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報復の大地  作者: 西 一
4章 光と闇
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巨星落つ

 勝敗は決したものの、戦線は膠着こうちゃく状態に陥った。

 死をも恐れぬザルツ軍兵士の猛攻に会い、連合軍はなかなか攻めきれないでいた。

 膠着した戦線を打開するため、後方で指揮を執っていたシオンが、この時初めて前線へと出て来た。

 目指すは、ニュルンベルグ城。

 白馬ペガサスで駆け出したシオンに釣られ、一斉に連合軍が城壁を突破し、城内に軍勢が雪崩れ込んだ。


 シオンの目の前に、白亜の城がそびえ立つ。

 ニュルンベルグ城の中から、何か恐ろしい力が働いていることにシオンは気付いた。

 彼は、その力に引き寄せられるように城の中へと入って行く。

 不思議なことに、シオンの通る通路には敵兵が一人も無く、彼を護衛する味方の兵も、いつの間にかいなくなっていた。


 城内から発する異様な力を追ってシオンは、城内の最深部に辿り着いた。

 そこは、神殿らしい、祭られた部屋だった。

 部屋の奥にある祭殿のような物から、得体の知れぬ力が発せられていることを肌で感じ、それがシオンを引き付けていたのだった。


 一体、あの中には何が? 俺を引き付ける物の、正体とは……。


 ゆっくりとシオンは祭殿に近付いた。

 そして、祭殿をおおう白い布を握り締め、剥ぎ取ろうとしたその時、

『ビューッ』

 祭殿の中から槍が飛び出し、シオンの腹部を貫いた。

「――グッ」

 至近距離から放たれた、勢いのある槍にシオンは押され、布を掴んだまま後方に倒れた。


 黄金で出来た槍には、鷲の文様が施されていた。それはザルツ王家の紋章。

 シオンが自らの手で槍を抜くと、

『バシューッ』

 という音と共に、大量の血が吹き出した。


 あれは――。


 激しい激痛の中で彼が見た物は、生きたままの姿で保存されたカイル・カイザーのミイラだった。


 死後、特殊な液体に浸され、生前のままの姿を保ち続けているカイザー。

 まるで生きているようなその姿を見て、シオンは驚愕した。カイザーの表情は明らかにシオンを睨み付けていたのである。


 まだ、闘おうというのか。死してなお、復讐を果たそうとしているのか、カイザーよ。


 心の中でシオンは呼び掛ける。

 シオンは立ち上がり、長剣を抜いた。

 上段に剣を構え、奥義・帝王剣でカイザーを粉砕しようとしたシオンであったが、仮名縛りにあったように体が動かない。

 それでも、渾身の力でシオンは一歩一歩カイザーに近付いて行く。


 仮名縛りに加えて、流血による極度の貧血が彼を襲ったが、振り上げた彼の手は正確にカイザーを捉えていた。

 長剣はシオンの力に関係なく、剣の持つ自らの重力によってカイザーを切り裂いた。

『ズバッ』

 カイザーは瞬時に粉々になり、霧のように天に舞い上がって、そして消えた。

 それを見届けるようにシオンは倒れた。

 もう、立ち上がる力はシオンには無く、命が尽きようとしていた。


 薄れゆく意識の中で、シオンはカイザーの微かな声を聞いた。

『見事だ、シオン。良く闘った』

 それは、シオンを勝利者として誉め讃える言葉であった。


 やがて、霧となって消えたカイザーがシオンの前に現れた。

 その表情には敵意は無く、むしろ感謝しているようであった。

『予は、お前を憎み、憎しみの余り、死してもまだ魂はこの地上に残った。お前を倒そうとして、予はこの戦いを起こしたが、平和を願うお前の気持ちに、予は負けたのかもしれぬ……。今は、お前を友として、受け入れられる。だが、全ては遅過ぎたようだ。お前の命は尽きようとしている。予が手を下すまでもなかった。お前には不治の病があり、死ぬ運命にあったのであろう……。なら、予と一緒に天に昇ろうではないか』

「……」

『何も心配することはない。予とお前の時代は終わったのだ。お前がいなくても、必ずその意志は伝えられ、次世代を担う者達によって平和は築かれるだろう。心配することはない。さあ』

