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報復の大地  作者: 西 一
4章 光と闇
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太陽の帝国

 宿敵ザルツとの決戦に勝利した、シオン率いる連合軍は、旧都セルサスにたどり着いた。

 ザルツの手によって徹底的に破壊し尽くされた、かつての王都には何も無く、ひっそりとしていた。

 ここでシオンは、諸将に強く皇帝に即位することを進められ、彼らの強い支持のもとで皇帝に即位した。

 何も無いひっそりとしたセント・メアリー宮の玉座の間の跡地で、諸将に見守られながらの寂しい即位式であった……。



 ビクトリア帝国の初代皇帝に即位したシオンは、ザルツによる恐怖政治を改め、より良い政治を目指した。

 ザルツ皇帝の独裁政治による失敗を顧みて、シオンは皇帝のもとに元老院という組織を置いた。

 皇帝の補佐となる元老院には、ジンを筆頭に、十人の貴族を採用した。

 シオンは、宰相のゼノンに加え、新たに設けた元老院に政治を任せ、意見を求められた時のみ発言し、裁可した。

 

 ザルツ支配の色濃く残る帝国暦は廃止され、それに代わって太陽暦を復活させた。

 ザルツの恐怖政治によって苦しめられてきた世界中の人々に、ようやく希望に満ちた平和な時代が訪れようとしていたのだった。

 


 皇帝シオンは、手狭なセルサスを世界の政治・経済・文化の中心とするため、諸国に帝都の建設を命じた。

 その一方で、再建したセント・メアリー宮殿に代わって、風向明媚なシンプソン地方に、壮大な宮殿の建設も同時に行った。

 七王国は、宗国ビクトリアに忠誠を示すため、競って帝都建設に力を注いだ。


 

 新太陽暦三年、帝都は完成した。

 シオンは完成したばかりのサン・シンプソン宮殿に移り、そこで七王国の王や要人達を集め、帝都の完成を祝った。

 その席で、世界帝国の都となるセルサスを、諸王の進言で、シオンの名を加えたセルシオンと改名した。 

 拡張された帝都セルシオンは、市民を守るための城壁で囲み、街は網の目のように整備され、文字通り世界帝国の中心の都にふさわしい都市であった。

 

 セルシオンは瞬く間に人口七十万の、活気溢れる豊かな都市へと成長していった。

 繁栄の一方で、シオンには常に不安が付きまとった。ザルツとの二度の大戦の結果、諸王国が軍事力を強め、世界の統制が利かなくなっていのだ。

 七王国の宗主国であるビクトリア帝国にとって、軍事力の強化は急務となっていた。

 

 シオンは弱体化したビクトリア軍を再建するために、二万の精鋭を中心とした、総兵力八万の中央軍を組織した。

 そもそも中央軍は、北方に移ったザルツに対抗するためのもので、未だにザルツはシオンに臣下の礼を取ることなく、中央世界を虎視耽耽と狙っているのである。


 シオンはザルツに対しての対抗策も怠ってはいなかった。

 サン・シンプソン宮殿に、先勝国の六王国の代表者を集めて和平会議を開き、強国ザルツの力を削ぎ落とすための話し合いが行われた。

 会議では力による支配を避け、政治的手段によってザルツの力を弱めようとした。

 豊かな中央世界を追われ、荒れた北方の地に国替えを余儀なくされたザルツにとって、特に、六百万の人民を養うだけの食料が不足し深刻化していた。なおさら巨大な軍事力は維持出来ない。

 ザルツを北方の地に封じ込めることで、ザルツ軍の解体を狙ったのである。


 絶大な指導者であったカイザーを失ったザルツにまとまりはなく、中央諸国に対抗するすべは無い。

 シオンは、ティアズストーンを所持する者として、ザルツが中央世界に侵攻するのを阻止するための、長大な城壁の建設を諸国の王に命じた。

 長城はかつて、ザルツの侵攻を阻止するために建設されていたが、ザルツが世界の支配権を握った直後、彼らの手によって全て破壊尽くされていた。シオンは破壊された長城の再建を七王諸国に命じたのである。


