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報復の大地  作者: 西 一
1章 滅亡
3/58

クーデター

 二〇五九年・二月二六日・木曜日、この日、東京には珍しく雪が降っていた。

 朝から降り出した雪は昼頃には積もり、東京を白銀の世界へと変えている。

 会場の周りには、木戸の部隊二百人が警備に当たり、テロ・ゲリラに備えていた。


 やがて、岡田首相を始めとする政府高官を乗せた車が次々と遣って来て、警備人に守られながら慌しく会場内へと入って行った。

 この様子を遠くから敬礼し見守っていた木戸は、最後の一人を見届けた後、姿を消した。

 ほどなくして、一般市民を集めた国民大集会が始まった。


 同じ頃、千葉県・習志野駐屯地の、第一空挺団の十二機の輸送機が、約一千名の完全武装の落下傘部隊を乗せ、降下演習目的と称して飛び立った。

 しかし、これは予定外の行動であり、上層部の者達を慌てさせた。

「一体、これはどういうことなんだ! 演習の予定など組んだ覚えはないぞ」

 駐屯地司令の空挺団長が厳しく追及するが、

「これは私の責任で行ったものです。非常事態に備えたスクランブル発進の訓練です」

 部隊のリーダーである山崎謙二飛行隊長が説明した。

「そんな言い訳が通ると思っているのか! 今すぐ、引き返せ!」

 山崎飛行隊長はただの演習であることを強調し、事前の報告が無かったのは事務的な手違いであるとして演習の正当性を認めるよう要求するが、当然、上層部は認めない。        

 山崎飛行隊長はこれを無視し、輸送機の飛行を続けた。

 山崎は国民大集会の進行状況をラジオで確認しながら、上層部の命令に対しあやふやな答えをすることで時間を稼いだ。

 

 一方、国民大集会は時折野次が飛ぶものの、平穏に進行していた。

 林防衛大臣も演壇に立ち、今後の自衛隊のあり方などについて彼の考えを述べていた。


 予期しない輸送機による大編隊の演習に驚いた周辺住民からの問い合わせが殺到し、防衛省にもこのことが伝わった。

 これを受けて防衛省は、第一空挺団の所属する習志野駐屯所の駐屯地司令に説明を求めたが、ことを荒立てるのを避けるため、大臣への報告は見合わせた。


 事態を重くみた上層部は、住民の不安をあおる行為であると非難し、山崎に即刻引き返すよう迫った。

「これは防衛省からの命令だ。懲戒免職では済まないんだぞ!」

 重処分になると山崎飛行隊長を脅した。

 岡田首相の演説の時が迫っていたが、これ以上騒ぎが大きくなり、大臣へ報告が入れば国民大集会に影響が出るであろうことは山崎にも予測出来た。そうなれば彼らの計画が水の泡と化すことになる。

 仕方なく山崎飛行隊長は全機に帰還命令を下した。


 会場では閣僚達が演説し終え、最後に岡田首相が姿を表した。

 演壇に立った首相は、経済再建と政治改革のために国民の協力を訴える。

 さすがに選ばれた首相とあって、反対派市民らが騒ぎ立てていた会場がにわかに静まり返った。

 岡田首相は国民の支持を得るために、信頼回復に全力で取り組み、命懸けで改革を成し遂げると約束した。

 

 やがて岡田首相の演説が終わり、その場から立ち去ろうとした時、

『きゃー』

 会場の一部から悲鳴が聞こえ、それは波紋のように広がっていった。

 岡田首相が視線を向けると、拳銃を持った木戸がすぐ近くに迫っていた。

 木戸は警備の目を盗み、一般市民の中に紛れ込んでんでいた。そこには岡田首相に従う木戸ではなく、本性をむき出しにした彼の姿があった。

 岡田首相を始めとして、そばにいた大臣達は慌てて席を立った。

 

 木戸は、閣僚達のいる壇上に銃口を向けると、なんのためらいもなく引き金を引いた。

『ドン、ドン』

 と続けざまに二発発砲し、革命への狼煙を挙げる。

 銃弾は岡田首相をかすめ、壇上に飾られている花瓶が吹き飛んだ。

 会場は市民らの悲鳴と共にパニックに落ち入った。

 岡田首相は鋭い眼光で木戸をにらみながら、

「謀ったな!」

 と叫び、木戸のこれまでの行動が、このために計画されていたことを悟った。


 今度は岡田首相に照準を定め拳銃を構えた。

 この時、心の中で、


 政府が一体、何をしてくれた。俺に何をしてくれたんだ!


