世界大戦
突然襲った戦争が、家を、町を焼き尽くした。
業火が激しく押し寄せ、逃げまどう人々。愛する我が子を殺され、無惨なその姿を見て絶望する母親。
片腕を無くし、その痛みに耐えきれず泣き叫ぶ若者。そして、ただ逃げまどうばかりの子供達。
焼け焦げた死体は、その醜い姿を晒して横たわっている。
こんな姿になるために生まれてきたんじゃない!
とでも言っているかのように。
兵士は言う。
「生きている者全てが敵に見える。殺らなければ、自分が殺られるんだ」
と。
まさに、この世の地獄。
戦争とは、人間をこうも異常なまでに変えてしまうものなのである。
憎しみが憎しみを生み、終わりのない戦いを繰り返していく。
逃げ場を失い、悲鳴を上げる声が耳に残って離れない。無力な私には、ただ祈ることしか出来ない。
「神よ、彼らを助けたまえ」
悲痛な叫びの中、おぞましい戦争は終わらない……。
二〇六二年、中東での武力紛争が拡大し、第三次世界大戦が勃発。
世界恐慌よる国際社会の破綻によって、今まで抑え付けられてきた不満が一気に爆発し、激しい戦闘が繰り広げられていた。
エネルギー源の確保のために、各国は軍隊を派遣した。
もはや世界秩序回復のための戦いではなく、自国の存続のための戦い。
この戦いに正義は無く、飢えた獣が獲物を狙っているように、中東を狙っている。国家の存亡を懸け、欲望をむき出しにして獲物(中東)を狙っていた。
『中東を支配する者が世界を支配する』という名の下、大国の覇権争いが一段と激化していった。
戦地の上空には、爆撃、偵察、情報などの目的でドローンが飛び交っている。
民生品として作られたドローン(小型無人機)やAI戦闘機が戦局を左右する重要な兵器となっていた。
百万機のドローンを多用し、軍事工場や基地を軍用自爆ドローンで攻撃した。
人口知能(AI)を搭載するドローン兵器は、人間の意思を介さない自律型兵器。
開戦当初、AIによって制御された完全自律型兵器により人間が直接関わらず、人的被害の少ない戦争だったのだが……。
周辺諸国へ軍事介入して東欧全体を支配しょうとしたロシアは、国際的な非難と禁輸制裁の拡大によって弱体していたが、豊富な地下資源の輸出により危機的な状況を脱して、かつての力を取り戻しつつあった。
ロシア金融危機で打撃を受けた経済が、原油価格の上昇・高騰に伴い回復し成長を続けた。ロシア経済は石油危機以降連続で成長し、ロシアの輸出の大部分を占める原油価格・ガス価格が五倍になったことで軍事費を増額、大規模な軍事改革を行い兵器の増産に踏み切った。
恐慌や金融危機からいち早く脱して回復したロシアは、『強いロシアの再建』を目標としてハイテク兵器の開発に力を入れ、軍備の増強に力を注いできた。
かつてのソ連やロシア帝国の復活を目論むロシアは、中東の権益を手に入れんがために、中東の支援国を救う名目で動き出す。
これに対して、ヨーロッパ(西欧)諸国は、NATO(北大西洋条約機構)加盟国に呼び掛け、ロシアの侵攻を阻止することを大義として軍隊を派遣した。
NATOとの衝突により、恐れていた全面戦争に突入。
こうしてロシア対NATOの二大勢力は世界を二分し、ここ中東を舞台として第三次世界大戦が始まったのである。
両陣営は一気に決着すべく、空母機動部隊や潜水艦などの圧倒的な軍事力によって制圧を試みる。
両軍は、この戦闘に持てる全ての最新兵器を次々に投入し、中東の遥か上空には、各国の打ち上げた軍事衛星が動静を監視していて、戦いはすでに宇宙へと飛び火し広がっていた。
やがて制空権を懸けた戦闘が始まり、地中海に浮かぶNATO軍空母から次々に飛び立った、ハイテクを駆使した最新鋭の戦闘機。これに対してロシア空軍の高性能のミグ機が迎え撃つ。
質量共に勝るロシア軍は、圧倒的な力によって戦局を有利にし、終始劣勢のNATO軍は反撃のチャンスを狙って猛攻に耐え続けていた。
ロシア軍の優勢が続く中、これまで中立を保っていたアメリカにNATOは強く参戦を呼び掛けた。
いち早く中東を撤退していたアメリカは、ロシア軍の侵攻を驚異に感じながらも国内世論の猛反発に合い動けないでいた。この時期、高齢のハワードに代わって選ばれた若き大統領ロイド・ルーズベルトは、NATOの働き掛けにより、国民に参戦への理解を求める演説を行った。
「今、戦争を終結させ世界秩序を回復させることが出来るのは、唯一我がアメリカだけだ。二度の大戦の参加により、我が国は世界の頂点として君臨してきたではないか。そして、その後には必ず好景気が訪れている。この不況から脱出するには、もはや参戦するしかない。私は国民に向かって約束しよう。この戦争に勝利し、必ずや豊かな生活を取り戻すことを」
この力の入った演説を聞いて、不況で喘ぐ国民は賛同の拍手を送った。
そんな折、動乱の続く中国では軍部の独走が起き、兵力二百万人を誇る人民解放軍が中東へ移動していることを偵察衛星がキャッチした。
これまで中国は、国内の混乱に拍車の掛かるのを恐れ閉鎖的になっていたが、そんな政府の政策に反発した軍部が、混乱に乗じて軍隊を派遣したのだった。
この中国の参戦がきっかけとなり、超大国アメリカも参戦を決意した。こうして、最も恐れた世界規模の戦争へと突き進んでいったのである。
