表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
報復の大地  作者: 西 一
2章 新世界
24/58

暴走

  帝国暦十五年、ノルトライン州のエッセンに建設していた宮殿の完成に伴って、マラリンガからシオンは家臣団を引き連れて入城を果たした。

 かつて、ビクトリア第二の都市だったギプソンは、名をエッセンと改名された。

 ノルマン、ネバダと国境を接していたため、大いに栄えていたが、帝国の侵攻によって廃虚と化していた。その後、ビクトリアに代わって帝国が支配したエッセンは、帝国の強制退去にも関わらず、その場に居座り続けた一万四千人の市民らによって、かろうじて都市として成していた。

 だが、ビクトリアの再興を果たしたシオンの入城によって、世界中に放浪していたビクトリア難民がノルトラインを目指して遣って来たのである。

 

 王都の中心に建てられたエッセン宮殿は、その規模を縮小させたばかりでなく、城壁の建設もされなかった。

 防衛機能が無く、軍事機能を持たない。それは帝国の意向であった。

 帝国への配慮で縮小されたとはいえ、ビクトリア独特の様式を備えた造りの、絢爛豪華にして優美のあるエッセン宮は、往時のビクトリアの繁栄をしのぶエッセン市民らにとって、心の拠り所になった。


 今なお続く人の流れは、彼らに勇気を与えた。

 異民族に支配される屈辱が、彼らに帝国打倒を目覚めさせることになり、人々の期待は否が応にも高まっていったのである。



 復興の進んだエッセンは三十万都市に膨れ上がり、帝都アルザスに次ぐ、世界第二位の都市として発展した。

 町は賑わいを取り戻し、廃虚だったエッセンは、彼らの力によって瞬く間に再建された。

 この一年間に、エッセンは見違えるほど様変わりし、ビクトリア人民にとって平和な時代が遣って来たのである。

 各地を渡り歩いていたシオンも、やっとエッセンに腰を下ろすことが出来、国造りに力を注いだ。

 シオンもまた、成長に伴って国王としての自覚が身に付いてきた。

 一日の政務に励み、何不自由ない生活を送るシオン。今まで生きることに精一杯だった彼に、ひと時の余裕が生まれた。また、十六才という思春期に達し、昔を思い偲ぶゆとりが出来たのだった。


 シオンはセーラのことを思い出した。セーラを忘れていた訳ではなく、忘れようと今まで努力していたのだ。

 シオンはしばしば馬に乗って遠出することがあった。帝国にこそこそせず、自分がシオンであることを名乗れるという自由を噛み締めていた。

 そんなシオンは急にセーラに会いたくなり、その気持ちを抑えられなくなっていた。



 ある日シオンは、ヘルメスとバルカンの二人を伴い、遥か遠くにある故郷、ハルの町を目指して遠出を決行した。

 家臣の止めるのも聞かずに、セーラに会いたい一心でハルに向かったのだった。


 まる一日掛けて、やっとシオン達はハルの町に辿り着いた。

 陽の昇っていない早朝、朝霧の立ちこめた中をシオンは手綱を引きながら育ったハルの町を歩いていた。

 彼には見るもの全てが懐かしかった。

 

 やがて陽が昇り出すと、一面に淀んでいた霧が次第に薄れて行く。

 石畳の上を歩く蹄の音だけが辺りに響いていた。


 広場の隅にある井戸に、水汲みをする娘がいた。その娘はシオンの求めていたセーラであった。

 シオンは足を止めた。

 そして、ヘルメスとバルカンの二人にその場にいるように命じると、シオンはセーラの元へ歩み寄った。


 水汲みをしていたセーラは、こちらに近付いて来る蹄の音に気付き、音のする方を見た。

 霧の中を一人の青年が手綱を引き、こちらに遣って来るのが見えた。

「貴方は……」

 と、一目でその青年がジオであるのが分かった。

 大きく成長したものの、当時の面影が残っている。

「今まで、今までどこに行っていたの? みんな、心配していたのよ。私は貴方のことを、一度たりとも忘れなかったわ。本当に心配したんだから……」

 セーラは涙を浮かべながら言った。

「俺も同じ思いだったよ。だからこそ、こうして会いに来たんだ」

 セーラは急に泣き出し、

「会いたかったんだから、本当に会いたかったんだから……」

 と言いながらシオンの胸を叩いた。

「ご免、ご免よ……」 

 シオンは謝ることしか出来なかった。

 

