擬幸バレンタインデイ。
店内には穏やかな曲が流れている。自然と背筋が伸びてしまった。未だ腕にくっついてる雪柳に合わせて、レストランルームに入場してゆく。まるで結婚式のようだ。赤のカーペットを爪先付近で踏みしめながら、タキシード姿の店員さんの後を追う。
クロスの敷かれた丸テーブルがあった。上にはナプキンとロゴ入りコースター、それと二つ折りのメニュー表が置かれてある。
雪柳と向かい合うように着座する。
本日二度目の「ふわもこふわもこ」椅子だった。
「ご予約は『バニラ・ドゥ・レーヴ』と紅茶のセットでお間違いありませんか?」
「はいっ」
「ご用意させて頂きます。少々お待ちください」
「はーいっ!」
蝶ネクタイの店員さんは鋭く会釈をした。
俺も雪柳も何故か釣られて会釈を返した。
そして、二人で見つめ合って軽く笑った。
※ ※ ※
ワゴンから紅茶が運ばれてきた。“ニルギリ”という銘柄らしい。花柄のティーカップに注がれた琥珀色の液体。柑橘系の香りもする。
「ふーむ、美味ですなあ」
「ほうほう、米吉さん。わかってますなあ」
口髭なんてないのに顎を触りながら、フランス貴族のように紅茶を嗜んでいる。
雪柳はもう紅茶を飲み終わっているようで、サービスの焼き菓子であるフィナンシェを齧っていた。
「てか、店員さんが[ケーキと相性が良い紅茶]って言ってたのに、全部飲んでいいのか?」
「え、おかわりもらえないの?」
「ドリンクバーじゃないんだから……」
「ええっ……先言ってよっ〜〜」
普段から放課後のファミレスでドリンクバーとチキンだけで何時間も駄弁っている、その弊害が出てしまったようだ。確かに制服姿でこのように対面で喋っていると、ココが[ムッシュ・マニエル]であることをついつい忘れてしまいそうだ。
「おっ、ケーキきたぞ」
「わああ、ケーキだケーキ! ケーキ食べるっ!!」
看板メニューのバニラケーキが運ばれてきた。
真っ白な見た目に金箔が降りかかっていて、ベリーソースが一筆書きで添えられている。チョコプレートには「Vanille de Rêve」とあった。
サイズ的に誕生日ホールケーキを小さくした感じなので、二人で食べるには充分な大きさである。
「Vanille de Rêve──直訳しますと『バニラの夢』という意味です。外側は雪解けの朝のような艶やかなホワイトチョコのグラサージュ、二種のソースがアクセントに。内側はバニラの泡のようなカスタードクリームが入っております。チョコレートスポンジにクッキー生地、是非最後までお楽しみくださいませ」
「…………米吉くん、なんて?」
「…………俺が知るか」
とにかく食べてみることにした。
結婚式のように二人でケーキを入刀して、フォークとナイフで切り分けて、そのまま口に運ぶ。
まず甘かった。それでいて、ストロベリーとラズベリーの酸味もあって、大人っぽい味にもなっている。奥に進むと中は本当に泡のように、しゅわっと甘さがとろけ出した。クリーミーだけど重すぎないように調整されている。もう一口。今度は甘すぎないチョコスポンジ、そしてバターの香りがするクッキー生地の土台。ふ〜む、これは──甘くて旨いッ!!!!!!
人気の理由が一口でわかってしまった。
そりゃ……大行列にもなるわけだ。
※ ※ ※
ケーキを食べている途中で、雪柳がガサガサとカバンをまさぐり始めた。
小さな箱を取り出して、手渡してくる。
「──ごめん、忘れてた。はいっ」
「ん?」
中を開くと、そこにはチョコレートが入ってた。
メッセージも添えられている。
どうしてか、ある一文が目に止まった。
『子供の頃、大好きなパパが亡くなったとき──』
……………………はあっ?
β世界──シャットダウン機能作動。
強制BAD√end突入します。




