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報復の大地  作者: 西 一
3章 宿命
29/58

誓い

 ザルツ帝国の七王国支配という悲劇をよそに、難を逃れたシオン達は東方世界に向かっていた。

 帝国の勢力の及ばない東方の国、ローマ王国にシオン達は向かった。

 彼らの前にはグレートビクトリア砂漠が立ちはだかっていた。

 この砂漠を横断するには馬が欠かせない。だが、帝国の追っ手から逃れることで馬は疲れきっていた。それに、十分な水も食料も無く、砂漠の横断は彼らにとって無謀な行為であった。


 砂漠の風土は想像を絶する厳しさで、蚊の涙ほどの雨量と強烈な砂嵐。そして、地獄のような乾きが彼らを襲った。

 生きる気力を無くしていたシオンにとって、この横断は不可能であっが、そんな彼をヘルメスとリベルの二人は献身的に支えた。

 

 ついに馬が力尽き、彼らは自力でそこから脱出しなければならなくなった。

 どこまでも続く砂漠の道を、シオンは二人に抱えられながら歩いていが、この行為の無意味さにシオンの足が止まる。

「これ以上、生きていても仕方がない。この場で死のう。お前達は、良くこの私に付いて来てくれた。感謝しているよ。だが、これ以上私に、生き恥をかかせないでくれ、頼む」

 この場で自害するとシオンは言った。

「何を言われます陛下、次の機会が来る時まで弱音を吐いてはいけません」

「まだそんなことを言っているのか。次の機会など来るはずがない。私は、何もかも失ったんだ」

 シオンはこの時、死んでいたのかも知れない。

 むしろ、死んでいた方がマシだと思った。経験したことの無い挫折感と、大切な者を失った喪失感、その苦しみから逃れるために彼は死を望んだ。


 それでもヘルメスとリベルはシオンを抱え、無言で歩き出した。

 中でも、ヘルメスはシオンの師として、彼を生かさなければならないという使命感を人一倍に感じていた。ヘルメスは、シオンとリベルの二人を生き延びさせようと、その気負いが自らの気力と体力を極度に消耗させていた。


 リベルが倒れると、さすがのヘルメスも力尽きて動けなくなってしまった。

 そしてとうとう、シオンとリベルを支えきれずにその場に倒れ込んだ。

 しくも、その場所は、シオンの兄であるガイアー王子が自害した、ムルロアと呼ばれる場所であった。

 三人はローマ王国の辺境の地である、ムルロアの砂漠の中に消えようとしていた。


 薄れゆく意識の中、ヘルメスは背後に人の気配を感じた。


 ――こんな所まで、追っ手が……。


 帝国の追っ手が迫っているのだとヘルメスは思い、シオンを隠そうと最後の力を振り絞って自分の体で覆った。

 それが彼に出来る精一杯の行為だった。

 

 人影はだんだんとこちらに近付いて来る。

 ヘルメスは、


 もはや、これまでか……。


 と諦めざるを得なくなった。

 遠のく意識の中でヘルメスは、一人の男の姿に瞳を輝かせた。

「――生きて、いたのですね、セシル様。あとは、頼みましたよ……」

 と、かすれるような声で言った後、彼は意識を失い、深い眠りに付いたのだった。


 

 眩しい朝日の光に照らされ、眠り続けていたリベルが目を覚ました。

「ここは、一体?」

 ふと我に返ったリベルは一瞬、帝国に捕らえられたのだと思って警戒し、シオンを探した。

「やっと目覚めたか、リベル。安心するがよい。お前達は帝国の魔の手から逃れることが出来たのだ。ここは、ローマ王国の西に位置するトラキアの、エディルネという廃虚となった町。我らがエディルネ城にたどり着いたのだ」

 声のする方に振り向くと、彼は驚いた。

「――セシル様ではありませんか。生きていたのですね」

と涙を流しながら言った。


 だが、セシルと思われた人物は彼の問に頷かなかった。

「いいや、私はセシルではない。私の名はゼノン。ゼノン・バレン。そう、セシルは私の兄だ。私は兄、セシルの命によって、伝説の王子だったシオン殿下を探すために東方世界に派遣された。それがいつしか東方世界の帝国打倒の拠点として組織されるようになったのだ。後進国とさげすまれてきた東方世界には、未知なる力が眠っている。その力を帝国打倒への勢力へと組織するようにと、兄に命じられていたのだ。ここ、エディルネ城を拠点としてな」

