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報復の大地  作者: 西 一
3章 宿命
36/58

大漢の周大

 敗戦の報告は、即座にカイザーの元に届いた。

「シャドウ将軍、シオンとの死闘の末、力尽きました。シャドウ将軍の死は戦況に致命的な結果を招き、帝国軍は全前線で押しまくられ、ついに守備陣地までも突破されました。この劣勢を挽回ばんかいすべく、総指令官であるカイテル卿は群がる敵兵の真っただ中に身を投じ、奮戦も空しく討ち死にされました。これにより帝国軍は総崩れとなって敗走しました」

「精強な、十字軍が……」

「あの、シャドウが死んだのか……」

 相次ぐ悲報に、重臣達は全身の血が凍るほどの動揺をした。


 動揺した彼らが、帝都に残る数十万の市民を盾として籠城することをカイザーに進言した。  

「果たして、どうかな。お前達は、混乱状態の帝都を維持出来ると思っているのか」

 籠城を進める重臣達に、カイザーは見下すように言った。

「そ、それは……」

 カイザーの言った通り、アルザスは連合軍の包囲によって各地からの物資が届かなくなり、相次いで暴動が起きていた。


 食料不足に苦しむアルザス市民のために、帝国は臨時の食料の配給を実施した。

 だが、この配給は僅かな量で、しかも全てに行き渡らなかったため、各所で激しい暴動が起きた。これに加えて連合軍に味方する市民らがこの暴動に拍車を掛け、帝都を混乱に陥れた。

 帝都を盾として籠城することが出来ないばかりか、市民らの予想外の抵抗に苦しめられ、帝国は内と外との難問に苦しめられたのだった。

 

 ここに至って帝国は、アルザス市民を解放した。

 連合軍との間に、解放中は攻撃を仕掛けないという暗黙の了解の下、全てのアルザス市民が無事に城門から脱出することが出来たのである。

 それでも、帝国は依然として降伏はせず、連合軍と最後の決戦に挑む構えであった。

 


 オルガ城の一室で、重臣達を集めた御前会議が開かれた。

「予は、決して降伏はしない。最後まで戦う」

 と重臣達を前にしてカイザーは徹底抗戦を主張。

 元老もまた、

「最後の一人となろうとも、我らは戦い抜きます」

 と告げると、

「勿論、我ら一同、同じ思いにございます」

 城内はカイザーの激に抗戦一色に染まった。

 部族間の内部対立の激しいザルツではあったが、外敵に対してのまとまりはどの国よりも強く、一致団結して連合軍に挑む。



 戦いを決意したカイザーは後宮に訪れ、多くの女官達に避難をする市民と一緒に逃げるように告げた。

 そんな中、カイザーはザクセンの一人娘のリリーを呼んだ。

 彼女は十七歳になり、美しい女性に成長していた。


 リリーはカイザーに淡い恋心を抱いていた。しかし、それは叶わぬ恋であった。

 リリーは自分を育ててくれたカイザーに恩返しするため、オルガ城に残り一緒に戦うと言って逃げようとはしなかった。

 カイザーにとってリリーは、妹同然に思ってきただけに、死なせたくはなかった。

 そう思うからこそカイザーは強い口調でリリーに言った。

「予は今まで、お前を本当の妹だと思って暮らしてきた。これを持って今すぐここから出るのだ」

 そう言って、金貨のぎっしり詰まった袋を手渡し、

「お前の父は生きている」

 と告げた。

「――お父様が、生きている……」

「ああ。政争に巻き込まれないために今まで黙っていたが、ここより遥か北にあるドレスデンに、ひっそりと暮らしているそうだ。敵の大将シオンは、女子供に手を掛けることはないと聞く。一刻も早くここから出て、幸せになって欲しい。それが、予の願いだ」

「それが、陛下の願いなら……」

 カイザーの言葉にリリーは振り返り、ゆっくりと歩き出す。

 が、立ち止まり動こうとはしなかった。


 カイザーは更に強い口調で言った。

「これは命令だ。お前がいては足手まといとなるだけ、今すぐ出て行け!」

 リリーの体が大きく揺れ、泣きながら出て行った。


 二人の様子を、離れた所で見ていたソフィアが、そっと近付いてきた。

 彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「フッ、今の予を笑いたければ笑うがいい。だが、これが予の本当の姿かもしれぬな……。リリーには生きていてもらいたい。何せ、リリーは唯一、予に安らぎを与えてくれたのだから」

