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報復の大地  作者: 西 一
2章 新世界
19/58

伝説の王子

 発展を続けるネバダ王国。

 王都リーノに近付くに連れて賑やかになってきた。


 何日も馬車に揺られ、一行は繁栄の象徴とされるリーノに着いた。

 活気溢れた町並、何より人の多さにジオは驚いた。


 密集する町並みの中にあって、一際高くそびえ立つ塔があった。

「あの、塔のような物はなんですか?」

 とジオは主人に聞いた。

「あれは、この国を牛耳っている魔物だ」

 険しい顔で主人は塔を睨んだ。

「この国を牛耳っている? この国は、王様が治めているのでは」

「それは……」

 と言い掛けた後、主人は何も言わなくなってしまった。

 ジオは主人の気持ちを察して、それ以上聞かなかった。

 塔の前では、黒い服を着た兵士らしき者達が、市民らを監視しているように立っていた。

 異様な雰囲気に恐怖を覚え、ジオは通り過ぎるまでジッとしていた。

 

 やがて、町の中心に入った。

 石畳の広い一本の大路を進んで行くと、リーノ城が見えてきた。

 

 更に進んで行くと、進入者を拒むように堅固な城壁が立ち塞がる。

 主人が門番に、王様の命によって献上品を持って来たのだと告げるや、城門が開かれ、一行は場内に入った。

「す、凄い……」

 言葉を失うほどの豪華さ。

 そこでジオの目に映ったものは、白一色に統一された王様の住まう王宮であった。

 初めて見る王宮の豪華さにジオは目を奪われた。白鳥が翼を広げたような外観から、リーノ城は別名白鳥城と呼ばれている。その白鳥の異名を持つ王宮は代々、ジョージー家の居所として、贅の限りを尽くして建設されたリーノ市民の誇りでもあった。