 心の奥に残った罪悪感を打ち払うように叫んだ。

 クーデターにためらいがあったものの、もう後戻りは出来ない。そう自分に言い聞かせた。

『ドン』

 銃弾が岡田首相の太ももを貫き、床一面に血がしたたり落ちた。

「グッ」

 全身に激痛が走り、岡田首相はその場にうずくまった。

 悲痛な顔で痛みを堪えている。そんな岡田首相の前に立ちはだかり、

「痛いか? それは国民の痛みであり、俺の痛みでもあるんだ」

 木戸が言い放つ。

 すぐさま会場内の警備をしていた警官が駆け付けると、木戸を取り押さえ、もう一方は総理の元へと駆け寄り、倒れている岡田首相をそっと抱え上げて急いで病院に向かった。

 

 主催者を失い会場は静まり返った。

 場内の人々の視線は木戸の方へと向き、閣僚の一人が、

「なんてことをしてくれたんだ! お前は狂っている!」

 と罵声を浴びせた。

 ひるむことなく木戸は言い返す。

「力無き政府は、もはや無用。ただ混乱を招くだけだ。今日、この時をもって日本国は我ら自衛隊の統制下に入る」

「自衛隊の統制下だとぉ」

 この国民大集会は一部始終中継され、全国に放送されている。

 岡田首相への銃撃という衝撃的な映像が映し出され、日本中の知るところとなった。


 テレビカメラは、クーデターの首謀者である木戸を捉え映し出した。

「俺は、不況に喘ぐ国民に成り代わって一撃を加えたまでのこと」

「なんだと! 貴様のやったことが分かっているのか? ただの人じゃない、この国の首相だぞ」

「狂っている!」

「そうだ、貴様は大罪人だ」

 閣僚達が口をそろえて木戸に罵声を浴びせるも、

 警官に取り押さえられている木戸は、閣僚達をにらみ付け言った。

「あんたらはそうやっていつも国民を見下している。首相とて同じ人間だ! 俺達を、国民をそうした目で見ているからいつまでたっても暴動が収まらないんだ。そして悪くなれば俺達を使い、自分達は手を汚さずにいる。俺達はあんたらの道具じゃない」

「クッ……」

『首相はただの人間じゃない』と罵声を浴びせた大臣は、彼の一言で何も言えなくなった。

 他の閣僚もこの状況を不利と見て黙り込んでしまった。

 会場は一部始終放送されている。不利になると口を紡ぐのが彼らの鉄則のようで、報道関係者はこの状況を察して、慌てて大きく手を振り放送を中止させようとした。


 木戸はにわかに笑い出すや、押さえ付けている警官らを振り払った。

 彼の笑いは言葉で閣僚達を負かしたことではなく、すでにこの会場には『力』が支配していたのである。

 木戸は閣僚達を更に鋭く睨み付けた。

「囲まれているのは、どうやらお前達の方だったな。周りを良く見てみろ」

 場内が再びざわめき始めた。

 いつの間にか会場は、自動小銃を持った木戸配下の隊員達が取り囲んでいた。

 人々は演壇上での行動に誰もが目を奪われ、易々と木戸の部隊の乱入を許していたのだ。


 小銃を持った十数人の隊員が演壇に上がり込んで来て、閣僚達に銃口を向け取り囲んだ。

 閣僚達は逃げ場を失いその場に立ちすくむと、

「話せば分かる、話せば……」

 恐怖の中、震える声で言った。


 怯える閣僚の中でただ一人、林防衛大臣が勇気を持って木戸の前に立ちはだかり、彼の暴挙を阻止しようとした。

「岡田さんはお前に目を掛けていたのだぞ、なぜ岡田さんを裏切った。今までのお前の行動は、全てこの日のために仕組んだいつわりの行動だったのか……。恐ろしい男だ、お前は」