 ソフィアは、カイザーが人並以上の優しさを持っていることに安心し、

「どうして笑いましょうや、人を想う気持ちを……」

 と言ってカイザーを見詰めた。

「そちも、一緒に逃げないのか?」

 とのカイザーの問いに、

「私は陛下の妻です、ここから一歩も動きません」

 キッパリと言い切った。

 そんな二人にも、分かれの危機が迫っていた。



 徹底抗戦を決意したカイザーの元に、ガザフ王国からの使者が遣って来た。

 表向きは同盟国として帝国に降伏を進めに来たのだが、ガザフ王セルゲイは、娘のソフィアの身を案じて帝国に使者を送ったのである。

 平伏してカイザーのご機嫌をうかがう使者に、

「まわりくどいことを言うな、皇后を連れ戻しに来たのであろう。皇后は帰りたがっている。連れて帰るがよい」

 カイザーは言った。


 そばで控えていたソフィアが、

「私は帰りません! 私は帝国に嫁いだ人間です」

 使者の要請を自ら断った。

 彼女の言葉に使者は驚き、

「姫様、何を言われます。父君セルゲイ公は、姫様のお帰りを待ち望んでいるのですよ」

 慌てて引き留めようとするが、

「同盟国なら何故、援軍を出さなかったのです。もし、数万の援軍が戦場にいたのなら、負けはしませんでした。陛下、私をいつまでもおそばに置いていて下さい、どうか私を」

 ソフィアはひたすらカイザーに願い出た。

 当初、強制的に残りたいと言わされているものだと使者は思っていたが、それがソフィアの本心であることに気付く。

 すっかり変わってしまった彼女に使者は困惑した。


「それほど予の死に様が見たいのか……良かろう。だが、予は死なぬ。敵は烏合の衆、負けはせぬ!」

 玉座から立ち上がったカイザーが力強く一同に言い放った。

 

 カイザーは一度ソフィアを見たあと、使者に向かって言った。

「聞いたであろう。皇后は一度言い出すと、あとには引かぬ性格だ。諦めろ、そして、帰ってセルゲイに伝えよ。どっち付かずでは、いずれ国を滅ぼす、とな。帰って後悔するがいい。帝国に味方しなかったことを、後悔させてやる!」

 カイザーの威圧に恐れおののいた使者は、

「ハッ、そう、申し上げます……」

 王命であるソフィアを連れ戻すという使命を果たせず、悔しそうに使者は部屋を出た。

 カイザーは使者を追い返すと、兵士達に戦いの準備に取り掛かるように命じ、静かに退出した。



シオンは帝国を追い詰めながらも、動こうとはしなかった。

 彼は待った。カイザーの本当の恐ろしさを誰よりも知っているシオンは、より完全な方法で帝国を追い詰めようとした。

 帝国の敗戦によって、それまで世界を力で抑え付けていた帝国の支配が崩れ去り、各国で民衆が蜂起した。

 彼らは義勇軍を組織し、武器を持って帝都を目指した。

 シオンはこれらの民衆の力を待ったのである。

 

 

 大漢王国の東方にあるシャンガン(香港)という町に、周大シュウダイという男がいた。

 周大は身長が二メートルもある大男で、黒い髪に黒い瞳、彼は漢民族の血を受け継ぐ者である。癖のある長い髪を後ろで束ねた彼は、まるで山のように大きく見えた。

 そんな彼の元に、召輝ショウキと言う一人の若者が駆け込んで来た。

 彼は周大とは幼なじみで、二歳年上の周大を本当の兄のように慕っている。

 召輝は息を切らしながら、

「勝ちましたよ! 兄貴、連合軍が勝ったんです」

 この言葉を聞き、横になっていた周大が巨体を起こしながら言った。

「本当か! 召輝、連合軍が勝ったんだな」

「はい。町はその話でもちきりです。しかし何故か、連合軍は帝国を追い込みながら攻めようとはしないんです」

「まさか、シオン様の身に何かあったのではあるまいな」

 シオンの身を案じて周大は聞いた。


「詳しいことは俺には分かりませんが、チャンスですよ、兄貴。今からでも間に合うかもしれません。仲間を集めて帝都に行きましょう。帝国の居城オルガ城には、世界中の財宝が眠っているそうですよ。それを奪えば…」

