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報復の大地  作者: 西 一
終章 大いなる遺産
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皇帝への道

 本営の中で、周大達はシュタイナーの策を聞かされた。

「このまま大漢軍と戦えば、一応勝つことは出来ますが、我々の損害も大きいものになります。これではガザフを倒すという目標は遠のくばかりです。ここは、お互いに犠牲者を出さず、戦いを終わらせることが得策です。そのためには、講和を結ばなければなりません。私が使者となって、リュウギ殿を説き伏せてきます」

「そんな、簡単にいくものか? もはや戦いは収拾がつかなくなっているのだぞ、今更講和など、出来る訳がなかろう」

 マルスは疑問に思うも、シュタイナーは続ける。


「大漢軍を指揮するリュウギ殿に野心など微塵も無く、ただひたすら中央の統治を願っています。いかにこの戦いが、お互いにとって無益な戦いであるかをリュウギ殿に分からせるのです。リュウギ殿を講和の席に立たせるためには、少々の荒療治が必要ですが……」

「荒療治? だと、どういうことだ」

 首を傾げるマルス。

 シュタイナーの言っている意味が分からなかった。

「リュウギ殿を講和の席に立たせる状況を作るのです。リュウギ殿は生まれながらに優れた素質を持つ戦略家です。言い替えれば、そこが彼の弱点でもあるのです。自分の力に頼り過ぎる余り、全体が見えなくなるのです。マルス様、私の指示通りに中央軍を動かして下さい。そうすれば、必ずリュウギ殿は講和に乗って来るはずです」

 マルスは、シュタイナーの言葉を信じられないまま本営を出た。

 そして、中央軍を指揮すべく前線に向かった。



 中央軍は、歩兵同士の小競り合いの続く前線に騎兵を投入した。

 これに対して大漢軍も、すかさず温存していた騎兵を送り出す。

 戦場は砂煙の舞う激しい戦いに発展。

 一進一退の攻防の末、中央軍騎兵が大漢軍に押される形で後退し始めた。

 大漢軍は勢いを増し、更に中央軍騎兵を押し出した。


 劣勢の中央軍騎兵は突如、猛然と大漢軍に襲い掛かった。

 がしかし、中央軍騎兵は戦うことをせずに大漢軍騎兵の間を縫うように交差した。

 大漢軍が振り返ると、

「――こ、これは……」

 劉儀は驚愕した。

 中央軍の本隊と歩兵が、いつのまにか大漢軍の後ろに回っていたのである。

 すでに中央軍の本営は引き払われていて、大漢軍の背後は崖に阻まれているために退路を断たれてしまった。

 劣勢に見えた中央軍騎兵は、歩兵を移動させるための時間稼ぎをしていたのだ。

 そこへ、中央軍の弓隊が前線に現れ、大漢軍を狙って弓を構えた。

 大漢軍は一瞬にして窮地に追い込まれてしまった。

 

 この有利な状況でシュタイナーは劉儀と講和を申し入れた。

 劉儀はシュタイナーの講和を即座に受け入れた。

 弓隊に包囲され、背後には断崖が大漢軍の退路を塞いでいる、このまま戦いを続ければ被害は甚大、劉儀は否応なく中央軍との講和を受け入れたのだった。


 二人はビクトリアのために協力してガザフを倒すことを約束した。

 こうして中央軍との間で講和を結んだ劉儀は、大漢軍を引き連れて国元に帰って行った。

 この時、中央軍を束ねる人物が周大であることを劉儀は知る由もなかった。

 もし中央軍を掌握する人物が周大であると劉儀が知っていたなら、彼は戦いを止めなかったであろう。   

 シュタイナーは、劉氏と周氏との因縁の対立を知っていたからこそ、あえて周大の名は伏せていたのだった。


 

 セルシオンを目指して行軍する中央軍の中で、マルスは後方から周大を見詰めていた。

 そして彼は、横に並んで進んでいるシュタイナーに言った。

「真の狙いはなんだ? 中央軍を乗っ取ることがお前の目的ではないはず。本当のことを聞かせてくれないか」

「私はシュウダイ様を、ビクトリアの後継者に、ひいてはシュウダイ様を皇帝に即位させるつもりです」

「皇帝だと!」

 驚きの声を上げる。

「はい。シュウダイ様が皇帝になられれば、我らザルツは勿論のこと、諸王国も安心して中央に全てを任せられるというものです」

「……やはり、そうであったか。俺も、皇帝にはシュウダイ殿しかいないのではないかと考えていた。しかし、それは至難の業だぞ、シュタイナー。そればかりは、力によって即位させることは出来ないからな。伝統を重んじる元老院は、それを許しはしないだろう」

