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報復の大地  作者: 西 一
4章 光と闇
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ニュルンベルグの戦い

 新太陽暦五年、この年、地球に彗星が大接近した。

 彗星は不気味な長い尾を引いて突然現れ、不吉な星として人々に恐れられた。

 人々の不安は現実のものとなって、再びサルフ全土を大きく揺るがす。

 

 王都ニュルンベルグに集結していた七万五千のザルツ軍が、突如、南下し始めた。

 政権の安定を優先していたシオンは、ついにザルツとの決戦を決意し、七王国にザルツ討伐の出兵を要請した。

 シオンの要請に、諸国の王国軍が帝都セルシオンを目指した。



 セルシオンではすでに、八万の中央軍が待機していて、やがて、続々と王国軍が集まって来た。その数十九万。先の大戦で中立を保ったガザフ軍も、三万八千の軍を派遣していた。

 王宮前広場には二十七万の連合軍が集結し、諸将は総司令官のシオンが出て来るのを静かに待った。


 サン・シンプソン宮殿の中で、シオンとセーラが最後の分かれをしていた。

「俺は、この戦いで死ぬかも知れない。例え、生き残ったとしても、俺の命はあと僅かだ。俺が死んだとしても、かたきを取ろうなどと思わないでくれ。そもそも、カイザーとの死闘で、俺は死ぬ運命だった。ただ、生き永らえたに過ぎない。……何も心配しなくていい。あとには優秀なゼノンと元老院が付いていてくれる。お前は彼らを頼って、俺のやり残した遺志を継いで欲しい」

「何も、貴方が行かなくても……」

「この戦いで、長きに渡るザルツとの因縁を絶ちたいんだ」

「行かないで……」

 セーラは泣きながらシオンを引き留める。

 これが最後の分かれになると思ったからこそ、セーラはシオンを引き留めようとした。


「俺はスカイのためにも行かなくてはならない。我が子スカイの治世を、争いの無い平和な世界にしてやりたいのだ。分かってくれ、セーラ」

 そうシオンはセーラに言い聞かせ、二人はバルコニーに出た。

 そこからは、世界中から集まって来た軍隊が、それぞれの軍旗をなびかせながら広場に集まっているのが見えた。

 彼らはシオンの姿を見て、

『オーーッ』

 と言う歓声を上げた。

 シオンは彼らに手を上げて応えた。

 そして、横にいる目の見えないセーラに、

「聞こえるだろう、みんなが俺を待っている。彼らのためにも、俺は行かなくてはならないのだ」

 とシオンは言って説得。

「……分かりました」

 セーラは小さく頷いた。

 シオンは宮殿から出ると、諸将の待つ王宮前広場に向かった。


 皇帝シオンは白馬ペガサスに乗って、さっそうと連合軍の前に現れた。

 黄金の甲胄に身を包んだシオンが、余命幾ばくもない体であることを誰も知らない。


 シオンは連合軍を率いて城門を出た。

 先頭を行く中央軍は、軍旗である太陽の紋章旗を翻しながら意気揚々と進む。

 セルシオンを貫く大道路には、連合軍の雄姿を一目見ようと集まった市民が沿道を埋め尽くしていた。

 連合軍はこれらの集まって来た市民に見送られながら戦場に向かった。


 宮殿のバルコニーから連合軍を見送るセーラは、シオンの雄姿を見せるように、スカイを高く抱え上げながら、残ったゼノンと元老院と共に、全ての軍隊が見えなくなるまで見送った。

 こうして、シオン率いる二十七万の連合軍は、南下して来るザルツ軍を迎え撃つべく進軍した。

 この連合軍の中には、シオンの容態を案じて、彼を介抱する侍医が数多く従軍していた。


 

