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報復の大地  作者: 西 一
3章 宿命
34/58

震撼

 連合軍は帝都に向かってゆっくりと進軍していた。

 まるで帝国軍を誘い込むかのように進んだ。


 帝国の、表舞台の最高権力者として政務にはげんでいる宰相ゲイツの元に、監視塔が襲撃されたという急報が入って来た。

「何っ、東方諸国で反乱だとぉ! 首謀者は誰だ。帝国に刃向かう、恐れを知らぬ奴は、一体誰だぁ!」

 ゲイツが怒りの声を上げる。

「それが、亡国ビクトリアのシオンだそうです」

「シオン、だと。何かの間違いではないのか」

「間違いありません。シオンは生きていたのです」

「そんな、馬鹿な……。奴が生きているのなら、いち大事ではないか」

 ゲイツは真相を確かめるために、当時の残党狩りの長官を呼び付けた。


「シオンの処刑の際、お前は確か、シオンと同じ背丈の者がいたと言っていたな。勿論、そいつも殺したんだろうな」

「ビクトリアの王族は代々、右腕に太陽の紋章を焼き印するのが習わしです。私が殺した人物に、その太陽の紋章がハッキリと刻まれていました。私の殺した人物こそ、シオンです。反乱軍の首謀者はシオンではありません」

「ワシは、もう一人の人物も殺したのかと聞いているのだ」

「それが……。帝国には武人としての誇りは無いのかと言われ、つい奴らを解き放ちました」

「愚か者め! 逃がした者こそ、本物のシオンだ。お前の殺した男はシオンの影武者。例え王族だけに許された紋章であっても、王の命を守るためなら臣下としては当然、身代わりとなるべく焼き印するに違いない」

「それでは……」

「敵に情けを掛けおって。シオンが生きていることが皇帝陛下に知られたら、我々の命は無いのだぞ」

 青ざめたゲイツはうなだれ、無言のままはかりごとをめぐらす。


 思案の末、ゲイツは帝国東部の諸候に反乱軍の討伐を命じた。

 それに加え、宰相直属の二千の軍隊を密かに差し向け反乱軍の討伐に当たらせた。

 ゲイツはシオンの存在そのものを抹殺するために、独断で秘密裏のうちに鎮圧を謀ったのだった。

 

 ゲイツには勝算があった。討伐軍に送った二千の軍隊には、三門の青銅砲を持たせていたからだ。

 彼にとって、三門の青銅砲こそが切り札であり、勝利を確信していた。

 だが、ゲイツは反乱軍を甘く見ていた。情報不足が反乱軍の勢力を小さなものに変え、彼の判断を危ういものにさせたのだった。

 何も知らないまま三万二千の討伐軍は、反乱軍を目指して進軍した。

  


 帝国軍の動きを察知して、シオンは起伏の激しい砂漠の一角に布陣した。

 追従するローマ・大漢王国軍は、ビクトリア軍の両横一直線上に布陣。長く広がった隊形、横一列に並ぶ横陣おうじんで帝国軍を迎え撃つ。


 布陣を終えたその時、ガザフ王国に使者として派遣していたリベルが帰って来た。

「申し訳ありません、陛下。セルゲイ公は我々に力を貸してはくれませんでした。その代わり、帝国にも力を貸さないと言って誓約書を書いてくれました」

 リベルは誓約書をシオンに渡した。

 そばにいた劉儀が思わずセルゲイの企みを言った。

「セルゲイ公は、我々が負けることを見越して力を貸さなかったのでしょう」

 劉儀のこの言葉に、居合わせた諸将が動揺した。

 これを見たシオンは彼らの動揺を無くすために、

「ガザフが敵ではなく、見方でいてくれるというのだ、これほど心強いものはないではないか」

 そう言って諸将を安心させる。


「そうだ、ガザフが見方であるということは心強い」

「セルゲイ公は我々が負けると思っているのだろうが、そうはいかない。我々に力を貸さなかったことを後悔させようではないか」

 動揺していた諸将はすっかり戦意を取り戻した。

 劉儀は先ほどの発言が失言であったことに気付き、諸将に分からないようにシオンに頭を下げた。

 シオンは笑みを浮かべた。

 彼の笑みは諸将に余裕を、勇気を与えた。


 