ロシアと同盟を結んだ中国、上海協力機構(SCO)と、アメリカを中心としたNATOとの戦い。
アメリカは参戦と同時に、極秘に開発していた新兵器、高出力レーザーを登載した軍事衛星『ウィグラー』を打ち上げた。
ロシアの偵察衛星はいち早くアメリカの打ち上げた衛星を探知していたが、それがなんであるかは分からず、単なる偵察衛星としか見ていなかった。
軌道に乗って中東付近の赤道上空で静止したウィグラーは、静かに地上を見下ろし戦場を監視していた。
こうした状況の中、再び制空権を懸けた戦闘が始まった。
アメリカの参戦を知ったロシアは、早期に戦争を決着すべく、中東の敵国とNATO軍空母に向けて大遍隊を送り込んだ。
二〇機の爆撃機とそれを守る三〇〇機の戦闘機の大遍隊は、まさに空を覆い尽くす勢いであり、一気に決着を付けようとするロシアはこの時、自軍の勝利を確信していた。
やがて両軍機のレーダーが相手を捕捉し、交戦しようとしたその時、
『バッ、バッ、ズバーン』
雷鳴が響き渡る。
大気を切り裂く高エネルギー体。
ロシア軍機の遥か上空でいくつもの閃光があり、次々にロシア軍機が撃墜されていった。
弾道ミサイルを迎撃するために開発されたウィグラーは、連射のため破壊力こそないものの、動きの遅い戦闘機を正確に捉えることが出来る。
レーザーによる光の速さの攻撃にロシア軍機は成す術はない。
逃げ場も無くただ撃墜されるだけのロシア軍機は、アメリカの切り札的存在のウィグラーによって大打撃を被ったのである。
この戦闘で勝利を確信していたロシア軍首脳は、このまさかの大敗に愕然として肩を落とすだけであった。
すぐに原因がアメリカの静止衛星が、衛星兵器であることを突き止めたロシアは、今後の戦局に影響を与えることを恐れ、躍起になってウィグラー攻撃を行った。
だが、地上から発射されるミサイルはことごとく大気圏内で破壊され思うようにいかず、ついにキラー衛星の異名を持つ衛星攻撃兵器『ASAT』を用い、自爆による破片と衝撃によりウィグラーを破壊することに成功したものの、この戦闘で多くの主力航空機を失ったロシアは、もはや勝利者としての地位を完全に失ってしまった。
アメリカの参戦で有利に立ったNATO軍ではあったが、それは一時の勢いでしかなかった。
くしくもアメリカの参戦は、ロシア側有利に終息に向かっていた戦争を長期化させ、果てしない凄惨な戦いへと導くことになったのである。
先端兵器の急速な消耗に加えて、備蓄分が急速に減っており、代替品の確保もままならない状況にあって、旧式の兵器を使用せざるを得なくなっていた。
特に、弾薬・戦車や物資などの装備品不足が深刻化するロシア軍は、勝利のためには兵士の人命をいとわない、人海作戦を始めた。
次々と徴兵された一般市民が戦地に送り込まれる、文字通りの消耗戦。激しい戦闘は、総力戦へと発展した。
世界規模の戦争となった今、それまで成約を果たされていた非人道的な殺人兵器が密かに使用されようとしていた。
いつの時代も、様々な物資が滞って余裕が無くなると、決められた約束事が無視される。化学兵器や生物兵器に対人地雷などの、禁止された特定通常兵器が堰を切ったように次々と投入されていった。
両軍は制空権の取れぬまま、拠点を制圧するために、無謀とも思える地上戦へと突入した。
一日の温度差が五〇度の砂漠戦。摂氏五十五度という想像を絶する厳しい暑さとの戦いであり、戦車の内部はサウナ状態であった。
砂ぼこりが風に流れて地平戦が見えると、戦車の大群が彼方に出現し兵士達に緊張が走った。
化学兵器に備え、防毒マスクと防護服の着用命令が出され兵士達には重い負担となっていて、滲み出た汗を拭いながジッと敵の様子を見詰めていた。
目の前には、対人対戦車地雷を張り巡らせた地雷源・塹壕と堀、更に針の突き出たワイヤーが絡み合っている。
大規模な地上戦が開始されると、砲弾の爆風が砂を巻き上げ、一瞬の熱風が頬をかすめた。
塹壕から幾度となく突撃を繰り返し、疲れと暑さにより体力の限界に達していた。
過酷な条件の中で、生きて祖国に帰る希望を抱いたまま、多くの兵士が死んで行く。
あまりの暑さに流れ出る血さえも蒸発し、ひからびた死体が累々と横たわっていた。
一進一退の攻防を繰り返し戦線が膠着する一方、油田地帯は戦場と化し、油田火災の黒煙に覆われた上空は昼間も日が差さないでいた。
油井のほか、石油貯蔵タンクなどからも火の手が上がり、大量に発生する硫黄酸化物や窒素酸化物が、酸性雨などの公害を中東や南アジア地域にもたらし、大規模な環境破壊を生む恐れがあることを報道カメラが映し出していた。
破壊された中東の油田は、もはや世界の需要を満たすことが出来ず、極度の石油危機に陥った。
一方、戦争の長期化の影響で、それまで第三者の立場にいた市民達もこの大戦によってますます生活が苦しくなり、また、戦禍に巻き込まれた人々が難民となって近隣諸国へと押し寄せ、混乱に一層の拍車が掛かった。
長引く戦況の膠着。
戦争のため、日々の生活が極限にまで追い込まれ、飢餓の危機に襲われる日々。
国内でも市民らの間に戦争疲れが広がり、喪失感が広まっていく。
次第に反戦ムードが高まり、世界を動かす勢いとなった。
この勢いに押されて各国指導者達は、ようやく停戦へと動き出したのである。