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報復の大地  作者: 西 一
終章 大いなる遺産
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大いなる遺産

 皇帝軍は、目的地のワイアラ港に着いた。

 そこには本国はもとより、各国の軍船や商船が停泊していた。一万五千の皇帝軍を受け入れるために用意した帆船である。

 

 アルプス越えのための食糧と軍馬を軍船に乗せ、ガイア達も乗り込んだ。

 いよいよガザフ領のセミパラチンスクを目指して出航した。

 軍船は、折からの強い風に乗って勢い良く進む。

 初めて乗る船に、ほとんどの兵士が船酔いに悩まされた。ガイアは、繋いでいる馬のたてがみを何度も撫で下ろし、怯えている馬に愛情を注いで落ち着かせた。

 


 二日後、ガザフ領海に入り船内に緊張が走った。

 すると、前方から無数の敵船が現れた。セミパラチンスクの上陸を目前にして、いよいよ開戦かと誰もが思ったが、敵船はただ、皇帝軍の乗る軍船の周りを囲むような位置をとっただけで、攻撃はしてこなかった。


 両軍が睨み合ったまま、皇帝軍はガザフ最南端の都市、セミパラチンスクに上陸を果たした。

 この地はかつて、メルボルンと呼ばれたオーストラリア第二の都市で、

「これが、太古の町の、なれの果てなのか……」

 目の前の廃墟の町に、ガイアは強い衝撃を受けた。

 ガザフ帝国は、こうした廃墟の町、シドニーやキャンベラなどの草木も生えない痩せた土地を多く抱えているため、最も貧しい国となった。このことから、歴代の王達は、宗主国ビクトリアに疑念を抱くようになる。


 皇帝軍の前に、セミパラチンスクの市民は降伏した。

 セミパラチンスクの市民は無気力で、戦う意欲がなかった。シュタイナーの言っていた通り、皇帝軍は争うことなく上陸出来たのである。

 徴兵制によって多くの若者が帝都の防衛のためにセベルスクに召集され、国としてはガタガタの状態であった。アレクセイの弾圧政策も表面的な成功に留まっているに過ぎず、いずれ独裁体制の維持も困難になってくるだろうと、悲惨な現状を見てガイアはそう思った。


 ガイアはアルプス越えのための食糧及び、地理に詳しい人物を彼らに要求したが、誰もが黙り込み、皇帝軍の侵攻に僅かな抵抗を試みた。

 ガイアの協力を求める声に、一人の若者が進んで志願した。

 この青年の声に、今まで黙っていた市民達が、不満を吐き出すように次々とガイアに協力した。

 市民達はアレクセイの報復を恐れて反抗的な態度をとっていただけで、誰もが恐怖政治に不満を抱いていた。青年の勇気ある一言がガイアを救ったのである。


 ガイアは喜んでその青年に言った。

「何が望みだ、出来る限り叶えてやるぞ」

「私の望みはただ一つ、市民の声を聞いてくれる政治に、そんなガザフになってくれることを願っています。その他には、何も要りません」

 ガイアは青年を見詰め、

「お前の心意気、気に入った。名は、名はなんと申す」

 と尋ねた。

「ミールと言います」

「ミールか、お前の望みを叶えよう。戦いが終わったあと、お前をガザフの要職に取り立てよう。そして、市民の代表として政治に参加すれば良い」

「ほ、本当ですかぁ!」

「そのために、お前に是非とも協力してもらいたいことがある。お前はガザフのために、と言ったな。オレ達が行おうとすることは、ガザフのためになるんだ。このままアレクセイの独裁体制をほっておいていては、ガザフは確実に滅んでしまう。分かるか、ミールよ、国を想うお前の嘘偽りのない言葉を信じてオレは言う。お前に、この作戦の重要な鍵となる、アルプス越えの道案内をしてもらいたい」

「陛下! 敵に作戦内容を知らせては…」

 そばで控える孫武が驚きの声を上げるも、ガイアは手を上げて制した。


「かまわん。この作戦の握るのは、お前だ。お前の行動ひとつで、ガザフが救われるか否かが決まるのだから」

 ガイアはミールの肩を叩き、作戦情報を包み隠さずに話した。

 ミールという男をガイアは信じ、戦いの命運を託したのだった。



 二千メートル級の山々が連なるオーストラリア・アルプスが彼らの前にそびえている。

 アルプス越えの身仕度を済ませたガイアは、セミパラチンスクに一万の兵を残して、冬山のアルプス越えに挑む。


 案内役のミールを先頭に、五千の皇帝軍は冬山のアルプス越えを敢行。

 麓の登山道から森に入って行った。

            