 使者に案内され、シオンは王宮内に入った。

 華麗なる世界への入り口に、ジオは足を踏み入れる。

 王宮は、外装よりもむしろ、内装に贅を尽くしていた。


 ジオは一人、長い時間待たされたが、少しも退屈しなかった。

 大理石作りの部屋には、奇妙な紋様が一面に彫られてあり、何もかも珍しく、一つ一つ食い入るように装飾品を眺めているうちに、ジオはふと、人の視線を感じた。

 振り返ると、そこには満面に笑みを浮かべた主人の姿があった。

「商談、成立じゃ」

 と言ってジオの手を握って喜んだ。

 この瞬間ジオは、今までの不安が消し飛んだ。

「本当ですか? 本当にうまくいったのですね」

 ジオにとって、何よりも主人の喜ぶ顔が嬉しかった。


 二人は中庭へと続く廊下を歩い行く。

「お供の者の方はどうしたのですか?」

 従者を伴わず一人でいる主人を不思議に思った。

「この先の、行き着く場所で待っている。行き着く場所で、皆が待っていているよ」

 主人は笑って答えた。


 出口に近付く連れ、主人に笑顔が消えたかと思うと突然、ジオに問うた。

「前にも言ったが、もう一度お前に聞く。大事な人を守るために、戦うことをどう思う? そのことで多くの命が失われてしまったとしたら、その行為を悪と思うか?」

 突然の質問にジオは一瞬驚いたが、好意を寄せるセーラのことを思い出し、自分の正直な気持ちを答えた。

「大切な人を守るためなら、私は戦います。どんなに強い相手であっても、戦います」

 彼女を助けるため戦うと、力強く答えた。

「ほおう……」

 真剣な主人の顔立ちが、ジオの言葉によって緩んだ。

「その言葉を聞いて、安心しました。シオン殿下」

 そう言って主人は閉ざされた戸を押し開いた。

『シオン』と言った、主人の意味不明な名前が、ジオの耳に残った。

「今、なんて?」

 薄暗い中庭に、ほのかな夕日が差し込んでいた。

 一瞬、視界が奪われたジオに思わぬ光景が、視界の回復と同時に映った。

「――こっ、これは……」

 とジオは驚いた。

 中庭と、それを囲む回廊には多くの人で溢れていた。しかも、皆、平伏している。

 ジオには何がなんだか分からなかった。


 静寂。もの凄く静かな威圧に、ジオは金縛りにでもなったように身動きがとれなくなってしまった。


 そんな状況の中で、ただ一人の味方である主人に救いを求めた。主人だけが全てを知っているのだと思い顔を覗き込むようにジオは見る。

 その時に見た主人の顔はまるで別人の顔に見えた。今まで見せたことのない真剣な顔付きだった。

「先ほど、私をシオンと呼びましたね」

「いかにも。貴方の本当の名は、シオン・アーサーです」

「シオン……」

 初めて聞く名前にジオは戸惑う。

「貴方は、今から十一年前に、憎っくきザルツによって滅ぼされた、ビクトリア王国の王子なのです」

「私が王子? そんなはずはありません。私は孤児みなしごのジオです」

「貴方の右腕に付いている赤いアザが、何よりの証拠。太陽の紋章印の焼き印。生まれて直ぐに、右腕に焼き印を打つのは、ビクトリア王室に代々伝わる魔除としての儀式なのです。何より、そのお顔、一市民の顔立ちとは違う。以前、屋敷の地下にあった肖像画、あれは貴方の父上であられるリード公の肖像画です。その肖像画にそっくりではないですか。顔は口ほどにものを言うものなのです」

「あの絵が、私のお父さん……そんな……」

 ジオは主人の言っていることを受け入れることが出来なかった。

 最下層の孤児から、いきなり最高位の王族出身だと言われ無理のないことである。


 戸惑うジオに向かって、主人は過去の出来事を話した。

「私は、リード王に仕える下級貴族のセシル・バレンと言います。ビクトリア王国は世界の中心にあって、三百年も栄えた王国でした。ビクトリア王国を統治するアーサー家は、サルフの祖とされるアボリジニの子孫であり、ビクトリアの人々はアーサー王を畏敬の念を持って仕え、世界中の人々もまた敬意を表していたのです」

「何故、そんなに繁栄した王国が滅びたのですか」

 繁栄していた王国が、何故滅んだのか、ジオには不思議でならない。

「全ては、一人の男の、裏切りによって悲劇は起こったのです」

「裏切り者によって、王国が滅んだのですか?」

「左様にございます。裏切り者の名は、カール・テリー。西ザルツ王国の王です。ザルツは東西二つの国から成り、北方の蛮族として常に我がビクトリアは無論のこと、世界中の脅威でした。西ザルツは、我が国と不可侵条約を結んだ同盟国であり、リード公と西ザルツ王カールは盟友として協力関係にありました。しかし、東ザルツ軍との戦闘の最中、カールは条約を一方的に破棄したばかりでなく、経済援助を続けていたビクトリア領に攻め込んで来たのです。当時、花の都と称えられていたビクトリアの首都セルサスは、西ザルツ軍の大軍に包囲されてしまいました。そこには頼みとする我が軍の主力はいません。防戦虚しく、セルサスは陥落しました。この籠城戦の最中、私達は掛け替えのない二つのものを守り抜きました。一つはシオン殿下であり、もう一つは、これです」

 そう言ってセシルは従者の持っていた箱を差し出した。

 それは、主人が屋敷を出る時に大事そうに抱えていた箱であった。


 箱の中には、透明で光輝く水晶が入っていた。

 それは今までに見たことが無いほど綺麗な輝きをしていて、それ自体が光を発しているかのように輝いていた。

「これは一体、なんですか?」

 とジオは聞いた。

「これはビクトリアの宝玉で、その名をティアズストーンと言います。ティアズストーンは、遥か遠い昔、太古戦争によって多くの愚人達が死んで行った惨事を、天におわす神が見て泣かれた。その神の涙が光輝く石となったと言う神話から付いた名です。この異様な形は、この大地を成すサルフと同じ形をしているそうです。この宝玉を持つ者は世界を握ることと同じであり、代々ビクトリア王が保持していました。蛮族ザルツは、この宝玉を世界支配の象徴として利用するべく、攻撃の最中、躍起になって探していました。我々は必死になってザルツの魔の手から宝玉を守り抜きました。が、しかし、それと引き換えに、掛け替えのない多くの人命が奪われました。私はあの時の惨事が、今でもこの目に焼き付いて離れません。あの日の出来事を……」