 やがて、討伐軍が姿を現した。

 討伐軍は長い遠征のために疲れきっていた。

 この日のために用意周到に準備してきた連合軍と違って、急場しのぎで編成した討伐軍。そこへ、十二万五千の連合軍が眼前に姿を現したのである。

 当初、小規模な勢力だと聞かされていた討伐軍は、情報とは違う大軍を前にして動揺した。

 その浮き足立った討伐軍に、連合軍は一気に襲い掛かった。

 

 正面の攻撃に凄まじい威力を見せた青銅砲も、回りから一斉に襲い掛かって来る敵には対処出来ない。

 また、自慢の機動力も砂漠の上では、軍馬の固いひづめが砂に取られてうまく走れず、騎兵としての突撃が出来ずに連合軍の繰り出す矢に狙い打ちされた。

 常勝軍のザルツにとって劣勢を強いられるのは初めてのことで、指揮系統は寸断され、死を恐怖した兵士達は逃げ出した。

 防戦一方の討伐軍は大混乱に陥り、やがて、反撃も出来ずに敗走した。

 

 シオンは敗走する討伐軍を追撃させなかった。

 戦いはまだ始まったばかりで、帝都には強力な主力軍が控えている。

 シオンは決戦に備え、犠牲者を最小限にとどめるために深追いを避けたのだった。

 

 思いもしなかった大勝利に連合軍兵士達は沸き立ち、敗走して行く討伐軍に向かって勝利の雄叫びを上げた。

 この戦場は、劉儀がその戦術のために兼ねてより選んでいた場所だった。

 敵を不利な地に誘い込み、これを一気に叩くという、先の戦いで帝国が見せた作戦を彼は実行したのだった。


 この砂漠での戦いは、帝国の主力軍は無く単なる前哨戦に過ぎなかったが、得た物は大きかった。

 帝国の不敗神話を打ち砕いたばかりでなく、青銅砲まで手に入れたからである。

 討伐軍の逃げ去った戦場には、空しく天を睨んでいる三門の青銅砲が放置されていた。

 シオンは全ての青銅砲を押収し、研究を行った。

 彼は青銅砲の研究のために、諸国の有能な学者を従軍させていた。世界の頭脳が、秘密のベールに包まれていた青銅砲の構造を明らかにした。

 

 青銅砲は、一端を閉じた管の中で火薬を爆発させ、発生するガスの力で弾丸を発射する。

 火薬は、硝石・イオウ・木炭を粉砕し緊密に混合した黒色火薬が使われていて、オルガ城の地下に、大量の黒色火薬が蓄えられている。


 砲弾を詰め、いよいよ発射する時がきた。

 シオンを始めとして、居並ぶ諸将が食い入るように見ていた。

 やがて、『ドーン』という耳をつんざくような爆音したかと思うと、数キロ先の砂丘が砂煙を上げた。    

 もの凄い破壊力である。


 これで、勝てる。


 シオンは青銅砲の重要性を再認識すると共に、青銅砲を手に入れたことで勝利を確信したのだった。



 討伐軍の勝利を待ち望んでいたゲイツに、いち早く敗戦の知らせが届いた。

「何っ、負けただと……。殺される、ここにいては殺される」

 ゲイツは真っ青な顔で怯えていた。

 重臣会議に掛けず、勝手に軍を派遣したばかりか、青銅砲までも奪われてしまっては、もはや言い逃れは出来ない。彼には死が待っているだけだった。

 ゲイツはその日のうちにオルガ城から逃亡した。

 


