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報復の大地  作者: 西 一
終章 大いなる遺産
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沈黙皇帝

 周大軍はセルシオンに凱旋した。

 セルシオンの人々は、帝都の危機を救った英雄、周大を、ひと目見ようと集まっていた。

 そこには、中央軍の精鋭を率いた周大軍の勇ましさは無かった。戦いに疲れ切った周大軍は、まるで勝者ではなく、敗者のように傷付いていたのだった。

 だが、その周大軍の後ろには、きらびやかな甲胄で身を固めたノルマン軍が付き従っていた。これにはセルシオン市民は勿論、サン・シンプソン宮殿から見詰める元老院も驚かされた。

 周大軍がノルマン軍を従えて来るとは、元老院は夢にも思っていなかったことである。


 周大軍が宮殿内に入った時、そこには兵士達が慌ただしく戦いの準備をしていた。

 まさに、周大軍を討伐しょうと出撃するところであった。

 元老院が慌てて宮殿から出て来て彼らを迎え入れようとしたが、三万の守備隊と残りの中央軍とで周大軍を倒そうとしたことは隠しようがない。

「これは一体、どういうことですか。何故、見方である我らを討とうとしたのです?」

 マルスは元老院に向かって問い詰めた。

「何を馬鹿なことを。我らはただ、反乱軍を倒そうと兵を募っていたのだ」

 顔色を変えたジンが釈明する。

「……そうですか、それは安心致しました。でも、その心配はいりません。シュウダイ様の力で同盟軍を倒しました。約束通り、シュウダイ様を皇位継承者として認めて頂きますね」

 マルスは、困惑しているジンに向かって強気な態度で言った。

 ジンが横を見ると、そこには周大が別人のように変わっていることに気付いた。

 周大は皇位継承者になることに意欲的であり、迷いは無くなっていたのである。


 追い詰められたジンが、

「二世陛下が亡くなられて、まだ日が浅い。一年間の喪に服してから新王を決めるのがビクトリアの慣わしなのだ」

 前例を盾に、権力を譲らない。

 王弟ハリーがたまりかねて言った。

「一年という喪に服す時間は無い。一刻も早く皇帝を決め、世界の安定に全力を尽くすべきだ」

「ビクトリアを乗っ取ろうとした貴方に言われたくありませんな。第一、これはビクトリア国内の問題です。他国の者が口出しすることではありません」

「うっ……」

 ジンの言葉にハリーは言い返すことが出来ず、黙り込んでしまった。


 元老院のやり取りを黙って見ていた宰相のゼノンが、初めてその重い口を開いた。

「我らとて、卑しき身分の出ではないか。そんな我らを大帝陛下が引き立ててくれたのではなかったのか。大帝陛下のお陰で、今日まで生きてこられたのだ。しかし、大帝陛下を失ったビクトリアは、この戦乱の世を鎮めるために新しい人物を必要としいるのではないのかな」

「それは、そうですが……」

 ゼノンに諭され、さすがのジンも口を噛み締めながも、小さく頷いた。

 しかし、彼は諦めたわけではなかった。

 周大を皇位継承者として認めたものの、必死で権力にしがみ付こうとした。

 周大が皇帝になったとしても、それは戦乱が鎮まるまでの間であって、世界がビクトリアのもとで一つにまとまれば、いつでも彼を皇帝の座から引きずり落とせばよい、それが出来るのは元老院なのだと、ジンは心の中でそう自分に言い聞かせたのだった。


 元老院の全員一致の許可をもって周大は正式に皇位継承者に認められた。

 だがもし、ゼノンの一言が無かったなら、周大の皇帝の道は断たれ、内戦に発展していたかもしれない。ゼノンは様々な敵に慕われる周大の魅力に、今後のビクトリアの命運を賭けたのだった。

 