 道中、ユーカリの木に奇妙な生き物を見付けた。

 灰色の、まん丸とした動物が木にしがみ付いている。

 丸みを帯びた頭と胴体が愛くるしい。珍しい生き物に、皆、興味津津。

「あれは、この地域に生息する、小熊のコアラという生き物です。何故か、あのユーカリの木しか食べないんです」

 とミールが説明する。

「あれが熊の親戚だとは、信じられん。この世には、珍しい動物がいるんだな」

 と感心するガイアに、

「我が先祖の時代には、白と黒の模様の生き物が生息していたうですよ。その動物も、竹しか食わないんです」

 孫武が自慢するように言った。

 僅かにしか生息していない動植物。その貴重なコアラを見ながら、

「愚人の時代に……見てみたいものだな。確か、弟の周地も言っていたな。首の長い馬や鼻の長い牛、襟巻をした猛獣などが生きていたそうだ。もう見ることはないがな」

 すでに絶滅している、言い伝えでしか聞かされていない動植物を想像した。


 山を登るに従って寒さが増してきた。

 慣れない山登りと寒さのため、僅かな距離しか進めず、無駄な時間だけが過ぎて行く。

 そんな厳しい状況ではあったが、皇帝軍はガイアを中心に、より一層まとまって行った。


 遠方にサルフ最高峰のコジオスコ山が見えた。

 更に登って行くと、そこには雪が積もっていた。

 白く光り輝く雪を初めて見た彼らは、その神秘な世界に、まるで異次元の世界に迷い込んだような錯覚に陥った。


 夜も更け、すっかり暗くなった頃、焚火を囲んで食事をとった。

 この時ばかりは堅苦しい軍律から解放された。誰もが言いたいことを言い、国にいる家族のことを思い出しながら酒を酌み交わした。

 そんな中、ミールがこの地に関する不思議な言い伝えをガイアに話した。

「愚人の亡霊だと」

 驚いたようにガイアは言った。

「はい。この山の頂上から見渡した時に、愚人の亡霊が出るとの噂です」

「本当か、それは?」

「言い伝えによりますと、その場所は、出会いの場を意味する、『キャンベラ』と言う巨大な都市があったらしく、太古戦争によって全ての愚人が死に絶えた場所だそうです」

「死んで行った愚人の亡霊が、今もさ迷っているだと」

「そんな、馬鹿な話があるものか」

 と、兵士達は口々に言った。


「愚人の亡霊は、私達の進入を阻止するように、突然現れるそうです。最近になっても、ある人物があの地にさ迷い、そして見たと言っていました。真夜中に光り輝く亡霊を見たと、命からがら逃げ出して来たそうです。よほど恐かったのか、その男は真っ青な顔をして、二度とあの地には近付かないと言っていたのを、今もハッキリと覚えています」

「そうか……」

 愚人の残した手紙の一件で、愚人に興味を持ったガイアはその地に行きたくなった。

「時間はあるか?」

 とガイアは孫武に聞いた。

「セミパラチンスクで戦わずにすみ、決戦の日まではまだ余裕がありますが……。陛下、まさかミールの言ったことを間に受けて、頂上に行くというのでは」

「そうだ。オレは行って見たい。一人でもオレは行くぞ。そこに愚人が、我々のために残したものがあるような気がしてならないんだ」

「しかし……」

 ガイアを止めようとした孫武は、彼の輝く瞳を見て思い留まった。

 小さい時からガイアを見ていた孫武は、彼の性格を良く知っていた。ガイアは一度言い出すと後には引かない性格であることを。

 もしものことがあったらどうするのですか、と自分が言えば、必ずガイアは、そんなことで死ぬのなら戦いには勝てないと言い返してくるだろうと思い、

「分かりました。お好きになされるが宜しい。私達は陛下に、どこまでも付いて行きます」

 と笑いながら孫武は言った。

 