 敗走した宰相直属の軍隊が続々とオルガ城に帰還するに至って、始めて帝国に危機が迫っているということが分かった。

「ヌヌヌッ、ゲイツの奴、ワシが今まで目を掛けてきてやったというのに、恩を仇で返しおって」

 元老グスタフは怒りをあらわにしながら言い、

「陛下、私に反乱軍の討伐に行かせて下さい。歳を取ったとはいえ、獅子王と呼ばれた、このジイが、必ずシオンの息の根を止めて見せます」

 カイザーに願い出る。

「ならぬ。ジイは、予と共にここにいて、戦況を見守るのだ」

 はやる元老をカイザーは引き留めた。

「シオンが生きていたとなれば、反乱は東方諸国だけでなく、西方諸国も同時に挙兵したと考えるべきだ。それが証拠に、未だに任期の終えた駐留軍が帰って来ぬではないか。主力軍を東方に引き付け、手薄になった帝都に攻め入ることが奴らの狙いだろう……。帝都に兵力を集中させ、敵を迎え撃たなければならぬ」


「では、世界中に預けし我々の軍は、一瞬にして全滅したのですか?」

「帝国の危機に、駐留軍は駆け付けて来ないのですか?」

「こんな時に、ザクセンは……」

「奴の知恵を……」

 ザクセンにすがる重臣達に、

「うろたえるな!」

 とカイザーが一喝し、誰がザクセンを追い遣ったのかと言わんばかりに睨み付けた。

 彼らはこの時、失った物の大きさを痛感した。

 戦闘において驚異的な強さを発揮したザルツ軍ではあったが、戦略面では劣っていた。その弱さを補っていたのがザクセンである。彼の知恵無き今、ザルツは窮地に立たされた。


 迫り来る脅威をひしひしと感じ、重臣達は震撼した。

 カイザーは、無様にうろたえている重臣達を見渡しながら、

「敵は烏合の衆だ。何万と押し寄せて来ようとも帝国の敵ではない。誰か、帝国軍を指揮し、反乱軍を討伐する者はいないのか?」

 カイザーの呼び掛けに応える者はいなかった。

 誰もが迫り来る恐怖に怯えていた。


 静まり返った場内にあって一人、カイテルと言う貴族が声をあげた。

 彼は重臣達の中で最も地位の低い存在であった。カイテルは、ゲイツの逃亡によって空いた宰相職を狙っていた。宰相職を手に入れるためには、己の命を賭けて反乱軍に挑まなければならない。

 彼にはその覚悟が出来ていた。今の地位に甘んじているよりは、命懸けで手に入れるだけの価値が宰相職にはあった。


「親衛隊隊長シャドウ、前へ」

 カイザーはシャドウ・バイエルンを呼び付けた。

 場内の後方にいたシャドウが、怯える重臣達をあざ笑うかのように、彼らの間を縫うようにして前に出て来た。

 シャドウは、いつの頃からか、その素性を隠すように鉄仮面を付けている。

 鉄仮面の鈍い光を輝かせながら、堂々とカイザーの前に出て来たシャドウに、重臣達は救いを求めた。

「オーッ、我々にはシャドウ将軍がいる。必ず反乱軍を打ち破ってくれるだろう」 

 重臣達はシャドウという帝国の切り札がいたことに安堵した。


 シャドウはひざまずいてカイザーの指示を待った。

「シャドウ、お前は十字軍を率いてシオンただ一人だけを狙うのだ。必ず奴の息の根を止めよ。出来るか、シャドウ」

「はい、必ずシオンの首を取って来ます」

 自信満々にシャドウは答えた。

 カイザーは頷き、シャドウの横で同じように、ひざまずいているカイテルに向かって言った。

「お前は総指令官として全軍を指揮し、十字軍を援護して、シャドウがシオンの息の根を止めるまでの間、持ちこたえれば良い。シオンが死ねば反乱軍は自然に消滅する」

「ハッ!」

「叩けど叩けども、はい上がって来る虫けらどもめ、今度こそ、この地上から奴らを一掃してやるわ!」

 カイザーの激に重臣達は奮起した。


『皇帝陛下、万歳!』

『帝国、万歳!』

 場内にカイザーを讃える歓声が響き渡った。 


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