 そう言ってカイザーは倒れているシオンに手を差し伸べる。

 死への入り口を前にして、シオンは下から突き上げられる、なんとも言えない安らかな温もりを感じていた。


 だが、シオンは死への入り口の前でとどまった。

 そして、不安そうな目でカイザーを見た。

『……分かった。予が力を貸そう。お前の望みを叶えようではないか。だが、予は行かねばならぬ、皆の所に。先に行って待っているぞ、シオン』

 カイザーはそう言って笑みを浮かべると、スーッと消えた。


 程なくして、神殿に味方の兵士とザルツ軍兵士が入って来た。

 消えたカイザーに導かれたように彼らは遣って来た。

 祭殿の前で倒れているシオンを見て、慌ててシオンの元に駆け寄った。

 その中には、ザルツ王ルドルフの姿もあった。

「大王陛下! しっかりして下さい、ルドルフです」

 敵対する二人の王が、この時初めて居合わせた。


「ルドルフ、いいや、ミハイルか」

 とシオンは言った。

「御存知でしたか。私が、ガザフの王子ミハイルだったことを」

「ああ。我がビクトリアの情報網も、たいしたものだろう」

 シオンはうつろな目でルドルフに手を差し伸べた。

 ルドルフは差し伸べられたシオンの手を両手で受け止め、力強く握り締める。

「もう、俺には、時間が残っていないようだ。お前に会わせてくれた友のためにも、なんとしてもザルツとの因縁を絶たなければならない」

「友? 友のためにも、ですか」

「ああ。全てを分かり合えた友のためにも、お前には無条件降伏という、屈辱的な頼みを聞いてもらわなければならない。余りにも大きくなり過ぎた戦争を終結させるには、もはや無条件降伏しかないのだ。頼む、私の命と引き換えに、この無理な条件を呑んでほしい。これ以上戦いを続け、多くの犠牲者を出したくはないのだ」

「……分かりました。私の命に代えて、大王陛下との約束を果たしてみせます。御安心下さい」

 ルドルフの言葉を聞いてシオンは安堵した。

 彼の目を見て、その言葉が偽りの物ではなく、本心であることに。


「あとは、たのん…だぞ……」

 残された微かな命を、絞り出すように言うと、眠るようにシオンは息を引き取った。

 こうしてシオン・アーサーは、三十年という波乱に満ちた短い生涯を終えた。

 彼の死と引き換えに、名実共に、ビクトリア帝国はサルフ世界の統一を成し遂げたのだった。

 


 降伏したルドルフに対して、連合軍は厳しい条件を突き付けた。

 ニュルンベルグ条約

『一つ、ザルツ王・ルドルフは、服従の証として、臣礼を取るためにセルシオンに赴く事。

 一つ、破壊した長城を再建すると共に、建設中の全ての長城を自らの手で築く事。

 一つ、戦争犯罪人となった諸将の処刑を断行する事。

 一つ、ニュルンベルグの領地を連合軍に割譲する事』


 ルドルフはこれらの厳しい条件を全て呑んだ。

 彼は命に代えて反対する諸候を説得し、ここに長きに渡って争い続けてきたザルツとの因縁は絶たれたのだった。


         

 皇帝シオンの死は、更なる悲劇を起こした。

 十二神将最後の一人であったリベルが、シオンの死への道案内をすると言って自害した。

 これに続いて、長年シオンに仕えてきた家臣達も、リベルに習って自害したのである。

 もし生前、シオンが彼らに生きよと言っていたなら、彼らは死を思い留まっていたであろう。

 シオンの死は、殉死という風習を家臣達の間に浸透させてしまった……。



 シオンの棺を乗せた棺車は、粛々と南に向かった。

 弔旗を先頭に、シオンを守るようにして行列は進んだ。

 生前の姿のままでセルシオンに送り届けることが、あとに残った者達の唯一出来ることだった。

 ルドルフの計らいで、貴重な氷を大量に分けてもらい、氷に包まれたシオンとリベル、そして忠臣達の棺車はセルシオンを目指した。


 

 帝都セルサスは静まり返っていた。

 出兵に際して行軍を見送った市民は、まさかこんな結末になるとは夢にも思っていなかった。

 皇帝シオンと重鎮リベルの相次ぐ訃報に、帝都は深い悲しみに覆われていた。

 人々はセルシオン中にある全ての花を集め、サン・シンプソン宮殿の広場に捧げ、シオンの安らかな眠りを心から願った。


 シオンはセーラの元に帰って来た。

 だがそれは、彼女にとって最悪の結末だった。

 シオンの棺に触れたセーラは、それまで生きていると願い続けてきた思いが、その一瞬で消え去ってしまった。

 セーラは悲しみをこらえて、冷たくなったシオンの体を触り、

「お帰りなさい、陛下……」

 と、セーラは無言のシオンに語り掛けた。

「今まで、ご苦労様でした……」

 白く冷たくなったシオンは何も言うことはなく、眠るように静かだった。

 それはまるで、長く続いた戦いに、一時の安らぎを味わっているかのようであった。

 

 重臣達はセーラの気持ちを察して、静かに部屋から退出した。

 彼らが出て行くのを見届けたセーラは、それまで堪えていた悲しみを止めることが出来ず、堰を切ったように泣き崩れた。


 部屋の中から漏れ出るセーラの泣き声を聞いた宰相のゼノンは、以前、彼女と言い争ったことを思い出していた。

 帝国の大事な世継ぎであるスカイを、ゼノンはそれまでの伝統に従って、乳母めのとの養育係に子育てを任せるという方針だった。

 乳母制度を主張するゼノンは、生まれたばかりのスカイをセーラから引き離そうとしたが、セーラは自らが育てると言って、この方針に強く反対した。

 結果、セーラの思いは通った。

 この時のセーラの激しい感情に、新帝の母となるセーラの発言権をゼノン恐れた。

 

 セーラは新帝の母として、この先、シオンを死に至らしめたザルツを憎み、仇を取ろうとするだろう。

 だが、シオンはザルツとの長年の禍根を絶つために死んだのである。

 そのことを一番良く理解しているゼノンは、シオン亡きビクトリアのためにも、ある重大な決心をするのだった。


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