 セシルの遠く見詰める瞳には、涙が浮かんでいた。


「二つの掛け替えのないものを守るために、一人の女性との別れがありました」

「別れ、ですか」

「はい。突如として現れたザルツ軍は、セルサスを包囲し攻撃しました。ザルツ軍が城門を破り、一気にセルサス内になだれ込んで来た。王都の都市機能は寸断され、セルサスは大混乱に陥りました。混乱するセント・メアリー宮廷内で、私は宰相であるマクド様に呼ばれました」



 …… ザルツ軍が包囲し、陥落目前の王都セルサス。

 セント・メアリー宮殿内は騒然としていた。

「セント・メアリー宮も今はなんとか持ちこたえてはいるが、この宮殿が落ちるのも時間の問題だ。そこで、この国の行く末のため、お前に頼みたいことがあるのだが」

「卑しき身分の、私めにございますか?」

 この一大事に、宰相のマクド様は、私に何をさせようというのか全く分りませんでした。 

 マクド様は側近の一人に高価な箱を持って来させ、私に手渡しました。

「それが何か分かるか?」

「いいえ、私めには、全く分かりません」

 と私は正直に答えました。

「では、その箱の中を開けて見るがよい。きっとお前にも分かるはずだ」

 マクド様に言われ、私は箱を開けました。

 その中にはビクトリアの宝玉であるティアズストーンが入っていたのです。正直言って、私は驚きました。下級貴族であるこの私が、ビクトリアの宝であるティアズストーンを手にしていることに。


「ザルツの蛮族が、その宝玉を狙って宮廷内に踏み入らんとしている今、みすみす宝玉を蛮族の手に渡す訳にはいかぬ。そこで、これよりその宝玉を持って王都を抜け出し、北方で戦っている国王陛下の元に届けて欲しいのだ」

 この言葉を聞き私は、セルサス陥落が間近に迫っているのだと実感しました。

「あと、もう一つお前に頼みたいことがある。それは他ならぬ王妃様のことだ」

「王妃様が、何か?」

「王妃、イゲルナ様とシオン殿下を無事に脱出させて欲しいのだ」

「はい。私めが、命に代えて御守り致します。御安心を」

「それが、王妃様は国王陛下が留守しているセルサスを死守すると言い、逃げようとはなされない。そこで、お前が王妃様を説得して欲しいのだ」

「私めが、王妃様の説得を?」

「そうだ。王妃様は何かにつけてお前達、下級貴族の味方であられた。どうやら、我々をお嫌いのようだ。だがそれも無理からぬことであろう。だからお前に、この大役を頼む。引き受けてくれるな」

「王妃様が、私共に目を掛けていてくれていたとは思いもしませんでした。こんな卑しき身分の私達に……。その王妃様が、セルサスと共に死ぬおつもりなのですね。分かりました。私めが、やれるだけのことは致しましょう」

 そう言って私は、王妃様の堅い決心を知らずに大役を引き受けたのです。


 私は急いで王妃様のいる太陽の間に行きました。

 本来なら下級貴族である私が、神聖なる太陽の間に入ることは許されないのですが、事は重大であり私は使命を帯びている。私はためらいなく太陽の間に入りました。

 太陽の間では、王妃イゲルナ様は第二王子であるシオン殿下、つまり、貴方を抱いておられ、この混乱の中、何一つ動揺せず静かに椅子に座っていました。王妃様は、私の弟、ゼノンが大事そうに宝玉を持っているのを見て言われました。

