一斉蜂起
帝国の繁栄をよそに、諸王国の要人達が頻繁にエディルネ城に姿を見せていた。
ザクセンの教育文によって動きを封じられたシオンに、諸王国の要人達が帝国の打倒を働き掛けたのだった。
この頃になると、ビクトリアの残党も世界中から駆け付け、今や五万もの兵力に膨れ上がっていた。
シオンは各国の要人達の要請を受け入れ、いよいよ帝国打倒に動き出す。
エディルネ城の一室で、各国の代表者を集めて作戦会議が開かれた。
その席にシオンの姿は無かった。自分がいては、代表者達が思い思いの発言が出来ないだろうという配慮から出席しなかった。
シオンは隣の部屋で会議の終わるのを静かに待った。
作戦会議では、ノルマン、ネバダ、メシカ、アトラスの四国の代表者が、先王の恨みを晴らすために、今直ぐにでも戦うべきだと主張した。
この発言に十二神将最後の一人であるリベルが反論した。
「帝国は、ザクセン卿が死んだからといっても、二十万とも言われる兵力を有し、その軍事力は脅威です。まともに戦っては我々に勝ち目はありません。そのことは、一度戦ったことのある貴方方が一番良く知っているのではありませんか。それに、敵の使った新兵器は、その実態すらつかめてはいないのです。一時の感情で行動されては、全てを無に帰すことになりかねないのですよ」
「リベル、言葉を慎め。この会場の中には王族の方もおられるのだぞ」
そばにいた宰相のゼノンが、彼の威圧的な発言によって、各国の団結が損なわれるのを案じて言った。
「失礼致しました。私はただ、帝国をあなどっているのではないかと思い、つい言い過ぎてしまいました」
深々とリベルは頭を下げた。
「帝国の使用した新兵器は、恐らく青銅砲と呼ばれる物でしょう。私は以前、ビクトリア王宮内の王立図書館に出入りしたことがあり、その中で、青銅砲に関する書物を見たのです」
昔の記憶をたどりながらゼノンが説明すると、
「セイドウホウ?」
聞き慣れない言葉に皆、首を傾げた。
「青銅砲とは、我らの祖先であられる祖人達が製造した兵器のことです。自国の領土を守るために、祖人達は限られた資源を掻き集め、愚人の文明を継承した技術力によって製造したのです。当然、今の我々には青銅砲を造る鋳造技術はありません。恐らく帝国は、帝都建設の際、地下に眠っていた祖人達の遺跡を発見したのでしょう。我々が聖地として守ってきたアルザスから、封印されていた魔の兵器を掘り起こしたのです。彼らは戦いに異常なまでの関心を抱く民族。秘密裏に青銅砲の研究に着手していたのでしょう。戦うごとに戦術や軍事技術を革新させ、彼らは強くなってきたのです」
「では、どう帝国を倒せと言うのです? 我々は、このまま大人しく帝国の言いなりになれとでも……」
「……」
誰も言い返す者はなく、今までの勢いが完全に消されようとしていた。
その時、一人の青年が席を立った。
「青銅砲を帝国から奪い取り、我々の物にすれば良いのではないですか。青銅砲を奪い取ることによって、我々の戦力も高まるでしょう」
と青年は言った。
彼は、大漢王国の王子である劉儀で、弱冠十八歳の彼は知略に優れ、シオンも一目置く人物である。劉儀はシオンが協力を呼び掛けた時に、真っ先にエディルネ城に駆け付けて来た。
シオンを崇拝する劉儀が、一同に向かって堂々と策を述べた。
「まともに戦って勝てない相手なら、敵の戦力を分断することを考えなければなりません。そこでまず我々がしなくてはならないことは、帝国が各国に送り込んだ駐留軍を殲滅することです。駐留軍は毎年交代しています」
「駐留軍を狙うのか」
「はい。国内の地理は駐留軍よりも詳しく、有利なはず。我々はそこを衝くのです」
「そうだな。勝手知ったる庭のようなもの。戦場としては戦い易い」
「交代時期を狙って、新旧二つの駐留軍を殲滅させる。もし、各国の全ての駐留軍を倒すこと出来たなら、帝国の戦力は大きく削がれ、た易く帝都に攻め上ることが出来るでしょう」
「名案だ!」
「見事な策、完璧な掃討作戦だ」
劉儀の案に、誰もが賛同した。
「各国の駐留軍を一斉に壊滅させれば、帝国の戦力は半減するでしょう。しかしながら、この計画は極めて困難を伴うものになるでしょう。何故なら、六王国の全てが行動を共にしなければ成功しないからです」
あえてゼノンが忠告する。
「この中に、裏切り者がいるとでも言うのですか?」
各国の代表者が一斉にゼノンを見た。
「我々は決して大王陛下を裏切ったりはしません。大恩を受け、その恩に報いるためにも必ずや成功させて見せます。そのことを大王陛下にお伝え下さい」
