夢幻バレンタインデイ。
ガタゴトガタゴト、ガタガタゴトゴト!って感じだった、局所的に。
地下鉄から私鉄に乗り換えて、電車に揺られること40分。どこか車内は「よそいき」の雰囲気を纏っている。スーツケースを握った外国人観光客はどこへやら、セレブな制服を着た学生カップルが増えてきたのは、きっと周辺に私立校や中高一貫校が多いからだ。
座席が「ふわもこふわもこ」している。隣の雪柳は睡魔に負けたのか、俺の肩に頭を預けて、ヨダレを垂らして就寝中。そういうのは帰りにやるもんだ……。
遠出というほど遠出ではないが、電車を降りて改札を通る頃にはすっかり日は沈んでいた。
モール直結の屋根付きの連絡通路を抜けて、ショッピングモールに入ってゆく。
そのまま最上階の吹き抜けテラスへと向かう。
ーーその屋上庭園の一角に【ムッシュ・マニエル】はある。
※ ※ ※
「米吉くん。わたし、絶対寝てないので」
「“クソアホ”大門未知子じゃねえかっ」
「ねむらないニンゲンなのでっっ」
「“黒ひげ” マーシャル・D・ティーチかよ。……おっ、そろそろ着くぞ」
なぜかエレベーターには乗りたくなかった。くるくると何度もエスカレーターを昇りながら、最上階のガーデンフロアに辿り着いた。
雪柳は「うーっ」と目を擦って、前髪を整えた。めちゃくちゃ寝起きである。
自分が案内すると言ってたクセに、結局はこっちがリードするハメになっている。
ガラス扉の向こうはまるで植物園のようだった。
白の石畳に、足元は間接照明が。
どこからか川のせせらぎのようなBGMもする。
「んーっ」
「……?」
「ん」
「……」
雪柳が俺の腕に引っ付いてくる。ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、ふんふんっと鼻息を荒くして、前方のお店を指をさした。目がキラキラしている。明らかにテンションが上がっているご様子。
「……二人で来れて良かったな」
返事はなかったが
かわりに腕をギュッと抱き寄せられた。
※ ※ ※
白の外壁に金の装飾、赤い屋根。門柱にはフランス語で「Monsieur Maniel」と書かれたプレートがぶら下がっている。
テレビでも何度も紹介されてる話題のケーキ屋さんだから混雑を警戒していたものの、思ったよりお客さんは少なかった。その理由はすぐにわかった。
店内の入り口からレジまでにガラスのショーケースが並んでいるのだが、ケーキはほぼ全て売り切れだったのだ。手前のチョコケーキも、看板商品であるバニラケーキも、当然のように[完売御礼]という札がかかっている。
「……売り切れっぽいけど」
小声で呟く俺を他所に、彼女はレジにいた女性店員さんにスマホの画面を見せていた。
「19時から2名で予約してた“ゆきあい”ですっ」
「二名でご予約の“ゆきあい”さんですね〜。お待ちしておりました! 中へどうぞ」
タキシード姿の男性店員が現れて、奥へと案内される。スタッフルームかと思った木製の扉の先には、豪華なレストランルームがあった。高級そうなシャンデリアに赤いバルーンを持った天使の壁画。空調に紛れて、洋楽のオルゴールが微かに流れている。
「びっくりした? がんばって、予約したんだよっ」
ふふーんと、彼女は得意げに笑った。
付き合ってまだ一ヶ月も経っていないが、逆プロポーズでもされるのかしら……。