「宰相殿に宝玉を守るように言われましたね。それと、この私を脱出させるよう説得しろとも……」

 私は心を見抜かれたことに驚きました。

「おっしゃる通りにございます。でも、どうしてこの場からお逃げになられないのですか? もはやセント・メアリー宮も持ちこたえられません。どうか、脱出して下さい」

「国王陛下のいないこのセルサスを守るのは、王妃たる私の役目です。セルサスを守る王妃が、一番になって逃げ出す訳にはいかない。何よりもこれは私の意地です! 蛮族ザルツに、私の意地を見せてやりたいのです」

 私は王妃様の強い意志に圧倒されました。

 か弱いお体の、一体どこからそんな勇気が生まれて来るのか。

「それに、五十万人のセルサス市民を置き去りにすることは、私には出来ない相談です」

「そ、それでは……」

 私は言葉を失い、何も言うことが出来ませんでした。

 しかし、こんなにまで人々のことを思っている王妃様をみすみす失いたくはなかった。


「そこまで御決心していたのですか……しかし」

 私は何度も説得をしましたが、王妃様の決心は堅く、誇り高いビクトリアを汚すこと頑なに拒みました。

「私も人の親、このシオンだけは逃がしてやりたい。本来なら例え幼くても王の子、遠方で戦っているガイアーと同じようにこのセルサスを見捨てずに最後まで戦うものなのでしょうが、やはり、私も人の親なのですね……。セシル殿、どうかシオンを無事に逃がしてやって下さい。頼みます」

「王妃様……」

 王妃様の一人の人間としての切なさを目の当たりにし、私は涙の出るのが止まりませんでした。

 王妃として人の上に立つ誇りと、強さの裏に隠された一人の女性としての弱さを同時に見たような気がしました。そして、先ほどの意志の強さは、子を持つ親の強さではないのかと気付きました。


 私は貴方をそっと抱き抱えました。

 最後の別れにとお腹一杯に乳を与えていたのでしょう、甘い香りがしていました。その臭いは今でも頭に残っています。幼い貴方は、今、外で何が起こっているのかも知らず、ただ私の長い髭を見て恐れるでもなく、ただ笑っていらした。


 王妃様は別れ際に、こうも言われました。

「私達は今日まで日の当たる所でいられ、幸せな日々を過ごしてきた。下級貴族であるが故に、辛い思いをして来られたのでしょう。今度は、貴方方が私達に代わって日の目を見る番ですよ」

 と優しく声を掛けられた。

 王妃様は知っていらしたのです。私達の苦労と、そして、政治の腐敗を。

 ビクトリアは、長年の歴史と伝統のある国。故に、地方貴族出身である私達下級貴族は、いくら才能があっても認めてはくれませんでした。私達は宮廷貴族らの特権階級に虐げられ、甘んじるよりなかったのです。そして、宮廷貴族らの権力は次第に王権をも凌ぐ勢いとなり、政治は乱れて国力は低下して行きました。貴族達の権力争いは、そのまま王朝の衰退へと繋がって行ったのです。


 更に、王妃様の口から、驚くべき真相を聞かされたのです。

「蛮族ザルツの脅威に悩まされるのも、全ては統治者としての王の責任であるのだと陛下はいつも悩んでおられました。陛下は、この遠征を終えた後、宮廷内の改革を行おうとしていたのです。権力争いをする貴族達を追放しなければ、理想の政治は出来ない。このままでは人民の心は離れて行くばかりだと。改革の断行を願う陛下は、王権を回復し、理想の政治を行うために、自ら遠征軍の先頭に立って戦場に向かわれたのです。皮肉なことに、蛮族ザルツの手によった上級貴族達が裁かれようとしています。全ては、私達の怠慢によって起こったこと。私は、この罪を償うために裁かれなくてはなりません。けれども、シオンだけは生かしてやりたいのです。セシル殿、どうか、どうかお願いします」

「はい! 必ず」

 私は王妃様の前で、命に代えてシオン殿下を無事に国王陛下の元に連れて行くことを約束しました。

 そして、僅かばかりの同胞を集め、セント・メアリー宮からの脱出を企てたのです。

 

