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報復の大地  作者: 西 一
終章 大いなる遺産
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激戦の大地

 ガイア率いる皇帝軍は、大いなる遺産をあとにして山を下って行った。

 やがて、眼下に帝都セベルスクが見えてきた。

 広大な平原には二十二万の遠征軍と、十七万のガザフ軍が睨み合って対持している。

 王弟ハリー率いる西方諸国軍が右翼を、劉儀率いる東方諸国軍が左翼に布陣し、そして、総司令官のマルス率いる中央軍が全軍の中央に布陣して平原を所狭しに埋め尽くしていた。

「どうやら、間に合ったみたいだな」

 とガイアは安堵する。

 

 更に下りて行くと、グリフィス城と、その後方の守りに備えた三万の城兵がいるのが見える。

 それらの兵士に気付かれずに、ガイアは出来るだけ近付き、そこから戦いが始まるのを待った。

 山を下りたとはいえ、冬である。吐く息は白く、凍り付くように寒い。そんな状態でありながら火を使うことは出来ず、城兵に悟られず息を殺して戦いの始まるのを静かに待った。

 

 ガザフの参謀ビロンは表には出ず、城内にいて指令を出していた。

 ビロンはシュタイナーの奇策に惑わされず、正確な指示を出すために城内に留まっていた。


 遠征軍を指揮するマルスは、曇った空を見上げていた。彼はてつく寒さをひどく気にしていた。

 遠征軍兵士は寒さに慣れていない。それに、冬用の重い装備に、体力の消耗するのも早い。それに引き換え、ガザフ軍は寒さに慣れている。戦闘に影響が出ることをマルスは案じていた。



『ドゴーン』

 一帯に砲撃音が響き渡った。

 鋼鉄の扉の上に備え付けられていた五門の青銅砲が、遠征軍目掛けて火を吹いた。大砲の音は、戦場から離れたガイアの所まで響いた。

 仮眠をとっていたガイアが、

「とうとう、おっぱじめやがったな」 

 言いながら、ゆっくりと起き上がった。

 冷えきった彼の体の中に、熱い闘志が燃えてきた。だが、戦場にいる仲間達と戦えないガイアは、その闘志を押し殺して黙って見ているしか出来なかった。

 

 分厚く立ち込めたていた曇から、とうとう雪が降り出した。

 この雪を見てガザフ軍兵士は歓声を上げて喜んだ。

「天は、我々に見方している!」

「ウォーオー!」

 冬将軍の到来にガザフ軍兵士の士気は否応なく高まった。


 城門の高所から発射される射程の長い砲撃に遠征軍は近付くことすら出来ない。

 ますます勢いづくガザフ軍に、遠征軍は為す術がない。

 

 ガイアは戦いに参加出来ないことをもどかしく思った。

 防戦一方の戦いに、皇帝軍の中から不審を抱く者が現れた。

「奇襲戦法を得意とするシュタイナー殿にとって、攻城戦はさすがに苦戦していますね……。それとも、これはシュタイナー殿の策略では」

 と孫武は言った。

「策略だと?」

 戦場を見詰めながらガイアは言った。

「かつて、ザルツは裏切りによって覇権を握ることが出来ました。まさに、あの時と同じではないですか。今、ザルツが大軍を持ってセルシオンに攻め入れば、帝都はひとたまりもありません。ルドルフ王の臣従の時、シュタイナー殿は密かにルドルフ王に会ったと聞きます。まさか、世界を奪い取る簒奪を二人で話し合っていたのでは……。陛下、ここは速やかに撤退すべきです」

 孫武の話で皇帝軍の兵士達は動揺した。

「どうなるんだ?」

「帝都は、無事なのか?」


 戦況の不利を見てシュタイナーへの不審が高まった。

だが、

「もし、その話が事実なら、ザルツは確実に覇権を握るだろうな。しかし、その支配は長くは続かない。そのことを一番良く知っているのはシュタイナーなのだから。今はいらぬ心配をせず、オレ達は目の前の敵を倒すことだけを考えるべきではないのか」

「た、確かに……」

 全く疑うことのないガイアを見て、孫武は自分の言動を恥じた。

「申し訳ありません」

 頭を下げて詫びた孫武が、言い直した。

「これは、シュタイナー殿の作戦でしょう。私達に隙を与えるための。ただ、我々が到着したことを分かってくれればよいのですが。そうでない限り、遠征軍は動けないはずです」

 彼らは黙って戦況を見守るしかない。

 ガイアは、シュタイナーのいる本営を見詰め、到着したことを彼に念じ続けた。

 


