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報復の大地  作者: 西 一
2章 新世界
27/58

デスバレーの戦い

 シオン率いる五カ国連合軍は、帝国国境に差し掛かっていた。

 連合軍の前に立ちはだかったものは、死の谷の異名を持つデスバレーであった。そして、この地で連合軍は朝を迎えた。

 一帯は大地の隆起によって、至る所に巨大な亀裂が何本も走っている。その中央部に、帝国を結ぶ公路が通っていて、それがデスバレーと呼ばれる狭間であった。

 高い渓谷の頂から、昇る朝日が彼らを照らしていた。

 

 その日は、いつもと変わらぬ朝であった。

 時代の転換点は、ひたすら平静を装っている。それが指揮する者の心を惑わせ、大きな時代のうなりへと誘い込んでいるのだ。

 歴史に名を残してきた事件もまた、なんら変わることのない一日に過ぎないのである。


 シオンがデスバレーの前でためらっている頃、帝都の様子を探っていた密偵が帰って来た。

「帝国はすでに、我々を討つべく出撃していました。十万にも及ぶ帝国軍は、西に進路を取りながら、ゆっくりとこちらに向かっています。帝国軍の動きから、早くて明日、帝国との決戦は明日以降になります」

「大儀、ご苦労であった」

 とシオンは労って、安心して死の谷に入って行った。

 だが、密偵の報告は誤報であった。密偵の見た軍隊は、連合軍をあざむくためのおとりの軍隊。精鋭の機動部隊が連合軍の間近に迫っていることを誰も知らなかった。



 ゆっくりと谷間を進んでいた連合軍は、更に狭くなった狭間を進んだ。

 その時突然、軍馬が声高く鳴いた。

「――敵だ、敵が頭上にいるぞ!」

 と一人の兵士が叫ぶ。

 釣られてシオンが見上げると、そこには数万の敵兵が軍馬の声を殺して静かに待機しているのが見えた。

 その中に、宿敵カイザーの姿があった。


 シオンの体の奥底に眠る潜在能力が働いて、

「全軍、全速前進!」、

 と危機を回避すべく号令を掛けた。

 兵士達はシオンの号令に呼応して走り出した。


 シオンの判断は正しかった。狭間をかなり進んでいる今、引き返せば敵の攻撃により壊滅していたであろう。

 連合軍はひたすら全力で走った。

 

 頭上からは容赦なく矢が放たれ、投石も行われた。

 放たれた矢は加速度を増し、ビクトリア軍兵士に突き刺さった。帝国軍が狙っているのは、連合軍の主力とも言うべきビクトリア軍である。

 見下ろすカイザーが、

「遅いのぉ、これが帝国に刃向かった軍なのか」

 と、連合軍をさげすむように言った。


 帝国軍は、逃げる連合軍に付いて動き出した。

 まるで彼らが得意とする、狩猟をしているかのように連合軍を追った。

 その間も弓隊による矢の攻撃は続き、その攻撃は強まるばかりであった。


 ビクトリア軍の兵士達は次々に倒れていき、その屍の上を軍馬が踏み付けて行った。

 彼らには、僅か数十メートルしかない狭間で、ひたすら出口を目指して走るしか出来なかった。

 