 宮殿の地下に流れる下水道の水路を通って、私達はひたすら走りました。

 松明を片手に、僅かな明かりを頼りに走りました。泥で足を捕られながらも、ひたすら出口に向かって走ったのです。

 やがて、真っ暗な水路の先から光が差し込めて来ました。それと同時に、人々の叫び声が狭い水路の中を反射し、こだまするように聞こえて来ました。

 水路の外では、ザルツの侵攻によってセルサスは大混乱に陥っていました。私達はこの混乱に紛れ込み、無事にアセント・メアリー宮から脱出することが出来たのです。

 振り返ると、セント・メアリー宮殿はすでに火の手が上がり、真っ黒い煙が空を焦がす勢いとなっていました。権力争いの虜になっていた宮廷貴族達は、贅沢を尽くした金糸や銀糸を織り込んだ衣装が災いとなり、宮殿内に進入して来たザルツ兵の格好の餌食となって、身ぐるみをはぎ取られ殺されてしまいました。こうしてセント・メアリー宮殿は、宮廷貴族を道連れにして落ちたのです。

 

 私達には王妃様の安否を気遣う間もありませんでした。セント・メアリー宮を攻め落としたザルツ兵は、今度はセルサス市民にその牙を向けて襲い掛かって来たのです。

 ザルツ兵は、気に入る者、気に入らぬ者に関わらず、目に映った者をまるで獣であるかのように殺していったのです。何等抵抗をしない市民に対して、まるで狩猟でもしているように殺戮を楽しんでいたのです。

 私達には、彼ら市民を守ることなど到底出来はしない。ましてや、私達には重大な使命がある。シオン殿下と宝玉を守るという使命のために、歯を食いしばってセルサスからの脱出だけを心掛けました。


 そんな私達にも危機が迫っていました。城門では既に、宮殿からの脱走者を捕らえるべく、ザルツ兵が待ち構えていたのです。

 そこでは厳しい検査が行われていて、不信な者達を捕らえると、その場で殺していました。市民に変装しているとはいえ、ザルツ兵の厳しい追求にいずれ捕らえられるだろうと思った私達は、逃げる途中の若い夫婦に、シオン殿下を預けました。

 この惨事に子供を渡されてもと、断ろうとする夫婦に、私は金貨を差し出しました。すると夫婦は喜んで貴方を引き取ったのです。家を失い、何もかも無くし不安を抱いている彼らにとって、金だけが唯一の救いだったのでしょう、夫婦は喜んで貴方を引き取ったのです。そして、人込みの中に貴方は消えて行ったのです。


 こうしてシオン殿下の命を天に授けた私達は、殿下の無事を祈りつつ、城門からの脱出を諦め、別の逃げ道を探し必至になってセルサスから脱出しました。

 そして、とうとう脱出に成功したのです。

 しかし、ザルツ兵の厳しい追跡のために、何人かの同胞が殺されました。彼らは私達の犠牲になって死んで行ったのです。多くの犠牲を払って脱出に成功したものの、シオン殿下の安否が心配でなりませんでした。殿下を引き取ったのは、お金欲しさのためであって、決して心から喜んで引き取ったのではなかったのです。殿下の運命は、あの若い夫婦に委ねられたのでした。


 私達はその後、王都の様子をうかがうために、セルサスに近い場所に滞在しました。

 王都セルサスに進駐した西ザルツ軍の主力は、西方の戦地に向かったものの、進駐軍はなおも居座り、根こそぎ財宝を奪うと今度は、聖地・グラストンベリに向かったのです。

 グラストンベリは、ビクトリア歴代の王の眠る陵墓のある場所です。ザルツ兵は、陵墓を徹底的に破壊しました。中でも、第十二代アルバ王の陵墓の破壊は、目を覆いたくなる光景でした。

