ。私はお前のような教え子を持ったことを後悔しているのだぞ」

「先生、分かって下さい。確かに今までの私は野心に満ち溢れ、何人もの人間を傷付けてきた。それも、自分が権力を得るためにただ必死だった。しかし今は違う。この国を想い、将来のことを真剣に考えているのですよ。今置かれている日本の立場と現状を知るうちに、私は変わったのです。諸外国からの輸入がストップした今、日本は血の通わぬ体となり、手足はピクピク動き死に掛けているも同然、あとどれだけ持つか分からない瀕死状態。今や、一人一人の自由などと、甘ったれている場合ではなく、挙国一致となり、日本が一つになる時がきたのです。どうかこの私に力をお貸し下さい。お願いします」

 坂本を教育大臣(文部科学大臣)にと強く推す木戸は、その場にひざまずいて頭を下げた。

 彼はプライドを捨て、いち教師に過ぎない坂本に頭を下げたのである。これにはさすがの坂本も心を動かされ、木戸を見る目が大きく変わった。


「分かった、力になろう。この私を好きなように使ってくれ。これからお前がやろうとしていることに従うよ。そのために国民の敵になろうともな……。だが、条件がある」

「条件? なんです、その条件と言うのは。遠慮なく言って下さい」

「お前の持つ権力を捨て去ること。つまり、今の独裁色の濃い将軍職を、国民の総意によるものとするのだ。あと、もう一つは、核兵器を廃棄すること。そうでもしない限り国民の抵抗に合い、これからの難局を打開することは出来ないだろう……。出来るか? 木戸」

「はい! 必ず、約束します」

 木戸は大事に仕舞ってある宣旨(任命書)を取り出すと、権力に執着していないことを証明するため、坂本の見ている前で宣旨を燃やした。


 最高権力者の証明である宣旨が一枚の紙切れとなり、そして灰へと変わっていく。

 その様子を見詰めながら二人は決意した。日本のため、国民のために出来うる限りのことをしようと心に決め、固く握手を交わした。


「あ、そうそう。核兵器は、この日本には一発もありませよ。これは一部の幹部だけしか知らないトップシークレットなんですが、あれはハッタリです。そもそも、核なんて使うことのない無用の兵器。持っているだけで危険で厄介な物、それでいて、もし使ったら最後、その国の民族は永遠に迫害を受けるのだから。私はそんな馬鹿な指導者ではありません。日本は優位一の被爆国。その被害を世界に知らせることで核兵器の恐ろしさを伝えてきたのです。私は先人達の苦労を台無しには出来ない。幸い、我が政権は諸外国には狂っていると思われているらしく、核兵器の発射ボタンをためらわずに押すと脅しているだけで、抑止力が働いているという訳です」

「そうか、そうか……」

 そう納得して、

「そうか、あれはハリボテか。実にお前らしいハッタリだな。アメリカ、いや。世界を相手に大博打。実に愉快だ……。なら、それを押し通せ。ケツ持ちは私がする。思う存分、やってみろ」

 坂本は笑った。

「この素晴らしい日本の地に、最も汚れた核兵器など存在させません」

「素晴らしい日本、か。決められたルールを守ることなく、他者を傷付けてきたお前がな」

「それは、中坊の話じゃないですか」

 気まずそうに頭を掻きながら木戸は言った。

「私は、お前のような教え子を持ったことを自慢に思うよ。今日からな」

 と言い残して坂本は帰って行った。 


 濃い霧の中、心配そうな顔をした佐藤が、木戸の吸うタバコの火を見付けると、大きく手を振りながら駆け寄って来た。

 すると、佐藤の心配をよそに、木戸は笑みを浮かべながら、

「今日から……自慢に思う、か」

 と独り言を言っていた。

「何がそんなに嬉しいんです? 一体、どこへ行っていたんですか、心配しましたよ」

「ちょっと港が見たかっただけ。ただ、生まれ育ったこの横浜が懐かしく思え見に来たかっただけだ。浜風にでも当たって見渡していれば、滅入った気も晴れるというもの」

「はぁ~」

 と佐藤は今までの心配が取り越し苦労のように思えてきて、ここへ来る途中の木戸の真剣な眼差しは一体なんであったのかと不思議に思った。

「今日はこれぐらいにして、大人しく帰って下さいよ。官邸では事件になっている頃でしょうから」

「分かった、分かった」

 二人はリムジンに乗り込み帰路に着いた。

 木戸は静かに目を閉じ、官邸に着くまでの間、眠りについた。



 翌朝、後顧の憂いをなくした木戸は、政府高官を呼び集めるようにと指示した。

 将軍官邸に緊急招集し、国家安全保障会議を開いた。

「もう迷うことはない、決心したぞ。この国を救うために大改革を行う!」

 真剣な顔付きで木戸は言った。

 かつてない大改革への戦いが始まろうとしていた。


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