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報復の大地  作者: 西 一
1章 滅亡
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日本動乱

しばらく投稿しない間に、やり方が変わっていて戸惑いましたが、何とか無事に投稿出来てホッとしました。

 アメリカ・テキサス州のヒューストンで起こった出来事が切っ掛けで、第三次石油危機が起こり、その波紋は世界へと広がっていった。

 欧州の経済は麻痺し、文化的他者への排斥や弾圧。格差社会が拡大し機能不全に陥る中、ナショナリズム的な考え方が広まり、ネオナチなどの極右政党が台頭する。

 

 ある学者は、今後の世界のエネルギー資源についてこう語った。

『地中に多くの石油が残存しても、採掘コストが高く、採算が取れない。一八五五年の採掘から二百年近く、もう掘り尽くされた感がある。二〇六五年、アメリカの石油が全滅。二〇七〇年、インドネシアの石油が枯渇。輸入する側に回る。二〇七五年、北海油田が枯渇。エネルギー需要はますます増え続ける一方、最大の埋蔵量を誇る中東も、世界中の需要が殺到し急速に減少する。地球の石油資源が完全に無くなるのは、二〇九0年頃となるだろう』

 こうした発言が出る中、産油国は自国の資源を守るために大幅な輸出削減に踏み切った。

 結果、原油価格は五倍に跳ね上がり、狂乱物価を招くなど、世界経済が混乱の渦に突入した。

 石油に大きく依存している日本にとって、これは痛烈な打撃であり、石油危機の波紋は短期間のうちに産業界から国民層へ広がり、深刻の度合いを深めていく。

 産業の血脈と言える重油の値上げが、鉄鋼・電力・石油化学などの産業界に深刻なコストアップとなってはね返り、生活関連品の値上げをあおり市民の生活を直撃した。


 石油危機により急激な物価高が日本を襲う。

 スーパーの棚に何も無く、物価高が人々の暮らしを襲った。

 国民が恐れていた物価高騰に物不足、企業の倒産が相次ぎ町には失業者が溢れ、不況が一層深刻化する。


 経済の停滞が長く続き、人々の働く気力が失われ心も体も冷えきっていた。その上、政府に対する企業の献金汚職などが相次いで発覚し、政府が強い者の味方であることを知らされた国民は、ついにその怒りを爆発させた。 

 国会議事堂前に人の波。国会周辺では抗議の嵐が渦巻いた。

 首相の退陣を要求した数万人の大規模集会が、放火や投石などの騒乱状態に発展し、過激派による悪質なテロも続発した。このため政府は、首都圏に非常事態宣言を出した。

 しかし、地方でも大規模な反政府運動や暴動が多発し、全国に広がりつつあった。まさに日本は、動乱の真っ只中にあった。


 だが、動乱の中にこそ英雄は生れる。

 源頼朝、足利尊氏、織田信長・家康、西郷隆盛などの英雄が……。

 まさにこの時、新たな英雄が生まれようとしていた。

 


 政府は急遽、生活必需品の生産拡大に力を入れたが、十分な食料すら確保出来ない。

 様ざまな日用品を作る原材料の確保もままならない厳しい現実に、総理である高木一郎は、今出来る最善な政策を打ち出した。


 石油に頼らない水素を国策として推し進める。

 水素を有力なエネルギー源とみて、水素を充填する水素ステーションを各地に建設。水素で走る燃料電池車(FCV)――燃料の水素と空気中の酸素を化学反応させて作る電気で走り、走行時に排出するのは水だけ。公用車もFCVの公用車を使用するなど徹底し、国民にアピールした。


 クリーンな政治を推し進める高木首相だが、一方で、反対勢力を押さえる力を欲していた。

 全国的規模で広がりを見せる暴動を鎮圧するには警察や機動隊では力不足であり、治安を維持することが出来ずにいた。もはや市民の安全を守るためには自衛隊の力を借りるより他に手立てがなかった。

 高木首相は、内閣安全保証会議において正式に自衛隊を発動することを承認した。


 各地で起こった暴動は全て自衛隊の手によって鎮められ、一旦は平静さを取り戻したかに見えたが、これによって新たな火種を作る結果となった。

 自衛隊による暴動鎮圧によって、シビリアンコントロール(文民統制)が崩れ、自衛隊の政治的発言権が増大していったのである。それはまるで、平安末期の混乱を鎮めるために武士の力を頼った朝廷が、政権を奪われて行くように……。


