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報復の大地  作者: 西 一
2章 新世界
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カイルとジオ

 盆休みで時間が出来たので、一話分投稿します。

 やっと、主人公が登場します。活躍はまだ先ですが、温かく見守って下さい。

 太陽暦歴三百二十五年、繁栄を誇ったビクトリア王国は滅びた。

 征服王カール・テリーは七王国を支配し、サルフ世界の覇者たる皇帝となった。

 彼は、ビクトリア王朝ゆかりの太陽暦を廃止し、これに代わって新たに帝国暦という年号を用いた。

 帝国は、並みいる諸王を心から屈服させるために、ビクトリア王国の至宝であるティアズストーンを用いた。

 ティアズストーンとは、太古戦争(核戦争)の悲劇を嘆いた神が流した涙の跡と言われ、その形が世界オーストラリアに似ていたことから名付けられていた。帝国は、世界支配の象徴として大いにティアズストーン利用した……。


 

 帝国暦十年、征服王カール・カイザーは崩御した。

 その治世は僅かに十年だった。絶対権力を手に入れた反面、常に裏切り者として消えぬ心の傷を負っていた彼は、迫害したビクトリア人の復習を恐れ、帝国の行く末を案じながら死んで行ったのである。


 カールは皇帝に即位した年に、後継ぎとなる男子を授かった。

 彼の残した遺児、カイル・カイザーが父の喪に服して一年後の今日、即位しょうとしていた。

 その少年は生まれながらにして、皇帝という絶対的な権威と権力を約束された。彼はザルツ民族六百万人の誇りであり、サルフ人民の支配者となるべくして生まれたのである。


 帝都アルザスは静まり返っていた。

 とうに太陽が沈み、南十字星が輝き始めた頃、カイル・カイザーの即位式が厳かに始まった。

 建設中のオルガ城を照らすように、松明を持った数万人の兵士が見守っていた。

 帝都の全ての明かりは消され、オルガ城はかがり火によって照らされた。漆黒の闇に浮かび上がったオルガ城は、絶大な権威を見せ付けた。 

 

 完成したばかりの宮殿に、七王国の王達は臣礼をとるために召集させられていた。

 王達は、オルガ城の巨大さに度肝を抜かされた。亡国ビクトリアのセント・メアリー宮殿のような豪華さはないが、その巨大さは人々を威圧するのに十分であった。

 石窟の宮殿は、数万人の人員を収容出来る途方もなく巨大な物で、どれだけの労力と、どれだけの犠牲を強いて建設させたのか計り知れない。オルガ城は人民の血と汗の結晶であった。

 人々はオルガ城を蟻塚と呼んだ。黒い軍団である帝国軍を、兵隊蟻に例えてそう呼んだのである。

 

 宮殿内の中央に位置し、巨大に広がった大広間。重臣達が見守る中、カイル・カイザーが姿を現し、正面の荘厳な玉座に座った。

 テーブルの上には、諸王に見せ付けるように宝玉ティアズストーンが、世界支配の象徴として置かれていた。だが、その宝玉には伝説のような輝きは無かった。


 列席した王達は、初めてカイルを見た。

 カイルはこの時、僅か十一歳。ブロンズの髪に青く鋭い眼差し、そして病的なほどに白い肌。カイルはゲルマン特有の顔立ちをしていた。

 玉座から立ったカイルは、重臣及び諸王に向かって、

「予は、生まれながらの皇帝である。予に逆らう者は死! 帝国に逆らう者は、死あるのみ」

 と言い放ち、

「帝国が出来てからまだ歴史が浅く、各地にはビクトリアの残党がまだ多数生き残り、隙あらば、このアルザスに攻め入らんと画策しているやも知れぬ。今以上に残党狩りを強化し、不逞のやからを駆逐する。先帝が夢見た千年王国は、予の願いでもある」

 諸王を睨み付けながら言った。

 こうしてカイル・カイザーは、二世皇帝になった。

 彼は、東西、両ザルツを固く結ぶ、統合の象徴として皇帝になったのである。


 諸王に、自身への忠誠を誓わせ即位式を終えたカイルは、オルガ城建設の責任者を呼び付けた。

 完成までに一世紀はかかるだろうオルガ城建設に、治世の間に完成させるよう厳命していたが、工事の進行が遅れているとの理由で、手に持った長い鞭で容赦なく打ち据えた。   

 その光景は目を覆いたくなるほどであった。

「お、お許し下さい!」

 許しを請う責任者に容赦ない仕打ち。

 即位式が終わって誰もが安堵したのも束の間、場内に緊張が走った。

 僅か十一歳のカイルであったが、亡き父、カールの勇猛さを持ったばかりか、残忍な狂暴性をも兼ね備えていた。人を人とも思わない残忍さに、周りの者達は恐怖した。


 容赦なく打ちすえるカイルに見兼ねた元老グスタフが、

「お止め下さい、陛下。これ以上の仕置きは、無用にございます」

 とカイザーをなだめる。

 それまで激高していたカイルが、元老の一言で冷静さを取り戻した。

 カイルにとって元老グスタフの存在は大きく、彼がもし恭順していなかったら今のザルツ帝国は無かったであろうことは、カイルが一番良く知っていた。そう思うからこそ、元老には素直であり、幼くして父を亡くしたカイルにとって、元老は父親のような存在でもあった。


 やがてカイルは、一同が深々と頭を下げる中、静かに退席した。

諸国の王達は、狂暴な性格のカイザーを見て嘆いた。この先、カイザーを君主とするザルツ帝国に支配され続けなければならないと思うと、不安を感じずにはいられなかった。    


 この場に服従している王達は、帝国の強大な力を恐れているだけで、心から帝国に服従している訳ではない。むしろ、帝国によって滅ぼされたビクトリア王国を今もなお崇拝していた。