 落ち着きを取り戻したセーラが、

「今まで、どこに?」

 と聞くと、シオンはしばらく黙ったまま彼女の瞳を見詰めた。

「伝説の王子のことを知っているかい?」

 ゆっくりとシオンから離れたセーラが彼の立派な身なりを見て、

「――じゃあ」

 ジオがビクトリア王のシオンであるというのが分かった。

「貴方が、シオン王子だったの。そう、貴方が……」

「俺も最初は信じられなかった。君と分かれた後で自分が王子であるということを知ったんだ……。ここも昔のままで、全く変わっていないようだね。見るもの全てが懐かしいよ。君に会えて本当に良かった。でも、こんなに早くから、一体何をしているんだい?」

「お父さんが風邪をひいて寝込んでいるの。それで熱を冷やそうと、こうして冷たい水を汲んでいるのよ」

「使用人がいるんじゃないのかい。君がそんなことをしなくても」

 豪商の一人娘であるセーラ。不思議に思う。

「彼らは仕事で忙しいの。何もしていない私には、なんだか申し訳なくて。でも、こうして私がしていると、父の病気も早く直りそうな気がするの」

「セーラは昔と変わらないなぁ、その優しい気持ち。俺は、なんでも家臣達が身の回りの世話をしてくれて、何一つ出来ない。恥ずかしいよ」

  突然、セーラはシオンに抱き付いた。

 シオンも彼女を包み込むようにして抱き締める。

 そのまま時間だけが過ぎて行った。


 遠くで待機していたヘルメスとバルカンは、シオンが人目に付くのを恐れ、そっと二人に近付いて来た。

「陛下、もうお帰りにならないと、セシル様が心配します。どうか……」

「いいや、私は帰らない。私はずっとこうしていたいんだ」

 セーラは思わずシオンから離れた。

 気遣う二人の家臣を心配させないために無理してセーラは離れた。


 二人の家臣を心配するセーラの行為に、シオンもわがままは言っていられないと気付いた。

「じゃ俺、帰るよ」

「今度、今度いつ来てくれるの?」

「近いうちに、必ず来る。必ずね」

 そうシオンがセーラに約束すると、ヘルメスとバルカンの方を見た。

 二人は困惑し、思わずシオンから目を反らした。

 セーラは二人の家臣の様子で、シオンがいつ来られるか分からないことに気付き、思わず口にしなかったことを言った。

「私のことを、愛している?」

「君のことは一度たりとも忘れはしなかった。俺はセーラ、君を愛している。だから、必ず会いに来るよ」

「うん」

 二人は見詰め合ったのち、別れを惜しむようにシオンは帰って行った。


 

 セーラは屋敷に戻ると、ジオに会ったことを両親に告げた。

「なんと、あのジオが伝説のシオン王子だったとは……。今思えば、なんて失礼なことをしてしまったんだ。いっ時とはいえ、彼を追い出そうとしたんだから……」

 病床に伏していたバレルが上体を起こすと、身を乗り出すようにしてセーラの話を聞いた。

「私は、ジオ、いいえ、シオンと一緒になりたい。彼も私のことを愛してるって言ってくれたの。だから、私に会いに来てくれたのよ」

「……それは無理な話じゃ。ジオは昔のジオではない。彼は由緒あるビクトリアの王なのだから」

 力の抜けたようにバレルは言って、また横になった。


「私は彼を愛しているの。あの日から、ずっと彼のことを想い続けていたのよ」

「せめて、彼がビクトリアの王でなければ……彼の体の中にはアボリジニの血が流れている。この地上で、もはや一人しかいない。だからこそ人々から伝説の王子と呼ばれていたのだ。私達には手の届かない、お人なんだよ。分かるな、セーラ。もう、彼のことは忘れるんだ」

