感情バグフィクション。
回想が終わった。未だに店内には穏やかなBGMが流れている。いつから目を瞑っていて、いつの間に開いていたんだろう。そこは恋人の聖地「ムッシュ・マニエル」。丸テーブルの卓上には[Vanille de Rêve(バニラの夢)]と呼ばれるケーキが置かれている。
バニラの夢。……ああ、本当に夢のようだ。
ラブコメディという舞台を盛り上げるために用意されたセット。夢幻の空間。偽りの「仮日常」。
ナイフもフォークもフィナンシェも小道具。
物語のために準備されたアイテム。
名前のないキャラはモブキャラ。
蝶ネクタイの店員さんもエキストラ。
主役は俺「米吉 徹平」でヒロインは「雪柳 愛」。
今日はバレンタインデー。
付き合ってから十日目の記念日。
だから【LCD団】なんて会ってもいない。
四天女のことも知らない。服部親愛も、霧隠来桜も、鵜飼ハルヒも、神戸円も会ったことない。
◼️◼️◼️先輩なんてーー最初からいない。
「……」
疑問を持ってはならない。
物語の都合に逆らってはならない。
根幹からラブコメディを破壊しちゃいけない。
目を背けてしまえばいい。
謎の不穏なナレーションが入ったことも、
突如として場面が過去の回想に入ったことも。
その影響で記憶の齟齬に気付いたことも。
ハッキリと記憶が書き変わっていることも。
全て忘れて、穏やかに過ごしてしまえばいい。
キャラの背景が明確になって思考が研ぎ澄まされようとも。
俺は連立方程式すら分からない「米吉 徹平」だ。
余計な行動をして「主人公」になどなりたくない。
この場所で、この場面で、この世界で──俺は雪柳愛と王道ラブコメディをやり切ればいい。
「…………」
指先が震えている。三つ折りされた手紙の文面に目を通す。花柄の便箋には丸文字が綴られている。
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米吉くんへ。
まず、伝えたいことが一つあります。
ずっと、ずーっと大好きでした。
子供の頃、大好きなパパが亡くなったとき──泣いてた私に声をかけてくれたのが米吉くんです。
あのとき、泥団子をくれたの覚えてる?
私はずっと、ずーーっと、忘れていないよ。
二人で「西田辺高校」にいけて本当によかった。
「ポテから」と「ドリンクバー」だけで「ガスト」に何時間もいたよね。あの8番席で夜遅くまで勉強したことを私はこれからも忘れません。
(やっぱり「ポテから」の「マヨネーズタイプ」の「からしマスタード」は至高!笑)
文化祭のお化け屋敷で手を繋いだときも。
夏祭りで強制的にスーパーボールを大量に持って帰ったときも。
陸上部のエースとして体育祭で大活躍して、二人で胴上げされたときも。
ぜんぶの瞬間が、私の宝物です。
そして、今日。ずっと行きたかった「ムッシュ・マニエル」にこられて、夢が一つ叶いました。
今まで言えなかったけど
これが本当のきもち。
もう、パパなんて必要ありません。
だって、私の大切な人はすぐ近くにいるから……。
米吉 徹平くん。
どうか私を──あなたの永遠のメインヒロインにしてくださいっ!!
雪柳 愛より
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……………………はあっ?
目を背けてしまえ。
気付かないフリをしろ。
こっちの方が都合が良いのだから。
でも、もう、限界だった。
「……なあ、雪柳 愛。
お前は一体、誰のメインヒロインなんだ…?」