「その言葉を聞き、安心いたしました」
一番聞きたかった言葉を聞けてゼノンは安堵する。
代表者達の思いは、ひとつとなって帝国打倒に熱い闘志を燃やした。
作戦会議が終わり、リベルが隣の部屋にいるシオンにその内容を伝えた。
彼は天井を仰ぎ見るように静かに座っていた。
「決行は、いつに決まったのだ」
「駐留軍の交代時期を狙って、各国が一斉に蜂起することことなりました」
「なるほど、新旧二つの駐留軍をそれぞれ各個撃破し、帝国の戦力を削ぎ落とすのだな……。だが、怒りに任せて無抵抗な者達を殺しては、奴らと同じになってしまう。各国の代表者にはくれぐれも無駄な血を流さぬよう、注意しておかなくてはならんな」
シオンはゆっくりと立ち上がった。
「ついに、この日が来たのだな、リベル」
「はい。陛下は今まで良く耐えてこられました。その努力が実を結び、いよいよ帝国を倒す時が来たのです」
「……まだ安心は出来ぬ。この作戦を成功させるために、お前に頼みたいことがある」
「この私に? 一体、なんでしょう。私に出来ることがあれば、なんなりとお申し付け下さい」
「それは他ならぬガザフのことだ。直接、セルゲイ公に会って帝国打倒を働き掛けてきて欲しいのだ」
「セルゲイ公に……。分かりました。命に代えても、ガザフを御見方に引き入れて見せます」
リベルにはシオンが言わんとしたことが分かった。
「頼んだぞ、リベル」
「はい!」
シオンの特命を受けたリベルがエディルネ城を出た。
シオンは、決起後のセルゲイの動向を知るためにリベルをガザフ王国に送った。
ガザフが同盟の約束を守って帝国と行動を共にするのか、それとも我々に力を貸して帝国打倒を共に目指すのか、セルゲイの返事が今後の戦局を大きく左右するのである。
リベルは、もしかすると敵になりうるガザフの潜入に命懸けで取り組もうとした。
帝国暦二十四年、シオンはエディルネ城内にいる五万のビクトリア軍を二つに分け、ローマ王国、大漢王国のそれぞれに援軍として送った。
夜遅く王都ローマに着いたビクトリア軍は、駐留軍の置かれている監視塔を取り囲むように、息を潜めて待機した。
そして、アペニン城の城門が開かれると、ローマ軍の主力が雪崩を打って監視塔を襲撃、これに呼応するように、待機していたビクトリア軍が攻めたてたのである。
虚を突かれた駐留軍は反撃する間も無く降伏した。
監視塔はローマ軍の手によって徹底的に破壊された後、なおもローマ市民らの帝国に恨みを抱く者達の手によって破壊し尽くされた。
監視塔の幹部達は見せしめとして市内を引きずり回され、今までの罪を市民らの手によって償わされたのである。
次いで、新たに派遣された一万の駐留軍を、王都の郊外で取り囲み、これを殲滅させた。
この蜂起はローマだけでなく、他の国々も同時に行われ、見事に成功を納めたのだった。
六カ国の一斉蜂起によって帝国は数万にも及ぶ捕虜を出し、大打撃を被ることになった。しかも、この事実を帝国側は知らないでいる。
シオンのいるエディルネ城に、援軍として送り出していたビクトリア軍と共に、劉儀率いる三万の大漢軍が、そして、メッセ将軍率いる二万のローマ軍が集結した。
一同は城内の大広間で、ザルツ軍掃討作戦の成功を祝った。
「長い戦いになるやもしれぬ」
シオンが覚悟を告げると、
「その覚悟は出来ています。私を気にせず、存分に戦って下さい」
セーラは言った。
「ダレス将軍」
「ハッ」
そばで控えるダレスとその部下が返事する。
「妻を、ジイ達を頼む。僅かに五千と、十分な兵を残しておけないが」
「この城を守る隊長として、命懸けでお守り致します」
「もしもの時は…」
シオンの言葉を遮るようにダレスが言った。
「陛下、肝心の貴方がそんな弱気では、困ります。必ず、勝って下さい」
「そうであった。もう、皆を不幸にさせたくないからな」
そう言ってシオンは笑った。
「ご武運を祈っております」
セーラが想いを込めて言った。
そしてついに、シオンは帝都アルザスに向かって進軍を開始したのだった。
一方、特命を受けたリベルはガザフ国境に近付いていた。
ガザフ王国は他のどの王国よりも閉鎖的で、国境付近には厳しい監視の目が光っていた。
国境警備隊の厳しい監視の目をかいくぐってガザフ国内に潜入を果たしたリベルは、セルゲイのいる王都エノバに向かった。
セルゲイのいるエノバ城は更に警備が厳しく、潜入は不可能であった。
エノバ市民の情報で、セルゲイが静養のため、離宮である冬宮に行くことを知った。