 宰相ゼノンは周大とシュタイナーの二人を宮殿の奥に案内した。

 宮殿の奥の宝物殿に安置されている青銅砲を見て、周大は気付いた。

「確か、青銅砲は九門だったはず」

 そこには四門の青銅砲しかなかった。

「さよう、ガザフ軍の攻撃は、二世様の命を奪うことだけではなかった。なんとか四門の青銅砲は死守したものの、これがどういう意味かお分かりか」

「奪われたのは、何も青銅砲だけではないのでは?」

 と、シュタイナーが言った。

「さすがは策士、シュタイナー殿。そう、宝玉のティアズストーンも奴らに奪われてしまったのだ」

 この言葉に、周大は呆然と立ち尽くした。

 ティアズストーンと五門の青銅砲を奪い取ったガザフが、とてつもなく強大に思えたからである。


「策士の目から見て、ガザフを討つことは可能か?」

 ゼノンは深刻な顔でシュタイナーに聞いた。

「今のままでは、ガザフを倒すことは不可能です。しかし、シュウダイ様の下、中央諸国が一つにまとまれば、それも可能になります」

「それを聞いて、安心した」

 大きく頷いたゼノンは、青銅砲と共に安置されている宝剣を取り、それを周大に手渡した。

「これは?」

「亡き大帝陛下愛用の長剣だ。それは文字通りの王剣、それをそなたに託す。そして、王剣を持って世界に号令を掛けて欲しいのだ」

「これが、愛用の剣……」

 周大は恐る恐る王剣を受け取った。

 そして、ゆっくりと王剣の鞘を抜き、中身を確認した。

 まばゆいばかりに磨かれた刃先に、所々欠けた跡があった。その傷跡は、シオンの苦労を物語るものであった。


 シオン様、必ず成し遂げます……。天界から、見ていて下さい……。


 シオンの遺志を継ぐ者として周大は王剣を強く握り締めながら、シオンが夢見た世界を実現させるのだと、心新たに誓ったのだった。

 


 新太陽暦七年、ビクトリア帝国・第三代皇帝としての、周大の即位式が行われようとしていた。

 元老院は中央諸国の王にセルシオンへの招集を命じた。

 これに従わない王は逆臣として征伐されても仕方がない。ノルマン軍を見方に付けたビクトリア帝国は、力でも中央諸国を圧倒していた。

 もはやビクトリアに逆らう国はなく、諸王は重臣達を従えてセルシオンに赴いた。

 

 即位式を前に周大は、長く伸びていた髪を短く切り、ビクトリア風の髪型にした。

 冷水で体を洗い、全身を洗い清めた後、今度は真っ赤に焼けた太陽の紋章の焼き印を右上腕部に当てる。周大の右上腕にはくっきりと太陽の紋章が刻み込まれた。

 これは古くからの習わしで、強靭な体にすると共に、病気にならないようにという願いが込められている。それは王族だけに許された紋章であった。

 

 漢人の周大はビクトリア人として生まれ変わった。

 今までの周大と言う名を捨て去り、新たに『ガイア』という名が元老院から賜った。ビクトリア帝国第三代皇帝、ガイア・アーサーの誕生である。

 ガイアはシオンの兄の名であり、元老院が周大にガイアの名を与えたということは、シオンの世よりも、更に上の世を彼に期待してのことであった。


 公的の場であり、即位の際に使われた玉座の間は焼失して無く、これに代わって、太陽の間の大広間で即位式が行われた。

 居並ぶ諸王の中、ガイアが姿を現した。

 当初、諸王は、無位無冠の卑しい身分であるガイアを心の中で侮っていたが、ガイアの姿を初めて見た時、その侮りは消え去っていた。

「良くぞ、あのような御方を見付けて来たものだ」

 と言う声が諸王の中から聞こえてきた。

 正面の玉座の前に立ったガイアは、諸王の前で、

「私の願いはただ一つ、世界が平和になることである。平和を乱すガザフを討伐するために、諸王国の力を借りたい」

 ガイアは頭を下げて諸王に協力を頼んだ。


 ガイアが玉座に座ると、これに代わって元老院のジンがガイアの前に立って、連合軍の人事を発表した。

 連合軍の総指令官は皇帝ガイア、参謀にはシュタイナーが選ばれ、中央軍の指揮する大将軍にマルスがそれぞれ選ばれた。

 こうして即位式は無事に終わり、諸王は国元に帰って行った。



 その夜、宮殿前広場に設営されたテントの中にいる召輝の所に、マルスとシュタイナーが訪れた。 

「納得がいかない。我らは先の人事に何も不満は無い。しかし、ショウキ殿は陛下と無二の親友ではないか。それなのに、百騎馬隊長という低い身分を与えるとは、元老院は一体、何を考えているのだ」