 ザルツにとってアルバ王は、祖国を二つに引き裂いた張本人であり、唯一ザルツを倒した人物として恐れられていました。

 遺骸は掘り出され、見せしめとしてさらされました。臣下として私達は、耐えがたい屈辱と責めを負ったのです。

 私達は、誓いました。必ずザルツを倒すと。非道な残虐行為を行ったザルツを倒すのだと誓ったのです。


 私達は、遠方で戦っている国王陛下が、もう一方のザルツを倒して必ずセルサスに戻って来るのだと信じていました。

 でも、北方の彼方では思いもしなかったことが起きていた。ビクトリア軍がザルツ軍に破れたのです。   

 再起を図ったガイアー王子も死に、ビクトリア王国は滅びてしまったのです。


 王国の終わりは、なんともあっけないものです。

 ビクトリアが滅びてしまった以上、今この手に持っている宝玉になんの意味があるというのか、私達は考えました。国が滅び、希望を無くした私には生きる気力も失せ、皆と共に、国王陛下の臣下として死のうと思いました。

「このままでいいのか! 我々にはまだシオン殿下がいるではないか」

 と私達の中の一人が叫びました。

 すると、みんなが口をそろえて言ってくれたのです。

「そうだ! 我々にはシオン殿下がいる。そして、宝玉も我らの手にあるではないか。必ずやザルツを中央から追い出し、ビクトリアを再興させるんだ!」

 私達は王朝の再興を誓い合いました。

 そして、このサルフのどこかにいるであろうシオン殿下を探すべく、世界に散って行ったのです。我が弟ゼノンは東方世界へ、そして私はこの地に残ってシオン殿下の探索に全力を注ぎました。


 しかしながら、人から人へと渡り歩いたシオン殿下の姿はどこにもなく、私達の誓い合った王朝再興の灯も消えようとしていました。

 一方、我が軍を倒しセルサスに入城した東西両ザルツ軍は、覇権を懸けての争いが起こるものと誰もがそう思っていました。私達はこの混乱に乗じて、ザルツを倒す計画を画策したのです。残党を集める一方で、弱腰の諸王国軍と力を結集してザルツを倒すことを。 

 しかし、この期待も大きく裏切られる結果となりました。

 政策の違いから対立していた両ザルツではあったが、それ以上に、同じ民族としての統合を願っていたのでしょう。東西両ザルツは一つに統合され、より強力な国家となってしまいました。ここに、完全に私達の希望は断ち切られてしまったのです。


 放浪中の私達は、兄弟国であるノルマン王国に救いを求めました。

 私は、スペンサー公の紹介で、ネバダ王室の御用商人として市民に成りすまし、西方諸国の結束に勤めました。

 そんなある日のことです、貴方に出会ったのは。そう、太陽王、リード・アーサーの遺児、シオン殿下に。

 私は喜びに沸き立ちました。ザルツ打倒の灯は消えていなかったのだと……。



 セシルの語った過去の出来事に、誰もが涙を流していた。

 ジオことシオンもまた、目頭に涙を浮かべていた。そして、体の底から沸き上がる熱い何かを感じていた。

 そんなシオンに、十二人の若者が立ち上がり、彼の前まで来ると平伏した。

「彼らは、シオン殿下を守る十二神将です」

 とセシルが説明する。

「十二神将とは、英雄王と呼ばれるアルバ王を守った十二人の将軍達のことで、それら十二人の流れをくむ者が代々、十二神将として王を守ってきたのです。残念ながら十二神将は、先の戦いにおいて跡絶えました。ここにいる者は、私が選んだ強者であり、いわば、新生十二神将とでも言ったところでしょうか。必ずや殿下のお役に立つことでしよう」

 と十二人の若者達を指しながらセシルが言った。


 十二人の若者の中に、シオンと同じくらいの子供が混じっていた。

「彼の名はユノと言って、殿下の身代わりとなる影武者です。歳は殿下と同じで、十二才です。きっと、良き遊び相手になってくれるでしょう」

 シオンには、身代わりと言う意味は分からなかっが、影武者というだけあって、彼にそっくりであった。

 ユノを始めとして、アレス、キロン、サルス、ソル、ディアナ、バルカン、ビスタ、ヘルメス、リベル、レト、ダイの十二人は、シオンを守るという使命に、命懸けで尽くすことを誓っていたのである。