 背中を向けたままのバレルは、セーラに諦めるように説得した。

 セーラは母親に泣きすがったが、どうすることも出来なかった。



 数日後、再びシオンは遣って来た。

 二人は広場の隅にある井戸の所で話をした後、分かれた。

 その後もシオンは約束をした日に必ず遣って来た。

 そして、いつもの井戸の辺りで話をした後、帰って行った。

 こんな日が何回も続いた。


 セーラの両親は黙ってこれを見過ごしていたが、シオンの度重なる外出に、宰相のセシルは不審を抱いた。

 今まで彼の私生活には出来るだけ口をはさまなかったセシルだったが、事ここに至ってはそれを突き止める必要がある。

 大事な政務を投げ出してまで、一体どこへ行っているのか、それを直に聞こうと思いシオンに声を掛けた。

「陛下、近ごろ外出が多くなってはいませんか。政務を投げ出してまで、一体どこへ行っているのですか。このジイを……お前は一体? お前はユノではないか」

 そこにいたのはシオンではなく、彼の陰武者であるユノであった。

「お前が何故そこに……。こうまでして行こうとする、陛下の目的は何か」

 セシルが問い詰める。

 ユノは黙っていることが出来ず、とうとう本当のことを話した。


「なんと、ノルマン領まで出掛けていたのか。しかも女恋しさに……名はなんと申す」

「ハルという小さな町に住んでいて、名は確か、セーラと言っていました」

「ハルの町のセーラ……。陛下が幼少の頃に働いていた店に間違いない。セーラという娘は恐らく、陛下の初恋の相手だったのだろう。しかし、何故、今になって。国も安定し、これからという時に……。今はれっきとしたビクトリア国の王。いかに財を築いた商人の娘であるとはいっても、原始アボリジニの血を受け継ぐ唯一の子孫である陛下にとって、天と地ほどの身分の開きがある。それは十二神将であるお前にも分かっていよう。恐らく、陛下もそのことは分かっているはず。分かっているのに何故、危険を犯してまで会おうとするのか。それほど慕っているというのか……」

「申し訳ありません。私達が付いていながら」

「これ以上、二人を会わせてはならん。会えば、陛下自身が傷付くだけだ」

 セシルは是が非でも、シオンがセーラと会うことを許さなかった。


 何食わぬ顔をして帰って来たシオンに、

「どこに行っていたのですか?」

 とセシルが尋ねた。

「どこって、私はずっとここにいたではないか」

「セーラの所ですね」

「――なっ」

 シオンは平静を装うとしたが動揺を隠せない。

 全てはセシルの知るところとなっていたからである。


「何故、ジイがそれを知っているんだ?」

「話は全てユノから聞きました」

「ユノの奴、あれほど口止めしていたのに……。なら話は早い。私はセーラと一緒になる。二人は愛し合っているんだ」

 セシルにはシオンの言わんとしていたことが分かってはいたが、実際本人の口から言われると、胸が苦しくなるほど辛かった。


 それでも、歯を食いしばって、

「なりませんぞ! 陛下、 陛下はこのビクトリア国の王です。その王が平民と一緒になるなど、もってのほかです」

 と、セシルは強い口調でシオンに言った。

「何故だ、何故それが駄目なんだ。この地上に生まれ育った、同じ人間同士ではないか。何故、愛し合ってはならないんだ」

「陛下がビクトリア国の王だからです。陛下の体の中には、人々が崇拝してやむことのないアボリジニの血が流れているのです。それは、陛下御自身が一番良く知っているはず。陛下はこの先、諸王国を率いて帝国を倒すという目的があるのではないですか。それを、自ら王権の失墜を招くようなことをされては、諸王国の足並みがそろわぬばかりか、帝国打倒の目的は達成されません。これは我ら家臣の願いでもあります。どうか、セーラのことは忘れて下さい」

