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報復の大地  作者: 西 一
2章 新世界
21/58

害をなす者

 カイザー、シャドウ、ザクセンの三人は、サザンクロスから外れ、人けの少ない裏通りを歩いて行った。

 シャドウはその動物的な直感で、何者かに付けられていることに気付いた。

「陛下、気を付けて下さい。我らは何者かに付けられています」

 シャドウがそう言った直後、後方から二十人の若者が三人を取り囲むように近付いて来た。

「皇帝、カイザーだな!」

 とリーダーらしき人物が言った。

「貴様は何者だ」

 振り向きながらカイザーは言った。

「やはり、カイザーだな。狩猟場で、お前がいなくなったと大騒ぎになって探していたが、まさか、こんな街中で出くわすとはな。それにしても、お忍びで来たのなら、分かり難い格好で来ればいいものを。一目で分かったぞ。ハッハッハー、お前は、もはや丸裸だ。身を護る親衛隊もいない。城の中で大人しくしていればいいのを、のこのこと城を抜け出したのが運の尽きだったな」


「予を、殺しに来たのだな。異人共の回し者か?」

「いいや、違うな。俺達はただの盗賊だ。お前を殺して、再び世界を混乱に陥れることが目的よ。俺達盗賊は、平和な世界では仕事がし難いんでな。お前を殺して住み良い世界にするんだ。まあ、お前の首を持って、どこかの国にでも売り付ければ、きっと高い値で引き取ってくれるだろうよ。お前は嫌われ者だからな、死んだ方がましなのさ」

「貴様らはこのアルザスにとって、害をなす存在のようだな。ならば、生かしてはおけぬ」

「ガキのくせに、この期に及んで、まだ強がりを言うか。命乞いをしても遅いぞ!」

 カイザーを恫喝する。


 盗賊は皆、剣を抜き三人にゆっくりと迫った。

「ここは私にお任せ下さい」

 とシャドウは言って自慢の長剣を抜くと、カイザーの前に出た。

「下がっておれ」

 ザクセンを案じたカイザーもまた剣を抜き、シャドウと二人で立ち向かう。

「し、しかし……」

 ザクセンは二人の行動に強い衝撃を受けた。自分の身を案じる二人に。


 それならばと、ザクセンは二人の前に出ようとするが体が動かない。

 盗賊の迫力に金縛りに合ったように。


 今までの苦労は、一体……。えーい、ヤケクソだ!


