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報復の大地  作者: 西 一
2章 新世界
26/58

決戦前夜

 未だ反乱を起こす気配のないビクトリアに、ザクセンは焦っていた。

 このまま帝国に屈服したまま行動を起こさないのかと、一人案じていたのである。

 シオンの婚儀の際、帝国の禁止令にも関わらず、七王諸国の要人達がエッセンに姿を見せていたことをザクセンは知っていた。しかもその後、シオンがマラリンガに移ったこともゲルドの報告で知っていた。

 決戦は近いと彼が思ったのも当然であった。

 しかし、ビクトリアは動こうとはしない。

 オルガ城建設に集められた多くの人足にんそくや、強制的に移住させられた南人、異人らが、挙兵の障壁となっていることにザクセンは気付いた。

 彼らがアルザスにいる限り、ビクトリアは攻められないのだと。

 

 ザクセンは死を覚悟して、カイザーに進言することを決意した。

 それは帝国建国十六年を祝う席でのことであった。

 宴会の席で誰もが酔いつぶれていた。

 それを見計らって、

「恐れながら皇帝陛下に申し上げたいことがございます」

 とザクセンは言った。

 会場に集まっていた重臣達は、彼の一声に手を止める。

「ゲルドの報告では、シオン公が家臣団を引き連れてマラリンガに移ったとのことにございます」

「何ぃ! シオンがマラリンガに移ったと申すか」

 と宰相のゲイツが顔を真っ青にしながら言った。

 

「これは予想していたことであります。恐れることではございません」

「予想していただとぉ! 強がりを申すな」

 重臣の一人が声を上げる。

「ビクトリアがマラリンガに移ることは初めから知っていました。そのためにマラリンガ城を破壊せずに残しておいたのです。私は、あえていくさになるよう仕組んだのです」

「あえて、戦にだとぉ」

「はい。私が、彼らにノルトライン州の地を与えては、と言ったのには訳があってのことにございます。エッセンは西世界の中心に位置し、おのずと諸国が集まって来る場となっているのです。それに、二千万人のビクトリア人民にとって、ノルトライン一帯の狭い領土では納まりきれるはずもなく、シオン公に帝国打倒を促すのは目に見えていました。また、結婚によってノルマン王国と強く結び、否が応にも反乱への気運は高まったのです。シオン公は、内と外からの必要な要請を受けて、行動を起こしたものと思われます。」

「それを知っていて、あんなことを言ったのか。わざわざビクトリアに反乱をさせるために」

「はい。私の真の狙いは、諸国勢力を含めたビクトリアの一掃にあります」

「諸国勢力を含めたビクトリアの一掃?」

 と重臣は首を傾げながら言った。


「今の諸国は、我々が思っているほど甘くはありません。帝国に忠節を誓っているとは名ばかりでありで、隙あらば帝国を倒そうと狙っているのです。これらをほっておいては、帝国の繁栄の障害ともなりかねません。そのためには、帝都建設に従事している人足や、アルザスに閉じ込めている南人や異人共を即刻解放して欲しいのです。解放することで、彼らは必ずアルザスに攻め上って来るでしょう」

「黙って聞いていれば、我々はたたビクトリアが攻めるのを待っていろというのか! 馬鹿馬鹿しい。シオンがマラリンガに向かったと言うことが明らかなのなら、今すぐにでも攻めるべきではないのか」

 憤る重臣をなだめるようにザクセンは言った。

「これから一つの時代を築こうという時に、大義がなくてはなりません」

「敵を倒すのに大義などいるものか! 大義を重んじて、我が帝国が負けでもしたらどうする」

「国の再興を認めた恩を忘れ、帝国に刃向かった謀反人として討伐出来る大義。いかにビクトリアの反逆が明らかになったからといっても、敵が行動を起こさないうちから攻めてしまえば、帝国は悪役になってしまいます。戦争をするには正当な理由が必要なのです。ましてや、裏切りによって時代を築いた帝国は、更なる汚名を後世に残すことになりますぞ」

「言葉を慎め! ザクセン」

 それまで黙って話を聞いていたカイザーが激高した。

 会場は一瞬にして静まり返った。


『裏切り』と言った言葉に慌てて、

「ぶ、無礼なことを申し上げ、失礼致しました。何とぞ、ご容赦を。どうか、どうか御許し下さい」

 快調に話を進めていたザクセンは怯え、うつむいて黙り込んでしまった。

 カイザーにとって裏切りという言葉は、亡き父である先帝カールを侮辱した言葉であり、帝国内では禁句となっていた。


「来るなら、来い! 例えビクトリアが諸国と力を合わせて帝国に刃向かったとしても、まとめて倒してやるわ!」

 カイザーの憤激に釣られて、

「オーー!」

「恩を忘れ、刃向かうとは許せぬ!」

 会場は抗戦一色に染まってしまった。

 カイザーを怒らすことで会場を自分の思った通りの展開にすることが出来たのだが、彼を怒らせたザクセンは青ざめた顔をして震えていた。カイザーの本当の恐ろしさを知っていたからである。

 