 

 一方、自衛隊内部でも大きな動きが起こっていた。

 国内では不況が、国外では民族対立による内戦が続発し、世界的に戦争の気運が高まっている。 

 隊員達は危機を感じ、将来の日本の自衛隊のあり方について真剣に考え出したが、平和な時代に育った高齢の上層部の考え方と大きく違っていて、指揮する側である上層部の命令を無視するようになり、自衛隊は大きく二つに分裂しようとしていた。 

 ここに、急進派の若い隊員達の期待を一心に集める男の存在があった。

 彼の名は木戸俊光。陸上自衛隊・朝霞駐屯地に身を置く彼は、並外れた行動力と統率力を持ち、若くして一等陸佐に抜擢された。彼は陸自ナンバー2としての実力を発揮し、自衛隊を大きく変えようと奔走した。

 

 木戸は、あるテレビ局のインタビューに答え、今後日本は外国と戦争することがあるのかとの問いに、急進派の自衛官を代表して自分の意見を率直に語った。

「戦争を防止するさまざまな条約や規定があったが、この国際経済の破綻以後、次々と条約が破られ、様々な紛争や内乱などが相次いで起こっている。これは日本とて同じで、政治不信により国内は大いに乱れ、多くの失業者がいる」

 と、この時初めて政府をおおやけに批判し、

「確か、二〇二一年に、ドイツでネオナチがクーデターを実行した。結果は失敗に終わったが、先進国の間でも力による政変は現実として起こっているんだ。この先の日本とて、どうなるか分からない」

 木戸は記者を通して、国民に忠告した。


「それじゃあ、この日本で、力による政変が起こるというのですね」

 記者の質問に対して、

「無能な政府は必要とされない」

 と木戸はハッキリ答えた。

「無能な政府、ですか」

「ああ。政府にとって一番大事なのは、国民を守れるかどうかだ。残念ながら、今の政府には力が無い。侵略者に対して追い払うだけの力がな」

「じゃあ、戦争に巻き込まれるってことですね」

「世界が不況であえいでいる中で、日本だけが不況といえども今なお豊かでいられる。言い換えれば、多くの敵を作ってきたようなものだ。不況のどん底で、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている彼らに、世界秩序を考える余裕などあるはずもなく、いつこの日本に侵略して来るか分からない。日本が豊かなばかりに世界中から狙われるんだ。そんな状態の中で、この日本を守るのは自衛隊しかいない。だが、今まで自衛隊のことをその存在すら認めようとしない奴らがいた。そのお陰で防衛費は削減され続け、我々を見る目も冷たくなっていた。国防とは一年や二年の短期間で育つものではなく、日頃の訓練が必要なんだ。そんなことも知らず、ただ平和だからと言って自衛隊は必要無いなどと言う。本音を言うと私は、こんな奴らを守ろうとは思わない。自分の財産を守ることしか考えていない奴らのために、なんで自分達が犠牲にならなければならないんだ。だが、市民を守るのが警察であり、この国を守るのが自衛隊の役目である以上、敵の侵略から国を守るために命を懸けて戦うつもりだ。身近に起こっている紛争は、いつか日本にも飛び火して来るだろう。我々としては敵の侵略に対し、白旗を掲げ黙ってこれを見すごす訳にはいかない。我々はいつでも戦争の用意がある」

「戦争だって!」

 報道陣が驚くも、木戸は冷静な口調で続けた。

「日本は非常に狭い島国であり、その中にはいくつもの都市があって、一億人もの国民がいる。そこへ近隣諸国の紛争により、たった一発のミサイルでも飛んで来るようなことがあれば、大災害となろう。私はこの日本の誰一人として犠牲者を出したくはない。そのためには、より強力な防衛力が必要であり、防衛費の負担は、身を守るために国民に課せられた義務ではないか」

 木戸はテレビを通して平和な時代は終わり、日本も戦争に巻き込まれる可能性があるということと共に、防衛費の増額を直接国民に訴えた。

 この一自衛官の発言は、多くの批判と共に賛成する声もあり、日本の世論を一身に集めることになった。


 防衛省では、世間を騒がせた木戸を自衛隊から永久追放するという、厳罰に処する考えであったが、高木首相の一声で追放はまぬがれ、一等陸佐の地位もそのまま残った。

 政府としては、多くの若い自衛官に慕われている木戸を利用価値ありと判断し、謹慎を命ずるだけにとどめたのである。



 謹慎中の木戸は、東京を見下ろすホテルの一室に、愛人の亜紀と一緒にいた。

 未だ防衛省から何ら許しが得られず苛立っていた木戸は、その思いを忘れるために亜紀を抱きしめた。

 