「気付くのが遅すぎたようだな、我々とてこの日をどんなに待ち望んでいたことか。いくら岡田首相に信頼されるようになったからといっても、完全ではなかったからな。首相に直接会うこの機会を我々が見逃すはずがないではないか。全ては日本を変えるため、そのためには少しの犠牲は仕方のないことだ」

「日本を変えるのに、お前の力を借りずとも岡田さんならそれが出来たはずだ。岡田さんは政界きっての有能な人だった。今後二度と現れることがないだろう。やがてはこの動乱を鎮め、良き方向へと導いてくれると私は信じていたのに……。日本を変えると言っているが、実際お前がやっていることは、ただ己の欲望を満たすためだけであって、権力欲に取り憑かれた亡者に過ぎん」

「古い体制にいつまでもしがみ付いていては何も変わりはしない。根本から何もかも新しく作り直し、変えて行かなければならない。そのための起爆剤として、我々自衛隊の力が国民に必要とされているんだ。見るがいい、こいつらが長年の間、政府を牛耳っていたのだ。こんな奴らをのさばらしていては何も変わりはしない。変わるはずがないだろう。見よ! これが現実なんだ」

 自分の命の心配しかせず、ただ怯えうろたえる閣僚達に、

「未だに過去の栄光にしがみ付き、悲惨な現実を直視出来ないでいる。世界に冠たる日本はもはや過去のもので、資源の無い国が、いかに弱い立場で惨めなものであるかを、世界恐慌によって国民は思い知ったであろう。それが現実なんだ。これからどう日本の舵を取るかに我が国の将来が懸かっている。誇り高い日本を、お前達みたいな、なんの行動も出来ぬ政治家に任せていられるか。資源の少ない日本を、その限られたごく僅かな資源を、海から空から狙っている。日々領海、領空侵犯をあからさまに行う隣国中国が、大国ロシアが、本腰を挙げて狙っているんだ」

 銃口を突き付けられ怯える閣僚達を指差し、

「そこのカメラ、この状況を映し出せ! こいつらが今の日本を動かしている政治家だ。我々国民は今まで、こんな奴らに政治を任せていんだぞ!」

 一時中断していた放送を再開させるように指示し、自分達自衛隊が行った行為を正当化させるための格好の場となった。


「やめろ! 木戸、お前のやっている行為は、力を盾に我々を脅迫しているとしか映りはしないだろう。力でねじ伏せようとしても、そこからは何も生まれはしないのだぞ」

 林大臣が説得するも、

「何を言う、力こそが正義! 力こそが唯一時代を変えてきた。それは今日の歴史が証明しているではないか」

「こんなことをしてただで済むと思っているのか! 思い上がるなよ、木戸。今のお前は井の中のかわず、お前が支配出来るのはこの会場内でしかないのだ。そもそも、お前の部隊だけで日本を変えることなど笑止、無理なことだ。諦めて我々を解放し、即刻部隊を退かせるんだ。首相に危害を加え、国家の転覆を謀った、内乱罪の首謀者として死刑は免れぬが、この反乱に参加した者全てを穏便に済ませようではないか。全てはこれからのお前の行動一つだ。多くの部下に慕われているのだろう。その彼らを見捨てたりは出来ないはずだ」

 平静さを装い、大臣としての威厳を見せ付けることで優位に立とうとした林であったが、木戸の一言でその優位は無情にも打ち砕かれた。

「俺を処刑するだと。やれるものならやって見るがいい。行動を起こしたのは何も、俺の部隊だけじゃない。自衛隊は今や、この俺の意思にあるんだ」

 この時初めて、林大臣らの手の届かないところでクーデターが進行していることに気付いた。


 木戸は兼ねてから計画していた通り、空挺団が現れる頃だと思い、外の様子をうかがった。

 しかし、予定の時刻を過ぎた今も空挺団の姿は無かった。

 動揺を悟られるのを恐れた木戸は、余裕の笑みをつくりながら、隊員達に取り囲まれた政府高官達を前にタバコを吸った。

 吐き出す煙に高官達の顔を透かして見ながら、空挺団がしくじったのではないかと思い、自分に万一の時の覚悟が出来ていることを確認した。


 木戸が最後の煙を吐き出し、吸殻を床に押し付けて火を消した時、東京上空に小さな影が現れ太陽の光をさえぎった。

「あれはなんだ!」

「飛行機だ! しかも、数が多いぞ」

 十二機の輸送機が轟音と共にその姿を現した。

 

