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報復の大地  作者: 西 一
1章 滅亡
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停戦と再戦

 二〇六五年四月、停戦成立。

 エーゲ海を見下ろす古代都市、ギリシャのアテネで講話会議が開かれた。

 この席において、各国代表団の見守る中、署名が行われた。


 調印式後、アメリカ大統領ロイド・ルーズベルトが仲介に立ち、睨み合っていたロシアとNATO諸国の指導者達にそれぞれ握手を求めた。

 条約調印式で三者は堅い握手を交わし、講話会議において一応の成果を見ることが出来たのだった。


 

 停戦後、油井の消化活動が行われ、平和をアピールするために消化活動が生放送された。

 敵国同士が協力して消化活動する様子を見て、長期間に渡って続いた戦争に終止符が打たれたのだと誰もが思い安堵した。

 だが、割れたガラスは、もう元へは戻らない。

 三年に及ぶ戦争で世界経済は破綻をきたし、大混乱に陥っていた。もはや復興の気運さえ見えないばかりか、この混乱によって再び戦争が起きるのも時間の問題となっていた。



 停戦によって、戦地から続々と兵士達が戻って来た。

 国のために戦っていた兵士達はこの時、疲れ、傷付き、安らぎを求めるように祖国へと帰って来た。

 だが、そんな彼らを喜んで迎え入れる余地など無く、冷たい視線で彼らを厄介者のように見詰めるだけだった。


 戦争の影響でインフレが進み、ハイパーインフレとなって市民に直撃した。

 物価が極端に上昇し、通貨の価値が暴落するハイパーインフレーション。

 お金の価値が紙くずのように落ち、生活が出来ない水準まで低下。

 失業したうえ、住む家を無くし路上に溢れた人々は、もはや混乱と精神的苦痛に耐えられなくなり、戦争によって増えた難民への八つ当たりで、彼らを殺害する者も現れた。

 これらの難問が、停戦によって新たに各国政府に押し付けられたのだった。

 特にロシアを始めとする不安定な経済構造の国々は、一つまた一つと無政府状態に陥った。


 冬へと向かうこの時期、市民の不安と不満は増大し、国内の至る所で暴動が起きた。

 絶望的な現状に見兼ねた軍人達は、祖国を守らんと立ち上がり、愛国戦線を結成して革命運動へと身を投じていく。


 

 休戦状態の中、ロシア北方艦隊の北極海での拠点であるセベロモルスク基地を、密かに出航した航空母艦『シュトルム』。

 格納庫には爆弾を搭載し、燃料を満載したスホーイ機とミグ機の艦載機が待機している。

 大西洋を航行中の空母シュトルムから、愛国戦線の影響を受けた隊員達の乗る二十機の戦闘機、スホーイ機とミグ機が飛び立った。



 長時間の飛行の末、攻撃隊はアメリカ・ニューヨーク沖、百キロの所まで近付いた。

 レーダー吸収材を機体表面に塗装したステルス戦闘機はレーダーに探知されない。アメリカの防空システムをかいくぐり、無傷のまま飛行隊は接近することが出来たのだった。

 十二月二十四日、この日アメリカはクリスマスイブを迎え、お祭り騒ぎであった。

 停戦の安心とクリスマスに浮かれ、その油断を突いたのである。


 攻撃隊は、マンハッタン島のニューヨークの上空を飛行した。

 突如として現したロシア軍機。

『ウーー、ウーー』

 防空警報が鳴り響いた。


「作戦成功! 我々はついにここまでたどり着いた。今、真下に見えるのが摩天楼。なんて美しい夜景なんだ……」

 と長い沈黙の中、飛行隊長から各隊員へ初めて通信が入った。

 ネオンの光に彩られたイルミネーションが、この日は一段と美しく見え、暗闇を彩る明かりに、隊員の誰もが魅了された。


 その光景をミハイル・シェルニコフは懐かしい思いで見ていた。

 そして、コックピット内に貼り付けてあるアメリカの友人の写真を見ながら、過去の出来事を思い出していた。

 

 ……シェルニコフが十八歳の時、単身アメリカに渡った彼は、ありとあらゆる人を吸い寄せ興奮の渦に巻き込むミュージカルの華やかなステージに魅了され、いつしかブロードウェイの舞台を目指す俳優の一人となっていた。

 毎日、歌と踊りと芝居のレッスンに明け暮れ、その合間にウェイターをして生活費やレッスン代を稼いだ。苦楽を共にしたアメリカ人と友情を深めていき、多くの仲間達と喜びを分け合った。

 彼らと共に三年間の下積み生活をバネに、やっと日の目を見ることが出来、憧れの舞台に立つ時がきたのである。

 だが、その夢も戦争によって無惨に打ち砕かれた。シェルニコフはすぐさま本国へと連れ戻され、無理矢理パイロットとなるべく訓練を強制された。彼は戦争によって運命をもてあそばれた犠牲者であった。……。


