追憶オーバーヒート。
中三の夏は暑かった。それは毎日のようにファミリーレストラン「デンキ」に集まって、たくさんの暗記問題を頭に詰め込んでいたからだ。脳が熱暴走しているみたいな日々だった。
『ねーねー、徹平くん。数学でわからない問題がたくさんあるんだけど』
雪柳愛が呼んでいる。いつもの8番席で。
首元には赤い紐リボン、表向きに置かれたスマホのホーム画面には「家族写真」が設定されてある。
既に「からポテ」と「ドリンクバー」の注文は済んでいるようで、からポテの「マスタードタイプのマヨネーズ味」がテーブルには並んでいた。
『……どれ?』
冷房が効いた店内。四人掛けの席を贅沢に二人で使っても咎められないし、駐車場は広い。お店もデッカい。周辺はちょっと田舎なので回転率は悪い。でもお互いの家からは近い。なんなら高校からも近い。決して安くないけど長居できる。そんな場所。
『これっ! “平方根”ってなに?』
『…………漢方の名前じゃね?』
暗記問題+副教科の内申点で勝負しろと宗介に助言をもらった。
俺たちは馬鹿マジメに苦手な数学問題を解いていたけれど、そんなのじゃ効率が悪かったらしい。
だから雪柳は得意の家庭科、俺は体育で先生たちにアピールをして、それからは暗記問題に力を注ぐことにした。
『へーほーしへんへいの!』
『平行四辺形?』
『そ! それを“証明しろ”だって。どうやるのっ?』
『…………定規とかで測るんじゃね』
たぶん人生で一番真面目に机と向き合った時期だったと思う。
結果的に三人とも合格することができて、本当によかった。
『どーして点Pは動くの?』
『……止まったら死ぬからだろ』
『マグロなの?』
『ほら、点Pの「P」の部分って、なんか横にしたら、丸の部分が胴体に見えて、縦の棒が尾びれっぽくなって、なんだか今にも動き出しそうじゃん』
『……え、わかんない』
本当によかった。いや、マジで……。
※ ※ ※
秋が過ぎて冬になる。試験前日、彼女は泣きそうになりながら単語カードをめくっている。俺たちは本気だった。半年間、毎日のようにファミレスに集まっていた。俺は雪柳のために、雪柳は自身の目標のために、努力をしていた。それが一瞬で破壊されるのは嫌だった。
デンキには時々、俺たちが受験する[東田辺高校]の生徒たちもやってくる。
それをあの子は親指を咥えるように見ている。
子供っぽいと言われるからこそ、早く大人になりたかったのだろう。
『がんばろうねっ、徹平』
『おう…!』
試験当日、その日は“バレンタインデー”だった。
既に推薦合格している宗介は一般会場には居なかったものの、応援のメッセージは届けてくれた。
二人でコンビニでキットカットを買って食べた。
合格祈願のチョコはいつもよりほんのり苦かった。
『452...454...455...456……うわっ、やったあっ!』
隣の彼女が手袋越しに腕に抱きついてくる。
俺は必死になって数字を探した。
ちゃんと己の受験番号が掲示板に表示されていた。
『ぅげっ、うっ、うぅ──ぅ……ぅぅうう!!』
思わず、号泣してしまった。
雪柳は喜びのダンスを舞って、急いでパパに電話をしている。鼻水が出てくる。受験票を握りしめながら『……良かったぁ』と想いが溢れてくる。
それは一体、誰に対しての祝福だったのだろう。
『ありがとう……徹平。高校でもよろしくねっ!』
※ ※ ※
春がきて、彼女に呼び出された。
いつもの8番席で、雪柳愛が「徹平」と呼んでいる。
スマホは裏返しになっていた。
「◼️◼️◼️先輩のこと、協力してほしいっ!!
──パパみたいにカッコよくて、素敵な人なのっ!」
ああ、彼女の幸せの後押しが出来ればそれで良い。
だって俺は──「主人公」には相応しくないのだから。