 宴会が終わり、落ち込んだまま黙り込んでいるザクセンは、静かにカイザーの後に付いて歩いていた。

 大義あるビクトリアとの戦争という思い通りの展開になったものの、カイザーを怒らせてしまい、自身への厳しい処遇を案じていた。

 しかし、

「良く言ってくれたな、ザクセン」

 とカイザーは先ほどまでの怒鳴り声とは違って、優しい声で彼に話し掛けた。

「はぁ?」

 と不思議そうにザクセンは言って、

「と、おっしゃいますと……」

 カイザーの優しい言葉の真意が分からなかった。

「お前の一言で、二分していた話が一つにまとまったではないか。予がああ言えば、重臣達も反対はするまい。お前はそれを知っていて、あえて予を怒らすようなことを言ったのであろう」

「そ、そこまで御見通しでしたか……。いやはや、上には上がいるものですね」

 溜息を付くようにザクセンは言った。

「戦いに勝利した暁には、お前に恩賞を取らせよう。今まで予の身の回りの世話をしていたお前だが、もうそんなことをする必要はない。実力で手に入れた地位だ、誰にも文句は言えないだろう」

「そこまで、私めのことを気の掛けていて下さったのですか……。ありがとうございます」

 何度も頭を下げてカイザーに感謝したザクセンの目には涙が溢れ出ていた。


「皇帝陛下には、本当のことを御話し致しましょう」

「本当のこと、だと」

「はい。当初、私の願いはザクセン家の再興でした。でも、今は違います。そんなちっぽけなことなどどうでもいい。私の願いはただ一つ、世界帝国の建設にあります。私は、諸王国を隔てている国境を取り除いて、世界を一つの国にまとめようと考えているのです。そして、アボリジニの子孫であるアーサー家に代わって、皇帝陛下を世界帝国の神と致します」

「予を、神に、か……。途方もない、夢だな」

 と呆れたようにカイザーは言ったが、

「夢でございません。皇帝陛下から受けた大恩を返すために、必ず実現させて見せます。誰にも、どの英雄も成し得なかった一千年にも及ぶ繁栄。帝国が、千年に及ぶ繁栄を続けて行くには、世界帝国の建設を実現しなくてはならないのです」

「分かった、分かった。世界帝国の建設は、そちに任せる」

 カイザーはそう言って笑った。

 絵空事のように思うカイザーと違って、ザクセンは本気だった。

 豊かな国造りのためにザクセンが主張するも、保守的な重臣達に聞き入れられず、一人浮いた存在に。   

 しかし、更なる力を蓄えて国政を動かす、自身が思い描く国造り。自分を引き立ててくれたカイザーのために、きっと成し遂げて見せると心に誓った。


 

 帝国暦十六年、春を迎えた九月。オルガ城建設のために集められていた人足を、帝国は突然、国元に帰した。

 帝国があれほどまで執着していたオルガ城の建設を中断したことに、人々は財政の破綻によって中断したのだと口々に言い合い、帝国の力が弱くなっているのだと確信した。

 これに伴って、帝国が諸国に預けし監視塔の役人達も、一時帰国した。

 監視の目が解かれ、世界に僅かながらの自由が訪れたのだった。


「陛下、ついに帝国を倒す時が来ました」

とセシルは喜びを噛み締めながら言った。

「ついに、この時が来たんだな」

「はい。三日後、我々はマラリンガを発ちます。この日のために訓練をしてきた兵士達は、その成果を発揮しょうと喜んで準備に取り掛かっています」

「分かった。みんなが望むなら、私は戦う。彼らの王として」

 と言ったシオンは、体の底から沸き上がるような震えを感じていた。

 もはや後戻りの出来ない所まで来ているのだと自分に言い聞かせ、震えを押し殺した。


 その夜、シオンはセーラに帝国との開戦を告げた。

「ついに戦いの日が来た。我が国は勿論のこと、世界中の人々が帝国を倒す日を待ち望んでいるんだ。後戻りは出来ない。帝国打倒の勢いは、もはや俺の力で抑えることは出来なくなってしまった。俺はビクトリアの王として戦わなければならないんだ。分かってくれ」

「そう……。来るべき時が、来たのですね……」

 セーラは戦場に行こうとするシオンを不安そうに見詰めた。

「なぁに、心配することはない。帝国に一度は負けたものの、それは裏切りによって負けたのであって、まともに戦えば必ず勝つ、とジイは言っていた。それに、戦うのは我らビクトリアだけではなく、ノルマン、ネバダ、メシカ、アトラスの四カ国も一緒に立ち上がってくれるんだ。兵力から言っても、我々の方が勝っている。我々の力は、帝国に負けた時とは比べものにならない位に強くなっているんだ」

 自信に満ちた表情でシオンは力強く語った。


「俺の留守の間、このマラリンガ城を守って欲しい。敵はどんな卑劣なことをして来るか分からない。城門を固く閉じ、十分に気を付けていてくれ」

「分かりました。陛下の妻として、この城を守って見せます」

 セーラはシオンに心配掛けまいと強がって見せた。 



 帝国の奴隷解放を受けて、ついにシオンは挙兵した。

 シオンは、十六万のビクトリア軍を率いて帝国領を目指した。

 黄金の甲胄で身を固め、腰にはノルマン王国の宝剣が差してある。彼は活き揚々と行軍を続けた。

 途中、ウイル王子率いる二万のノルマン軍と合流し、次いで、リー将軍率いる二万五千のネバダ軍、そして、マシュトラ将軍率いる一万五千のメシカ軍、ジュベール将軍率いるアトラス軍の西方諸王国軍と合流を果たした。