 政治に口を出さず、意見を求められた時のみ裁可していたシオンだったが、

「やはり、急ぎ過ぎたのではないのか」

 七王国を締め付ける改革を疑問に思うも、

「何を言われます、陛下。宗主国たるビクトリアが七王国を従える姿こそ理想の世界であり、未来永劫、変わらない平和を維持することが出来るのです」

 元老院筆頭のジンに諭された。

 そもそも、まつりごと(政治)に関しては、貴族である元老院の方が詳しいという自負がある。

 かつての栄光を取り戻さんと、元老院は躍起になって改革を急いだ。


 セルシオンの建設に力を注いだ七王諸国にとって、長城の建設は彼らの負担となった。

 七王諸国の中で、特にガザフ王国の負担は大きいものであった。先の大戦で唯一、中立を保ち、連合軍に力を貸さなかったからである。

 長城の建設は、ガザフの財政を逼迫させるものとなり、ガザフ王セルゲイは、「こんなことなら、ザルツに力を貸すべきであった」と言わしめたほどであった。

 早くもビクトリア帝国の体制に亀裂が生じていた。

 明らかに、元老院は世界の安定化を急ぎ過ぎたのである。

 

 そんな中、シオンとセーラとの間に待望の皇子が生まれた。

 ザルツがかつての栄光を捨てきれず、ビクトリア帝国を盟主として服従しない今、シオンの後継者が待ち望まれていた。

 皇子の誕生は不安定なビクトリア体制をより強固なものにした。そして、皇族アボリジニの血は絶えることなく、帝位はアーサー家の世襲として受け継げられるのである。人々は心から皇子の誕生を喜んだ。

 シオンは生まれた皇子にスカイと名付けた。

 スカイはシオンの後継者として、家臣達の熱い眼差しの中ですくすくと育っていった。


 

 ザルツ王国の片田舎であるドレスデンに、黒衣の集団が慌ただしく進んでいた。

 彼らは繁華街を越えて、人気ひとけの無い洞窟の前で足を止めた。

 洞窟の中には、ザルツから去ったオットー・ザクセンがいた。

 彼は故郷であるドレスデンで、人目を避け、一人娘のリリーとひっそり暮らしていた。

 二人は俗世間との関わりを絶つ、世捨て人生活を送っていた。


 中に入って来た黒衣の男を見て、ザクセンは凄い剣幕で彼らを追い出そうとした。

「ここには来るなと言っておいたはずだぞ! ヒスラー。ワシは帝国から去った人間だ、もうお前達とは関係ない。出て行け!」

 黒衣の男は、かつてザクセンの右腕として働いていた部下であった。


「帝国? やはり貴方は何も知らないようですね、情報通の貴方が……こんな片田舎にいては分からないのも無理からぬことです」

「何が言いたいのだ、ヒスラー。もしや、皇帝陛下の身に何かあったのではあるまいな」

 顔色を曇らせるザクセン。

「皇帝陛下は、カイザー様は、もう、この世にはいません」

 悲痛な面持ちでヒスラーは答える。

「この世にはいないだと……。どういうことだ! 一体、帝国で何が起こったのだ!」

 カイザーの死に、ザクセンは我を忘れ、狂ったようにヒスラーの首もとを掴んで訳を聞いた。

 

「ビクトリア王シオンが生きていたのです。シオンは諸国と力を合わせて我が国を倒しました。シオンはザルツを中央世界から追い出し、帝国の名も剥奪したのです。カイザー様を失ったザルツは、激しい部族間の権力争いの真っただ中にあり、分裂の危機にあります。このままでは、ザルツは内戦に発展し、国家の崩壊も時間の問題です」

 これまでの経緯いきさつを、ヒスラーは悔しそうに語った。

「……あれほどシオンの命を奪うようにと言っておいたのに……。シオンが生きている限り、どんなに奴らを追い詰めても、何度でも立ち向かって来るというのに……。何故だ!」 

 ザクセンは、奥にいるリリーを呼んだ。


 表に出て来たリリーが黒衣のヒスラーを見て、ついに来るべき時が来たのだと観念した。

 ザクセンは、うつむいているリリーを睨み付け、

「何故、シオンが生きていたことを隠していた! リリー」

 激しく叱責した。

「私は、もう王宮には戻りたくなかった。私は、お父様と一緒に静かに暮らしたかったのです。この話をすればきっと、お父様は帝都に赴くに違いないと思い、黙っていました」

「静かに、暮らすだとぉ! そのために陛下が、カイザー様が亡くなられたのだぞ! ワシが付いていてさえすれば、こんなことにはならなかったものを。このワシが……そもそも、ワシがカイザー様のもとを離れなければ……」