 南下していたザルツ軍は、連合軍の出撃の報を聞いて、急に王都ニュルンベルグに引き返した。

 ザルツの南下は、連合軍をおびき寄せるため作戦であった。 


 北上した連合軍は、長い隊列を組んでニュルンベルグを目指した。

 その連合軍に、待ち伏せしていた少数のザルツ軍騎兵が攻撃を仕掛けた。

 少数のザルツ騎兵は、ザルツ軍が引き返した際に配置していた部隊で、ザルツ騎兵は火矢による奇襲攻撃によって、連合軍の手薄な攻城器材を運ぶ輸送部隊を攻撃した。

 彼らは青銅砲の火薬を狙っていたのである。

 火矢の攻撃によって、火薬は瞬く間に燃え上がった。

 燃え盛る炎を見届けると、ザルツ騎兵はすぐさま引き上げたのだった。  

 


 少数の奇襲部隊を追う形で、連合軍は王都ニュルンベルグに侵攻した。

 ニュルンベルグ城の城壁の周囲には堀が築かれていて、至る所に、青銅砲の攻撃から身を隠す防御施設である塹壕が造られていた。そして彼らの目の前には、見たことない陣形がザルツ軍によって展開されていたのだった。

 ザクセンは、劣勢を覆す戦術で連合軍を迎え撃つ。

 

 やがて、連合軍の九門の青銅砲の砲撃によって戦いの火蓋が切られた。

 ザルツ軍は少人数から成る小部隊を戦場一帯に展開させ、その部隊の一つ一つは独立していた。

 圧倒的な兵力差にも関わらず、ザルツ軍は陽動や誘い込みといった戦術を駆使し、連合軍を翻弄する。


 城壁上に設営された本営で指揮するザクセンの合図に従って、全てのザルツ軍は動いた。

 ザルツ軍は、彼の優秀な戦術にこの戦いの全てを懸けていた。対立してはいたものの、諸侯もザクセンの戦術を頼っていたのである。

 これら全ては、青銅砲の攻撃を封じるために、ザクセンが考案した戦術だった。


 塹壕の中に隠れていたザルツ軍歩兵が、砲撃の音が鳴り止まるのを待って一気に突撃した。

 続く砲撃が始まると、その砲撃が終わるのを待って、再び塹壕からザルツ軍歩兵が突撃。ザルツ軍は、青銅砲の砲弾を詰め込む僅かな時間を狙っていたのである。

 

 ザルツ軍は波状攻撃によって出来るだけ青銅砲の攻撃を防ごうとした。

 やがて、青銅砲の砲撃音が止んだ。火薬が尽きたのである。

 先手を打って火薬の消耗を画策したことが功を奏した形で、それまで防戦一方だったザルツ軍は、この時を境に攻勢に転じた。

 青銅砲の攻撃を完璧に封じ込めることに成功したザルツ軍は、それまで温存していた最強の騎兵を投入した。

 戦場にあっては常に冷静にして沈着、ザクセンは少ない兵力で大軍を迎え撃つため地形や拠点を最大限に利用する術を心得ていた。


 戦場を知り尽くしているザルツ騎兵と違って、連合軍騎兵は、所々に造られた塹壕を気にして思うような突撃が出来ないでいた。

 だが、連合軍はザルツ軍の三倍以上の大兵力である。ザルツ軍を囲い込むようにジリジリと押し始めた。


 防戦一方のザルツ軍。

 終始劣勢に見えていたが、巧みな戦術によってザクセンの思い描いた通りに展開していた。緻密に計算され配置された部隊の、各々の働きによって、連合軍を誘い込んでいたのである。        


 ザクセンは連合軍の陣形、諸王国軍の配置に目を輝かせた。

 城壁上の本営から戦況を見詰めていたザクセンは、連合軍の後方に布陣している三万八千のガザフ軍を見て、

「勝った! この戦いは、我らの勝ちだ」

 と声を上げた。

 ザクセンはすぐさまガザフ軍に攻撃の合図を出した。

 今、後方に布陣しているガザフ軍が連合軍の虚を突いて攻撃を仕掛ければ、ザルツ軍の勝利は決まるのである。


 だが、ザクセンの執拗な攻撃要請にも関わらず、ガザフ軍は動こうとはしなかった。

 ガザフ軍を率いて来た王子・アレクセイは、父王・セルゲイに連合軍側に付くように命じられていたが、その一方でアレクセイは、ザクセンと交わした盟約、『戦いに勝利した暁には、ガザフに世界の半分を任せる』を信じていた。彼は、この二つの要請の狭間に合って悩んでいた。