リベルはエノバ城門の前で、セルゲイが冬宮に向かう日を待った。
何日も彼は待った。
そして、その日が遣って来た。
朝霧の立ちこめる中、城門が開かれた。
屈強な近衛兵に守られたセルゲイの馬車が、ゆっくりと城門から出て来た。
リベルはここぞとばかりに飛び出して、セルゲイの乗った馬車に向かって大声で叫んだ。
「セルゲイ公! 私は十二神将のリベルです。どうか、御話を聞いて下さい」
近衛兵に取り抑えられながらも、リベルは必死でセルゲイに呼び掛けた。
リベルと言う聞き覚えのある名前に、セルゲイは馬車を止めさせた。
馬車の戸がゆっくりと開かれ、セルゲイは顔をのぞかせた。
七十才という高齢にも関わらず、依然として王の座に居座って権力を握っているセルゲイは威厳があり、彫りの深いシワに隠れた小さな目は光輝き、まるで獲物でも狙っているようなキツい目でこちらを見ていた。
リベルは思わず息を呑んだ。
「本当に、お前は十二神将のリベルなのか?」
「はい、私はリベルです。実は国王陛下にどうしても御話しておきたいことがあり、御無礼を承知で飛び出しました」
リベルは辺りを警戒しながらセルゲイに言った。
彼から放たれる常人には無いオーラを感じ取ったセルゲイは、
「そうか、リベルなのだな」
この話しを他の者に聞かれたくないのだと気付いたセルゲイは、リベルを自分の馬車の中に招いた。
「陛下、このような素性の分からない者を入れては危険です」
近衛兵の一人がセルゲイの身を案じて言うが、
「心配はない、こちらはワシの客人じゃ」
近衛兵達の心配をよそにリベルを中に入れた。
向かい合った二人に僅かな沈黙があった後、セルゲイは話し出した。
「生きておられたか、大王陛下は……。それで、ワシに何をせよと言うのだ」
「我々は駐留軍の交代時期を狙って帝国に反旗を翻し、六王国同時に挙兵を決行します。この重要機密を知らせた以上、いかに帝国と同盟を結んだとはいえ、我々と共にセルゲイ公には立ってもらわなければなりません」
「何を言う、帝国との同盟はその力を恐れてのこと。ワシはれっきとした大王の臣下だ。例え、過去に相入れぬ経緯があったとしても、大恩あるビクトリアのために……」
と、共に立つことを約束し掛けた時、セルゲイの脳裏に、あのデスバレーでの出来事が頭をかすめた。
ビクトリアと共に立ち上がったノルマン、ネバダ、メシカ、アトラスの王達がたどった運命を。
帝国の力をまざまざと見せ付けられたセルゲイにとって、今度の挙兵も失敗に終わると予感した。
セルゲイは言葉に詰まった。
彼の一言でガザフを危機にさらすことになるのである。
セルゲイは慎重に言葉を選んだ。彼らの要請をどう断ろうかと。
「……だが、帝都にいるワシの娘はどうなる。カザフが裏切ったことを知ると、即座にソフィアは殺されよう……。挙兵は出来ぬ。その代わり、帝国に従わないと約束しよう。そう大王に伝えてくれ」
「……分かりました。では、帝国に従わないと保証は出来ますか。そうでない限り、私は主人の元には帰れません!」
リベルは強い口調で迫った。
馬車の外で見守っていた近衛兵が、彼の声で動揺したほどであった。
「今のワシに出来ることと言ったら、これぐらいのことしか出来ぬが、これで宜しいかな」
セルゲイは一枚の紙に、帝国には従わないという誓約書を書き、自らの血で血判を押した。
セルゲイにとって、シオンを君主と思うからこそ、負ける戦いだと知りつつ帝国に従わずに中立を約束したのだった。
「確かに、受け取りました」
リベルは、セルゲイの誓書をたずさえて、エディルネ城に戻ろうとした。
「今から戻っても挙兵には間に合うまい。どうだ、リベル、ここに残る気はないか」
セルゲイは敗戦を予期し、みすみす有能な人物を失うことを憂いてリベルを自分の家臣として引き取ろうとした。
「我々は必ず勝ちます。シオン陛下は変わりました。強くなたれたのです」
リベルは瞳を輝かせながら言った。
リベルはセルゲイに大きく一礼すると、急いで来た道を帰って行った。
セルゲイはリベルの、『シオンは変わった。シオンは強くなった』と言った言葉に、これで良かったのかと不安になった。
もし、シオンが帝国を倒すようなことにでもなれば、その時、ガザフの立場はどうなるのだろう。帝国を倒したシオンは、今度はガザフを倒すべく兵を差し向けるのではないか、とセルゲイは案じるのだった。
リベルは帝国との決戦となる戦場に向かって馬を走らせた。
だが、ガザフの協力を得られず、彼の足取りは重いものだった。それでもリベルはひたすら馬を走らせ、シオンの元へ向かった。