「元老院とて、皇帝にはシュウダイ様をおいて他にはいないことが分かるはずです。ただ、私はそのことよりも、むしろシュウダイ様の気持ちがどう変わるかが心配です。何しろ、シュウダイ様は人の上に立つことを嫌います。皆とは同じ立場で接したいと願っている御方なのですから。自分が皇帝になるということを知れば、きっと反対されるでしょう」

「確かにな……」

 二人の会話をそばで聞いていた召輝が、

「一番弟子の俺が、兄貴を説得するぜ」

 と自慢そうに鼻をすすり、目を輝かしながら言った。

 周大と共に行動出来たことを召輝は喜び、今までとは違う目で周大を見るのだった。



 セルシオンに帰還した中央軍を、宰相のゼノンと元老院が出迎えた。

「我々が付いていながら……なんと言ってよいか……。すまぬ、皇帝陛下を御守り出来なかった」

 ゼノンが諸将に頭を下げた。

「帰還が遅くなり、申し訳ございません。連合軍の分裂を回避しょうと戦場に踏みとどまっていたのですが……」

「いた仕方ないことだ。我らは、皇帝という偉大な太陽を失ったのだから……」

 落胆する二人の交わす言葉に力が無かった。


「二世様の墓はどこですか。冥福を祈って差し上げたいのですが」

 マルスが聞くと、

「二世様は皇太后様と同じ、大帝陛下の眠る廟の中に埋葬した。と言っても、全て燃え尽きてしまい、御遺体は無い。なんとも、おいたわしいことだ……。我々が案内するから、付いて来るがよい」

 ゼノンがマルス達をサン・シンプソン宮殿の中庭へと案内した。


 宮殿の至る所に、生々しい傷跡が残っていた。

 特に、皇帝の住む王宮は跡形も無く崩れ去っていた。マルス達は悔しさに口を噛みしめながら、死んで行った二世皇帝の冥福を祈った。

 

 荘厳なシオン廟の中に立つ二世皇帝とその母セーラー皇太后の墓の前で、マルス達は泣き崩れた。

 その中で一人、周大はシオンの眠る棺を見詰めていた。

 初めて見るシオンの棺を、周大はシオンの声を聞くかのように見詰めている。

 現世では叶わなかった家族団らんの生活を、あの世とやらで送っていることを周大は切に願っていた。


「あの、御仁は?」

 と、ゼノンがマルスに聞いた。

 マルスは思い切って周大のことを打ち明けた。

 そして、元老院に周大を皇位継承者として認めるように説得した。

「やはり、そうであったか。まるで、亡きシオン様を見ているようだ……」

 ゼノンは納得したのだが……。


「身のほど知らずがぁ! 軍人のお前達が我らに指図するつもりか。広大な領土を統治し、あまねく世界を導く皇帝を、見も知らぬ他国の者に帝位を渡せと言うのか。大帝陛下が苦労を重ねて築き上げ来たもの全てを、無に帰すことになるのだぞ。お前は、臣下として恥じぬのか」