 連合軍の中にも、勇気ある者は矢を放ち帝国軍兵士に傷付ける者もいたが、優劣は歴然としていて、帝国軍の優勢は動くことはなかった。

 総指令官のシオンを守ろうと、十二神将達は身を呈して弓隊からの攻撃を防いでいた。

 十二神将が壁となって、鋭い矢の攻撃を防ぐ。

 シオンの壁になっていた十二神将から、ドスッ、ドスッ、という肉体に突き刺さる強い衝撃が彼にも伝わって来くるが、

「私は大丈夫です。あと少し、あと少しの辛抱です。死の谷を越えるのは」

 死を前にして、彼らは笑みを見せながらシオンに言い聞かせた。

 アレス、キロン、サルス、ソル、ディアナ、ビスタ、レト、そして、ダイがシオンの盾となって死んで行った。


 シオンには悲しむ時間は無かった。彼には一刻も早くこのデスバレーを越えなければならず、それが唯一、死んで行った者達への償いだと思ったからである。

 傷付きながらも連合軍兵士は走った。


 高台から見ていたザクセンの顔が見る見ると変わった。

 先の大戦で、ビクトリア軍の名立たる将軍達は死んでしまい、残った者は無名の兵士ばかりである。

 ビクトリア軍はいわば二流の軍隊で、ザクセンは、繰り出す矢の攻撃によって混乱し、逃げ出すものだと思っていたのだ。


 何故こんなに勢いがあるのかザクセンは考えた。

 兵士達にはシオンという光輝く存在があり、彼の存在によって勇気が生まれてくるのだと。何より、国を滅ぼされた復讐心が彼らを強くしているのだと気付いた。

「恐れながら申し上げます。敵は予想以上に強く、このままでは死の谷を突破するのも時間の問題でありましょう。このまま戦いを続けても負けることはないでしょうが、万が一のため、ここは一旦しりぞき、後続の本隊と合流して、万全の体制を整えた上で反乱軍を迎え撃つべきです」

 顔色を変えたザクセンがカイザーに撤退を進言した。

「撤退など認めぬ。帝国に、撤退など有り得ないことだ」

 カイザーは急に攻撃を中止させると、部隊はゆっくりと連合軍の後に続いて進んで行った。


 連合軍は勢い良くデスバレーを抜け出すと、水を得た魚のように力を盛り返す。

 ビクトリア軍を中心に、ノルマン、ネバダの両軍が右翼に、そして、メシカ、アトラスの両軍が左翼に布陣した。耐え忍んで優位に立った連合軍に対して、帝国軍はなだらかな高台を背にした不利な状態になってしまった。

 機動部隊の騎兵が緩やかな高台から降りて行って、連合軍と激突。

 本格的な戦闘が始まった。


「このままでは数に勝る反乱軍が有利です。撤退の命令を御出し下さい」

 とザクセンは必死でカイザーを説得するが、

「予は、退かぬ」

「し、しかし……」

「帝国の、真の力を見せてやる。そこで大人しく見ているがいい」

 と不利な状況に陥ったにも関わらず、依然として余裕の笑みを浮かべていた。

 それに、重臣達にも焦りの色が全く感じられなかった。戦いの素人であるザクセンには、一体何が始まろうとしているのか分からなかった。                 


 戦場を見詰めていたカイザーは突然、右腕を上げた。

 後方にある重量物搬送用の戦闘用荷車に、布で包まれた物体が載せてあり、静かに前方に運ばれて来た。その数九台。

 物体を覆っている布を取り除くと、青く淀んだ筒状の物が姿を現した。

 不気味な筒状の物こそ、帝国軍が切り札とする物であり、カイザーの余裕の笑みはこれからきていたのである。

「あれは?」

 とザクセンが聞くと、

「あれは、帝都建設の際に出土した、祖人の兵器」

 カイザーが説明する。

「百年の歴史を持つ、あの祖人の……」

「初の、実戦投入だ。その威力は、それまでの、戦の概念を変えるだろう」

 と言ったカイザーが、

「攻撃開始!」

 攻撃命令を下した。


 カイザーの号令と同時に指示を伝える伝令が走り、戦場に信号旗が翻った。

 次の瞬間、

『ドゴーン、ドゴーン』

 と鳴り響いた。

 耳をつんざくような大音響が地平線にこだまする。

 直後、敵陣の兵士達がその大地ごと吹き飛ばされた。まるで稲妻が落ちたような轟音と共に、凄まじい破壊力を見せ付けた。


「――なんだ! 一体、何が起こったんだ」

 シオンはこの状況に不安を抱いた。

「あれです! 帝国軍の新兵器です」

 ヘルメスが高台にいるカイザーの辺りを指しながら言った。


 それはかつて、祖人(旧人)達が、自分達の領土を守らんがために、限られた資源を掻き集めて製造した青銅砲であった。

 戦闘を好むザルツ人は、青銅砲の破壊力に興味を抱き、極秘裏に研究を続けていた。

 長年眠り続けていた青銅砲は、帝国軍の新兵器として、今蘇ったのである。

 