 ゼノンの後ろには、十人の貴族がいた。

 そして、彼らのもとには八百人のビクトリア兵が、その家族三千人と暮らしていて、セシルが再興したビクトリア王朝と同じ王朝が、小さいながらもこの辺境の地で存在していたのだった。

 リベルは、ゼノンを始めとする組織が東方世界に存在することをセシルから聞いてはいたが、まさかこんな形で遭遇するとは、まさに奇跡としか言いようがなかった。


 天はまだ、我々を見捨ててはいなかったんだ。


 と天を見上げたリベルがハッとして、

「陛下は! 陛下は御無事ですか?」

 急に顔色を変えた。

「ヘルメスは回復に向かっているが、陛下は未だに危険な状態が続いている。これも経験したことの無い挫折感と心労が陛下の体をむしばんでいたのであろう。おいたわしいことだ……」

「このままでは、今までの努力が報われない。なんのために危険を犯してまでたどり着いたのか。全ては陛下のため、陛下が生きてさえいればこそ、遣って来られたのに……」 

 ふたたび天に向かってヘルメスは、シオンの回復を祈った。


「それにしても、どうして我々に力を貸してくれなかったのですか。貴方方がいれば、どれほど勇気付けられたことか」

 リベルは不満を口にするが、

「我らとて、どんなに駆け付けたかったことか。我々の勢力は非力である。私達を含めて千人にも満たない勢力なのだ。それに兄は、この戦いに負けることを予期していた節がある。それ故、兄は私にこの地に留まるように命じていたのかも知れない」

「帝国軍との戦いに負ける? そんなことがセシル様に分かっていたとでもいうのですか」

「いいや、勝敗は時の運であり、戦って見なければ分からないはずだ。だが、兄は負けるという、そんな気がしていたに違いない。負けると思いながら兄は何故戦ったのか、それは陛下の戦う気を失わせたくなかったからだろうと私は思う。この時期、陛下の気持ちは揺れていた。戦争か恭順か。気の優しい陛下の気持ちが変わらない今こそ戦わなければならないのだと、兄は手紙を通して私に訴えていた。陛下を生かせたかったからこそ、十二神将であるお前達を片時も陛下のそばから放さなかったのだ。そもそも十二神将とは、軍を率いて真っ先に戦場に向かう将軍のことである。そのお前達が陛下を守ってくれていたからこそ、あの惨劇の中、陛下をここまで連れて来ることが出来たのではないのか」

「そうですね……」

 リベルは、ただひたすらシオンの回復を祈るばかりであった。

 


 数日後、眠り続けていたシオンとヘルメスの二人に変化が現れた。

 回復に向かっていたヘルメスの容態が急に悪化し、その時と同じくして、シオンが回復に向かったのである。

 

 その後、ヘルメスは回復することなく息を引き取った。

 ヘルメスの死は、死の淵でさ迷うシオンを自らの命を投げ出し助けたとして、同胞達はヘルメスを真の忠臣として讃えた。


 程なく、シオンは深い眠りから目覚めた。

 彼はヘルメスの死を知ると共に、全ての出来事をゼノンから聞かされた。


 何日経っても元気の出ないシオンに、ゼノンは自分の思いを彼にぶつけた。

 彼に早く立ち直ってもらうために。

「死んで行った多くの同胞のためにも、陛下には強くなってもらわなければなりません。帝国は七王国をも支配下に置き、圧力を掛けてきています。ここローマでも、一万にも及ぶ駐留軍を派遣したそうです。帝国は力によって世界を支配しょうとしているのです」

「帝国を倒すのは無理だ。それは身を持って分かった。それに、この私に戦う気が無いのだから、勝てるはずがないではないか」

「何を言われます。たった一度の戦いに負けたからいって、それで諦めてはいけません。それでは、なんのために多くの同胞が死んで行ったのですか。彼らは明日に希望をつなげるために死んで行ったのですよ」

