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報復の大地  作者: 西 一
1章 滅亡
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滅亡のカウントダウン

 六年にも及ぶ戦争で、人々は生活を圧迫され苦しみ続けた。

 一時は停戦となったのも束の間、すぐに再戦、泥沼状態に突入した。


 いつ終わるとも知れぬ戦争で、多くの若者が次々と戦場へ送られ、そして死んでいく。 

 超大国アメリカ・NATOと、ロシア・中国との対立は果てしなく続き、もはや両国に勝利者はなく、自国の被った被害に対する憎しみだけが戦いへと駆り立てている。

 


 戦争の長期化により、再び戦争を阻止する運動が起こった。

 こうした運動は戦争を継続する政府へと向けられ、激しい反政府運動を各地で引き起こした。

 国のためと称して戦場に送られようとする若者の中には、無意味な戦争だと徴兵を拒否し、反政府運動の中心として活躍する者まで出てきた。

 政府はこれを放っておくわけにはいかず、武力を持って制圧するようになり、市民への弾圧が始まる。


 統制の取れなくなった中国では、二百万の政府軍に対し、暴徒と化した反政府勢力は二千万人にものぼり、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 激化する首都攻防戦の末、北京は陥落し無政府状態に陥った。


 家の周りが突然、戦場になった。

 路上には兵士と民兵で溢れ、ビルの屋上には狙撃手。ヘリが旋回し、ロケット砲や銃撃の音が朝まで続くようになった。

 そして、民衆に銃を向けた政府要人へのむごたらしい虐殺が起こっていた。



 二〇六八年一月。冬を迎えたロシアは、異常な寒波が襲っていた。

 停電、断水は毎日のことで、長く寒い冬をしのぐ集中暖房システムは機能していない。

 彼らはローソクの僅かな明かりと温もりの中で生活しなければならず、貴重な油を軍に没収され、食料も配給されていなかった。

「寒い、寒過ぎる」

「このままでは、凍え死んでしまう」

 と誰もが不満を言い合った。

 ほとんどの石油が軍に没収されている現状では、ストーブを点けることも出来ず、まともな食事を取ることさえ出来ない。

「この冬を迎え、生きるためには石油がいる。食料の配給が無いうえ、石油までも奪い取られてしまった。俺達は冬に備えて、僅かな温もりでもいいから確保したい。ただ、それだけなんだ。我々は家畜じゃない。れっきとした人間だ! 今こそ、我々は戦うべき時なんだ」

 と、彼の一言に市民は一斉に立ち上がった。


 それまで政府の弾圧に屈服し、嫌々ながら従っていた市民が蜂起した。

 この時政府は、アメリカとの戦争に加え、国内の敵とも戦わなければならず、ロシアの崩壊は加速度的に進んで行ったのである。


 団結して立ち上がった市民は軍事施設を襲い、奪った武器で食糧庫や石油の保管場所などに侵入して略奪し、次々に破壊して行った。

 こうした軍事施設への攻撃はとどまるところを知らず、彼らに付きまとう飢えと寒さによる恐怖が、より過激な行動を引き起こした。



 一月十二日・木曜日。大雪の降る中、反乱軍は厳重に警備されている秘密基地を見付け出し、攻撃を仕掛けた。

 三重の鉄の扉で閉ざされている、地下通路の入り口を破壊して侵入して行く。

 彼らの前に現れた建造物は、大きく口を開いている発射司令ゾーンの入り口であった。

 長いトンネルの向こうには核兵器を管理する管制室があるのだが、そこが核基地だと知らされていない彼らは、知らずのうちに発射司令センターへと向かっていた。

 