 世界中の人々の自由を奪う、蛮族による屈辱的な支配。だが、強力な軍事力の前に逆らう術も無く、帝国の属国として従うしかなかった。

 ビクトリアの世を望む人々は、ザルツ帝国を倒し、王朝の再興を遂げる救世主を求めた。

 彼らの求めた救世主こそ、ビクトリア王子シオンであった。セルサス陥落の際、逃れて生きていることを願い、それが伝説を生んだのである。

 すでに、長兄ガイアーは、先の戦いにおいて悲劇的な最後を遂げこの世にはいないが、第二子であるシオンは未だその生死が定かではない。

 シオン王子は生きている。いつの日かきっと、七王国を従えて帝国を倒すのだと信じた。

 人々は、シオン伝説を心の拠り所としていたのだった。



 一方、ノルマン王国西部の小さな町に、一人の少年がいた。名をジオと言う。

 十二歳になったばかりのジオには、何故か幼き日の記憶が無い。思い出そうとすると激しい頭痛がして思い出せない。体が拒否しているのだろう、幼少の頃の微かな記憶は少年にとって苦しみとなって襲って来る。自分が一体、何者であるのか? ただ、名がジオであることと、右上腕部に赤いアザがあるということしか分からない。

 彼は、このアザを唯一の手掛かりに、本当の自分を見付け出そうとしていた。


 ジオは今から十一年前に、バレルという商人に拾われた。バレルはこの町で一、二を争う商人で、彼はとても優しく、ジオを我が子のように育てた。

 バレルには、ジオと同じ歳のセーラと言う一人娘がいた。

 セーラは、ジオのことが好きだった。目鼻立ちの整った端正な顔立ちのジオは、同じ年の男子には無い高貴な顔立ちをしていたからで、セーラが好きになるのも無理はない。

 だが、両親にとって二人が好意を抱くことには反対だった。娘には、立派な商人の家に嫁がせることを考えていたからである。


 いち使用人と雇い主の一人娘。ジオは、好きなセーラと一緒にいれれば良いと思うだけで、立場上その気持ちを押し殺していたのだが、当のセーラは本気だった。

 日増しにジオを想うセーラの気持ちは強くなっていった。

 バレルは思い余った末、二人を引き裂く決心をした。セーラの将来を考えてのことである。


 ある日、ジオは一人、主人に呼ばれた。

「お前はこの店のために、良く働いてくれた。だが……明日、出て行ってくれないか。別に、お前が嫌いになった訳じゃないんだ……。勿論、次の働き場所は決まっている。今後も、私が責任を持って面倒を見るつもりだ。」

 言い難そうに主人は言った。

「承知しました」

 ジオにはバレルの言わんとしていることが分かっていった。

「娘、セーラのことは好きか?」

「はい、好きです」

「私は娘に幸せになってもらいたい。そのために、セーラには立派な商人の元へ嫁がせたいのだ。このまま二人が一緒にいれば、ますます想いが強くなってしまう。お互いが不幸になってしまうだろう……。分かるな、ジオ」

「はい。私がいてはセーラを不幸にするだけですから」

 と、ジオは笑顔で言った。

 その笑顔は、捨て子だった自分を我が子のように育ててくれた主人に対する、精一杯の恩返しの気持ちだった。


「さほど遠くない所に、私の知っている店がある。そこに行ってもらいたい。五年、いいや、三年で良い、その頃にはお互い、忘れているだろう。それまでの辛抱だ。必ずお前を迎えに行く、必ずな。……これは、今までのお礼だ、取っておきなさい」

 そう言って金貨を手渡した。

 それは少年のジオにとっては大金である。

「こ、こんな大金は受け取れません」

 驚くジオに、

「ぜひ、受け取ってもらいたい」

 そう言ってジオの手を強く握った。

 バレルにとって、彼に対する詫びの気持ちであった。


 

 翌朝早く、セーラに気付かれないうちにジオは店を出た。

 当初ジオは、バレルの言った店に行くつもりだったが、いつまでも主人の世話になるのはいけないと小さいながらに思い、言われた道とは反対の方向を目指して歩いて行った。


 その頃、ジオがいないのに気付いたセーラは両親に聞いた。

「使いに出したので、帰りは遅くなるだろう」

 と、バレルはあやふやな返事をした。


 その日、いくら待ってもジオは帰って来ない。

 心配したセーラは両親に迫った。

 二人は隠し切れず、とうとう本当のことを打ち明けた。

「何故、何故、私とジオと引き離そうとするの?」

 セーラは泣きながら言った。

「セーラ、お前には幸せになってもらいたいんだよ」

「私が幸せでいれたら、ジオはどうなってもいいというの!」

「そ、そんなこと……」

 バレルは何も言えなくなった。

「私はジオと一緒にいるだけで幸せなの。ジオを追い出したお父さんなんて、大っ嫌い!」

 セーラは部屋に籠って、一日中泣いた。

 そして、何日も部屋に閉じ籠って、外に出ようとはしなかった。



 落ち込むセーラに見兼ねた両親は、とうとう折れ、ジオを引き取ることにした。

 今までセーラと共に我が子のように育てて来たジオに、酷い仕打ちをしたと後悔した。バレルはすぐさま使いの者を送り、ジオを引き取りに使わした。

 だが、セーラの喜びも束の間、ジオは約束したはずの店にはいなかった。


「会いたい。今すぐジオに会いたい」

 早くジオに会いたいと、せがむセーラ。

 総出で一帯を探したが、ジオの姿はどこにも無かった。

「ジオ、どこに行ったの? 生きているわよね。生きていて、お願い」

 セーラの願いも虚しく、ジオの居場所は依然として分からなかった。


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