 元老院の決めた人事にマルスが不満を言った。

「人事のことは、皇帝を補佐する元老院が決めることであり、私達武官は言える立場ではありません」

 と、召輝の役に不満を抱くマルスにシュタイナーは諭す。


「もったいない。私は、なんの戦功も上げていません。兄貴にとって、私はただの足手まといでしかないのですから」 

 兼孫する召輝に、

「元老院は恐れているのでしょう。ショウキ様と陛下は一心同体のようなものです。二人がそろっていてこそ力が発揮出来るのです。そのことを察して、元老院は二人を引き離したのでしょう」

 そうシュタイナーは言った。

「そ、そんな、私には、そんな大それた力は無い。シュタイナーの買い被りだよ」

 と、召輝は笑って答え、

「私はどんな役でも構いません。兄貴のためになることなら喜んで引き受けます。それより、私のことで兄貴の立場を危うくするのは避けたいのです」

 心配する仲間を安心させる。

「……ショウキ殿がそう申すのなら仕方ない。大事なこの時期に、問題を起こしては……。我らは大人しく帰るとしょう」

 不満を残しつつ、マルスとシュタイナーは帰って行った。

 


 一方、皇帝に即位したガイアは孤独であった。

 仲の良かった召輝達と引き離され、彼は一室に閉じ籠もったままだった。

 皇帝は元老院が形式的に作り上げた、いわば飾りのようなものでしかなかった。ガイアは政治のことは一切口をはさむことが出来ず、沈黙皇帝と囁かれた。


 伝統を重んじるビクトリアでは、その伝統がガイアを束縛した。

 それまでのガイアは、大地を自由に駆け回っていたが、今では檻に入れられた動物のようだと、ガイアは束縛された宮廷での生活を嘆いた。

 そんなガイアを見兼ねてゼノンが言った。

「どうですかな、陛下、一族の者達を呼び寄せては」

 ガイアはゼノンの顔を見て、

「構わないのですか?」

 驚いたように言った。

 ゼノンは大きく頷くと、

「聞くところによると、大漢王国では、周氏と劉氏とは犬猿の仲と聞きます。大漢国内から宿敵である周一族がいなくなることは、劉公にとっても喜ばしいことでしょう」

 笑顔を見せた。

「よく、内情をご存じで」

 頭を掻きながらガイアは苦笑い。

 久しぶりにガイアに笑顔が戻った。



 ゼノンの心遣いによって、大漢王国からガイアの両親や一族を迎え入れることになった。

 大漢の王都・長安に、セルシオンからの特使が遣って来た。

 漢王・劉義は彼らを丁重に迎え入れた。


 特使は劉義に、皇帝になったガイアの一族を粗末に扱ってはならない、そして両氏は和解するようにと告げた。

 劉義は特使の言葉から、ガイアの一族をセルシオンに送り届けることが目的なのだと気付いた。

 それは、宿敵である周氏を主君として迎え入れることであり、自分が臣下として周氏に頭を下げなければならないのである。

 そんな屈辱に劉義は戸惑ったが、特使の要求を拒めば逆臣の汚名を着せられるばかりか、連合軍が襲って来るのである。

 ゼノンの狙いはそこにあった。東方世界の雄・大漢王国の屈服こそ、中央世界の平定なのである。


 

 翌日、大漢王の使者が周一族を迎え入れるために慌ただしく長安を出発した。

 大漢王の使者は周氏に敵意を見せないために護衛兵を付けなかった。

 

 使者が周氏の本拠地であるシャンガンに着くと、町の人々は長安からの使者に驚いた。

 だが、この使者の一団が戦いのための軍隊ではないと知り、人々は一団に付いて歩いた。

 町の人々は、大漢王が和平のために送った使者だと思い喜んでいたが、使者の発言は和平以上の驚くべきものであった。

「なんと、あのダイが皇帝に即位したと……」

 大漢王の特命を帯びた使者は、周徳に事の仔細しさいを話した。

 周徳は、息子の大に期待していた働きより遥かに凌ぐ、別世界にいる皇帝になったことに驚いた。


 一角ひとかどの武将になれれば、と思っていた周徳も、まさか周大が皇帝になるなどとは思ってもいなかったことである。

「ワシが見た龍は、幻ではなかった……」

 周徳は天を見上げると、使者に喜んでセルシオンに行くことを告げた。



 周徳は長年一族が支配してきたシャンガンの土地と人民を大漢王に返した。

 ここに百三十年に渡って争い続けてきた両氏は和解したのである。

 周徳は一族と家臣団と共に、王都・長安に向かった。


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