 九門の青銅砲が一斉に火を吹き、次から次ぎへと砲弾が飛び出した。

 見えない敵からの攻撃によって、連合軍は大混乱に陥った。

 大砲の絶大な殺傷力と破壊力の前に、連合軍は成す術も無い。


 間髪入れず、カイザーは温存していた十字軍の出撃を命じた。

 皇帝を守護する世界最強の親衛隊。シャドウ・バイエルン将軍に指揮された五千の精鋭からなる十字軍は、全身黒一色の甲胄で身を固めている。

 連合軍の兵士達は、黒い部隊を見ただけで恐怖し、逃げ出す者が続出した。

 青銅砲の破壊力に加え、十字軍の怒涛の進撃によって連合軍は総崩れになった。

 シオンからの指揮は途切れ、兵士達は思いのままに逃走し出した。

 この時点で勝敗は決してしまった。

 

 ヘルメスはシオンの身を案じて、彼だと分かる派手な黄金の甲胄を脱がせると、勝手に撤退を命じた。

「何をする! 私は退かぬ。まだ戦いは終わってはいない。私は戦うぞ!」

 死んで行った十二神将のためにも、退くことは出来ない。

「陛下、すでに勝敗は決しています。ここは一端退き、軍を立て直すことが先決です。今、我々の軍はバラバラとなって混乱しています。指揮系統はズタズタに引き裂かれ、諸王国軍との連絡が取れぬ有り様。もう陛下の意思を伝えることが出来ません。これ以上戦っても、有能な兵士を失うだけです」