 有頂天の召輝に、

「財宝が狙いなら、お前だけで行くがいい。オレはシオン様のために働きたいんだ。そして、帝国によってむちゃくちゃにされた世界の秩序を取り戻す、そのためだけにオレは戦いたい。それがシオン様の願いでもあるんだからな」

 そう言って周大は仕舞っていた長い剣を取り出した。

 彼は剣を抜き、剣先を見詰めながら、

「だが……」

 と周大は溜息を付いた。

 彼にはこの地を放れられない理由があった。


「それだから兄貴は、いつまでたっても大物にはなれないんですよ。もっと自分のために、欲を持って取り組まないから……」

 召輝が不満を漏らした。


 二人の会話を聞き、奥にいた周大の両親が姿を見せた。

 父の名は周徳シュウトク、母は周礼シュウレイ。二人の話に、両親は深刻な顔をして表に出て来た。


 周氏はかって、大漢王朝を開いた劉氏と勢力を二分するほどの大豪族であり、周徳は五代目の頭領である。

「連合軍が勝ったか……。いつかはそうなる」

 と周徳は連合軍の勝利を、さも当然のことであるように言った。

「人民を苦しめ、力による支配はそう長くは続かない。一身の利益を得るため、人民の犠牲を省みない領主は滅ぶ。それは我が先祖が身をもって教えてくれたことだ……。お前達も知っていようが、我が周氏は、劉氏をも凌ぐ勢力を誇っていた。ロプノール(中原)の長安を拠点として勢力を拡大し、大漢の半分を手中に治めていた。だが、周氏は支配した領地に略奪や殺戮などの非道な行為を行ったばかりに、諸豪族から恐れられる存在となった。一方、劉氏は義を重んじ、救いを求めて来た豪族を助けた。次第に周氏から諸豪族が放れて行き、劉氏に寝返った。相次ぐ諸豪族の離反に激怒した周氏は、劉氏に天下分け目の戦いを挑んだのだが、結果は見えていた。周氏は大敗を喫し、中原の地を追われた。周一族は僅かな家臣を引き連れて、東方の辺境の地である、ここシャンガンに落ち延びたのだ。それから百三十年、いつになったら先祖の罪は許されるのだろうか……。そんな時、天から竜が舞い降りる夢をワシは見た」 

「竜が舞い降りる夢を?」

 と初めて聞く話に周大は耳を傾ける。


「ああ、そうじゃ。偶然にも、夢を見た日、お前が生まれた。子に恵まれなかったワシに、天が授けてくれた宝だと思った。そして、いつの日か、劉氏に代わって天下を奪うことを夢見たのじゃ」

「じゃあ、兄貴は、竜の子だな」

 と、召輝が目を輝かしながら、慕う周大を見た。

「だが、生まれた子には欲という、人間なら誰もが持つ欲望が全く無かった。それから三年、再び夢に竜が舞い降り、劉儀が生まれた。ワシの見た竜は幻だったのか……。それ以来、ワシは天下取りを諦めたのだ」

 周徳が語ると、

「やはり、行けぬ」

 周大はそう言って剣を納めた。


「分からぬか! ダイ、 連合軍が勝ったことで、世界の各地から民衆が帝都に駆け付けるだろう。だが、お前はこれらの徒党とは違う。お前はれっきとした武人なのだ。お前はワシの嫡子として、周一族の誇りと夢を持って行くのだ」

「構わないのか? 親父。オレが行けば、その隙を突いて中原から攻め寄せて来るのではないのか」

「心配はいらぬ。漢王劉義も、息子の劉儀に三万の漢軍を帝都に送っている。ここに攻め入る兵力は中原には無いだろう」

「屋敷に閉じ込もってばかりいる親父に、何故そんなことが分かるんだ?」

 不思議そうな顔の周大に、

「漢王の動きを警戒している、忍びの『影』が、常に中原の情報を知らせてくれるのだ。それより、連合軍が勝ったからと言っても帝国は手負いの獅子、死にもの狂いで襲い掛かって来るだろう。くれぐれも気を付けるのだぞ。お前はワシの、いや、周一族の嫡子ということを忘れるな。あとのことは心配はいらぬ、二男の、がいるからな」

