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報復の大地  作者: 西 一
終章 大いなる遺産
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第二次 ガザフ討伐

 ローマ王国は、シュタイナーの進言通りクラクフの都市を包囲し、占領軍の拠点となるバベル城に多くの旗を掲げて威圧し続けた。

 自らの都市を、自分達の手で落とすことの皮肉さを痛感するも、果たしてこれだけのことでガザフ軍を撃退出来るのかと、誰もが不安に思ったのも当然のことであった。

 

 二週間後、ガザフ軍は呆気なく投降した。

 兵士達の誰もがやせ細っていて、戦意を失っていた。

 すでに宣戦布告されている状況にあって、帝都が常に中央の差し向ける大軍に脅かされている。帝都を防衛するために、奪い取った都市に有力な部隊を差し向けることが出来なかった。

 ビロンは籠城戦を考え、中央を挑発するために侵攻した。シュタイナーはビロンの挑発を逆手に取ったのである。

 

 こうして前哨戦とも言える戦いに勝利したことで、兵士達の士気は否応にも高まった。

 だが、シュタイナーは本当の戦いはむしろこれからだと、先勝に浮かれている兵士達をよそに、この先の戦いを案じていた。

 ローマ王国への侵攻はガザフにとって、中央をグリフィス城に誘うためのおとり

 敵をガザフの奥地へと呼び込み、消耗させてから反撃するのをビロンは基本戦略としていた。

 戦いに勝利した勢いは、このままガザフに攻め込む士気を高め、結果としてビロンの策略にはまってしまったのである。

 奪われた領土を奪還し、それを見届けた中央諸国は、ガザフ討伐の準備に取り掛かった。



 ガザフ討伐を前に、サルフ全土をすさまじいハリケーンが襲った。

 猛烈な風雨が何日も続いた。

 そして、新太陽暦八年、冬を迎えようとする六月、ついにガザフ討伐の大号令が発せられ、西方諸国のノルマン、ネバダ、メシカ、アトラスの四軍がセルシオンを目指して進軍を開始、これに続いて東方二カ国、ローマ、大漢の二軍が、ガザフの旧都エノバに侵攻してこれを占領し、本隊を待った。


 元老院は、ガザフを倒すと共に、世界支配の象徴であるティアズストーンを取り戻すことをガイアに命じた。

 皇帝ガイアの指揮する別動隊は、一万五千の精鋭から成る部隊である。皇帝軍の中には、直属の周軍部隊も含まれていて、幼少の頃からのガイアの守役である孫武ソンブが副指令官として従軍した。

 だが、ガイアを長年助けてきた召輝やシュタイナー、そしてマルスの姿は無かった。

 元老院は、皇帝ガイアの権力が増大するのを恐れ、彼から有能な人材を引き離したのだった。

 ガイアは一人で未知ともいえるアルプス越えの大業に挑まなくてはならなかった。  

 

 ガイアは一万五千の兵士達に宮殿入りを許し、中庭にあるシオン廟に一同を呼び寄せた。

 ガイアは、ひっそりと建つシオン廟の前にひざまずき、

「大帝陛下の大いなる勇気の一部だけでも、私達に与えて欲しい。そして、私達を見守っていて欲しい。必ずや、大帝陛下の遺志を継ぎ、夢を実現させてみせます」

 と、ガイアは誓った。


 ガイア率いる皇帝軍は、太陽の紋章旗を翻して出発した。

 これを見守っていた宰相のゼノンが、召輝を呼んだ。

「私に何か?」

「実は、陛下のことなのだが……」

「兄貴、いいや、陛下のことですか」

「ショウキ殿は、陛下とは長い付き合いであったと聞くが」

「はい。陛下とは気心の知れた幼なじみです。それが何か?」

「実は、その……」

 とゼノンは言い難そうにして、

「私の見たところ、陛下には全く女性に興味が無いように見えて、案じているのだ。世継ぎがいないということは、国にとって重大なこと。カイザーに世継ぎが無かったばかりに、ザルツは分裂の危機に陥った。我がビクトリアも、世継ぎという正統な後継者がいなければ……。そのことを思うと、先が案じられてならない」