 と、ザクセンは勇気を振り絞った。

 その時、盗賊が、

「ウォー」

 と雄叫びを上げながら突進して来た。

 すると、この勢いにザクセンは腰を抜かして地面に尻をついた。

 直後、

『ビューン』


 えっ――。 


 三人の後方から鋭い矢が盗賊目掛けて放たれた。

 腰を抜かして倒れ込んだザクセンの頭をかすめるようにして矢が飛んで行った。


 それは一瞬の出来事だった。

 気が付くと、辺り一面に血が飛び散っていて、全ての盗賊が死んでいる。

 一人一人正確に、矢が急所に突き刺さっていた。


「止むを得ずとはいえ、後ろから矢を射掛け、御無礼いたしました。どうか、お許し下さい」

「よい」

「皇帝陛下、元老様がお待ち兼ね致しております。どうか、御戻り下さい」

 彼らは元老の差し向けた親衛隊であった。

「余計なことをしおって」

 とカイザーは不満な顔をして言った。


 シャドウが笑いながら、

「貴様、腰を抜かしたのか? 情けない奴だな。それでも陛下の臣下なのか」

 と言って腰を抜かしているザクセンに手を差し延べた。

「こ、腰を抜かしたんじゃない! つ、つまずいただけだぁ」

「強情な奴だな。素直に認めればいいものを」

 とシャドウは言いながら、ザクセンの手を握って引き上げる。

「……」

 ザクセンは、今までの苦労が全て水の泡となったことにザクセンは肩を落とした。

 だがもし、親衛隊がいなかったら命が無かったであろうことにザクセンは身震いする。


 それにしても、カイザーと言う男は、まだ十一歳というのに動じることなく、危機的状況を乗り切った。

 この勇気は一体どこから生まれてくるのか、と自分にとって遠い存在のような気がした。

 だが、それも無理はない。自分がこんな醜態をさらしてしまった以上、カイザーの臣下になるというのは夢なのかも知れないと諦めるしかなかった。


 この騒ぎに市民が集まり、人垣を作った。

 彼らは初めて見る皇帝を、恐る恐る見た。まだ子供なのに皇帝としての風格を備えた気品ある顔立ちに、誰もが恐怖と興味の眼差しでカイザーを見ていた。

『あれが、皇帝?』

『まだ子供だぞ』

 ザワザワと野次馬が騒ぎ出す。

 それを阻止せんと親衛隊が、集まった野次馬を必死でけちらした。

       

 もはや正体がばれ、これだけの騒ぎになった以上、巡行は不可能。

 何より、彼ら市民が恐怖の眼差しで自分を見ているのを感じ取ったカイザーは、

「帰る!」

 と言って、お忍びを諦めた。


 カイザーをかばうどころか、とんだ醜態をさらしたザクセンは、肩を落としてジッと地面を見詰めていた。

 カイザーは、親衛隊が伴った専用の馬に乗りながら、

「予に、付いて来ないのか?」

 とザクセンに声を掛ける。

 思いもせぬカイザーの言葉に、ザクセンは一瞬言葉を失った。

「こんな、私めを?」

「仕官したいのだろう。ならば、付いて参れ」


 ふと我に返ったザクセンは、自分の身なりに慌てて、

「こ、この身なりでは……一端、家に帰って、もっと立派な服に着替えて参りとうございます」

「そうか、ならばこれを」

 と言って、腰に差していた短剣を投げ渡した。

「これは?」

「一介の浪人が予に会えるとでも思っているのか。それを持って参れ」

 短剣には、皇族の紋章である鷲の紋章が刻まれている。

 ザクセンが、その短剣からカイザーだと見極めた代物である。

「それを持っていれば、予に会えるだろう。それと、貴様には娘がいたと言っていたな、連れて来るがいい」

 そう言ってカイザーは馬首を返すと、オルガ城に向かって一気に駆けて行った。


「今度会う時までに、その減らず口を直しておくんだな。それと、剣の使い方も少しは練習しておけよ」

 と笑いながらシャドウは言うと、カイザーの後に続いて駆けて行った。

 それに続くようにして、砂煙を巻き上げながら親衛隊もオルガ城へと帰って行った。


 彼らの巻き上げた砂煙が沈んで行くのを、ザクセンは夢見心地のようにボーっと眺めていた。

 そして、カイザーに全てを見透かされていたことに、泣いているでもなく笑っているでもなく、ただただ、カイザーに忠誠を誓うザクセンであった。


 

 オルガ城に戻ったカイザーに、

「皇帝たる者、軽はずみな真似は控えて下さい。もし、陛下の身に何かあればどうするのですか。それに、むやみに市民に会われては、皇帝としての威厳にかかわり、治世の混乱を招く恐れがあります」

 と元老がいさめた。

「分かった、分かった。狩猟も控え、ジィを困らせることはしない。何せ、狩猟より面白いものを見付けたのだから」

 笑みを浮かべながらカイザーは言った。

「面白い物? ……ああ、あの浪人のことですか。ザクセンと言う名を調べたところ、そ奴の申していた通り、代々、騎馬隊長を勤めていた騎士の家系でした。でも、シャドウから聞きましたよ。軍人には似つかわしくない奴だと。ただ、頭は切れるらしいそうで。奴には軍人の道を進めるよりも、むしろ商人の道を進めた方が良いのではないかと笑っていました」