 やがて木戸はベッドから起き上がると、シェードを指でなぞりながら、そこから見える東京の街を見下ろした。

 辺りはすっかり暗くなり、ネオンの光がそれまでの東京の姿を変えつつあった。

 木戸はタバコを取り出すと、ゆっくりとくわえ火を点けた。

 亜紀は再び木戸の体を求めようと起き上がり、彼に寄り添った。

 絡んだ手が彼の背中にある大きなキズに触れると、そのキズ跡を指でなぞりながら、

「こんなキズを負って、良く生きていられたわね」

 と背中のキズ跡を心配しながら、甘い瞳で彼の隠された過去をうかがった。

「このキズの痛みは今なお続き、あの日のことを忘れさせないでいる。いや、奴らが忘れさそうとはしないんだろう、死んで行った同胞達が……」

 木戸は亜紀の目を鋭い眼差しで見詰めた後、ふと目をそらしシェードの辺りを見詰めながら、政府を恨み続ける心境を静かに、そして激しく語った。


「忘れもしないあの日、あの時のことを……。国内最大の反政府運動があった時、俺達はその真っ只中へと送られて行った。武器を持たず、抵抗することも許されなかった俺達は、ただ奴ら政府の楯となり身代わりとなるだけの存在でしかなかったんだ。その最中、過激派がビルにセットしていた時限爆弾が爆発し、爆風と共に様々な破片が俺達目掛けて降り注いで来た。気が付くと、辺り一面血の海と化していた。同胞は俺をかばうかのようにみんな死んで行った。多くの同胞が……。その中でただ一人、俺だけが生き残ったんだ。このキズはその時に付いたものだが、こいつが痛む度にあの日の惨劇を思い出す……」

「そう、そんなことがあったの、知らなかったわ……」

「俺達自衛隊は、国を守るためには死をいとわない。だが、国内の反乱を鎮めるためだけの道具として扱われ、仲間は死んだんだ。これでは、無駄死にではないか……」


 惨劇の思いはいつしか復讐心を生み、今の政府を激しく憎むようになっていた。

 そして、復讐の炎はやがて野望の炎へと変わり、心の中で燃え盛っていることに気付き始めていた。

 ――その野望とは、国家に対して一撃を加える、すなわちクーデターを起こすことである。

 謹慎中の彼は、各方面隊の仲間と密会を重ね、政府のやり方を強く批判すると共に彼の計画を打ち明け、力を貸して欲しいと頼んでいた。

 木戸を慕う彼らは、計画にいつでも力を貸すことを約束し、計画実行の時まで沈黙をしたまま待ち続けていた。


 木戸は、彼女の豊満な乳房を片手でギュッと握り締めながら、

「俺は今まで欲しいと思った物はなんでも手に入れてきた。今の地位も、そして、お前もな。今度は日本の最高権力者としての地位だ。そのためには巨大組織である自衛隊を、己の意のままに動かす」

 計り知れない野望を真剣な眼差しで話す木戸を、亜紀は少し恐れながらも、

「貴方の、その強い性格が好きだわ」

 と言って彼に身を任せた。


 この時の亜紀は、彼が冗談で言っているのだと思っていた。到底、出来もしないことを言葉にして吐き出し、怒りを紛らわせているだけだと。

 二人は目を閉じ仰ぎながら、将来のことを考えた。亜紀には幸せな生活が見えていが、木戸には真っ赤な色が一面に見えていた。自分の野望を果たすためにこの先、血で血を洗う惨劇に否応なしに巻き込まれることを彼は覚悟していたのだった。