 その時、彼の脳裏に、


 戦場は今や、我が軍が主導権を握っている。


 そう思ったアレクセイは、このまま両軍が力尽きてしまえば、世界を取れるのではないか、と考えた。

 その欲望が彼を縛り付け、誰もが不可解と思う沈黙の時間を生じさせたのだった。


 ……セルゲイの三男アレクセイ王子は暗愚な人物として知られていたが、二人の兄が相次いで急逝したため、思い掛けず王位継承が巡ってきた。否応なしに彼は表舞台に立たされた。だが、争い事を嫌い、芸術をこよなく愛する文化人の彼は、平穏な時代に生れていたのなら名君にもなれただろうが、今は乱世、時代にほんろうされた犠牲者でもあった……。


 不可解な行動を取るガザフに、

「何故、ガザフは動かないのだ? 今、連合軍の背後から攻撃を仕掛ければ、勝敗は決するというのに」

 と側近のヒスラーが言うと、

「アレクセイの奴、世界を狙っているのではあるまいか」

 ザクセンは少し笑いながら言った。

「世界を狙っている? のですか」

「この戦いで、我が軍と連合軍が弱りきるのをアレクセイは狙っているのだ。だが、奴は世界を取る器ではない」

 ザクセンが言うと、

「アレクセイに脅しを掛けろ」

 別動隊にガザフ軍を攻撃するように命じた。


 後方に布陣しているガザフ軍に、連合軍を突っ切ったザルツ騎兵が突入して来た。

「何故、私を狙って来るのだ……殺される、殺される。撤退だぁ!」

 突如、攻めてきたザルツ軍に狼狽したアレクセイは撤退を命じる。

「敵は百騎程度の小部隊ではありませんか、何故、逃げる必要があるのですか」

 側近が諌めるも、

「敵は、あの怪物ザクセンだぞ、何かある。撤退だ」

「いけません、殿下。ここで逃げ帰ってしまっては、戦後のガザフの地位も、殿下の御立場にも悪影響をきたすことになります。そもそも、我々が加勢した方が必ず勝つのですから、ここは是が非でも戦場に留まり、どちら側に付くかをハッキリさせておかなければなりません」

「ここにいては、殺される。撤退だぁ!」

 アレクセイは側近の助言に耳をかさずに撤退を命じ、早々と戦場から去ってしまった。


 ガザフ軍の思わぬ撤退に、両軍は呆然としたまま立ち尽くした。

 連合軍も、ザルツ軍同様に攻めきれない状態にあって、ガザフ軍の加勢を期待していた。ガザフ軍が動けば勝敗は決するのである。

 苦々しく見詰めていたザクセンが、

「哀れなものだな。強力な軍隊を持ちながら、指揮する者があれでは、ガザフの将来は見えている。この戦いでガザフは、主君と呼ぶべきビクトリアを裏切った。逆臣の汚名を着たガザフに、世界を取ることなど出来ぬわ」

 吐き捨てるように言った。


 反撃に転じたザルツ軍が優位に押していたが、兵力に勝る連合軍が次第に押し始め、ニュルンベルグ城に迫った。

 勝敗は決した――。



 ザクセンは国王ルドルフに敗戦の報告を行った。

「陛下、ガザフの援護無くして勝利は望めません。残念ながら我が方の敗北が決まりました。陛下は速やかにここを脱出して、ケルンの都に向かって下さい。選りすぐりの兵を付けますので、安全に落ち延びることが出来ましょう」