 そうゼノンに言われ、召輝も同感して頷いた。


「確かに、そう言われれば……」

 と考えていた召輝は、ふと思い出し声に出して言い掛けたが、その声を呑み込むように抑えた。  

「心当たりがあるのか?」

「はい。でも、これだけはどうにもなりません。相手が元老院の憎む、ザルツの人間では……」

「ほう、ザルツの人間か……。で、どんなお人なのだ」

 ゼノンが興味そうに聞くと、召輝はオルガ城内での孤軍奮闘を思い起こし、マリアの顔を浮かべた。

「私が言うのもなんですが、女神というに相応しい女性でした。確か、マリアと言う貴族の姫様です。陛下がいつも身に付けている首飾りは、マリアが陛下に与えた御守りなのです。会いたいという気持ちを抑え、陛下はマリアのことを忘れるために必死で働いているのでしよう」

「あの陛下にも、そのようなお人がいたのか。確かに、ザルツは中央にとって脅威な国。しかし、脅威だからこそ強く結ぶ必要がある。これからは睨み合うのではなく、お互いを理解し助け合うことが大事だ。両国が今以上に強く結ぶため、マリアと言う女性が平和の架け橋になってくれれば良いのだが」

「お似合いの二人です。結ばれれば、必ず平和が訪れるでしょう」

 ゼノンと召輝は協力して、密かにマリアを迎え入れる計画をした。

 召輝は、ガイアの喜ぶ顔が目に浮かぶのだった。


 

 皇帝軍に遅れること二十日、西方諸国が集結したのを待って、ついに本隊の遠征軍が出発した。

 本隊はマルスが指揮し、彼の後に続く馬車には、ガイアの陰武者である大男が、その横には参謀のシュタイナーが座っていた。

 召輝は中央軍の先頭に立ち、名誉ある旗持ちに選ばれていた。ビクトリア国旗である三色旗を高らかと掲げ、本隊はガザフを目指して進軍した。



 一方、南下を続けていた皇帝軍は、大きく開かれた海に出た。

 かつて、スペンサー湾と呼ばれた広大な入り海。

 山岳地帯で育ったガイアにとって、海を見るのは初めてで、子供のようにはしゃぎながら海に向かって走り出す。

「これが海というものなのか、なんて広いんだ。このはるか向こうに、別の世界があるんだな」

「そうです。愚人の栄えた世界があるそうですよ」

 孫武が言った。

「愚人の世界か」

「まあ、廃墟の町、ほとんど、化石と化しているでしょうな」

「化石か……。それでも見てみたい」

 ガイアはしばらく海を眺め、遥か先にある別世界を想像した。

 

 

 海岸線沿いを進んでいる皇帝軍は、さびれた村に着いた。

「あれは?」

 遥か先の砂浜に、得体の知れない巨大な物体が打ち寄せられているのが見える。

 

 近付くに連れて、その物体は更に大きくなって行く。

 小山のような巨大な物体の周りには、村人達が集まっていた。

 近付いて来る皇帝軍の掲げてある太陽の紋章旗を見て、村人達はひざまずきガイア達を迎えた。

「恐れながら、巡行ですか」

 と、村長の老人が尋ねる。

「まあ、そんなものだ」

 ガザフ討伐のための軍であると言えば大騒ぎになる。ガイアは村長に合わせて誤魔化した。

 

「あれは、一体なんだ?」

 と、ガイアが目の前にそびえ立つ物体を指さして言った。

 だが、この問に答える者はいなかった。

 村人達も何か分からずにその物体を見詰めている。

「恐らく、愚人の造った物なのでしょうが、私達にはあれがなんであるのかサッパリ分かりません」

「愚人が造った物か」

「向こうの沖の方で、小島のようにあったのですが、この前の暴風の荒波で打ち寄せられたしょう。形状からして、船のようですね」

「あの島のような物が、船だと……」

 船だといわれても、ガイアには信じられない。

 物体は海の中まで続いているらしく、その全体像がつかめない。想像を絶する大きさである。


「あの小島のせいで、この海の一帯は魚が寄り付きませんでした。これでようやく、この海にも魚が戻って来ることでしょう。本当に、愚人の造る物は、私達に害を及ぼす物ばかり。一体、いつまで私達を苦しめ続けるのでしょうかね」