 暴徒と化した反乱軍は、ここでも容赦なく徹底的に破壊し、奪い取った爆弾を仕掛けて爆破した。

 瞬く間に、管制室が炎に包まれる。

 今まで核を封じていた安全装置が解除され、自らの意思を持ったようにICBM(大陸間弾道ミサイル)が動き出した。


 サイロを覆う百十トンの蓋が開くと、

『ゴゴゴ、ゴ―』

 と鈍い音が響き、サイロの中から煙が噴出すると同時に、全長二十メートルを超すICBMがその恐ろしい姿を現した。

 ICBMをモニター越しに見ていた兵士は腰を抜かし、ミサイルが漆黒の夜空へと綺麗なまでに輝きながら彼方の空に消えて行く光景を、ただ見ることだけしか出来なかった。


 閃光を放ちながら夜空を駆け上がったICBMは、コンピューターのメモリーに記録されている敵国アメリカへ、マッハ二十五という極超音速のスピードで飛んで行った。


 すぐさまアメリカに誤発射を告げたものの、長年の戦争で常に疑いの目で見ている彼らに、誤発射を信用せよという方が無理である。


 ロシアのICBMは、即座に赤道上空三万六千キロメートルの静止衛星に探知され、同時に通信衛星を介してアメリカへ急報された。

 アメリカは直ちにロシアへ報復すべく、発射管制室に実戦発射の司令を出す一方で、戦域ミサイル防衛(TMD)が感知し、高高度迎撃ミサイルが発射され迎撃態勢に入った。

 核攻撃を阻止する迎撃の成功を、人々は固唾を呑んで祈った。だが……。


 三〇分後、アメリカ上空まで到達したICBMは、TMD迎撃ミサイルに打ち落とされたものの、すでに分裂して放出された十六個の核弾頭全てを打ち落とすことが出来ず、その一発がアメリカの都市に落ち、一瞬にして廃墟と化した。 

 こうした幾つかの不運が重なり、悲劇を生んだ。

 この時、零時を過ぎ、一三日に日が変わっていた。滅亡を呼ぶ一三日の金曜日を迎えていたのだった。


 一発の核弾頭の誤爆により、もはや回避出来ない核戦争へと発展。

 抑止力の名の下、蓄えられた核ミサイルが大陸越しに飛び交った。 

 全面核戦争により、世界中の軍事施設は勿論のこと、大都市にも核は容赦なく降り注いだ。


 

 オーストラリアの海軍基地で物資の補給を終えたミニッツ級空母は、シドニーを出港して、第二の都市であるメルボルン沖を航行していた。

 未だエレナとの別れの悲しみにうちひしがれていたトニー・ライトは、一人、孤独と戦っていた。

 今まで大きく見えていた世界が、とても小さく見え、悲しみが苦しみへと変わって行く自分の心をどうすることも出来ず、そこから逃げ出せないという恐怖に襲われていた。

 

 ふとトニーは、エレナから手渡された手紙を思い出し、すがるように手紙を読んだ。

 その手紙には、トニーへの切実な想いがつづられていた。

『貴方と出会った瞬間に恋が生まれ、心の中で育っていった。その想いが、私を幸せの世界へと導いてくれたの。いつでも会いたい、声を聞きたい、貴方のことを朝も夜も想っていた。気が付くと、恐いくらに貴方を愛していたの。でも、不思議ね。こんな広い世界の中で、二人が巡り会えたなんて。きっと前世も二人愛し合い、その想いがずっと生き続け、再び二人を会わせている、そんな気がするわ。今、私は世情の不安に駆り立てられている。もし、戦争によって二人が引き離されるようなことになれば、と思うと、胸が苦しくなり、孤独に襲われるの。この世界で、たった一人でいるような、そんな気持ちに。昨日も貴方の夢を見た。隣でずっと微笑んでいる貴方が突然、消えてしまうの。寂しい。今すぐ会いたい。今すぐ会って、私を抱き締めて欲しい。貴方を亡くしたくない。出来ることなら、貴方を守ってあげたい、力のある限り。いつまでも想い続けているよ、貴方のことだけを。Ⅰ LOVE YOU』