「選りすぐりの兵? 今は戦いの最中ではないのですか。ただでさえ少ない兵力で戦っているのに、貴重な兵を割いてまで、おめおめと逃げ帰れるものですか。私も皆と一緒に戦います」

「分かりませんか、陛下、もう勝敗は決したのです。陛下が生きてさえいればザルツは復活するのです。ただ、陛下に世界を授けることが出来ませんでした。御許し下さい」

 深々と頭を下げて詫びるザクセンに、

「私は、世界など望んではいません」

 キッパリとルドルフは言った。


「それを聞き、救われる思いです。最後に、私の頼みを御聞き下さい。奴らは、我がザルツに厳しい条件を突き付けて来るでしょう。しかし陛下には、これらの条件を呑んでもらわなければなりません。決して逆らうことなく全てを受け入れて欲しいのです。なぁに、少しの辛抱です。奴らは、ほどなくしてその厳しい条件を解くでしょう。何故なら、真の敵が現れるからです。その敵とはガザフです」

「ガザフが、真の敵に……」

「はい。陛下には、ザルツの人間になってもらわなければなりません。この場で、ガザフとの縁を切って欲しいのです」

「わ、私はザルツの人間です。この国に来た時から、故郷のことは忘れました。そんなことより、卿も、父上も一緒にケルンに行きましょう」

「おーっ、私を父とお呼びですか。なんと、嬉しいことか……。もう、思い残すことはありません。ふつつかな娘ですが、宜しく頼みます。そして、立派な王に、おなり下さい……」

 言って、ザクセンは唇を噛み締めながら、

「でも、私はただでは死にません。ザルツの強さを奴らに見せ付けておかねば、中央の侵攻を阻止するためにも、最後の意地を見せてやらねばなりません」

「父上……」

 ルドルフは、ザクセンの強い意志に彼を引き止めることが出来なかった。



 本営に戻ったザクセンは、部下達と共に戦場に向かった。

 甲胄を着て戦場を見詰めるザクセンは、もはや生きては帰れぬと、死を覚悟した。

「すみません、我々が閣下を迎えに行ったばかりに、こんな所で命を落とすことになってしまいました。真に申し訳ありません」

 詫びるヒスラーにザクセンは言った。

「何を言う。我がザクセン家は代々、騎兵隊長を勤めてきた家柄。馬上で死ぬるは本望よ。ただ……」

 不自由な体に鞭打ち、馬に乗ったザクセンは手綱を強く握り締め、

「ただ、平和主義者と言われたこのワシが、実に多くの命を奪ってしまった……」

 悔しさをにじませていた。

「何を言われます。閣下はザルツの民を徴集して兵役につかせなかったではありませぬか。連合軍に対抗しうる兵力を得るために、人民から徴兵はしなかった。この戦場で死ぬのは軍人だけです。彼らは、祖国のために死ぬことを誇りに思っているのですから」

「そうであったな」

 

 ザクセンは後方のニュルンベルグ城を見上げながら言った。

「あとに残った陛下は、御無事であろうか。孫の顔を見ずに死ぬのは寂しいが、二人のためにも出来るだけ連合軍を叩き、ザルツ軍の強さを見せ付けておかねばならん」

「あとのことは心配いりません。シュタイナーがいます。彼ならきっと、我ら亡きザルツを守ってくれますよ、きっと」

「そうだな、奴にはワシの全てを注ぎ込んである。盟友シャドウの忘れ形見、シュタイナー・バイエルン。奴なら必ず陛下を、ザルツを守ってくれるだろう。我々は何も考えず、ただカイザー様の無念を晴らすために、全力を挙げてシオンの首を取るだけだ」 

「ハッ!」

 ザクセンは部下達と共に、死の突撃を敢行した。


 こうして連合軍に怪物と恐れられたアドルフ・ザクセンは死んだ。

 彼の死後、旧都ケルンで、リリーがルドルフ(ミハイル)の世継ぎを生んだ。

 まるでザクセンの生まれ変わりであるかのように、リリーは、ザルツの次世代を担う王子を生んだのだった。


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