『よくぞ、生きておられた』

 シオンの後ろ側、ちょうどシオンの入って来た所から声がした。

 振り返ると、そこには三人の威厳のある老人が立っていて、こちらを見詰めている。

 三人の老人を見ながらセシルは言った。

「あちらの御仁は、この国の統治者、ジョージー公。そして、ノルマン王のスペンサー公とメシカ王のレオン公です。二人は殿下に一度、謁見したいと申されて、わざわざこの地に遣って来たのです」

 三人の王がシオンに近寄ってきた。

 シオンにとって、いずれも雲の上の王様である。

 慌ててその場にひれ伏せようとするとするシオンを、ネバダ王・ジョージー公が制し、

「よくぞ、御無事でおられた」

 と言って、続けた。

「先ほどのセシル殿の話を聞き、胸の熱くなる思いがした。がしかし、我ら諸国には、ビクトリアに援軍を送ることが出来なかった。セシル殿の申された通り、我らは常に弱腰だった。我らの軍隊は数こそ多いものの、その大半は金で雇った傭兵なのです。宗国ビクトリアに守られていたからこそ発展して来た我が国は、そのビクトリアを倒したザルツを恐れるは無理からぬことであり、否応にも従うしかなかったのです。しかし、蛮族による恐怖政治は、我らにも人民にとっても耐えがたいものでした。奴らは、全ての秩序を破壊し、自分勝手な政治を我々に押し付けようとする。我がリーノは活気溢れ、笑顔の耐えない町ではありますが、人々の心の奥には、蛮族に対する支配に苦しめられているのです。その象徴が、ひと際高くそびえる監視塔なのです。ここに来る途中、殿下も御覧になったと思いますが、この国を統治するのは王たる私ではなく、監視塔の役人が統治しているのです。私は常に、監視塔からの厳しい命令を受け、人民に無理な仕事を強制しているのです。我ら諸国にとって、蛮族の干渉こそ耐えがたい屈辱なのです。更にザルツは、帝都建設のために多くの人民に労役を掛け、優秀な人材を奪っていったのです」

 ネバダ王国の現状をシオンに告げた。


「私はノルマン王のスペンサーです。ビクトリアから序列一位と言う名誉を頂ながら、その御恩に報いることが出来ずに情けないばかりです。我ら諸王国の力の無さが、父君であったリード王の命を奪ったのです。領土を分け与えられるという大恩を受けながら、ザルツの力の前に臣下の礼を取らざるを得なかった我らを、お許し下さるまいか。そして、共に力を合わせて、ザルツを倒しましょう。殿下が起てば、世界中に散らばりしビクトリアの残党も一斉に起ち上がることでしょう。彼らはシオン殿下の号令を今か今かと待ち続けているのです。我が領土内に、殿下を迎え入れるマラリンガ城が完成しました」

「マラリンガ? ですか」

「そうです。ノルマンの西に位置した荒野の中に、その城はあります。要塞と化した堅固な城で、決してザルツには分からないマラリンガと言う場所に構築しました。私達家臣は、殿下を向かえ入れるべく待ち望んでいます。どうか私と共に、マラリンガに来て下さい」

「是非とも、お願いします」

「我ら、諸国と共に」

 それぞれの王がシオンに熱望する。


 悪しき流れを断ち切るために力を貸して欲しいとの強い熱意に押され、みんなの力になりたいと思ったシオンは、

「はい」

 と自然に言葉を発していた。 

「シオン殿下は、我々の希望の星、いや、大地を照らす太陽そのものなのです」

 三人の王の表情は晴ればれとして、希望に満ち溢れていた。


 全ての事情を把握しきれないまま、シオンはマラリンガへと向かうことになった。

 彼にとって運命を大きく変えるだろう一歩を踏み出し、混迷する世の中を歩んで行くのだった。


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