表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
報復の大地  作者: 西 一
1章 滅亡
6/58

将軍復活

 二〇五九年十一月、新政府の機能が停止してから三日間が過ぎた九日(日曜日)、日本の歴史にその名を残すであろう朝を迎え、沈黙していた官邸が慌ただしく動き出した。


 木戸は、首都警備隊三千名の隊員を率い、軍事力を見せ付け将軍宣下の儀を断行。

 警備隊に守られながら皇居前広場に到着し、そこで警備隊を待機させると、数人の側近だけを連れて皇居の中に入って行った。

 皇居内では、山下長官の命を受けた皇宮警察が木戸らを護衛し、宮殿内へと案内した。


 木戸は、衣冠束帯姿で、古式にのっとり宣下の儀式に臨んだ。

 正殿松の間へと続く回廊で木戸は立ち止まると、ふと振り返り、笑みを浮かべた。

 その笑いは俗世間との分かれを意味していた。今まで誰も成し得ず、また、なろうとしなかったことをあざ笑ったのである。

 もはや彼に逆らう者は無く、この行き着く先には彼の目指した絶対権力だけが待っている。

 木戸は、最高権力者への道を一歩一歩踏み締めながら松の間に入った。

 

 松の間には、宮内庁長官、長官秘書官、侍従長、侍従次長、東宮大夫、式武官長などの権威ある面々が列席していた。

 中央には一脚の長椅子が置かれていて、木戸は珍しく緊張した様子で腰掛けると、静かに儀式が始まるのを待った。


 やがて、一人の侍従が立ち上がり、

『御昇進~、御昇進~』

 と二度に渡って場内に響き渡るように声高に宣ずると、勅使役である侍従が、今は吹上御所にいる天皇の直筆と御璽ぎょじの印章が押印された宣旨せんじ、任命書を持って速やかに木戸の前へ立ち、宣旨を木戸に手渡した。

 木戸は差し出された宣旨を受け取り、中身を確認した。

源朝臣みなもとのあそん俊光 征夷大将軍ニ任命ズ……』

 この瞬間、征夷大将軍・木戸俊光が誕生した。


 この儀式は鎌倉幕府以来の伝統に従い、より忠実に再現したものであり、外部には一切公開されなかったものの、この日、この時をもって将軍職が蘇り、王政復古の大号令によって徳川幕府が廃止されてから、百八十八年の時をへだてて復活したのである。

 それは、全国国民を事実上統治する称号として復活し、木戸は新政府の実権を一手に握る独裁者となった。

 

 やがて儀式はとどこおりなく終わり、宮殿を出た木戸は、先程までの束帯姿から一変して派手な儀礼服に身を包み、用意されたオープンカーに乗り込んだ。

 ここからが木戸自身が考えた演出の始まりであり、己の権力を見せ付ける場となる。

 

 木戸の乗ったオープンカーが二重橋に差し掛かった時、詰め掛けていた報道陣のカメラが一斉に、彼にフラッシュの光を浴びせた。

 木戸は軍楽隊の演奏する中を、ここぞとばかりに手にした宣旨(任命書)を高らかに上げて見せ付けた。


 皇居を出ると、指定したコース約五キロをパレードした。

 その脇には木戸の誇る陸軍二万人と警察官八千名を沿道の至る所に配置させ、彼の後からは親衛隊である首都警備隊が付き従ってゆっくりと行進した。

 木戸は詰め掛けた民衆に、まるで勝ち誇ったように笑みを浮かべ、国民をテレビの前に釘付けにした。


 この放送は世界中に放映され、将軍、つまり大君たいくん制絶対主義政権の復活を、自ら皇帝と名乗って専制政治を敷いた独裁者として報道されていた。

 まさに、彼の絶頂期である。

 幹部候補生として入隊した木戸は、三十五歳の若さで異例の一等陸佐に昇進した後、常に上を目指してきた。そして今日、将軍という権力の最高峰に立ったのである。

 その間、日本にとってまさに激動の時代であり、日本の動乱が木戸将軍を誕生させた。三十九歳にして日本の舵取りを任された木戸は、力の権力と権威の両方を手に入れたのであった。