 と、村長は物体を睨み付けながら言った。


 物体には大きな穴が開いていて、ガイアは近付いて中をのぞき込んだ。

「真っ暗で何も見えんな。松明を持って来てくれ、この中に入って調べて見たくなった」

「いけません陛下、大事な決戦を前に、万が一陛下の身に何かあったらどうするのです。お止め下さい」

 副将の孫武が止めようとするも、

「こんなことで命を失うのなら、ガザフとの戦いに勝てる筈がないだろう。心配することはない」

 とガイアは言って、孫武の制止を振り切り中に入って行った。

 ガイアの後を追って孫武達も中に入った。

 

 中に入ると、そこはとてつもなく広い空間で、ひざまで海水に覆われていた。

 ひんやりとした空気が頬をかすめ、不気味さを増した。愚人達の生きていた時代の空気が保存されているかのような、重々しい空間だった。


 興味の赴くまま、ガイアは奥へと進んで行く。

 辺りは静まり返っていて、打ち寄せる波の音が空間に響き渡っているだけであった。

「あっ!」

 と一人の兵士が思わず声を上げる。

 この声に驚き、一斉に松明を足元に近付けると、至る所に白骨化した遺体が彼らの足元にあった。

「ここは、愚人達の墓場なのか。それにしても……」

 遺体が何かを訴えているように、ガイアには死者の叫びが聞こえて来るようだった。

 

 この朽ち果てた物体こそ、世界を破滅に導いた核戦争の、核の攻撃によって撃沈させられたミニッツ級・航空母艦だった。愚人の技術力の結晶ともいえる空母も、今や四千人にも及ぶ乗組員の墓標となり果てていた。

 空母の動力源であった二基の原子炉から漏れ出た放射性物質が、耐性を持つ新人類の彼らにも少なからず影響を与えている。

 発電用の原子炉と違って、軍用原子炉は高濃度の核燃料を使う。プルトニウムの半減期は二万年、ウラン235に至っては数億年に渡って放射能を放ち続ける。侵入した彼らの中に気分を害する者が出てきた。


 愚人の造る物は害をなす物ばかり、だと言っていた村長の言葉を思い出し、ガイアがその場から出ようとした時、彼を引き留めるように、浮かんでいる浮遊物が彼の足元にコツコツと当たった。

「なんだ?」

 ガイアはそれを取り上げ、周りにこびり付いている貝類などの付着物を小剣で剥ぎ取った。

  浮遊物はガラスのような透き通った物で出来ているらしく、その中には文字の書かれた紙がくるまっているのが見えた。


 ガイアは小剣の柄の部分で、そのガラスを叩き割り、紙を取り出した。

 英文の苦手なガイアに代わって、孫武が書かれてある文字を兵士達の前で読んだ。

『貴方と出会った瞬間に恋が生まれ、心の中で育っていった。その想いが、私を幸せの世界へと導いてくれたの。いつでも会いたい、声を聞きたい、貴方のことを朝も夜も想っていた。気が付くと、恐いくらに貴方を愛していたの。でも、不思議ね。こんな広い世界の中で、二人が巡り会えたなんて。きっと前世も二人愛し合い、その想いがずっと生き続け、再び二人を会わせている、そんな気がするわ。

 今、私は世情の不安に駆り立てられている。もし、戦争によって二人が引き離されるようなことになれば、と思うと、胸が苦しくなり、孤独に襲われるの。この世界で、たった一人でいるような、そんな気持ちに。

 昨日も貴方の夢を見た。隣でずっと微笑んでいる貴方が突然、消えてしまうの。寂しい。今すぐ会いたい。今すぐ会って、私を抱き締めて欲しい。貴方を亡くしたくない。出来ることなら、貴方を守ってあげたい、力のある限り。いつまでも想い続けているよ、貴方のことだけを。Ⅰ LOVE YOU』

 孫武が読み上げると、裏にも文字が書かれていた。


 筆跡の違う、別の人間が書いたものであろう、と孫武は思いながら、続けて手紙を読む。

『この手紙を読む子孫達へ

 私達は、なんと言って詫びればいいのだろう。人類が誕生して以来、受け継がれて来た文明、そして長年築き上げられてきた歴史に、今の時代を生きる人々によって終止符を打ったことに。この手紙を読む子孫達に、なんと言って謝ればいいか、今の私にはその言葉すら浮かびません。