「人々を死なせたくないのなら、戦うことをやめればいいではないか。むしろ、強大な力のある帝国が世界を支配していれば、争いは無くなるだろう。そして、誰も犠牲になることはないのだから」

 感情が無く、他人事のように語るシオンに、

「本当に、陛下はそのように考えているのですか。帝国はその強大な力によって人々を苦しめているのですよ。それが分からない貴方ではありますまい。それ故、帝国と戦ったのではありませんか」

 語気を強めてゼノンは言った。


「そんなに帝国と戦いたいのなら、貴方が私に代わって戦えばいいではないか。所詮、私は、王としての器ではないんだ。皆が私を祭り上げているだけで、私には、なんの力も無い。いっそ、生まれて来なかった方が……」

「なんと情けない御言葉、これがリード王の血を受け継ぐシオン様だとは……。一度の戦いに負けたからといって、その御言葉は情けない」

 シオンの言葉に、ゼノンは失望した。


「何を言われます。例えゼノン様でも、陛下に対して言い過ぎではありませんか」

 と、話を聞いていたリベルが堪り兼ねて言って、

「安全な場所で見ていた貴方方には分かりますまい。あの戦いがどんなに凄惨を極めていた戦いだったかを。落ち込んだ陛下を、どうして優しく包んであげられないのですか。私達が負けたからですか? 私達がビクトリアの名に傷を付けたからですか?」

 矢継ぎ早の質問攻めにゼノンは困惑する。

 二人のやり取りに居ても立っても居られず、シオンは部屋を飛び出した。


「貴方方に聞きたい。貴方方は陛下が大事なのですか、それとも、ビクトリアという国が大事なのですか。私は勿論、陛下を一番大事に思っています。陛下のためなら、貴方方を敵に回しても戦うつもりです。それでは、これで失礼します」

 リベルはそう勢い良く言うと、シオンの後を追って部屋を出て行った。

「リベルの奴、陛下と国を秤に掛けおって。今の私はどちらもいとおしい。それが、これからこの国をまとめて行かなければならない私の使命だと思っている。陛下にもリベルにも、分かってもらえる時が来るだろう……」

 自分に言い聞かせるようにゼノンは静かに呟いた。



 シオンを追って出て行ったリベルは、ヘルメスの眠る墓の前で彼を見付けた。

「こちらにおられたのですか、心配しましたよ」

「……」

 シオンはヘルメスの墓を、ただ黙って見詰めていた。

 彼は、ヘルメスや死んで行った多くの人々の冥福を祈っていた。


 ふと、辺りを見回すと、墓の周りに小さな花が咲いていた。

「こんな所に花が……こんな砂漠の中に花が咲いている。この厳しい環境の中で、枯れることなく立派な花を咲かせている。この花にとって、花を咲かせるということが何よりも大事なのだろう。こんなちっぽけな生命でも逆境に負けず、花としての使命をまっとうしているというのに……私は、私には逃げることしか出来ないでいる。私には、生きる勇気さえ無いんだ……」

「陛下……」

 シオンは無意識のうちに涙が出ていた。

 次第に、悔しさが涙と共に込み上げて来るのだった。


 その夜、シオンは夢にうなされた。

 デスバレーでの戦いが鮮明に彼の脳裏に浮かび上がっていた。

 夢の中でシオンは、自分を守って死んで行く兵士達の無念な死に様を、何も出来ずに見ていた。

 あの時は何も出来なかったが、自分が新しく生まれ変わるためにも、今度こそ彼らを助けよう。そうシオンが思えば思うほど、彼らはどんどん放れて行く。

 そして、シオンに何かを訴え掛けるように彼らは消えて行った。


 シオンは目覚めた。

 体は汗でびっしょり濡れていた。彼は夢の中での恐怖を引きずっていて、その余韻が今も残っていた。

「どうかなされましたか、陛下。うなされていましたよ」

 リベルが心配そうにシオンの顔を覗き込む。

「夢を見た。恐ろしい夢を……みんなが私に言い聞かせるんだ」

「どんな夢です?」

「夢のことは後でゆっくり話す。リベル、すまないが大至急、みんなを集めてくれ」

「こんな夜遅くに、ですか?」

「そうだ。今、みんなに話したいことがあるんだ。私の気が変わらないうちに」

 シオンの瞳は今までとは別人のように輝いていた。

 リベルは直感した。シオンが立ち直ったことを。

「ハイッ! 今直ぐに呼んで来ます。寝ている者を叩き起こしてでも呼んで来ます」

 リベルは喜び勇んで皆を呼びに行った。


 