 総兵力二十二万の大勢力が、帝都アルザスに迫っていた。


 帝国が反乱軍の進軍を知ったのは、挙兵からだいぶたってのことである。

「――まさか、ザクセン! 敵はすでにネバダ領に入ったと申すのか。しかも、その軍勢の数は二十万余に及ぶというのは真なのだな」

 顔面蒼白になり、震える声で宰相のゲイツが聞いた。

「間違いありません。ビクトリア軍は、ノルマン、ネバダ、メシカ、アトラスのそれぞれの軍隊と合流し、帝都に迫っています」

 慌てる素振りも見せず冷静に、淡々とザクセンは報告する。


 ザクセンの報告の遅さに不審を抱いたカイザーは、

「ゲルドを組織しているお前が、敵がネバダ領に入るまで気付かなかったはずはなかろう」

 問いただす。

「決起はかなり前から知っていました」

と言ったザクセンの言葉に、重臣達は猛然と怒りをぶつけた。

「貴様ァ! 帝国を潰すつもりか。何故早く言わなかった。返答次第では、その首を即刻切り落とすぞ!」

「私は彼らの進路を確認し、確かめた上で報告しているのです。敵の動きが分からないうちから主力軍を出しては、守りに適していないこのアルザスをどう守るというのです? 主力軍が敵の本隊と鉢合わせになるとは限らないのですよ。ここはむやみに軍を出さずに、ジッと敵の動きを観察するのが得策なのです。そして、敵の行動を全て把握した今、行動を起こすべき時。私が兼ねてより言っている、情報こそが世界を制するとは、まさにこの時なのです」

 救いを求めるように重臣達はザクセンの話を聞いていた。


「で、敵はどう攻めて来るのか分かったのか?」

 とカイザーは動揺している重臣達をよそに、一人落ちついていた。

 彼はザクセンに全幅の信頼を寄せていたのである。

「反乱軍を指揮しているのは、恐らくビクトリア王のシオン公でしょう。シオン公は生い立ちから考えも、戦いには全くの素人です。そんなシオン公が二十万余という大軍を得ることによって、油断が生じるのは明かです。彼の頭の中には、王都エッセンを戦いの巻き添えにならないようにすることで、直接西から攻めて来るのではなく、必ず自国のノルトラインを避けるようにして南から攻めて来るでしょう。その時、大軍にものをいわせ、下手な小細工はせずに正面から攻め込んで来るに違いありません。そこで私の考えた作戦を話しましょう」

 重臣達は食い入るようにザクセンの作戦を聞いた。


「戦いというものは、まともに戦ってはいけません。敵の弱い所を叩くのです。そのためにはまず、我が軍を二つに分け、一つは歩兵を中心とした本隊と、もう一方は騎兵を中心とした機動部隊をそれぞれ組織するのです。その中で重要になるのが機動部隊の機動力です。いかに早く目的地に着くか、いかに敵に存在を知られずに接近出来るかが重要になってくるのです。反乱軍との決戦の場は、ネバダ領にある、死の谷と恐れられるデスバレーです」

「デスバレー、だと」

「はい。大地の切れ目であるデスバレーを通る反乱軍を、一早く我らの機動部隊が待ち伏せして、そこに通った反乱軍に頭上から一斉に矢を射掛けるのです。狭間にいる反乱軍は大軍故に混乱に陥り、やがて戦意を失って壊滅するでしょう。逃げ出せない細長い通路に敵を追い込み、一網打尽にする。戦いとは、勝たなければ意味がありません。勝つことこそ帝国の本質、勝つことこそ帝国の生きる道なのです」

 静まり返った会場の中で、カイザーは一瞬、笑みを浮かべた。

 良い戦術、完璧だ、とでも言うようなカイザーのこの仕草に、ザクセンは大きく一礼した。

「予、自ら出向き、反乱軍の息の根を止める!」

 カイザーが発すると、

「ハッ!」

 勢い良く重臣達は応えた。


 カイザーはザクセンの作戦を全面的に支援し、直ちに全国の諸候に向けて激文を発して召集を命じ、一両日中に準備を終えた。

 そして、速やかに七万余りにも及ぶ機動部隊を編成し、自ら部隊を率いて静まり返った夜のアルザスを出たのである。

 目指すは死の谷デスバレー。

 機動部隊はひたすらデスバレーに向かって疾走した。


 翌日、機動部隊に続いて本隊である十万の主力軍が動いた。

 歩兵を中心とした本隊は、帝都アルザスを東西に貫く大路をゆっくりと行進していた。

 本隊の中には攻城用の長梯子や投石器などの攻城兵器があり、この行軍を誰かに見せ付けているかのようであった。


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