 愚かな悪行を犯した私達は、この後を受け継ぐ貴方方に、なんの恵みも残してはいないでしょう。自分達の繁栄のためだけに、後に残された子孫のことを考えず、大いなる恵みをむさぼり、全てを使い果たしてしまった。貴方方は今、嫌われ者の私達の朽ち果てた骨を恨めしそうに見ているのでしょう。でも、これだけは知って欲しいのです。私達の中にも争いを憎み、平和を願い続けてきた人達もいたということを知って欲しいのです。

 ほんの一握りの指導者の争いが、私達の望んでいなかった戦争に発展して行った。結果がこの有り様です。私達も犠牲者なのです。しかしながら、これらの指導者を選んだのも私達なのですが。ああ、戦争とはなんという矛盾なことか。私達は物作りに長けていただけで、どうやら大自然の秩序を知らなさ過ぎたようです。物質文明に頼り過ぎ、全てのものを失ってしまった。どうかこの手紙の真意を読み取って欲しい。同じ過ちを繰り返さないように、私達は祈っています』


 エレナとトニーの手紙を読み聞かされたガイアは、その手紙の内容に強い衝撃を受けた。

 その衝撃はガイアだけでなく、その場にいた全ての者達が感動し、涙を流す者さえいた。彼らには、これほどまで人を愛する、愛の表現を聞いたことが無かったのである。


 この手紙を読んで、初めて愚人という人間の実像を知った気がした。

 愚人は我々と、なんら変わることがない人間だと。いいや、愚人は我々より遥かに人を愛し、子孫である我々のことを思っていてくれていたことを知ったのである。


 自分達は愚人から受け継ぎ生まれてきた。そして、今も確実に愚人の血が流れているのだとも思った。

 彼らの心の中で愚人を軽視し続けてきた思いが、この手紙を読んだことで変わって行った。

 多くの愚人は争いを好まず、そして、争いを無くそうと努力していた。その真実を知らされ、愚人は、本当は弱い生き物であり、弱さ故に一握りの指導者によって争いが起こったのだと愚人に対する誤解を、エレナとトニーの手紙が分からせてくれたのである。


 長い年月を掛けて伝えたものは、朽ち果てた残骸ではなく、人を愛することであり、人を信じることであった。そのことを長い年月を掛けて新人類に伝えたのである。

 人を愛するという気持ちは、何年費やそうとも変わることのない不変的なものだということを愚人から教えられた。

 全てを失う過ちを、もう二度と繰り返さないためにも、指導者の立場である自分がしっかりと人々を導いて行かなければならないのだと、ガイアは自身に言い聞かせた。

 

 船体から出て来たガイアは、村長に愚人を手厚く葬ってやって欲しいと頼んだ。

 村長は驚いたように目を大きく見開きながら、

「愚人を埋葬するなどと、とんでもない。そんなことをすれば、私達は領主様に罰せられます。愚人の遺体は、大地が汚れないよう、海に捨て去るのが国のおきてなのですよ」

 と村長が忠告するが、

「戦いを繰り返しているオレ達に、愚人を叱る資格はない。むしろ、愚人から学ぶべきことがあるではないのか。構わん、皇帝のオレが許すと言っているんだ。愚人といっても、オレ達となんら変わることのない人間ではないか。例え、自滅に追い込んだ愚かな人間であったとしても、オレ達と同じ人を愛するという尊い血が流れていたんだ」

 強い口調で言ったガイアは言った。

 動揺した村長が慌てて、

「わ、分かりました。あの中にある全ての愚人の遺体を手厚く埋葬します。何日掛かってでも、必ず」

 約束すると、

「そうしてやってくれ、頼む。全ての費用はオレが出す。これで、あの愚人達も浮かばれるであろう」

 と言って、ガイアは笑顔を見せた。


 もし、愚人の残した手紙に会わなかったなら、いつまでも愚人のことを誤解し続けていたであろう。そう思うと、ガイアは何故か、晴れ晴れとした気持ちになった。


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