 エディルネ城の庭に集められた三百人余りの兵士達は、眠い目をこすりながら、誰もが、これから何が起こるのかと不安になっていた。

 当然ゼノンも、この召集に不安を隠しきれなかった。

 兵士達の前に立ったシオンは、彼らに向かって言った。

「この命が尽きる日まで、私は戦い続けなければならない運命にあるのかも知れない。私は、今まで逃げていた。でも、逃げてばかりいても何も解決はしない。ならば自ら戦い、勝ち取らなければならない。それが私に果たされたビクトリア王としての使命なのだろう。私は夢を見た。私を守って死んで行く彼らの姿を。彼らは死んで行ったけれども、私はこうして生きている。そして、彼らの意志も同じく生きているんだ。死んで行った者達が私を生かしてくれた。ならば、死んで行った者達の意志を、私は生き残った者として継がなければならないのだと悟ったんだ。彼らの意志とは、つまり、帝国の打倒。中央世界を取り戻すことが彼らの願いであったのなら、私は戦わなければならない。彼らのためにも、必ず帝国を倒す。それがいつになるかは分からない。何度叩かれても、私はもうくじけない。生きている限り、私は何度でも立ち向かう。そして、約束しょう、帝国を倒すことを。そのために私に力を貸して欲しい。この私に、みんなの命を預けて欲しいんだ」

 シオンの誓いの言葉に、皆震えた。

「良くぞ言われました。私はこの日が来るのを、どんなに待ちわびたことか。やはり、陛下は真の王です」

 立ち直ったシオンに、ゼノンは涙を流しながら言った。


 シオンの言葉は、どん底の中から這い上がって来た兵士達に勇気と希望を与えた。

『オーーッ!』

 彼らは大歓声で応えた。

 辺境の地であるトラキアに、再び帝国打倒の光が小さいながらも輝き始めた。

 兵士達の歓声が、いつまでもエディルネ城に響き渡っていた。


 

 一方、メシカ王国の東部にあるメリダという小さな町に、三人の女性が人混みの中を歩いていた。

 三人の中の一人こそ、マラリンガ城陥落の際に、かろうじて逃げ延びることの出来たセーラ妃であった。

 彼女の目は光を失っていた。

 二人の侍女が目の不自由なセーラをしっかりと守っていた。


 三人の後を、数人の盗賊らしき不審者が後を付けていた。

 二人の侍女がこの人物に気付き、セーラを引っ張るようにして人混みの中に紛れ込んだ。


 彼女達がホッとしたのも束の間、前方からも多くの盗賊らしき人物が近寄って来る。

 気付くと、三十人位の徒党を組んだ若者に三人は囲まれていた。

「俺達から逃れようとしても無駄だ。大人しく金を渡すんだな。俺達には分かっているんだ。お前は、この地方の領主の娘だろう。変装していても、お前達の行動を見ていれば一目瞭然だ。命までは奪わない、有り金を全部渡すんだ」

 野盗のリーダーらしい大男が言って、セーラの手を引っ張った。

「何をするのです! 王妃様に対して無礼ではありませんか」

 一人の待女が、セーラを握っている男の手を払い除けた。

「王妃? だと。お前、メシカ王の王妃なのか。ならば、それなりの大金を持っていよう」

 と言って男はセーラの顔を覗き込んだ。


「う~ん? お前、目が見えないのか。それはそれは、苦労しているんだな。だが、俺達の苦労に比べれば生優しいもんだ。本当のことを言うと、俺達はビクトリア軍の残党なんだ。帝国の目に付かぬように俺達は生き延びて来た。今ではこんな盗賊にまで落ちぶれてしまったが……。その屈辱がお前達に分かるか。どんな思いで今まで生き延びて来たかを」