 ヘルメスは目を真っ赤にし、涙を浮かべながら訴えた。

 まさかの敗北に、シオンは愕然とした。

「クッ、もはや、ここまでか……」

 唇を噛み締めながら言った。


 撤退を覚悟したシオンにも危機が迫っていた。

 十字軍を指揮するシャドウ・バイエルン将軍が、名馬、暗黒王の異名を持つハーデスに乗って、もの凄い早さで近付いて来ていたのである。


 シャドウ将軍は長い槍を持ち、シオンを守る衛兵達を自慢の怪力で串刺しにして行った。

 異様な殺気に気付いたバルカンは反転し、シャドウに向かって攻撃を仕掛けた。

 シャドウはバルカンの攻撃を難なくかわすと、今度は彼の鋭い槍先がバルカンを襲った。

『ガキーン』

 バルカンは本能と反射だけでかろうじて防ぐことが出来たものの、掌から肩まで走った衝撃は、到底太刀打ち出来ぬ相手であることを知らしめた。

 この間シャドウは、バルカンを無視して走り出す。彼の目にはシオンという獲物だけしか映っていなかった。


 シャドウ将軍は目の前の衛兵を蹴散らしながらシオンに追い付き、力任せに槍をシオン目掛けて突き刺した。

『キーン』

 追い付いたバルカンがシャドウの攻撃を防いだ。

 次の瞬間、彼はシャドウに飛び掛かかると、二人は馬から勢い良く落ちた。

 バルカンの身を呈した行動によって、執拗に迫るシャドウの追撃から逃れることが出来たのである。


 シオンはバルカンの身を案じながら振り返ろうとした。

「見てはいけません! 振り返らないで下さい」

 と追従するヘルメスが制止する。

 それでも無視してシオンは振り返った。

 シャドウが高らかに上げている右手には、血まみれになったバルカンの首が見えた。

「うわぁー!」

 とシオンは絶叫した。

 そして、バルカンの仇を取ろうとシオンは手綱を引っ張り馬を止めた。

「止まってはいけません」

 馬首を返そうとするシオンの馬の尻を、ヘルメスは思いっ切り叩いて、シャドウから遠ざける。

 急に走り出した馬に、シオンは振り落とされないためにしがみ付くのが精一杯だった。


「逃げるか、シオン! 殺された者の仇を取らぬのか。怖じ気付いたか、シオン!」

 シャドウはシオンに罵声を浴びせ、彼を討ち損なった悔しさを吐き出していた。

 シオンは歯を食いしばりながら、全力疾走する馬にしがみ付いていた。

 彼に付き従う者は、ヘルメスとリベルとユノの三人だけとなっていた。


 高台で眺めていたカイザーは、

「あっけないものだな。二十万という兵力を有しながら、その数の多さが仇となって混乱をきたし、自滅して行った。そもそも、シオンは將としての器ではなかったのだ」

 一人、静かに呟いていた。

「恐れながら申し上げます」

 と、そっと近付いたザクセンが言って、

「もし、シオン公が前進の号令を掛けていなかったら、私の予想していた通り、新兵器を使うまでもなく反乱軍は壊滅していたことでしょう。並の指揮官なら、我らの奇襲に恐れて後戻りするはず。あの時見せたシオン公の、とっさの判断力。彼の持つ本能を垣間見た気がします。彼は間違いなく、リード王の血を受け継いでいます。勇猛だったリード王の血を。シオン公の本当の力が覚醒していない今こそ、叩くべきです。この機会に、必ずシオン公の命を奪わなくてはなりません」

 カイザーに進言した。

「お前に言われなくとも分かっている。帝国に逆らった者共は、死あるのみだ! ゲイツ、お前にシオンの処刑を命ずる。必ず奴の命を奪え、分かったな。敵に情けは無用だ。死体の山を築いてこい」

「ハッ!」

 カイザーは宰相のゲイツに、敗走する連合軍の追撃・撃滅するための残党狩りを編成させ、そして、シオンの処刑を彼に命じた。


 この言葉を聞き、ザクセンは安堵の溜息を付いた。

 多くの人命が奪われたものの、帝国による安定した時代を切り開くためには避けられない犠牲であり、シオンの死をもって、彼の目的は達成せれるのである。

「ザクセンよ」

 とカイザーが声を掛ける。

「ビクトリア並びに帝国に反逆を企てた者共を一掃出来たのは、ひとえにお前の働きによるところが大きい。その戦功により、お前にビクトリア領を与える。今日をもって、お前は貴族となるがいい」

「オー」

「なんと……」

「広大なノルトラインの全てを……」

 と重臣達の驚きの声が漏れる。

「ありがたき、幸せにございます。この御恩は、一生忘れは致しません。今後とも帝国のため、皇帝陛下のために一身に働きます」

 その場にひざまずいたザクセンが、カイザーを見上げながら感謝の気持ちを述べた。 

 ザクセンは今までの功績が認められ、広大な領地と、貴族の称号が与えられた。

 ザクセンの異例の出世に、そばにいた重臣達は彼に脅威を感じた。今まで取るに足りぬ存在であると思っていたザクセンを、重臣達は敵視するようになった。


「シオン公が死んでしまえば、もはや帝国に逆らう者はいません。このような反乱は、二度と起こることは無いでしょう。ビクトリアはこの反乱の張本人であり、見せしめとして叩けば良いものの、諸王国だけは温情を持って、僅かな罰だけにとどめおくよう、くれぐれもお願い致します」

 と、ザクセンは重臣達を前にして、誰にも遠慮することなく自身の考えをカイザーに進言した。



 戦場跡には連合軍兵士の屍が累々と横たわっていた。

 帝国に刃向かった見せしめとして、屍はその後、何日も野晒しにされ、無惨な姿となって朽ち果てようとしていた。

 また、生き残った敗者には、更に過酷な運命が待ち受けていた。

 帝国が世界中に張り巡らしている包囲網から、彼らが逃れる術は無いのである。


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