 二人にとって甘く幸せな日々はこの時限りで、自分が職場に復帰すると共に権力者への道をひたすら歩み続け、会えない日々が続くだろうと考えていた。

 そう思うと亜紀がたまらなくいとおしく思え、強く抱きしめる。

 時の経つのを忘れ、夜明けまで二人は愛し合った。



 社会が秩序を取り戻し、平穏な日々が続くかに見えた日本に、再び動乱の兆しが見え始めた。

 二〇五五年・五月十五日・土曜日。この日、全国に衝撃的なニュースが飛び込んで来た。

 午後五時二七分、過激派のメンバー数十人が首相官邸を襲撃し、高木首相を殺害するという事件が起こったのだ。

 過激派のメンバーは、高木首相が自衛隊を用いて社会運動を弾圧し、強引なやり方で政策を押し進めてきたことに不満を募らせ、こうした暴挙に及んだのである


 長期にわたる経済不況にあって高木首相は、文字通り日本を動かしてきた実力者であり、まさに政界のドンとして政治を行ってきた。それだけに政府は指導者を失い、今後の方針が一つにまとまらないでいた。

 国民はこれに失望し、若くて有能な指導者を求め政府に要求した。

 政府は国民の声を聞き入れ、政治家の中で若く、最も頭の切れる男として岡田行雄を選んだ。岡田内閣の誕生である。


 岡田首相は内閣を組織するにあたって、政治にその影響力を付けてきた自衛隊を押さえ付けるために、自分の右腕である林正美を防衛大臣に任命し自衛隊を統制した。そして日本経済の再建のために、その負担にもなっている防衛費の予算を大幅に削減すると共に、急進派の危険人物を次々と排斥した。

 こうして岡田首相は、勝手な人事異動を行うことにより、多くの自衛官らと対立することになった。


 岡田内閣の政策は、政権交代時期であり、不安定な状態という背景から経済優先の政治よりもむしろ社会秩序の安定を優先した。

 岡田首相は急激な経済の変化を避け、緩やかな経済再建を目指した。このため不況にあえぐ人々は目に見える結果を求め、一時鎮まっていた暴動が再燃、政権発足間もない岡田内閣は前途多難な船出となった。

 

 謹慎中だった木戸は、その罪を解かれ現場復帰を果した。

 岡田内閣に不満を持つ若い隊員達にとって、政府をおおやけの場で批判した木戸は絶大な人気であった。

 だが、木戸は彼らの期待に反し、政府の政策を支持すると共に、自ら進んで反対派らを押さえていった。

 木戸は心から政府を支持した訳ではなく、支持するふりをしていた。ただ岡田首相一人に信頼されるためだけに若い隊員達と表面上対立することになる。


 暴動の再発と自衛隊の反発の中で、窮地に立たされた岡田首相にとって、自ら進んで暴動を鎮圧し自衛隊の不満も押さえて来た木戸の行動には一点の疑いもなく、むしろ好感さえ持つようになっていた。


 

 岡田政権が危なげながらも三年が過ぎた頃、木戸にとってある好機が訪れた。

 防衛省に呼び出された木戸は、林大臣から一枚の手紙を手渡されると、思わず笑みを浮かべ、心の底から沸き起こるものを押さえきれずにいた。

 その手紙は、来年の二月二六日に開かれる国民大集会に出席する首相の警護に、木戸の部隊を要請するものであった。


 内閣支持率の低迷が続き、厳しい状況が続く岡田政権。このまま内閣支持率が低下し続ければ政策遂行に支障が出かねない。

 衆議院解散による総選挙を前に、是が非でも支持率アップに繋げ、再選に弾みを付けたい。国民大集会は首相を始め閣僚の殆どが出席し、多くの市民も参加する。これにより国民の見えるところでの議論と共に、国民参加の政治を目指す岡田首相の政策を示そうとした。


 岡田首相は、日頃の木戸の行動から、過去の記憶の中の危険人物の彼を排したばかりでなく、すっかり彼を信じ切っていた。

 テロ・ゲリラが続発する中で、前首相の暗殺をきっかけとして首相の周りは厳重な警護で守られるようになり、首相は殆ど姿を見せないでいた。そのため、木戸が首相と唯一会えるのがこの集会で、しかもそれが大きなほど彼にとっては好都合なのである。


 二〇五九年二月二十六日、クーデター実行をこの日に的を絞り、『二月二十六日、政府転覆を実行する』の暗号として『二二六』という隠語を用い、秘密裏に各方面隊に伝えていった。

 木戸は、その日がかつて日本を震憾させた大事件と同じ日、同じ曜日であることに気付き、偶然とはいえ、歴史の不思議さを感じずにはいられなかった。


 オリジナル戦記、本題は2章の15話から始まります。14話まで滅亡までの暗い話が続くので、苦手な方は2章から読んでもらっても、問題はないと思います。

 次話からは、土曜日の仕事終わりに投稿します。

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