崩壊バレンタインデイ。
部室棟の地下、そこは【LCD団】の本拠地。
霧隠来桜はベッドの上で目を覚ます。
近くに鵜飼ハルヒの姿は見えなかった。
包帯の巻かれた右腕がまだズキズキと痛んでいる。
元来、身体の治りが早いタイプではないので、少しのダメージでも長く引きずる傾向がある。
故に戦闘タイプでなく、むしろ不向きであった。
「…………病弱設定、よくもこんなハンデを」
彼女にとって、それは【呪い】に等しかった。
子供の頃から身体が弱く、中学時代はなかなか学校に行けていないーーそういう設定だった。キャラには演じているという意識がないため、役割を超越した自分自身の人生として引き受けなくてはならない。
全てはフリだった。「読者をスッキリさせるカタルシスを得るためのイベントのフリ」。作者やラブコメ世界が「弱いヒロインを守らせるため」「看病イベントをスムーズにこなすため」「主人公の活躍シーンを描くため」だけ。単なるヒロインの好感度イベント。
ふざけているとしか思えなかった。
単なる「ラブコメディの定番」のためだけに、死ぬ思いをしなくてはならない。
己の身体をオモチャにされている気分である。
許せなかった。
だから、彼女は──銃を取った。
もう弱いヒロインを演じ続けたくなかった。
己の力で運命を切り開くために。
偽物の舞台を終わらせ、己の幸福を追求し、物語の奴隷を脱するために。
「……お嬢、始まったようです」
「そう、みたいですね」
焼け焦げた階段をジャケットを羽織って登ってゆく。
雷鳴が轟いている。暴風により木が薙ぎ倒された。
土砂降りと大嵐。窓ガラスが割れ、警報が鳴る。
グラウンドではあまりの強風により、サッカーゴールが何度も何度もでんぐり返しをしていた。
「……ハルヒさん、風邪ひきますよ」
鵜飼ハルヒは土砂降りの中、空を見上げていた。
何かに気づいたように、黒雲の層を見つめている。
「──くるよ、来桜ちゃん。」