 大音響と共に東京に姿をあらわした十二機の輸送機に人々は驚き、静まり返った会場にも甲高いジェット音が聞こえ、窓越しにその姿が見えた。

「一体、何が始まろうとしているんだ……」

 人々は不安を隠しきれず叫び声を上げた。


 空挺団が都心上空に達すると、落下傘部隊が次々に降下し始めた。

 会場の窓越しに見た落下傘部隊の降下は、まるで無数のバラの花模様のように美しく華やかに見えた。

 

 空挺団は日頃の訓練の成果を発揮し、不可能と思える都心の限られた地点への強行降下を見事にやってのけた。

 こうして都心におよそ一千名の完全武装した空挺団が降り立った。

 すぐさま木戸の所に、降下成功の通信が入り、占拠目標に移動中との無線連絡があった。

「我々は今、国会議事堂・NHK・防衛省・警視庁・都庁……占拠制圧」

 と次々に通信が入って来る。

 これと同時刻に、首相を狙撃する木戸の銃声を合図として東部方面隊の第一・第十二師団が決起した。

 まさに強大組織である自衛隊が、木戸の意思によって動き出したのである。


 東京に向かっていた第一・第十二師団の隊員約二万人が都心へとなだれ込んで来た。

 すでに首相は倒れ、閣僚のほとんどが木戸によって拘束されている。日本は僅かな期間で無政府状態に陥った。

 東京を騒乱させ、無秩序な状況を作り出すことにより、決起部隊を容易に受け入れることが出来たのである。


 

 木戸は拘束している閣僚達を連れて会場を出た。

 外では木戸の部隊と、駆け付け来た機動隊との間に銃撃戦が行われていたらしく、静まり返った広場には流血跡が点在し、激しかった銃撃戦の跡を物語っていた。

 平穏に済むはずだったこの日が一変し、最悪の事態となった。

 この惨劇を見た林大臣は、木戸にその怒りをぶつけるように言った。

「今日のこの日は、多くの人民の血が流れた。きっと、血の事件として、日本の歴史に汚点を残すことになるだろう」

 その言葉に反論すべく、木戸はすぐさま言い返した。

「今日のこの日を汚点ではなく、維新の日に我々が変えて見せるさ、きっと」

「クッ……」

 林大臣は歯を噛み締め木戸をにらみ付けた。


 銃撃戦にまで発展し、多数の負傷者が出たものの、日本を大きく変える政変劇にしては少ない犠牲で済んだ。

 これも木戸が兼ねてより計画していたことを、彼の忠実な部下が筋書き通りに実行したからであり、その結果、ほとんど抵抗を受けることなく、当初の目的は達成されたのだった。



 木戸は、閣僚などの政府高官らを軟禁させために、それぞれの自宅へ丁重に送った。

 クーデターが成功したとはいえ、新たな政権を打ち立てるまでは、非力ながらも彼らの存在は侮りがたく、また格好の人質にもなり得る。

 更に政府勢力を押さえるべく、部隊を都心に向かわせる一方、木戸は二百名の部下を従え、彼の所属していた陸自の中枢である朝霞駐屯地に向かった。



 移動中の木戸の元に、正確な被害状況が知らされた。

 銃撃戦により負傷者が多く出たものの、死者が一人も出なかった。

 死者ゼロの報告が入ってホッとした木戸は、胸を撫で下ろした。国民の反感を最も恐れた彼は、絶対に命を奪ってはならないと厳命していたのである

 一九三六年・昭和十一年二月二十六日に起こった、いわゆる二二六クーデター未遂事件。それらの違いは死傷者が一人も出なかったことである。故に、国民の共感を得る原動力になり、なんら反乱も起きず、世界的にも前例の無い政変劇を可能にしたのだった。

 

