表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
報復の大地  作者: 西 一
2章 新世界
18/58

御用商人

 反対の道を歩いていたジオには、なんの当ても無い。

 何日もひたすら歩き続け、ノルマン国境を越えて異国の地であるネバダ王国に入った。

 商業の発展しているネバダ王国は、新たな仕事を求めているジオにとって好都合な国であった。


 やがて、人々で賑わうエルコと言う大きな町に着いた。

 着いて間もなく、ジオは仕事探しに出掛けた。

 しかし、期待とは裏腹に、子供であるという理由でジオを雇ってくれる所は無かった。


 仕事を求めて、何日もエルコの町を歩き回った。そんな中、王室に品物を納める御用商人の話を聞いた。

 これを最後の望みとして、ジオはその店に行ってみることにした。

 

 御用商人の店は、話に聞いた通り大きく、まさに豪商の名にふさわしい店だった。


 ここが駄目なら、この町を出よう。


 そう自分に言い聞かせ、正面玄関に立っている玄関番(守衛)に声を掛けた。

「ここで働きたいのですが、私を雇ってくれないでしょうか」

「働きたい……」

 番人はジオの顔を見た。

 まだ子供ではないか、とでも思っているようにジオを見詰めた。

 ここも駄目かと思った時、番人の口が開いた。

「今、主人は留守にしている。明日にでも来るといいよ」

 と、厳しい顔付きとは違って、優しく声を掛けてくれた。


 翌日、ジオは番人に言われた通り店に来た。

 だが、まだ主人は帰っていなかった。

 次の日も主人はいなかった。

 そして三日目、主人らしき人物が馬車に乗って帰って来た。主人は、物々しい警護人に守られていた。

 ジオは馬車に駆け寄ると、

「私を、私を雇ってくれないでしょうか。お願いします。他に行くところが無いのです」

 大きな声で頼み込んだ。

 馬車の戸がゆっくりと開くと、ジィっと見詰める老人の姿があった。

「ここは、お前のような子供の来る所じゃないよ。悪いことは言わん、帰ったほうが良い」

「私には帰る所が無いのです。なんでもします。どうか、ここに置いて下さい」

「孤児か、それは困ったのう。幾つになる」

「十二歳になります」

「十二歳か……名は、名はなんと申す」

「ジオと言います。物心付く前から、そう言われていました」

「確かな名ではないのだな……」

 老人は何かに気付いたようにジオの顔を見詰めた。

 気品溢れた高貴な顔立ち。老人の顔が見る見る変わっていった。


 主人は馬車から降りてジオのそばに近付くと、小声で言った。

「右腕に、何かアザのような物はないかな」

「赤いアザがあります」

「本当か!」

 主人が声を上げ、その声にジオは驚いた。

「何故、そんなことを知っているのですか?」

「いや、なんとなくな。そのアザは不吉な物だから、決して他人には見せてはならないよ」

「今まで見せたことはありません。嫌われると思い、誰にも見せいません。まさか、このアザが不吉な物だったとは……。これからも、決して人には見せません」

「素直な良い子じゃ、気に入った。ジオと言ったな、お前を雇ってあげよう」

「本当ですか! 本当に、私を雇ってくれるのですね」

喜びのあまりジオは大声で言って、店の主人に何度も頭を下げた。


 主人に案内され、ジオは店の中に入って行った。

 店の奥には、隠れるように屋敷が建ち、中庭も広々としていた。とても一介の商人が所有しているとは思えないくらい大きな建物と、それに見合った多くの使用人が働いていた。

 きびきびとした動きは、まるで自らを鍛えているかのようで、ふとジオは、あんな厳しい仕事が自分に出来るのだろうかと不安に思った。


 それにしても、一体、なんの仕事をしているんだろう……。


 主人と一緒に屋敷の二階に上がると、奥まった部屋の中に入った。

「今日から、ここがお前の部屋だ。好きなように使っていいよ」

その部屋はとても広く、綺麗な部屋だった。

「こんな広い部屋を、私に?」

「ああ。大きいだけの屋敷、いくらでも部屋はあるよ。今日はもう休んでいいから、ゆっくりお休み」

そう言って、主人は部屋から出て行った。


 立派な部屋を与えられて、ジオは嬉しくなった。

 何日も野宿暮らしのジオにとって、やっと落ち着く場が出来た。

 自由になったような、ちょっぴり大人になったような気がして、目の前にあったベッドに飛び込んだ。


 見知らぬ自分を雇ってくれたばかりか、こんな待遇をしてくれるなんて……。


 主人の親切がやけに不安に感じられて仕方がなかった。

 この不安を打ち消そうと、ジオはこっそり部屋を抜け出し、一帯を見て回った。

 多くの使用人がきびきびと働いている姿を遠くから見ていたが、彼らの強い視線を感じた。

 使用人の誰もが、自分に対して興味の眼差しで見ているような気がした。

 興味の眼差しは、言い代えれば、それは自分がまだ子供であることに注目しているのだろう。

 