 一方、遠征軍の中にも不満を募らせている者がいた。

 前線で戦うはずの召輝が、総指令官のマルスの命で本営に留めおかれていたからである。

「何故、私を前線に行かせてくれないのですか? 私は手柄を取りたいのです。戦功を挙げ、陛下のそばで働きたいのです」

 召輝が嘆願するも、

「遠く離れたこの地では、元老院の監視は無い。戦功など、どの様にも報告出来るのだ。安心されるがよい」

「そんな偽りの報告などいりません。私は、自分の手で戦功を挙げたいのです」

「陛下の気持ちも察してやってくれ。もし、あんたが死んだら、俺達はなんて言って陛下にお詫びをしたらよいか」

 とマルスは本心を語った。


「しかし、このままではガザフ軍にやられっぱなしです。何故、一気に攻めないのですか? 敵の砲撃を恐れるのは分かりますが、それでは敵の思う壷です。このままでは、一回目の遠征の時と同じではないですか」

 召輝の焦りを断つようにシュタイナーは言った。

「そんなに慌てることはありません。遠征軍の最も多く集中出来る場と時を選んで、決戦を行うのが望ましく、勝ちを急ぐ必要はありません。バラバラに点在している敵を、ひとつひとつ順序に各個撃破して行くのが得策なのです」

 そう説明したシュタイナーは、グリフィス城の背後にそびえるアルプスを見詰めながら、ガイアの気を感じ取ろうとした。

 

 しばらくの沈黙のあと、

「マルス様、出撃の用意をしておいて下さい。決戦の時が来ました」

 シュタイナーが指示を出す。

「では、陛下が到着されたのか」

 マルスは、アルプスを見詰めているシュタイナーに言った。

「陛下は、私達の戦いを静かに見守っています。陛下の強い気が感じられます。マルス様、全軍に総攻撃の合図を」

「分かった。決戦の時は、今なのだな」

 とマルスは力強く言った。

 シュタイナーは大きく頷き、

「腕が鳴るぜ!」

 召輝は腕の見せどころだと勇んだ。



 劣勢を強いられていた遠征軍が反撃に出た。

 遠征軍は、主力の中央軍が出撃したことでガザフ軍を圧倒し始める。

 すぐさま伝令が、中央軍の出撃を城内にいるビロンに伝えた。

 城内にいながら戦況を的確に把握し、指令を送っていたビロンは、勝負をかけて来た遠征軍に対して、全ての兵力を投入して挑んだ。


 遠征軍の反撃で、後方の守りに当たっていた城兵が前線に送られて行くのを見てガイアは呟いた。

「まるで、二人の意思が通じたように、良くオレの意思を読み取ってくれたな、シュタイナー……」

「陛下、遠征軍は反撃に転じ、ガザフの大軍を引き付けています」

 と孫武の掛け声に、

「ああ。機は熟した。孫武、この一戦に全てを懸けるため、残り少なくなった食糧を全て投棄しろ。そして、部隊を二つに分け、一方は剛鉄の扉に備え付けられている青銅砲の攻撃を阻止し、城門を明け放ち遠征軍の侵攻を助ける。もう一方は、オレと王宮に向かい、宿敵アレクセイの息の根を止めるんだ!」

「ハッ!」

 五千の皇帝軍は雪崩を打って眼下のグリフィス城に襲い掛かった。

 手薄になった後方の城兵を蹴散らし、ガイアは王宮に迫った。            



『敵襲!』

 背後から敵が襲って来たことに、ビロンは一瞬、「まさか」と思った。

 手薄ではあったものの、数千にも及ぶ城兵が背後を固めている。敵はそれらの城兵よりも多く、精鋭であるのだとビロンは悟った。

「敵はアルプス越えをして来たのでしょう。しかも大軍で」

 アレクセイに告げると、

「馬鹿な! あのアルプスを大軍で越えて来ただと……。しかも、冬山のアルプスを」

 驚きのあまり、目を見開いて言った。


「恐らく、見方に裏切り者が……アルプスに詳しい人民が敵を先導したのでしょう。帝国内の人民離れは進んでいた。それを参謀シュタイナーが見越してアルプス越えを考えたのでしょう。いくら難攻不落のグリフィス城といえども、脆弱ぜいじゃくな背後から攻められては、もひとたまりもありません。鋼鉄の扉が破られるのも、時間の問題です」

「どっ、どうすればいいのだ」

 狼狽するアレクセイに、

「ここは一旦、逃げ延びましょう。陛下が生きてさえいれば、再起を計ることも出来ます」

「そ、そうだな」

 アレクセイは側近達を従えて逃げ出した。

 だが、ガイアの侵攻は思ったよりも早く、すでに城内に侵入していたのである。

 

 退路を塞がれたアレクセイ達には、もう、隠れることしか出来なかった。

 避難する際、アレクセイの所持していた宝石類が飛び散り、彼は慌てて拾った。

「何をしているのですか! 早く、急がないと。そんな物は、あとでどうにでもなります。陛下の唯一守るべき物は、ティアズストーン、ただひとつだけです」

 そう言ってビロンは部下にティアズストーンを手渡した。

 彼はこのティアズストーンに王朝の再興を懸けたのだった。


「急いで下さい! ガイアは陛下の命を狙って来ているのですよ。捕まれば、命はありません」

 アレクセイは着ている物を脱ぎ捨て、変装しながら逃げた。

 ビロンは足の遅いアレクセイを必死で守りながら王宮の奥へ向かった。


 勢いづいた皇帝軍は警備兵を蹴散らし、城内の奥へと入って行く。

 すでに王を護衛する近衛兵は逃走し無防備になっていた。ガイアは、アレクセイがいるだろう王宮を目指した。


 