 あくまで伝統をこだわるセシルに向かって、

「私が王であるからなのか? ならば、いっそ王など辞めてやる! そして、私に代わってジイが王になればいいではないか!」

 シオンは言い放った。


 怒りに任せて部屋から出ようとするシオンに、

「行ってはなりません。ここから先は行かせません」

 とセシルは言って、シオンの前に立ちはだかった。

「邪魔だ、ジイ! そこをどくんだ」

 シオンの行動に、

「陛下、宰相様のおっしゃる通りです」

 十二神将も彼を諌めようとした。

「お前達も行かせないつもりか。皆が反対しようとも、私はセーラに会いに行く!」

 シオンは彼らの諌めをなど聞こうとはせず、制止を振り切って一人でエッセン宮から出て行った。


 シオンを追って、ヘルメスとバルカンが付いて来た。

「やはり来てくれたか、お前達」

「はい、セシル様の命令に背いて来ました。陛下の身を守るのが私達の役目なれば、いついかなる時でも陛下の御味方です」

 と言って、三人はハルの町を目指した。


 シオンが出て行った後、セシルは彼を追おうとはせず、ただ黙ったまま何もしようとはしなかった。

「このまま、ほっておいてもよいのですか?」

 と十二神将の一人、アレスがセシルに言った。

 セシルは、シオンが初めて自分に逆らって行動したことに動揺していて、自分にののしったシオンの言葉が脳裏に焼き付いて離れなかった。

「本当に、しようがないお人じゃ。でも仕方ない。陛下は十六才なのだから、好きな人がいてもおかしくはない」

 セシルの弱気な発言に、

「このままで、本当によいのですね」

 アレスが念を押すと、セシルは首を横に振った。

「陛下は思い込みが激しいだけに、こうと決めたら必ず実行するお人じゃ。例えこのジイを押し退けても……陛下は私からどんどん離れて行こうとしているのかもしれんな。このままではビクトリアは二つに分かれてしまうだろう。それだけは決してさせてはならない。今こそ私は、鬼になるべき時なのだ」