 一帯を回るうち、隠れるように地下に続く階段があるのを見付けた。

 この地下に隠された秘密があるのだと、いけないこととは知りつつ、ジオは地下へ下りて行きたい気持ちに駆られた。


 地下へと続く階段を下りて行くと、僅かに日差しの通った薄暗い部屋が見えた。

 ジオは恐る恐る隠し部屋をのぞき込んだ。

 奥行きのある倉庫のような広い部屋。

 ひんやりとした空気が部屋の奥の方から吹いて来る。その時、

「誰か、そこにいるのかね」

  階段の方から声がした。

  聞き覚えのある声に、

「はい! 私です。ジオです」

 慌ててジオは返事をした。

 声の主は主人だった。


 ジオは、黙って部屋に入ったことを叱られるのだと思い、何度も主人に謝った。

「別に構わないが、今度から一言、私に声を掛けておくれ」

「分かりました」

 叱られるとばかり思っていたジオは安心した。

「黙って見て回ったことを怒らないのですか」

「私が誰で、どんな仕事しているのか知りたかったのだろう。構わんさ」

 主人は怒るどころか、ジオに部屋の案内をしようとまで言ってくれた。


 主人が壁に掛けられている燭台の蝋燭に火を点けると、辺りが明るくなった。

 部屋の中には、多くの剣や弓、甲胄などの武器が置かれていて、異様な雰囲気がこの部屋の中から漂っていた。まさに、この部屋は武器を収める武器庫だった。

 武器の一つ一つには金で装飾されていて、まるで美術品のように華やかに見える。

 ジオはそれらの武具を主人と一緒に見て回った。


 装飾の美しさにジオは見入っていたが、部屋の中央部に差し掛かった時、壁に一枚の肖像画が掲げられているのに気付いた。

 初めて見る肖像画の人物に、何故かジオは引き付けられる。

 威厳に満ちた顔立ちに、不思議と自分の知っている人物のような親しみを感じた。

「あの肖像画の人物は、誰なのですか?」

 ジオは思わず主人に聞いた。

「あの絵は……あの絵の人物は、ワシの最も敬愛する王様。宮廷画家によって書かれた肖像画を、ある人物から譲り受けたものだ」

「この国の、ネバダの王様の絵なのですね」

「そ……そうだ、ネバダの王様だ。見ての通りワシの仕事は、武器を売る武器商人。こんなにも武器が多いのは、大国と取り引きしているからで、ワシは、ネバダ王国の武器を取り扱う王室御用達商人なのだよ。これで安心したかね」

 主人の言葉にジオは納得した。

 綺麗な装飾が施されているのも、相手が王様なのだということで頷ける。ジオが恐れていた悪徳商人でなかったことに安心した。

 でも何故、正式に取り扱っている商品を、こんな人目の付かない地下に隠しているのかジオには分からなかった。


「ワシが武器を売る武器商人であったことに驚いたであろう。争いの元になる武器を売り、儲けていることに。ワシとて争いは好まぬ。誰が好んで争いをする者がいようか。だが、時として、戦わなくてはならないこともある。大事な者を守るために、掛け替えのない人を救うためにも戦わなくてはならないこともあるのだよ。幼いお前に分かってもらえないかも知れないだろうがね」

「分かります。大切な人を守ろうとする気持ちは、私にもありますから」

 とジオは返事をした。

「ほおう、幼いお前にも分かるのかね」

「孤児の私は、多くの人の支えがあったからこそ、今まで生きて来られたのです。だからこそ、みんなを守ってあげたいと思うんです」

 その返事は主人に対する気持ちから言った言葉だったが、ふと、セーラの顔が頭に浮かんだ。

 店を出た日から、彼女のことを忘れようと努力していたが、未だに忘れることが出来ないでいた。


「何も、武器を売るだけではない。ここでは優秀な人材を育成し、人手不足に悩む店に送り込んでもいる。何も、恐れることはないよ」

 と説明して、戸惑うジオを安心させた。

「明日から、私の身の回りの世話をしてもらおう。ワシはお前を立派な人間に育てるべく、教育もして行こうと思っている。読み書きが出来ないのでは商売にならないからね。一生懸命に勉強するのだぞ」

 と主人は言ってジオの頭を撫でた。


 次の日、ジオの仕事が始まった。

 朝早くから起床して家事を手伝い、主人の身の回りの世話をした。

 そして、夜になれば勉強と、一日の奉公は厳しかったが、主人のそばにいると、色んな所に行けるので、それがジオにとって楽しみであった。


 初めて乗った馬車の乗り心地はとても気持ち良く、そこから見下ろす町の景色は違ったものに見えた。

 いつか自分も立派な主人のようになりたいと思い、奉公に一生懸命に励んだのだった。



 数カ月後、主人が笑みを浮かべながらジオに言った。

「大きな仕事が入った。この商談がうまくいけば、大きな利益を得るだろう」

「本当ですか?」

 ジオは主人の喜びにつられ、声を出して一緒に喜んだ。

「明日だ。明日、王都リーノに行くことになった。ジオ、お前も連れて行こうと思っている。ワシと一緒にリーノに行くか?」

「はい! 私も行きたいです。ぜひ、連れて行って下さい」

 ジオは、王都リーノに行けることを喜んだ。

 そして、主人の商談の成功を祈りつつ、期待と不安の一日が過ぎて行った。



 翌朝、ジオは物々しい音に起こされた。

 陽の昇らない暗いうちから、多くの使用人が用意をしていた。ジオは眠い目をこすりながら服を着替え、身支度をした。

 ここから王都リーノまでは何日も掛かる行程である。

 早く身支度を済ませると、使用人の手伝いをしょうと急いで玄関に向かった。

 

 使用人と共に荷馬車に荷物を乗せていると、主人が出て来た。

 手には何か大事な物でも持っているらしく、その後ろには数人の従者がいて何かを警戒しているようであった。

 とても重要の物が箱の中に入っているのだろう。急にジオは緊張してきた。


 ジオは、主人の立派な馬車に乗ると、一行は、まだ夜も明けないまま王都リーノに向かって静かに出発した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