 ガイアは頂上を目指した。

 やがて、辺りは黒い雲に覆われ、雪が雨のように降り出した。

 雪は止む気配がなく降り続き、吹雪に悩まされるようになった。

 途中、吹雪が強くなり、積もった雪のために道が消えた。

 皇帝軍は進むことも、戻ることも出来なくなってしまった。

 遭難し掛けた時、あれほど降り続いていた雪がピタリと止んだ。

 頂上付近は思っていたよりもずっと暖かかった。その温もりが雪を溶かしてくれていたのだ。


 彼らの進むべき道が見えてきた。

 ガイアは頂上を目指して更に進んで行った。

 山頂でありながら、信じられないほど気候の温暖なことに、兵士達はミールの言っていた亡霊の話しを思い出し、周りを注意しながら歩いた。


 間もなく頂上に着き、彼らは眼下に微かに見える、愚人の都市・キャンベラを見渡した。

そこは不毛の地になっていて、繁栄を誇った愚人達の都市の面影はどこにも無かった。ただ、キャンベラの中心部には巨大な湖があり、太古戦争のすさまじさを物語っていた。


 兵士達は辺りを見回し、愚人の亡霊の姿を探したが、それらしき姿は無かった。

 しばらくして、一人の兵士が天空を指差しながら叫んだ。

「なんだ! あれは」

 それを聞いてみんなが天空を見上げた。

「二つある。太陽が二つあるぞ!」

 と兵士達は口々に言った。

 彼らが見上げる天空には、光り輝く太陽が二つあった。

「今まであった太陽が本当の太陽なら、あの太陽は一体? あれこそ、愚人の亡霊なのか」

 ミールが言っていた愚人の亡霊とは太陽のような火の玉であった。

 その太陽は、消失してしまったキャンベラの真上に位置し、全く動くことはなかった。

      


 ……西暦二〇五二年、エネルギー問題というかつてない危機に直面していた人類は、石油・原子力に代わる新たなエネルギー源の確保に追い込まれ、未来のエネルギー源である核融合を、世界各国が一つとなり実用化を目指して協力し合った。

 世界中で扱う軍事費、百兆円を削減し開発費に充て、日々研究が行われた。


 核融合は社会を一変させる可能性がある。

 燃料の重水素は海水に含まれ、資源枯渇の心配はなく持続的にエネルギーを得られる。二酸化酸素を排出しないうえ、原発と違って高レベル放射性を出さない。エネルギーや資源の確保、地球温暖化などの問題から解放されると期待されていた。


 世界中の頭脳を集約した物理学者達によって、画期的な核融合が理論付けられた。それは、核融合反応を起こすために必要なプラズマの温度・密度・閉じ込め時間の三つの条件のうち、比較的低い温度でも核融合反応が起こるというものであった。このことにより、人類は永久かつ、クリーンなエネルギーを持つ日が近付いたのである。

 

 世界がひとつとなって核融合原子炉の建設に取り掛かった。

 そんな中、あの忌まわしい世界大戦が起こったのである。

 だが、人々のエネルギー危機への不安は強く、戦争になったとはいえ中断することなく実行された。

 当初の計画とは違って、建設場所を戦争の影響の少ない南半球のオーストラリアに移し、建設は行われた。

 候補地に選ばれた首都キャンベラでは、大きな反対があったにも関わらず、強行に建設が行われた。

 戦争の最中であり、物資の補給のままならない状態で工事は難航したが、彼らの無限エネルギーへの飽くなき執念が工事を支えていた。エネルギー問題の解決こそ、戦争を終結させるための近道であると彼らは考えていたからである。

 

 着工から五年、巨大な原子炉が姿を現した。

 核融合原子炉は、それまでの原子炉とは違い巨大なものであった。核融合はそれまでの秒単位の発生と違って、何日も反応させることが目的であり、超高温となる核融合体を閉じ込めるために外壁は分厚いコンクリートで固められていた。その姿はまるで未来の建造物を思わせるものであった。