「軍人よりも商人か。確かに、奴が商人になれば大儲け出来ような」

 とカイザーは笑った。

「笑いことではございませんぞ、陛下。そんな腰抜けが、なんの役に立ちましょうや」

 元老はザクセンの仕官を反対した。


「駄目か? ジィ。予は、約束したのだぞ」

 カイザーにとってザクセンという男は、思ったことをなんでも言ってくれる人物であり、何より、兄弟愛に飢えている彼にとって、兄のような存在でもあった。

「……皇帝になられたからには、陛下がいちいち私に意見を求めなくとも、これからは自身でお決めなされ。今後、私への気遣いは無用です……。仕方ありませんな、何か小さな役でも与えて、しばらく置いておくことにしましょう」

 元老の心配をよそに、カイザーは笑みを浮かべていた。



 その日の内にザクセンは、約束通り娘を連れてオルガ城に遣って来た。

 二人は謁見の間で待たされ、カイザーの来るのを今か今かと待っていた。

 謁見の間は、皇帝の威厳を示す場所であり、さしものザクセンも、その豪華さに圧倒されるばかりであった。


 やがてカイザーは、シャドウを連れてザクセンの前に姿を現し、目の前に置かれてある玉座に座った。

 シャドウただ一人だけというのは、ザクセンを気遣ってのことである。

 カイザーは、先ほどのみすぼらしい姿とは違って、皇帝らしい立派な身なりをしていた。

 さすがに緊張した様子のザクセンは、微動だにせず平伏したまま。

「ほう、お前でも緊張することがあるのか」

 カイザーが声を掛けると、

「もっ、勿論です! 騎馬隊長を勤めた父ですら、王様に謁見を許されていなかったのですから」

「その予に、説教をしたのは誰であったかな」

 とぼけたようにカイザーが言うと、

「そのお陰で、こうして皇帝陛下に会うことが出来ました」

 即座にザクセンは言い返す。

「相変わらず、減らず口を叩きおって」

 とシャドウが割って入った。

 三人は笑い、緊張した雰囲気も次第に溶けて行った。


 カイザーは、ザクセンの横で平伏したまま怯えている、彼の娘に目をやった。

「名は、名は何と申す」

「……」

 少女は真っ赤な顔をしたまま震えていた。

 極度の緊張のためか、何も言うことが出来なくなっていた。

「リリー、リリー・ザクセンと言います」

 と言ったのはザクセンであった。

 怯える娘に代わって彼が言った。

「リリー、と言うのか。リリーよ、予が怖いか?」

「……」

「娘は三歳になったばかりで、礼儀を知らず。御無礼を、御許し下さい」

「仕方あるまい」

 とカイザーは言って玉座から立ち上がると、ゆっくりとリリーの前に行った。


「そんなに予が怖いか? 無理もない。予は多くの家臣を導いて行かねばならない。巨大な帝国という組織を守って行かなければならんのだ。自然と、キツい顔になってしまう。だが、恐れることはない。今日からお前は予の妹だ。この城の中で好きにするが良い」

「それほどまでの待遇を、娘に……」

 感謝の気持ちを述べたザクセンは、カイザーが途方もない試練を背負っていることを知り、その試練が彼を異常なまでに強くしているということを知った。

 自身に厳しく、誰よりも祖国のことを思っている。ザクセンは、カイザーの負担を出来るだけ和らげねばならないのだと強く思った。



 カイザーは、リリーを後宮に入れ、女官としての教育を受けさせる一方で、ザクセンには身の回りの世話をさせた。

 カイザーの身の回りの世話をする、従僕(雑用係)という低い役職に付けた。それには、頭の切れるザクセンの身を案じてのことである。


 とかく優秀な人物は、どこにいてもうとまれる傾向にあり、排除されやすい。

 そんなザクセンから良き知恵を借りるためにカイザーは従僕としてそばに置いたのだが、ザクセンにとってもその役職は好都合であった。

 彼にとって身分など、どうでもいいことである。身分という物は実力によって手に入れる物であって、むしろ、カイザーに直接話が出来る従僕職を、彼は喜んで引き受けたのだった。


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