 将軍宣下の儀と、それに続くパレードを無事に終え将軍となった木戸は、政権維持強化に向けて動き出した。

 将軍の居所を官邸と定め、理想の政治を行うために新しく改装した。

 歴史家の人達は、その地名から永田幕府と呼び合い、荒唐無稽こうとうむけいで、時代を逆行する木戸政権を冷ややかな目で見ていた。


 改装後、将軍官邸内の大ホールで、新憲法制定のための会議が召集された。

 軍事クーデターによって停止、廃止された憲法に代わる新憲法の骨格を討議するため、将軍官邸へと新政府高官が次々に集まって来た。

 一部の旧政治家を除いては、全て旧自衛隊出身の者達で、軍事的色彩の濃い高官らの集まりとなり会場は軍事一色に染まっていた。

 その中に、あの日以来木戸に恭順している三島と岸らが、海軍・空軍の代表として出席し、僅かながらの軍閥を構成しているものの、一方的に木戸の主張に沿った新憲法制定への合意作りが進んでいった。


 木戸の右腕として最も信頼する佐藤幸治を首相に任命すると共に、政敵であった三島と岸を木戸政権下の一大臣に封じ込め、将軍に強い権力を認める憲法草案の作成が可能となった。

 また、新政府権力の行き届かぬ地方にも強化を施すべく、信頼する部下を知事として送り込むことにより、中央の命令を地方の隅々まで正確に行き渡らせることが出来るようになった。

 まさに、かつての幕藩体制の再来であり、長期政権を目指した木戸の強い意思の現れでもある。

 こうして最高権力者である木戸将軍を頂点とした個人主義的色彩の強い政権を確立し、憲法上将軍は、国家の行政権と立法権、更に軍隊の最高指揮権まで握り、思い通りの政治が出来るようなった。

 

 首相となった佐藤が前に立ち、新憲法草案を読み上げた。

「一つ、経済改革を一刻も早く実現し、不況を乗り越えるために新政府が全面的にバックアップし協力する。国民生活を圧迫しているインフレを押さえるため、物価上昇を抑えて経済を再建し、国際競争力を増強させ、目に見える経済改革を目指す。また、我が国は軍産複合体を目指し、軍と民間産業が結び付き、需給関係を通じて互いに依存し合う体制を築く。

 一つ、我が国は今後、核を保有すると共に核ミサイルを配備し、軍事大国を目指す。そして、核によって外交を有利に展開し、これまでの弱腰外交を改め、日本の意思を強く諸外国に主張して行く。

 一つ、我が国が完全なる独立国となるため、アメリカ政府に在日米軍の即時撤退を要求する。そうなれば今後、誰の力も借りず自国の力だけで防衛しなければならず、財政難であるもののあえて軍備強化を行い、国民に軍事費の増額を訴える。このことは先に述べた軍産複合体をより強化し、内需拡大により雇用を増やしていくだろう。

 一つ、新政府は従来のアメリカ追従からアジア重視の外交政策に転換し、広くアジアの安定に貢献すると共に、日米安全保証条約を破棄する。アメリカの都合に合わせ、なんの文句も言えない押し付けられた条約を破棄し、真の独立国を目指す。よって、アメリカと決別し、アジアと共に独自の道を進んで行く。

「一つ……」

 佐藤が草案を読み上げる間は野次も拍手も無く、読み終わった瞬間、割れるような拍手が会場から沸き起こった。

 

 だが、その中で三島と岸らは黙り込み、この草案を苦々しく思っていた。

 この様子を見ていた木戸は、わざとらしく二人に意見を聞いた。

「三島さん、岸さん、何か異存でもおありですか?」

 二人の心情を知りつつ、しらじらしく言った。

「異存など……私も、同じことを考えていた」

 と岸が言うと、

「……将軍の考えに、異存はない……」

 三島は唇を噛みしめながら言った。

 木戸は、二人の悔しさが手に取るように分かるだけに、なんともいえない満足感に酔いしれていた。

 二人の同意を得て新憲法が制定された。



 一週間後、新しい憲法が公表され、内容が広く国民に知らされることになった。

 重要な草案は木戸が考えたものであり、彼の心に残る屈辱的な過去を打ち払うために、日本に軍事介入を企てたアメリカを敵視し、国内にあるアメリカの影響力を無くすこと。すなわち、国内で彼に楯突く者は無くなり完全独裁が実現するのである。