 とセシルは言って、十二神将らにシオンを連れて来るように厳命した。



 シオンに追い着いた十二神将は、シオンに帰るように説得した。

「お戻り下さい、陛下、セシル様が待っています。ヘルメス殿も一緒になって、どういうおつもりですか。陛下をお諌めするのが貴方方の勤めではないのですか」

 ヘルメスとバルカンの二人はシオンの顔を見た。

 そして、彼が拒んでいるのを見るや、急に剣を抜いた。

「今、味方同士が争ってどうするのです! 我々の目的はただ一つ、帝国打倒ではなかったのですか。頭を冷やして下さい」

「クッ――」

 アレスの言葉で冷静を取り戻したヘルメスとバルカンの二人は、ゆっくりと剣を納めた。

「お前達……」

 行く手を抑えられたシオンは、もう、戻るしかなかった。


 この後、ヘルメスとバルカンの二人はセシルに謹慎を命じられ、シオンには軟禁生活が待っていた。


 一方、セーラの元に、セシルからの使者が遣って来た。

 使者はセーラに、シオンが幽閉されたことを知らせた。そして、シオンの幽閉を解きたければ、シオンのこと忘れるように、とセーラに告げたのである。


 シオンが幽閉されたことを聞かされたセーラは、全ての責任は自分にあると感じて死を決意した。もう二度と彼に会えないのなら生きていても仕方がないのだと。

 だが、両親の必死の説得に、セーラは死ぬことを思い留まった。

 娘の一途な気持ちを知った両親は、なんとかシオンに会わせてやりたいと思った。せめて娘に、一目だけでもシオンに会わせてやりたいと強く願うようになった。



 軟禁中のシオンは、閉ざされた部屋の中でいつもセーラのことばかりを思っていた。

 セーラに会いたいという気持ちが、日に日に募っていく。セーラに会いたい、今すぐ会って抱き締めたい、そう思い続けていた。

 それでも、セシルの執拗な監視は続いた。

「チクショー!」

 とシオンは閉ざされた壁に向かってシオンは拳を叩き付けた。

 赤くはれ上がったこぶしから真っ赤な血が滴り落ちるのを見て、自分の体の中に流れているアボリジニの血を、この時初めて憎らしいと思った。

 この様子を遠くから見詰めていたセシル。

「陛下……」

 ある決断を下し、シオンに会った。


「スペンサー公は、セーラを捕らえたと言っていました」

「セーラを捕らえただと。何故、セーラを?」

「陛下をたぶらかした罪で、彼女は処刑されたそうです」

 言葉を濁すようにセシルは言った。

「――処刑!」

 言葉に詰まる。 

「……セーラが一体何をしたと言うんだ。セーラが……」

 シオンは手で頭を抑えるようにしてその場にうずくまった。

「ジイ、ジイが命じたんだな」

 セシルを見上げながら睨み付けた。

 シオンの問にセシルは何も言わず、ただ黙って下をうつむいている。

「見損なったぞ。私は絶対ジイを許さない。絶対に許さないからな! ジイの顔など見たくない。今すぐにここから出て行け!」

 シオンは大人達のやり方が許せなかった。

 その反動が彼を暴走させてしまった。


 シオンの怒りに任せた暴走が始まる。

 その夜シオンは、監視役のディアナに向って声を荒げて言った。

「私をここから出せ! これは命令だ」

「それは出来ません。宰相セシル様からキツく言われていますので、それだけは御許し下さい」

「ここから出さないのなら、私はこの場で死ぬ。それでもいいんだな。私は本気だぞ」

「そ、それは……」

 監視人のディアナは困り果てた末、とうとうシオンを部屋から出した。


「お前の持っている剣を、私に貸してくれ」

「剣を、一体何に使うのですか?」

「ノルマン王をこの手で斬るんだ。私はセーラの仇を取る。セーラが死んでしまった以上、私には生きる望みが無くなった。私のために死んで行ったセーラにしてやれることと言ったら、こんなことしかないのだから」

 シオンの言葉に、ディアナの顔は真っ青になった。

「そんな無謀なことはさせません。それに、いくら陛下といえども、無断で侵入しては、スペンサー公も陛下を侵略者として返り討ちにせざるを得なくなるでしょう」

「やれないとは分かっている。しかし、大事なことは、自分に何が出来るかだ。お前に十二神将の一人として、少しだけでも私のことを思う気持ちがあるのなら、この場は黙って私を行かせてくれないか。頼む、行かせてくれ」

 シオンは伏して監視役のディアナに頼んだ。


「……頭を御上げ下さい、陛下。私も宰相様のやり方は少し行き過ぎではないかと思っていました。いくら陛下のためだからと言っても、これは酷い仕打ちです。分かりました。くれぐれも無茶はしないで下さい、御願い致します」

 監視人のディアナはシオンを行かせてあげることにした。

 それでシオンの気が済むのであればと、そう自分に言い聞かせながら厳罰を覚悟で彼を行かせたのだった。


 

 闇の中を駆け抜け、シオンはリーズ城に向かった。

 うっすらと輝く月明かりに照らされた道を、シオンは懐かしく思っていた。

 ノルマン国境。何度もセーラに会いに行った道である。亡きセーラへの想いが込み上げて来るのだった。

 

 