 手紙を読んでいるうちに、トニーは自然と涙が出てきた。

 彼女も同じ思いであったと初めて知り、決して一人じゃなかったんだと気付いた。

 今、エレナも孤独なら、孤独の世界に一緒にいられるはずだと。


 二人が死んだのちに、再び巡り会えると信じよう。そして、今度こそ幸せになろう、エレナ。


 この手紙で、閉ざられていたトニーの心が開かれた。

 今の彼には恐れるものは何もなかった。

 その時――。

 通信室に、本土に核ミサイルが落ちたという悲報が飛び込んで来た。

 核戦争に突入したことで船内に緊張が走る。

『ウーン、ウーン』

 船内にサイレンが響き渡り、戦闘体制がとられた。


 空母打撃軍は核攻撃を回避するために西に舵を取り、全速力で進んだ。

 絶望的状況の中、死を恐怖する者らの叫び声が船内の至る所で聞こえ、パニックに陥っていた。

 その中でトニーは、ただ一人冷静に考えていた。

 彼には死という恐怖はなく、現実に起こっている破滅への連鎖反応を、ひと事のように見ていた。


 ヒロシマ、ナガサキの教訓は、とうとう生かされることがなかったか。……フフフ……、おかしいものだな。敵に武器を売り付け、その利益で幸せになれたつもりでいたかも知れないが、その結果はどうだ。それが核戦争を引き起こす原因となって、自らの首を締め付けていることを知らずにいたんだから。何故こうなる前に戦争を回避出来なかったんだ。そもそも、俺達は平和のために努力してきたのだろうか? 平和に無関心ではなかったのか? 世界を破滅させる悪魔の兵器を、この地上から全廃しようとしてきたのか? むしろ平和そっちのけで、安心を得るために核兵器を今まで持ち続けていたのではないのか。それだけ相手を信用出来なかったのだろう、愚かな人間だ。そう、本当の敵は俺達人間の心の中にあったのかも知れない。国を愛する故に生まれる愛国心、それこそが他国との間の障壁となって激しい競争を繰り返してきたんだ。もっと早く、こんな馬鹿馬鹿しい競争から抜け出すべきだった。そして、国を愛する愛国心ではなく、もっと大きく視野を広げて、地球人となるべきだったんだ……。そういう俺自身、生まれ育ったアメリカが好きだ、どうしょうもなく……。生きることが、生きようと努力することが結果として破滅を招くのなら…もう沢山だ。もうどうなっても構わない。今更考えても遅過ぎる……。あと、どれだけ生きていられるか分からないが、生きている証明としてエレナを愛し続けよう。死の瞬間まで想い続けるんだ。死など怖くない。そもそも、無から生まれて来たこの命、再び無へと戻るだけではないか。それは赤子が子供、そして大人へと変わることと同じく、次のステップに過ぎない。そして、こんなちっぽけな地球に閉じ込められることなく、もっと広い自由な世界に、エレナと一緒に飛び込んで行けるんだから」

 と、トニーは言って、死に対する恐怖を振り払った。

 そして、生きている僅かの間、自分に何か出来ないかとトニーは考えた。


 俺は、何をすべきか? 何か出来るのではないだろうか、短い時間で。人類が誕生して以来受け継がれてきた文明、そして長年築き上げられてきた歴史に、今の時代を生きる人々によって終止符を打ったことを侘びなければならない。そうだ、この後を受け継ぐだろう人々に、この悪行を侘びなければならないんだ。それと同時に、俺達のように争いを憎み、平和を願い続けてきた人々もいたということを伝え、知らせたい。それがあと、僅かだが生きている俺の使命なのかも知れない。神よ、その僅かな時間だけ、この私を生かして下さい。


 祈りながら、エレナに授かった手紙の裏に、その思いを書き加えると、


 何か、気密性のある物……そうだ、ガラス瓶か。瓶の中に手紙を入れて海に流す、ボトルメールだ。

 

 急いで医務室に行き、手頃な大きさの薬品を探した。


 この大きさなら丁度良いし、頑丈そうだ。


 ガラス瓶の中に手紙を入れてしっかり蓋を閉めると、力尽きるようにその場にしゃがみ込こんだ。

 トニーは手紙の入ったガラス瓶を大事に抱えて体を丸めると、静かに目を閉じ、全てが終わるのを待った。

 

「こうして戦場に行かなかったお陰で、誰一人、殺めることがなかった。それだけは良かったと思う……。今、どれだけの人が生き残り、どれだけの人が死んで行ったのだろう。人間の愚かな行いを知らずに死んで行ったことを、何故か羨ましく思う。しかし、俺ももう直ぐ皆の所に行ける。そう、エレナの所へ」

 と小さな声で呟いた。


 その直後、オーストラリアの主要都市であるシドニーやメルボルンにもICBMが飛来し、上空で散乱した無数の核弾頭が炸裂した。

 五千度の熱戦が降り注いだ後、衝撃波が全ての建物をなぎ倒す。

 最大速度で回避する空母打撃軍にも、爆風による巨大な波が押し寄せた。

 荒波は船体を覆い尽くし、全てを消し去った。

 微かに残った物は、後世に伝えるエレナの手紙だけであった。

 

 核戦争直後、二次火災が世界各地で発生し、大都市をなめ尽くして何週間も燃え続けた。

 文明の痕跡を消し去るように、何もかも灰になるまで容赦なく焼き尽くしていった。


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