 世界初の核融合原子炉の成功を、世界中の人々は固唾を呑んで見守ったが、人々の期待とは裏腹に作業は難航した。

 核融合の研究が行われて半世紀。その蓄積された技術を持ってしても容易なことではなかった。

 臨界プラズマ条件を目標に、何度も試験が行われたが、巨大なドーム内にある大容量のプラズマ燃料を加熱することは難しかった。

 より多くの加熱を起こし、更に自己点火条件を満たすために、新たに中性粒子入射加熱装置の設置が計画され、作業は一時中断された。

 急ピッチで建設が進んでいた原子炉も、ここにきて初めての中断となったが、人類が永遠のエネルギーを手にするまで、あと一歩の所まで来ていることは確かであり、人類の技術の全てを注ぎ込んだ核融合炉によって、町に灯がともる日も時間の問題であった。

 この核融合原子炉から発生した電力が、世界の未来を照らすのである。

 いつの日か、スーパーグリッド(高圧直流送電網)によって、大容量の電気を海底電力ケーブルを通して送電、世界中に電気エネルギーを供給することになるだろう。その時こそ人類は、長年悩まされ続けて来たエネルギー問題から解放されるのである。


 だが、悲劇は容赦なく人類を襲った。

 平和を願う人々の努力は実ることなく、ついに全面核戦争となった。

 核戦争の三十分後、オーストラリア上空にも核ミサイルが飛来し、無数の核弾頭がキャンベラ上空で炸裂した。首都は壊滅的打撃を受け一瞬にして焼け野原と化した。原子爆弾による熱線と爆風が核融合原子炉を直撃、七年の歳月を掛けて築き上げてきた核融合原子炉も崩壊しようとしていた。 


 巨大なドームは爆風によって亀裂が生じ、熱線によってドーム内のプラズマ燃料が、瞬間的に超高温になった。

 皮肉にも原子爆弾の熱線が炉内に火を付けたのである。


 炉内は静かに、やがて激しく反応し始めた。高温の核融合反応によって膨張したプラズマ燃料は、ついに分厚く覆っていた壁を突き破った。

 こうして全てが終わったかに見えたが、この瞬間、人類最後の奇跡が起こった。

 壁を突き破った核融合体は空気中に飛散するはずだったが、核融合体を構成する粒子は、核を中心に高速に回転し始め、球体となって安定した。それはまるで星の誕生を再現しているかのように。


 核融合体は、それまで包み込んでいた超電導による永久磁石の反発によってロケットのように急上昇した。

 最も軽い元素の特性と、磁力の反発で核融合体は大気中の水蒸気を吸収しつつ、大気圏を越えた36000kmの位置で静止した。

 高度36000kmの軌道は、静止軌道と呼ばれ、遠心力と地球の重力が釣り合っているため高高度を維持して周回し続ける。更に、静止軌道には大気という障害物が無いため、物体は堕ちることなく永遠に周り続けるのだ。

 こうして世界の悲劇が奇跡の核融合体、人口太陽を生んだのである。

 灼熱のプラズマが異常な対流を起こし、地上に堆積するヘドロのように溜まった放射能を大気圏外へと放出している。核の冬の時代に、地上を暖め続け、核戦争によって汚染された大気を大気圏外へと放出し続けたのだった……。

 


 数千年の時を経た今でも、核融合体は膨大なエネルギーを生み出すと共に、汚染した大気を浄化しているのである。新人類がこのエネルギーを利用することは出来ないが、唯一、愚人が新人類のために残してくれた遺産であることに違いない。

 燃え盛る太陽を見て孫武が言った。

「皇弟周地様が探し求めていたのは、あの太陽なのでは? 唯一、愚人が我々に残したという大いなる遺産」

「あれが、オレ達に残した大いなる遺産なのか……」

 ガイアは太陽を見詰める。

 反対に、それを知らない兵士達は、神の怒りだと恐れてその場にうずくまっていた。

「大いなる遺産、か。それがなんであるか、今のオレ達には分からないが……。きっと、オレ達子孫のために造ったものだと、オレは信じたい」

太陽から発せられる温もりをガイアは体全体で受け止めた。


 後世へと残さなければならない世界遺産の全てを喪失させた愚人が、新人類に唯一残した、たった一つの遺産。

 ガイアは、愚人達の優しさを肌で感じていた。

 出会いの場を意味するキャンベラで、愚人の残した大いなる遺産に新人類は出会ったのだった。


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