 リーズ城の城門の前にまで来たシオンは、門番を睨み付け、

「我が名はシオン・アーサー。城門を開けろ!」

 と大声で叫んだ。

 これを聞いた門番達は慌てて城門を開くと、一騎の若者が場内に向かって駆け抜けた。

 すぐさま城門の警護に当たっていた衛兵が駆け付け、シオンを侵略者として取り囲む。

 衛兵に囲まれたシオンは臆せずに馬から降りると、ディアナから借りた剣を握り締め、スペンサーの住まう王宮に向かって歩き出した。

 セーラを失ったシオンにとって、恐怖という感覚は完全に頭の中から消えていた。彼を動かすのは怒りという力だけだった。


 弓隊が構え、シオンに向かって今にも打ちそうな気配を見せた。

「打てるものなら打ってみろ! 私は死んでもここを通ってみせる」

 並々ならぬ覚悟を告げる。 

 いかに侵入者といえ、相手は自分達の崇めるビクトリア王。打つ構えを見せていても、決して放つことはなかった。


 ゆっくりとシオンは進む。

 王宮に向かって歩いて行くシオンの前に、立ちはだかった人物がいた。

 その人物はウイル王子であった。

「ここから先へは行かせません。いかに大王(ビクトリア王の尊称)陛下であろうとも、無断で進入することは許されません。お帰り下さい」

「私はセーラの仇を取りに来たんだ」

「セーラなどと、私には知りません。政治は、全て父上が行っていますので」

「私は、セーラを処刑した、その張本人に会いに来たんだ」

 とシオンは言って、ウイル王子を無視して更に歩いて行く。

 ウイル王子は何もせずに、ただ黙ってシオンの通り過ぎて行くのを見ているだけだった。


「殿下、シオン公を、お止めしなくてもいいのですか? あの目は本気でしたよ。それに、帝国に制約されている、ビクトリア国との交流を奴らに知られては、御父上の立場を危うくします。それでなくてもビクトリアから受けた序列第一位という権威のために、我がノルマン国は奴らに疑われているのですから」

 と彼の守役が進言した。

「なあに、構わんさ。大王は何もせずに必ず戻って来る。父上が大王に剣を向けられる理由は無いのだから」

 とウイリアム王子は言って、駆け付けた衛兵に帰るように命じた。


「大王陛下を拘束するなど、私には出来ない。我々にはビクトリアに対して大恩がある。遥か昔、このサルフ世界はビクトリア人だけの世界だった。そこに我々の先祖がこの大地に遣って来たのだ。先住民である彼らビクトリア人は、我らの先祖に自由と領土を与えられた。その後ビクトリアでは、アボリジニの血を受け継ぐ者がビクトリア王国を建てたのだが、そのアボリジニの子孫こそシオン公なのだ。今は帝国に臣下の礼を尽くしてはいるものの、決して心から帝国に忠誠を誓った訳ではない。我、ウイルはシオン公の臣下なり。帝国を倒すため、大王陛下には立派になってもらわなければならない。それまで私たちは大王陛下を見守って行かなければならないのだ」

 そう言ってウイル王子は、シオンをいつまでも見守っていた。


 シオンはノルマン王のいる部屋にたどり着いた。

 息を切らしながら王の間に入って来たシオンにスペンサーは驚いた。

「大王ではありませんか。しかも一人で。護衛の者はいないのですか。一体、どうなされたのです?」

「何故、セーラを処刑した。返答次第では、お前を斬るぞ!」

「これは穏やかではありませんな。私がセーラという娘を処刑したと……。ハッハッハー、私は無断で領民を処刑などしませんよ」

「とぼけるな! ジイは言っていたぞ」

「セシル殿が? それは大王を諦めさせるために言ったのでしょう」

「なら、セーラは生きているんだな」

「勿論です。でも、セーラという娘に会うのは諦めて下さい。私が言うのもなんですが、セシル殿の気持ちも考えて下さい。ビクトリア国の王たる貴方が、他国の者と、しかも一般市民と一緒になるなどと」

「私は王を辞めた人間だ。だから、誰と一緒になろうとも構わんではないか」

「王を、辞められた、と……。王を辞めるのは構いませんが、これだけは言っておきます。大王のいる所には必ず人が集まって来でしょう。そして、否応なしに期待されてしまうのです。それは貴方に持って生まれた宿命とでも言えるでしょう。いかに逃げようとも、そこから逃れることは出来ないのです。その宿命からは」

「説教など聞きたくない! もう沢山だ」

 シオンは部屋から逃げるようにして出て行った。

 セーラが生きているという事実を知ったシオンには、もうリード城にいる必要はなく、急いでハルの町に向かった。

 

 スペンサーは側近に、シオンに護衛を付けるようにと命じた。

「大王お一人では危険だ。町には帝国の刺客がいるかも知れんし、野盗にでも襲われでもしたら……。大王の身を守ってやって欲しい。それにしても、なんという一本気な性格なのだ。あの時、おろおろとしていたカイザーとの謁見の時とは違い、立派になられたものだ。確実に、勇猛を持って知られたリード王の血を受け継いでいる。だが、国王としての自覚が足りない……」

 スペンサーはシオンの気質に不安を抱いたと同時に、彼の器量があのカイザーに劣っていることに気付いた。

 何よりも、国を思う気持ちがシオンとカイザーとでは歴然とした差があった。これも幼少の頃から諸国を流浪していたからであろう。

 そう思うとこの先、シオンが七王国を従えて帝国を倒すことが出来るのか、と案じずにはいられなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