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報復の大地  作者: 西 一
4章 光と闇
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群雄割拠

 グリフィス城を包囲していた遠征軍の元に、急者がセルシオンの危機を知らせた。

 総指令官のマルスはガザフ側の策略にはまっていたことを知り、遠征軍に撤退命令を下した。

 勝利を目前にしての勇気ある撤退であった。

 

 城内で戦況を見守っていたアレクセイは、次々と陣を引き払い撤退して行く遠征軍を見て、ビロンの作戦が成功したことを知った。

 こうしてガザフの危機は救われたのである。だが、アレクセイの喜びも束の間、ビロンからの使者が二世皇帝の死を知らせた。

 アレクセイは見る見ると顔色を変えた。

「もう、終わりだ、ガザフは……。ガザフはビクトリアに滅ぼされてしまう。もう、終わりだ……」

 余りの衝撃な事件に、アレクセイは気絶しその場に倒れ込んでしまった。

 その後、アレクセイは長い間、眠り続けた。

 


 アレクセイの寝ている寝室に、義足の足音が忍び寄る。

 帝都・セルシオンから帰って来たビロンが、アレクセイの見舞いに訪れた。

 彼は寝静まるアレクセイを見ていた。

 やがて、

「お目覚めですか、陛下」  

 アレクセイは目覚めた。

「ビロン、なんてことをしてくれたんだ、お前は! これでガザフも終わりだ。何せ、臣下である私が、二世皇帝を直接殺してしまったのだからな。今度こそ言い逃れは出来ない。連合軍は全力でガザフを滅ぼすはずだ……」

 落ち込むアレクセイに、ビロンはある物を見せた。

 セルシオンから持ち帰ったティアズストーンである。

 ビロンは世界支配の象徴であるティアズストーンを誇らしげにアレクセイに見せ、

「もはや、案ずることはありません。中央諸国は二世皇帝の死をきっかけに、互いに相争う関係となるでしょう」

「相争う関係だと?」

「はい。世界を一つにまとめ、引っ張って来たビクトリアは、二世皇帝の死によってその求心力を失ったのです。ビクトリアは諸王国をつなぎ止めることは出来ず、権威は失われたも同然、我々は中央諸国が相争う様を、ただ黙って見ているだけで良いのです。そして、今度はビクトリアに代わって、ガザフが世界の頂点に立つのです」

「ガザフが、頂点に?」

「そうです。このティアズストーンを持つ者として、陛下は堂々と諸王国を従えることが出来るのです」

「わ、私が、この私が、諸王国に号令を掛ける、と申すのか!」

 驚きの声を上げる。

「勿論です。このティアズストーンを持つ者こそ、サルフ世界の支配者なのですから」

「これが、これがティアズストーンか。私は初めて見る。これが世界支配の象徴と言われる宝玉なのか……。まるで自らが輝いているような輝き、この世の物ではない。まさに、神の涙と言われる由縁だな」

 アレクセイはティアズストーンを食い入るように見た。

 光輝くティアズストーンが、この先のガザフの栄光を暗示させているように彼の目には映っていた。

 この時、アレクセイの心の中には、逆臣の汚名という後ろめたさが消えていた。

 すっかり宝玉の魅力に取り憑かれたアレクセイは、王としての自信を取り戻し、意欲的に行動するようになった。



 遠征軍は驚異的な早さで帝都セルシオンの中間地点にまでたどり着き、夜営していた。

 そこへ、二世皇帝の死を知らせる急報が入った。

「――遅かったか……二世様は、もうこの世にはいないのか……」

 呟くようにマルスは言った。

 体の力が抜け、マルスが倒れ込むのをかろうじて部下達がささえた。

 

 翌朝、これからのことについての軍議が開かれ、マルスは諸将の集まっている本営に向かった。

 マルスの足どりは重く、涙が枯れるまで泣き明かした彼にとって、もはや明日をどう生きるかという考えは無かった。彼の頭の中には、先例となった殉死を考えていた。マルスは二世皇帝の後を追って死ぬことだけを考えていたのである。

 それでも彼は死を思い留まり、後事を託すことを考えた。死ぬのはそれからでも遅くはないと自分に言い聞かせ、かろうじて死を思い留まっていた。

「マルス殿、すでに話は決まった」

 ノルマン王国王弟ハリーの言葉に、

「何が、決まったのですか?」

 彼の言っている意味がマルスには分からなかった。

「我々は、今日をもってマルス殿の指揮から離れ、国元に帰る」

『国元に帰る』と言う言葉に驚きを隠せないマルスは、

「何故です!」

 再びハリーに聞いた。

「何故って、我々は皇帝陛下の命令でガザフ討伐に向かった。皇帝陛下が亡くなられた今、我々には貴方に従う理由は無い」

「それでは、誰が?」

「我々は話し合った。誰が連合軍を指揮するかを。それは貴方ではない。実力のある者が連合軍を指揮するのだと」

「そう。力によって連合軍の指揮権を手に入れる。我々は、その戦いに備えるために国元に帰るのだ。この戦いは、あくまでガザフの世界制覇の野望とは違い、臣下として宗国ビクトリアを守護するため」