 国道を走る木戸の車は、都心に向かう第一・第十二師団らの部隊とすれ違った。

 人員や物資を輸送する大型トラックや、装甲兵員輸送車、装甲戦闘車などが所狭しと勇敢に走行しているのを見て、クーデターが成功したのだという実感が沸き、すれ違う車両に手を上げながら言い知れぬ余韻に浸っていた。


 陸自の首都進行により、渋滞に巻き込まれた一般の人々のいらだちと不安とが渦巻く中、恐怖に支配された東京は、人々の目に異様な光景を映し出していた。

 迷彩色戦闘服に身を包んだ隊員達を、人々は冷たい目で見ていたが、心の奥底では僅かな期待が向けられていた。

 多くの貧困に喘ぐ中下層の市民らは、彼らに期待し支持した。

 彼らなら変えてくれるかも知れない。この腐敗した政治を、この冷え切った経済を立て直してくれるものだと信じて疑わなかった。

 味わったことのない大不況下で、不安に陥った国民の心の隙を突いたクーデターは、混乱・暴動を招くことなくスムーズに進む。

 理性を失い現実を直視出来ない国民の目に、行動力のある木戸が新たな指導者として映っていたのだった。 



 朝霞駐屯地に着くと、そこはすでに占拠されていて、駐屯地司令で東部方面総監部の幕僚長は拘束されていたが、木戸の上司でもある後藤俊平陸将が、数十人の護衛の警備隊を従え仁王立ちして待ち構えていた。

 木戸の姿を見ると、警備隊がすぐさま彼に銃口を向け、今にも発砲しそうな態度をとり最後の抵抗を試みたが、それは無駄な悪あがきでしかなかった。

 

 木戸は二百名の部下に威圧を掛けさせ、一歩一歩近付いて行った。

 威圧にのまれ、後退りし始めた警備隊に気付いた後藤陸将は、木戸に向かって怒鳴り付けた。

「なんてことをしてくれたんだ、貴様は! ワシは謀反人を育てた覚えはないぞ」

「人は私のことを狂乱者と言うが、私の行ったことこそ正義であり、誰も成し得なかった偉業を達成したのですよ。私がやらねば誰がやった。腐りきった政治を、この不況を、変えられるのは私でしかない。だからこそ、私に付いて来てくれる人がいるんです」

「新しい政権を打ち立てたとて、非合法による新政権を諸外国が認めるはずがない。いずれ諸外国からの圧力が加わり、貴様の政権は倒されるであろう」

「これは日本国内だけの問題であり、日本人による、日本人の手によって打ち立てた政権。諸外国からの圧力は内政干渉だと強く抗議し、反対して行く所存です」

「ヌ、ヌッ……」

 一向に考えを改めようとしない木戸を見兼ね、後藤陸将は警備隊に、

「構わん、撃て!」

 と命じた。

 隊員は銃を構えると引き金に手を掛けたが、木戸はこれに臆せず、更に一歩踏み込み、

「誰に銃を向けているんだ! この俺に銃を向けて、ただで済むと思っているのか!」

 と恫喝、隊員達を睨み付ける。

 彼の一声で恐れをなした隊員はやむなく銃を下ろし、木戸に降伏した。

 

 降伏した警備隊を見て、強気の後藤陸将もさすがに観念したらしく、あの激しかった形相が諦めの表情へと変わり、ガックリと肩を落とした。

「ワシを、殺すか……」

「それは後藤さん、貴方次第ですよ。我々に力を貸してはくれませんか?」

「フッ、死んでも貴様の力にはならんわ!」

「やはり、そう言うと思いましたよ。仕方ありませんね」

「ワシはお前に、今まで目を掛けてやったのだぞ」

「目を掛けていた? フッ、それはこの私を恐れていたからではないのですか。私が今の地位にあるのも、実力があるからでしょう」

「まさに、飼い犬にかまれるとはこのことだな……」

 後藤陸将の返す声には力が無く、まるで独り言のように呟いていた。

 

 木戸は後藤を残して施設内に入ると、通信室から全国各地の自衛隊に、クーデター成功を高らかに宣言すると共に、自衛隊の最高指揮監督権は自分にあり、勝手な行動は謹み、命令には従わなくてはならないと告げた。