 元老院のジンが烈火の如くマルスを叱り付けた。

「決して、そのような……」

 猛然と反対するジンにマルスは圧倒される。

「いち兵士に過ぎないお前を、名誉ある十二神将に取り立てた恩を忘れたばかりでなく、政治に口出しするとは」

「それは、心得ております。我々軍人は政治に口出し致しません、ですが…」

「ビクトリアの魂は渡さぬ! 渡してなるものかぁ。ビクトリアの王は、この国の中から選ばなければならんのだ」

 断固としてジンは譲らない。


「オレが、皇帝に……」

 周大は、シュタイナーの青く澄み切った瞳の奥で考えていたことが、自分を皇帝にすることだと知った。

 固く自分に言い聞かせてきたことが、周大の心の中で激しく揺らぎ始めた。

 動揺し、何かを言い掛けた周大よりも先にシュタイナーが言った。

「恐れながら、貴方様方ではビクトリアをまとめて行く力はありません」

 ゼノンが身を引いた以上、最高意思決定機関の元老院筆頭であるジンが、皇位継承者に一番近い存在であり、彼は帝位を狙っていた。

 シュタイナーはそのことを知っていて、あえてジンに向かって言った。


「そのほう、私が帝位を狙っているというのか。我ら元老院が新しい皇帝を決める、と言っただけで、帝位に即くとは言ってはおらぬ」

「本来ならジン様が皇位継承者になるべきですが、今は戦乱の世です。この戦乱を鎮めるには諸国を統率する力が必要です。力が無ければ、偉大な太陽を失ったビクトリアに、諸王国は従いません」

「馬鹿な、ビクトリアの威光で諸国を従えさせて見せる。我ら元老院の一声で、諸王国軍は思いのままに動くのだ」

「ジン様は、今の世界を分かってはいません。二世様の死によって諸国は覇権を狙って分裂したのです。この場に諸王国軍がいないのが何よりの証拠ではないのですか。二世様の死と共に、元老院の威光は露と消えたのです」

 シュタイナーに代わって、現場の責任者であるマルスが答えた。

「ヌヌヌっ……、貴様ら、グルになって……」

 ジンは唇を噛み締め悔しがった。


 丁度その時、セルシオンの危機を知らせる情報が飛び込んで来た。

「――何っ! ノルマン・ネバダ・メシカの三国が同盟を結んで、その軍勢十万がセルシオンに向かっているだとぉ……。ビクトリアを宗国とあがめる諸王国が弓引くとは、前代未聞だ。ガザフといい、三国といい、世界は一体どうなってしまったのだ。挙げ句の果てに、素性の分からぬ他国の者を皇帝にと身内から迫られるとは……」

 ジンは頭を抱えてその場にうずくまった。


「ノルマンを盟主とする同盟軍は、ウイル公を皇帝にするべくセルシオンに迫って来ているのです。同盟軍は武力を持って帝位を奪おうとしています。でもそれは彼らの大義なのです。亡きシオン公は、ウイル公を兄のように慕っていました。彼らの間では、皇帝になる人物はビクトリア国内には存在せず、ウイル公こそが皇帝になる人物だと三国が認めて同盟を結んだのです。同盟軍を指揮する王弟ハリー殿は、兄のウイル公が皇帝になれば、晴れて自分がノルマン王国の王になれるのです。ハリー殿は意欲を持って全軍を指揮しています。大義を掲げた三国にとって、力こそが彼らにとっての正義なのです」

 静かにシュタイナーは三国の内情を説明する。

「武力を持ってセルシオンを制圧するとは、何事か! それでは強迫と同じではではないか。それが臣下のすることか……」

 怒りを覚えるが、ジンには何も出来なかった。


 三万の守備隊だけでは、十万の同盟軍を迎え撃つなど、到底不可能である。

 マルスの指揮していた頃の中央軍は、元老院の言いなりになっていたのかも知れないが、周大のもとに統制された中央軍は、もはや元老院の言いなりにはならないであろう。

 ジンは困惑の表情でマルスを見た。やはり、彼らを頼らなければならないのだと。

 

 酷く動揺するジンを見て、シュタイナーが目でマルスに合図した。

 これに頷いたマルスが、

「いかがでしょう。シュウダイ殿の力を試すために、我々に出撃の命令をお出し下さい。そして、シュウダイ殿が皇帝にふさわしい人物であるかどうかを見届けていて下さい」

 この一戦に皇位継承者としての周大を駆け引きに出した。

 そして、シュタイナーが付け加えて言った。

「中央軍の大半をセルシオンに残し、我々は二万の兵力で同盟軍の野望を粉砕して見せます」

「うぬぼれるなよ、小僧。たった二万の兵で、十万にも及ぶ同盟軍の大軍を、どう迎え撃つというのだ」

「兵力を残すのはセルシオンを守るためです。他国の動向も気になります。中央軍の全てを出撃させるのは危険です」

「……わ、分かった。認めようではないか」

 中央軍の兵力を残す、と言ったシュタイナーの言葉にジンは安心したのか、出撃命令を下したのだった。


 同じタイトルが続くので、2時間後ぐらいに投稿します。

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