「地は放浪の旅に出たばかり、いつ戻って来るか分からんだろう」

「この騒ぎで、あいつも戻って来るだろう……」

 息子が帰って来ることを周徳は期待した。


「そうだ、これを持って行くが良い」

 そう言って周徳は部屋の奥から一枚の古びた旗を持って来た。

「これは?」

「これは太祖の時代から代々、周一族の頭領に受け継げられてきた自由を象徴する軍旗。一代で中原を手中に治めた太祖の軍旗だ。これを掲げて行くが良い。無関心であったお前が、一心にシオン様の世を願うことがワシには嬉しい。これで、安心して隠居が出来るというもの」

「親父の隠居はまだ早いが、分かったよ」

 周大は言って、大きく頷いた。

 彼は軍旗を掲げ、三十人ばかりの仲間を従えて帝都アルザスに向かって馬を走らせた。



 連合軍の軍勢は四十五万に膨れあがり、かつてない大軍が帝都を包囲した。

 今や帝国は風前の灯火。サルフ全土を支配した帝国も、時の流れを止めることは出来なかった。

「不思議なものだな。俺の周りには、いつも人が集まって来る。小さかった頃から、俺の周りには多くの人が集まった。それは敗北し、絶望のどん底に陥った時でさえ見放そうとはせずに俺を励ましてくれた。今もまた、死ぬかも知れない戦場に民衆までも来ている。不思議なものだ……」

 眼下に広がる軍勢を見渡しながらシオンは言った。

「それだけ人々は陛下に期待しているのではないのですか。陛下が、理想の世界を実現してくれるものと信じて彼らは集まって来たのですよ」

 と誇らしげにリベルは言った。


「そろそろ動かないと、諸国の兵士もしびれを切らして暴発寸前です。いくら食料の補給があると言っても、これ以上の長対陣は指揮に関わります。どうか、御決断を」 

「カイザーからの返事はまだ無いのか?」

「未だ、帝国から降伏する、と言った返事はありません」

「何故、カイザーは降伏しない。これだけの軍勢を前に、奴はまだ戦おうというのか」

「それが、ザルツのさだめなのでしょう。栄光をつかんだ者の、悲劇と言う名の定めです。決して死のうとも、栄光の座から放れようとはしないものなのです。それに、彼らにとっての降伏は、滅亡を意味しているのですから」

「馬鹿な、俺は帝国を滅ぼそうなどとは考えてはいない。ただ、ティアズストーン(支配権)を返上し、領土の返還さえしてくれればいい」

「――陛下、まさか御気が変わられたのではありませんか、帝国を許すつもりではないのでしょうね。ここで帝国を完全に倒しておかないと…」

「分かっている。あのデスバレーでの戦いで死んで行った者達のためにも、必ず帝国を倒すと誓った。だが、幼少の頃、始めてカイザーに会った時のことが忘れられないのだ。あの時の鋭い目、そして、残忍な性格。このまま終わるとは思えない。ここは慎重にと思えばこそ……」

「そんなに慎重にならなくても、これだけの軍勢、しかも、世界中が我々の味方なのです。それ故、勝利を確信しているからこそ、人民は進んで食料を配給してくれているのです」 


「お互いに信じ合う気持ちがあれば、どんなに素晴らしいことだろうか。カイザーもまた、俺を信じて降伏してくれれば、無益な争いをしなくても済むというのに……。お互いの立場が壁を作って合い入れないようにしているのだろう。その壁とは一体……。もはや、仕方ない。俺は待ったのだから……」

 シオンはそう自分に言い聞かせ、

「リベル、すまないが諸将に攻撃の準備を。それと、全軍の統制のために、軍律の強化をより厳しくするようにと諸将に伝えてくれ」

 決戦を決意した。


 シオンの言葉は伝令によって瞬く間に全軍に伝わった。

 世界各国から蜂起して集まって来た民衆らの志願兵士達に、『略奪・殺戮の禁止。降伏をして来た者に危害を加えてはならない』これらの軍律を破った者は厳しく罰するということを、末端の兵士にも行き渡らせた。

 略奪・殺戮を控え、連合軍の規律正しい軍律を見せることで、死にもの狂いの帝国軍兵士に、降伏し易い環境を用意したのだった。

 


 度重なる諸将の出撃要請を受け、ついにシオンは攻撃命令を下す。

 帝都の東に集結していた四十五万の連合軍は、帝国の居城オルガ城に向かって進軍を開始した。

 エアーズロックの会戦から二カ月後のことであった。


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