 唇を噛み締めながら、

「カイザー様は、お優しい。国家の大事に、ワシを呼び戻すことも出来たであろうに……。あえてそれを拒み、ワシの幸せを願っておられたのだ……」

 ザクセンは涙を流しながら、何度も自分の胸を叩いて悔しがった。

 自分がカイザーの元を去ったことを責めた。彼の涙には血が混じっていた。


 ザクセンは、ヒスラーに一つの条件を出した。

「ワシに、こんな傷を負わした張本人を、血祭に上げよ。それが条件だ」

 暗殺の時の後遺症で、ザクセンは体の自由を奪われていた。

「勿論です。すでに用意しております」

 ヒスラーは小さい箱を差し出し、ザクセンに中を見せた。

「きゃー!」

 箱の中を見たリリーが思わず悲鳴を上げる。

 箱の中には、逃亡した宰相ゲイツの生首があった。

「こ、これは……」

 ザクセンは彼らの覚悟を知った。

 国家の重要人物が、身分の低い者の手によって殺害されたことに、ザルツのただならぬ逼迫した空気が伝わって来る。

 この時ザクセンは決心した。かつて、共存による社会を目指した彼であったが、滅び行く祖国のために、心を鬼にして中央諸国との決戦を決意した。

 ザクセンは命に代えてもカイザーの仇を取ることを誓い、嫌がるリリーを連れて王都ケルンに向かった。



 ザルツ王国は、かつてザクセンがゲルドを組織した部下達が実権を握っていた。

 だが、十六の部族から成るザルツにはまとまりは無く、その基盤は磐石なものではなかった。抗争は、狩猟民族ゆえの宿命でもある。

 カイザー亡き後のザルツは、王族の激しい権力争いの結果、カイザーの一族はことごとく死に絶えてしまった。しかも、実力者であった元老グスタフも何者かの手によって毒殺された。旧東ザルツに実権が移ることを恐れた旧西ザルツ貴族の犯行がささやかれ、ザルツは分裂の危機に瀕していたのである。

 カイザーには、跡を託すべき子がいなかった。一筋の光を残すことなくこの世を去ったことが、ザルツにとって悲劇の始まりだった。


 宮殿内に足を踏み入れたザクセン。

 血生臭い権力争いのあった宮殿には、ザルツの栄光の面影はみじんも感じられなかった。そして、そこには有力諸候の姿は無く、静まり返っていた。

「誰も、いないのか……」

 ザクセンは驚愕する。

「はい……。こんなことになるのが分かっていれば、私達は奴らと交わした約定を破棄し、全員が死ぬまで戦いを止めなければよかった。支配権をシオンに渡し、戦いを終わらせた我々とは対等であるはずなのに、まるで臣下のように扱われ、今やザルツの権威は地の落ちてしまいました。更に奴らは国境を封鎖し、物量の往来を禁じたのです。ザルツ人民は飢え、生きて行く希望まで奪われようとしているのです」

 衰退したザルツを、かつての主人に見られ嘆くようにヒスラーは言った。


「どうか、我らの王になって下さい」

 ヒスラーが、主人であるザクセンに王位に即くように進言し、正面に置かれている玉座に座るように進めたが、ザクセンは玉座の前に立ち止まって振り返り、王位を進めるかつての部下達に言った。

「ワシは王位に即く気など無い。王位に即くことは、カイザー様と肩を並べることになる。ワシはあくまでもカイザー様の臣下であり続けたいのだ」

「しかし、ザルツは強力な指導者を欲しています」

「ワシが上位に立てば、諸侯は従わぬであろう。それ相応のふさわしい人物を立てねばなるまい。ワシは宰相として、この国のために働きたい。お前達は今日からワシの忠実な部下となり、ワシの手足となって働いてもらう」 

 そう彼らに命じたザクセンは、ザルツ再興のためにあらゆる改革を断行した。


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