 彼らの言葉は、明らかにガザフ同様、世界の覇権を狙っている言葉であった。


「お待ち下さい! 今は連合軍同士が争っている時ではないはずです」

「これは、すでに決まったこと、我々を従わせたいのなら、力で我々を従わせればよかろう」

「マルス殿、これからは、力のある者が実権を握る時代。元老院という名ばかりの、実体の無い権威などに我々は従わぬ」

「そ、それでは……」

 それではガザフの思う壺ではないか、と喉元まで出掛けた言葉をマルスは呑み込んだ。

 マルスは諸将に言い返すことが出来ず、ただ黙ったまま歯を噛み締め悔しさをにじませていた。


 諸将は王国軍を引き連れ、それぞれの国に帰って行った。

 こうして連合軍の解体は決定的となり、マルスの恐れていたことが現実となってしまった。

 連合軍の解体は、中央諸国の主導権を握る戦いへと発展するだろうことは明らかで、いつまでも席に座ったまま動こうとはしないマルスに、

「こ、これから、どうなされるのですか?」

 顔色を変えて部下は聞いた。

 当然、マルスにも名案は浮かばない。


 しばらくしてマルスは重い口を開いた。

「国へ帰る。今は、攻撃されたセルシオンが心配だ。一刻も早くセルシオンに帰らなければ……」

 と、かすれた小さな声でマルスは命じた。

 中央軍も諸王国軍と同様に国元を目指した。


 

 一方、遠征軍が分裂したことを知った周大は、なんの処置をしなかったマルスに激しい怒りを覚えた。

 そして彼は、マルスのいる本営に向かった。

「何故、帰還する諸王国軍を止めない。一体、あんたは何を考えているんだ! 今はガザフを倒すことが先ではないのか。平和を願うシオン様の意志を継ぐ者として、ガザフを倒さなければならないのではないか」

 周大は上官であるマルスに怒りをぶつけた。

「貴様ぁ!」

 マルスは激昂して腰に掛けている剣に手を充て、周大を斬ろうとした。

「お待ち下さい、閣下。このような者を斬っても、なんにもなりません。いいや、むしろこやつの申す通り、ガザフを倒すべきです。我ら中央軍のみでガザフを倒しましょう」

 部下達は体を張って、斬り掛かるマルスを止めた。

 彼らの思いを、代わりに言ってくれた周大をかばった。

 

 日頃から周大を苦々しく思っていたマルスは、彼を睨み付けながら、

「シュウダイ、百騎馬隊長の任を解き、中央軍から追放する!」

 と言い放った。

 一瞬、周大は驚いた。

 だが、このまま中央軍に留まっていることの無意味さを悟り、

「分かった」

 と言って本営から出て行った。


 中央軍から追放された周大は、故郷のシャンガン(香港)に帰ることを召輝達に告げた。

「それも、良いですね」

 戦う気の失った彼らは、急に故郷が懐かしく思えてきた。

 同胞達に別れを告げ、周大達は静かに中央軍を去った。


 故郷のシャンガンを目指す彼らの元に、周大の人徳を慕って三百人余りの兵士が彼に付き従った。

「……何故、あのような男に従うのか、分からん。俺には、あのシュウダイという男が分からぬ」

 周大の底知れぬ器量を感じながらも、マルスはそれを受け入れようとはしなかった。

 むしろマルスは、中央軍の中で天敵とも言える周大が去ったことを喜んだ。


 

 二世皇帝スカイ・アーサーは死んだ。

 太古の時代から脈々と受け継げられてきた尊い血脈は絶たれた。

 そして、周大を含めて、ビクトリアから次々と見方が離れて行く。

 二世皇帝の死をきっかけに、巨大な軍事力を誇った連合軍は事実上、解体した。

 スカイの死は、大陸全土に乱世をもたらす。

 それぞれの盟主が覇を競う群雄割拠によって、争乱時代の幕が切って落とされた。

 中央諸国はビロンの策略に、まんまとはまってしまったのだった。


 次週から終章になり、あと12話で完結します。

 名軍師が登場しますので、最後まで読んでくれればと思います。

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