 今、自分の愛したアメリカを攻撃しようとしている。なんと皮肉な運命なのであろうか。だが、命令には従わなければならない。

「戦争さえなければ……」

 と彼は呟いた。

 その時、

「予定通り、攻撃せよ!」

 隊長から攻撃命令が下った。

「最終確認。本当に攻撃するのか?」

「繰り返す、攻撃せよ。これは命令だ! この交信は敵に探知されているはず。今、迷っている暇はないぞ。それに見てみろ、我が国が存亡の危機にあるにも関わらず、この国では戦争の影響が無くお祭り騒ぎだ。我々の目的は、ロシアの圧倒的な力を奴らに見せ付け、優位な状態で講和に持ち込むこと。我が国では貧困に喘ぎ、食べる物さえ無い有り様、こうしている間も多くの人民が死んでいるのだ。それらの人々を救うためには、どうしても優位に戦争を終わらせねばならない。未だに裕福でいられるこの国から多額の賠償金を得ることで、戦後の復興を行えることが出来る。本当の意味で、戦争に終止符を打つことこそが我々の目的なのだ。繰り返す、攻撃せよ!」

「了解!」

 シェルニコフはミサイルの発射ボタンに手を触れた。

 と同時に、眼下にマンハッタン区の中央部を南北に貫く大通り、あのブロードウェイの劇場街が見えた。


 ――あれは……。


 逃げまどう市民の姿がシェルニコフにはハッキリと見えた。

「クッ」

 彼はとっさに操縦桿を引き上げ急上昇した。

 

「出来ない! 俺には出来ない」

 と叫びながら攻撃を回避した。


 意を決した彼は、交戦の意思がないことを示すように機体を何度も振り、タイムズスクエアのある交差点の大道路に強行着陸した。

 悩んだ末、シェルニコフは亡命という選択肢を選んだのだった。


 シェルニコフから交信が途絶えたことで、敵の攻撃を受けたのかと思い注意を払うが、隊長がすぐさま言った。

「この大都市には、一片の敵機も確認されていないはず」

 との言葉に、

「じゃあ、逃げたんだ」

「攻撃命令を拒否したシェルニコフは、重大な軍規違反を犯した」

 と仲間達は口を揃えて言った。

「この日のため、アメリカに亡命するために奴は進んで志願したに違いない」

 とシェルニコフの過去を知る彼らは、

「アメリカかぶれめ」

 と、彼を裏切り者扱いにした。


「彼を抜擢ばってきしたのはこの私だ。奴の心の中にある迷いを払拭ふっしょくするために参加させたのだが、彼はとうとう乗り越えられなかったようだな」

「奴を抹殺しますか?」

「いや、そんな時間は無い。それに、彼はいつまでも俺達の仲間であり、今まで戦ってきた同志だろ。見守ってやろうじゃないか。彼が悩み苦しんだ結果、我々とは違う道を選んだのだから。この先、彼には大きな試練が待ち構えているだろうが、きっと乗り越えるはずだ」

「了解!」

 攻撃隊は急降下し、ありったけの爆弾を投下し街を破壊していった。


 建国以来、テロはあったものの、一度も攻撃されなかったアメリカが、いとも簡単に敵の攻撃を受けたのである。

 巨大都市・ニューヨークは、停電によって徐々に暗黒の闇に包まれ、それまでのイルミネーションの明かりに変わって、燃え盛る炎が市民を襲った。


 攻撃を終え残り少なくなった燃料を気にしながら帰艦しようとした時、近くの空軍基地から飛来した戦闘機によって、全ての攻撃機が撃墜された。

 祖国のため、命を投げ出してまで起こした行動は実ることなく、アメリカの不意を突いたニューヨークへの奇襲は、アメリカ市民の怒りをかうことになり、停戦していた戦争に激しい火を付けたのだった。


 戦争は、今度こそ世界中を戦場と化し、終わり無き戦いへと突き進む。

 怒りと恨みが、戦いへと駆り立てた。

 戦時の行き過ぎた行為を阻止する国際人道法などの既存の国際法は完全に無視され、民間人の犠牲をいとわない都市部への攻撃が行われる。

 当初のピンポイントによる軍事施設だけに限られていた攻撃のパターンが、戦争の拡大により大きく変わり、大規模な都市無差別爆撃が始まった。

 非人道的な行為に歯止めが掛らなくなり、この時から多くの人命が失われ、死体の山を築いていったのである。


 

 戦争を終わらせる唯一の国、アメリカもまた、国内に潜伏中のテロ集団などによる報復破壊活動によって確実に弱体化していった。

 更に、経済活動に欠かせなくなったコンピューターシステムのサイバー領域に入り込み、データーを破壊するサイバーテロも横行し、次々に都市機能が失われていく。

 まさに傷口に群がる寄生虫のように大国の柱がむさぼられ、もはや誰一人として戦争を終わらせる者がいなくなってしまった。


 こうして終わりなき戦いは、誰の目にも恐ろしい結末を暗示させていたのだった。


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