 ここへ来た木戸の目的は、自衛隊同士での争いを避け内乱を防止するためである。

 木戸の勢力が及ぶのは、東部方面隊を中心とした首都圏だけに過ぎず、各方面隊の多くの若い隊員達は、木戸らの決起部隊に同調しつつも、情勢を見極めようとする幹部らの強い抵抗に会い動けないでいた。

 彼は今なお沈黙している各方面隊の幹部らの動きを封じることにより、政府勢力を完全に押さえ込もうとしたのだった。


「この放送を聞いている多くの同胞よ、諸君らはこのクーデターを一部始終見ていたであろう。我々の部隊は、国民を苦しめてきた政府に正義の鉄槌を下し、これを倒した。全ては正義を守るために我々は決起したんだ。だが、残念ながら、我々の行動が支持されていない。それは、今もなお政府を支持しているのだろうか? この決起後も、現憲法にしがみ付く衰亡した政府のために働こうというのならそれは間違いだ。何故なら、現憲法は日本人の意志にあらず! アメリカに押し付けられた憲法に従うことはなく、その元で作られた政府など支持するに価値あたいしない。我々は多くの国民に支持され、新しい日本を作ろうとしている。あくまで政府を支持するというのなら、我々の後ろ楯となる国民に対し楯突くことと同じ、これすなわち逆賊だ!」

 と脅したあと、たたみ掛けるように木戸は迫った。

「我々は国民に支持され、その期待を裏切らない政権を作るのに諸君らの協力が必要であり、そのためには全自衛隊の結束が必要とされているんだ」

 ここで木戸は、国民の支持を得ていること、このクーデターが正当であって正義だと言うことを何度も繰り返して言い、彼の巧みな話術で説き伏せた。

 こうして彼は、陸上自衛隊総員十四万人の指揮権を得たのである。


 木戸は、後藤陸将を乗せる護送車を待つ間、部下を遠ざけて後藤と二人きりで語り合った。

「放送を聞いていたが、国民に支持されているなどと大言を吐きおって。お前らを支持するのはひと握りの貧困に喘ぐ下層市民だけに過ぎない」

「ひと握りではない。今や日本中が貧困市民で溢れていますよ。富裕層と貧困者、なんの対策もしてこなかった無能な政府のせいで国は分裂してしまった。一体、誰がそうさせたのですかね」

「……」

 木戸を批判しようと思っていた後藤陸将は、逆に木戸に言い返され無言になってしまった。


 後藤は木戸を責めるのを諦め、彼が日本の将来についてどう考えているのかを聞いた。

「木戸よ、お前はこの日本をどう動かそうと考えているのだ。もはや政府は倒れ無きものに等しく、お前らの思いのままとなったであろう。だが、これだけは言っておく。政治のプロである政治家が政治を行い失敗したというのに、お前らみたいな素人が政治を行えば、先は見えている。違うか! 政治家とは、市町村議から県議、それから国会議員へと階段を上り、経験を積んで大臣、首相という権力者となるもの。日本はそれらの政治家・政党こそが人を統治するものなのだぞ」

「それは、政府に力が無かっただけのこと。我々には軍事力という、本当の意味においての力があり、その力は私の意思によって動くものとなっている」

「お前は、国民に対して、その力を行使するつもりなのか」

「それも、やむを得ないでしょう。我々の新しい政権に反対する者は、全て排斥するつもりです。そもそも、痛みを伴わない改革などありはしない。政府は国民の顔色をうかがってばかりで何もしてこなかった。そのツケが最悪の事態を招いたんでしょう」

「国民の多くがこの不況から逃れることを期待して、お前らの軍事政権を支持しているが、この先、なんら変わることがなければ、国民の怒りをかうことになるだろう」

「どうなるかは、その目でジッと見ていてもらいましょう」

 後藤は、木戸の自信がクーデターを成功させた勢いからくるものだと思い、反逆者木戸への憎しみが消えることはなかったが、今となっては日本のためにも木戸の新政権を支持するしかなかった。

 

 やがて護送車が来ると、二人の前で止まった。

 丁重に後藤陸将を護送車に乗せると、木戸とその部下二百名は、上司への裏切り行為に対し、僅かながらの罪滅ぼしのように護送車が彼方へと消えた後も敬礼し続け、いつまでも上司としての後藤を見守っていた。


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