 王宮へと続く通路を駆け抜け、やがて広い部屋に辿り着く。

 金箔で覆われた荘厳な部屋は玉座の間であった。そこには誰一人としていなかったが、確かに今まで誰かがいた気配が感じ取れ、正面の玉座にはアレクセイの物らしい服が脱ぎ捨てられていた。

 東方の覇者として皇帝を名乗ったアレクセイだが、今となっては皇帝の威信は地に落ちてしまった。

 世界制覇の野望は、この時点で完全に絶たれたのだった。

 

 ガイアは服を取り、その服の温もりでアレクセイはこの近くに隠れ潜んでいると確信した。

「奴はこの近くにいる。捜し出せ!」

 ガイアは辺りを探し回った。


 幾つもの部屋を隅済みまで探し回っているうちに、とうとう隠れているアレクセイを見付けた。

 アレクセイは僅かの側近に守られ、身をまるめて隠れていた。その前にガイアは近付いた。

 ガイアとアレクセイの二人の皇帝が対持した。

 一人の皇帝はおびえ、もう一人の皇帝は威風堂々と構えていた。

「わ、私は皇帝ではない、ガザフ王では、ないんだぁ!」

 と叫んだが、その風貌を見れば、一介の兵士でないことは分かる。

 ガイアはアレクセイに近寄った。


 その時、潜んでいた弓隊の一人が、ガイアを狙って矢を放った。

『グッ』

 一本の矢がガイアの左腕に突き刺さった。

「――陛下!」

 孫武が声を上げるも、ガイアは矢を払いながら、

「オレを怒らせたいのか! 下がれ、下がれぇ!」

 と恫喝する。

 弓隊はガイアの怒りに後ずさりした。

 死をも恐れない選ばれた弓隊が、恐怖を感じて後ずさりしたのである。


 これを見たビロンはたまらずガイアに斬り込んで行った。

「死ねっ!」

 ビロンの持つ杖は、単なる杖ではなく、鋭い剣が杖の先に仕込まれている。

 ガイアの服が鋭い剣によって切れ、その中から血が滴り落ちてきた。

 兵士達はビロンの剣技に驚いた。


「なかなかの剣の使い手だが、その足ではオレを倒すことは出来ん」

 そう言いながらガイアはビロンに一歩一歩近付いた。

 どんなに剣の使い手であっても、体を支える足が不自由であれば踏み込みが利かず、思った攻撃は出来ない。そのことを見越してガイアは近付いた。

 ビロンは後退し、彼を囲んでいる兵士達に取り押さえられた。

 ビロンは無言のままガイアを睨み付けて悔しがった。その悔しさは、自分の足が完全でないことへの悔しさであった。


「とうとう、見付けたぞ。オレはこの時を、どれほど待ち望んでいたか。貴様のために多くの人が死に、そして、シオン様も死んだんだ。貴様だけは、絶対に許さん!」

怒りが頂点に達したガイアは長剣を振り上げた。

「わ、私に近付くな! 私に指一本でも触れてみろ、命はないぞ。もうすぐ援軍が駆け付けて来る。お前達の威勢もここまでだ」

 アレクセイはガイアを罵倒した。

 彼は、未だに自軍の勝利を信じていたのである。


 丁度その時、伝令が入って来て情報を伝えた。

 その伝令は、アレクセイが待ち望んでいた見方の兵士ではなく、遠征軍だった。

 伝令の口から信じられない情報が伝えられた。ガザフ軍の諸将が次々に投降し、遠征軍の軍門に下ったという。

 あれほど遠征軍の侵入を阻止し続けて来た鋼鉄の扉が、いとも簡単に攻略され、的確に指示を出していたビロンからの指令も途絶えたことで諸将は混乱したのだった。

 

 アレクセイは崩れるようにその場に倒れた。

 頼みとする援軍は駆け付けては来ない。アレクセイは絶望の淵に叩き落とされた。

 その彼の前にガイアが立ちはだかった。

「ま、待てっ! 待ってくれぇ」

 とアレクセイは必死で命乞いをした。


 ガイアはアレクセイを睨み付けながら長剣を収めると、

「今は殺す訳にはいかん。だが……」

 そう言ってガイアはアレクセイの胸元をつかみ、力任せに持ち上げた。

 ガイアの殺気だった顔にアレクセイは怯えながらも、

「放せ、放せぇ! 無礼者」

 と、もがきながら最後の抵抗をしたアレクセイは気絶した。

 ガイアは気絶したアレクセイを、彼に仕える側近達に投げ付けた。

 アレクセイを受け止めた側近達は負けを認め、あるじの許可を得ずにガイアに降伏した。


 戦いは、アレクセイの側近達の降伏で幕を閉じた。

 激しかった戦場は終息に向かい、静まり返ろうとしていた。


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