 これだけの要求を一方的に突き付き付けられたアメリカ政府も黙ってはいなかった。

 それに呼応するように、日本に対する反日感情もしだいに高まっていった。


 だが、ハワード大統領はこれを素直に受け入れ、在日米軍の撤退が静かに始まった。

 この時ハワードは、木戸の新政府の強硬な政策が行き詰まり、支持していた国民が木戸の元を外れ、大きな暴動となって彼の軍事政権が脅かされる。再びアメリカに服従する旧政府が力を盛り返すことで、やがて大きな内戦に発展すると確信していた。彼らの要求があれば、いつでもアメリカは日本に軍事介入することが出来る、と。

 これこそハワードが新たに目論んだ大義であり、今度こそ力で木戸の軍事政権を叩くことが出来るのである。むしろ、面目を無くしていたアメリカの威信回復になると考え、素直に要求を呑んだのだった。


 日米関係に大きな影響を与え敵対し合うことになったものの、お互い巨大な市場であることには変わりなく、両政府ともこれを黙認し貿易を続けた。 

 こうして国内を完全に掌握した木戸の目は、今度は国外へと向けられていた。

 彼は国際社会の完全復帰をアピールするために、日本でのサミット(主要国首脳会議)開催を打ち出した。

 当初、アメリカはサミットを拒否し続けていたが、アメリカと日本との対立を恐れたアジア諸国が、強くアメリカにサミット参加を呼び掛けて、ついに東京においてサミットが実現した。

 

 

 サミット開催日、カナダ・イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・の国家元首が次々と日本に来日。

 エアフォースワン(大統領専用機)でアメリカを飛び立っていたハワード大統領も羽田空港に到着した。


 ハワード大統領を出迎えに来ていた木戸は、ジッとエアフォースワンを見ていた。

 搭乗口に姿を現したハワード大統領は高齢のためか、タラップから下りる際、手すりにもたれながらゆっくりと下りて来た。

 この様子を見て木戸は手を差し伸べたが、ハワードはこれを拒否するように振り払うと、この仕草に対してすかさず木戸が言った。

「小さなことでそんなに怒るとは、閣下は大国アメリカの大統領ではないですか。その気になれば私のように、一手に権力を握ることが出来るはず」

 この言葉の意味を理解したハワードは睨み付け、

「ユー・アー・クレイジー!」

 と木戸をののしった。

 この瞬間、辺りに緊張が走り、関係者を大いに慌てさせた。


 だが、木戸は深々と頭を下げ、大統領に侘びた。

 彼にとってサミットを成功させ、国際社会の完全復帰を内外に知らしめることが出来るのなら、頭を下げることぐらいなんとも思ってはいなかった。

 そのことを知っているハワードは、終始憮然とした態度を取り続けた。


 やがて主要国の首脳が、東京赤坂に在る迎賓館に集まり、サミットが開催された。

 サミットは、国際社会における重要な問題について協議するため各国の政府首脳が集まって行う会議である。国際社会が直面する様々な課題について意見交換を行った。

 サミットの議長国として、国際社会の完全復帰を果たすと共に、強い日本を内外に知らしめることが出来、指導者としての木戸の人気は高まった。


 

 この夜、皇居・豊明殿において、天皇主催の宮中晩餐会が催され、木戸は自ら進んで接待役を務めた。

 この様子は世界中に放送され、先進国の首脳が食事している光景をありのままに映し出していた。

 今、世界を動かしている各国の首脳が、お互いの立場を忘れてなごやかに食事しているのを姿を見て、いつしか不況だの紛争だのという揉めごとを忘れさせ安心させてくれた。

 

 もはや話し合いや、見せ掛けの協力などではどうにもならない所まできていることを人々は感じながらも、一時の平和に酔いしれていた。何もかも忘れるために。

 だがそれは、やがて来る世界中を巻き込む大戦前のひと時の平和であり、嵐の前の静けさであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