 彼の言葉を聞いた待女は思わず喜んだ

「貴方方はビクトリアの人間だったのですね。良かった。この御方はセーラ妃なのです。今直ぐ、私達を安全な所に案内しなさい」

と、待女が野盗に命令口調で言った途端、

「なにぃ」

 彼らの目付きが変わり、三人を取り囲んだ。


「なっ、何をするのです。私達は……」

 男はセーラを睨み付けるようにして言った。

「確かに、俺達はビクトリア軍の残党だ。本来ならお前達を助ける義務がある。だが、腑抜けなあるじを持ったばかりに俺達はこんなにも落ちぶれてしまったんだ。分かるか、お前に、俺達の気持ちが」

「腑抜けな主とは、国王陛下のことですか?」

 と、待女は顔色を変えながら聞いた。


「そうだ! 他に誰がいるというんだ。戦場で我々を見捨てて逃げ出した腑抜けな男だ。しかも、敵に一矢報いることもせず、にだ。どうせお前も命欲しさに、家臣を見捨てて逃げ出したのであろう。上の者は自分のことしか考えてはいないんだ。この怒りは、あんたを殺さない限りおさまりはしない」

「王妃様を殺す……。貴方という人は、それでも誇り高きビクトリアの軍人なのですか!」

と怒りのあまり言い放った待女を抑えて、セーラは一人、前に出た。

「申し訳ありません。貴方方の気の済むようにして下さい。陛下のいないこの世に、なんの未練もありましょうや。ただ、二人には何もしないと約束して下さい。責めを負うのは私一人で十分、どうか、どうかほこを収めて下さい」

 一心にセーラは頼んだ。

「ウッ……」

 男はセーラの言葉にたじろいだ。

 てっきり命だけはお助け下さい、と命乞いするものとばかり思っていたのに、思わぬ返事が返ってきたからだ。


 更に待女が付け加えて言った。

「王妃様は、決して自分一人が助かりたいと思ってはいなかった。むしろ…」

 待女の言葉をセーラは遮った。

「よしなさい。もういいのです。彼の言う通り、私が生きているのは事実なのですから。陛下の城が敵の手に渡ってしまったのですから」

「いいえ、言わせて下さい。この分からず屋に本当のことを言ってやらなければ、余りにも王妃様が可愛そうです。王妃様は、決して一人だけ助かろうとしたのではありません。むしろ、最後の時まで、あの場を離れないと言い張り、家臣と共に死のうとしていたのです。国王陛下との約束を果たせなかったことを気にされて死のうとしたのですよ。宰相様の言い付けで王妃様を守れと命じられていた私達は、家臣達の後を追って燃え盛る炎の中に身を投じようとしていた王妃様を私達が助けたのです。その時、不幸にも王妃様の目は光を失ってしまったのです」

 この待女の話を聞いて、男の体が振るえ出した。


 男はセーラの光を失った瞳を見詰めながら、

「死ぬ必要はない。主は生きている」

 と言った。

 セーラは一瞬、自分の耳を疑った。

「今、なんと言われました」

「主は生きていると言ったんだ。俺は偶然、主の処刑現場に居合わせた。あれは主ではなく、主の陰武者であるユノと言う人物だった。主は生きている。だから、あんたは死ぬ必要はない」

「陛下が、生きている……」

 思いもしなかった言葉にセーラは呟く。

「俺は帝国軍の強大な軍事力を恐れていた。いや、逃げていたのかも知れない。そもそも、俺があんたのことをとやかく言う資格は無いんだ。そうだろう? 恐らく主は、東へ向かったに違いない。帝国の力のおよばない東へと落ち延びたはず。落ちぶれたとはいえ、俺達も誇り高きビクトリア軍の一員だ。約束しょう、必ずあんたを主に会わせて見せると。命に代えてもな」

 こうしてセーラは心強い味方を得た。


 目の不自由なセーラにとって過酷極める旅になだろう。それでもシオンが生きているという事実が、彼女の生き甲斐となり心の支えとなった。

 セーラはシオン会いたさに、遥か遠い東方世界へと旅だった。


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